2021年03月17日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,84
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,84
「ちょっと譲治さん、どれがいいこと?」
と、彼女は出かける四五日前から大騒ぎして、有るだけの物を引っ張り出して、それに一々手を通して見るのです。
「ああ、それがいいだろう」
と、私もしまいには面倒になって好い加減な返事をすると、
「そうかしら?これでおかしかないかしら?」
と鏡の前をぐるぐる回って、
「変だわ、何だか。あたしこんなのじゃ気に入らないわ」
と、すぐ脱ぎ捨てて、紙屑の様に足で皺くちゃに蹴とばして、又次の奴を引っかけて見ます。
が、あの着物もいや、この着物もいやで、
「ねえ、譲治さん、新しいのを拵えてよ!」
となるのでした。
「ダンスに行くにはもっと思い切り派手なのでなけりゃ、こんな着物じゃ引き立ちはしないわ。
よう!拵えてよう!どうせこれからちょいちょい出かけるんだから、衣装が無けりゃだめじゃないの」
その時分、私の月々の収入はもはや到底彼女の贅沢には追いつかなくなっていました。
元来私は金銭上の事にかけてはなかなか几帳面な方で、独身時代にはちゃんと毎月の小遣いを定め、残りはたとえわずかでも貯金するようにしていましたから、ナオミと家を持った当座はかなりの余裕が有ったものです。
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
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