2021年02月05日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,42
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,42
箪笥を買えばよかったのですが、そういうお金が在るくらいなら少しでも余計衣装を買いたいし、それに私たちの趣味として、なにもそんなに大切に保存する必要はない。
数は多いがみんな安物であるし、どうせ傍から着殺してしまうのだから、見える所へ散らかして置いて、気が向いた時に何篇でも取り換えた方が便利でもあり、第一部屋の装飾にもなる。
で、アトリエの中はあたかも、芝居の衣裳部屋の様に、椅子の上でもソファの上でも、床の隅っこでも、甚だしきは梯子段の中途や、屋根裏の桟敷の手すりにまでも、それがだらしなく放ったらかしてない所はなかったのです。
そして滅多に選択をしたことが無く、おまけに彼女はそれを素肌へ纏うのが癖でしたから、どうも大概は垢じみていました。
これらの沢山な衣装の多くは突飛な裁ち方になっていましたから、外出の際着られるようなのは、半分くらいしか無かったでしょう。
中でもナオミが非常に好きで、おりおり戸外へ着て歩いたのに繻子(しゅす)の袷(あわせ)と対(つい)の羽織がありました。
繻子といっても綿入りの繻子でしたが、羽織も着物も全体が無地の蝦色で、草履の鼻緒や、羽織の紐にまで蝦色を使い、その他は全て、半襟でも、帯でも、帯留でも、襦袢の裏でも、袖口でも、袘(ふき=着物の裾部分)でも、一様に淡い水色を配しました。
帯もやっぱり綿繻子(めんじゅす)で作って、心(しん)をうすく、幅を狭く拵えて思い切り高く胸高に締め、半襟の布には繻子に似たものが欲しいと言うので、リボンを買って来てつけたりしました。
ナオミがそれを着て出るのは大概夜の芝居見物の時なので、そのぎらぎらした眩しい地質」の衣裳をきらめかしながら、有楽座や帝劇の廊下を歩くと、誰でも彼女を振り返って見ない者はありません。
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
【このカテゴリーの最新記事】
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/10520177
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック