2021年03月09日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,76
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,76
と、杉埼女史はナオミが赤い顔をしたので、皆まで聞かずにそれと意味を悟ったらしく、立ち上がって会釈しながら、
「お初にお目にかかります、わたくし、杉崎でございます。ようこそお越しくださいました。ナオミさん、その椅子をこちらへ持っていらっしゃい」
そして再び私の方を振り返って、
「さあ、どうぞおかけ遊ばして。もう直(じ)きでございますけれど、そうして立ってお待ちになっていらしっちゃ、おくたびれになりますわ」
「・・・・・・」
私は何と挨拶したかハッキリ覚えていませんが、多分口の中でもぐもぐやらせただけだったでしょう。
この「わたくし」というような切り口上でやって来られる婦人連が、私には最も苦手でした。
そればかりでなく、私とナオミとの関係をどういう風に女史が解釈しているのか、ナオミがそれをどの点までほのめかしてあるのか、
ついうっかりして質して置くのを忘れたので、なおさらどぎまぎしたのでした。
「あのご紹介いたしますが」
と、女子は私のもじもじするのに頓弱(とんじゃく)なく、例の縮れ毛の婦人の方を指しながら、
「この方は横浜のジェームズ・ブラウンさんの奥さんでいらっしゃいます。この方は大井町の電気会社に出ていらっしゃる河合譲治さん、」
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
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