2021年03月27日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,92
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,92
その晩、私は床の中へ入ってから、背中を向けて寝たふりをしている彼女の肩をゆすぶりながらそう言いました。
「よう、ナオミちゃん、ちょっとこっちをお向きってば。・・・・・・」
そして優しく手をかけて、魚の骨つきを裏返す様に、ぐるりと言らへひっくり返すと、抵抗の無いしなやかな体は、うっすらと樊目を閉じたまま、素直に私の方を向きました。
「どうしたの?まだ怒っているの?」
「・・・・・・」
「え、おい、・・・・・・怒らないでもいいじゃないか、どうにかするから、・・・・・・」
「・・・・・・」
「おい、眼をお開きよ、眼を・・・・・・」
言いながら、睫毛(まつげ)がぶるぶる顫(ふる)えている眼瞼(まぶた)の肉を吊り上げると、貝の実のように中からそっと覗いているむっくりとした目の玉は、寝ているどころか真正面に私の顔を視(み)て見ているのです。
「困ってもいいよ、どうにかするから」
「じゃあ、どうする?」
「国へそう言って、金を送って貰うからいいよ」
「送ってくれる?」
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
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