2021年03月23日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,88
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,88
第一初めからそういうつもりはなかったので、女中が来ても寝る所がありません。
そこへ持ってきて私たちの方でも無遠慮ないちゃつきが出来なくなって、ちょっとふたりでふざけるのにも何だか窮屈な思いをする。
ナオミは人手が増えたとなると、いよいよ横着を発揮して、横の物を縦にもしないで、一々女中をコキ使います。
そして相変わらず、
「何屋へ行って何を注文して来い」
と、かえって前より便利になっただけ、余計贅沢を並べます。
結局女中というものは非常に不経済でもあり、われわれの「遊び」の生活に取って邪魔でもあるので、向こうも恐れをなしたでしょうが、こちらも達て居てもらいたくはなかったのです。
そう言う訳で、月々の暮らしがそれだけはかかるとして、あとの百圓か百五十圓のうちから、月に十圓か二十圓ずつでも貯金をしたいと思ったのですが、ナオミの銭遣いが激しいので、そんな余裕はありませんでした。
彼女は必ず一と月に一枚は着物を作ります。いくらメリンスや銘仙でも裏と表とを買って、しかも自分で縫うことはせず、仕立賃を
かけますから、五十圓や六十圓は消えてなくなる。
そうして出来上がった品物は、気に入らなければおしいれの奥へ突っ込んだまままるで着ないし、気に入ったとなると、膝が抜けるまで着殺してしまう。
ですから彼女の戸棚の中には、ボロボロになった古着が一杯詰まっていました。
それから下駄の贅沢を言います。
草履、駒下駄、足駄、日和下駄、雨ぐり、余所行きの下駄、不断の下駄、これ等が一足七八圓から二三圓どまりで、十日間に一遍ぐらいは買うのですから、積もってみると安いものではありません。
「こう下駄を穿いちゃ溜まらないから、靴にしたらいいじゃないか」
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
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