2016年08月25日
さわやかであること その9
「さわやかであること」
曲線の中から形状を見つけ着色し
何らかの作品を仕上げる。
その行為は自分が何かの対象を固定して、
そこからのイメージを、あるいは、
そこから放つインスピレーションによって
作品をつくるのとは異なり、
目の前に作品をつくる対象がいない
というところからスタートする点において、
あきらかにというか、
通常のデッサンから作品を作り上げていく工程と違う。
つづく
2016年08月24日
さわやかであること その8
「さわやかであること」
作品も一つの存在として何らかの意思が、というか、
作品そのものよりも、何か大きな存在が、
自分でもわからない大きな存在がいて、
もちろん目に見えないし、
今の自分に感じることはできないが、
唯一作品を通して
何らかのメッセージを視覚化しているのではないか、
と思ったりもします。
どんなメッセージで何を伝えたいのかわからないし、
そもそもそれがメッセージであるかどうかも分からない。
つづく
2016年08月23日
接点写真の接点とは その8
さて、話は戻って私の写真であるが、
週末の写真行為、たまに写真屋が開くコンテストや撮影会に
参加したりもしたが
自分の撮る写真の方向性が同じである人はいなかった。
皆せっせと花を撮ったりモデルを撮ったり好きな車とか、
なんか教科書通りの撮り方をせっせと撮っている。
正直合わなかった。だから、
自分の作品をみせても反応はいまいち。
皆、何これっていう感じ。
多分、どう反応していいか分からないっていう感じですか。
少し寂しい感じでしたね。
むしろ、写真を趣味としない人みせた方が反応はいい。
妙に驚く人もいて反応を見るだけでも面白かった。
意外にも、って言う感じでしたが、まあそんなもんでしょう。
その頃だと思う。週末市内を歩き回る。
いろいろなところを歩く。ひたすら歩く。
時々コンビニで休みながら午前午後日が沈むまでひたすら歩く。
ただ漠然と歩くわけじゃないよ。
何か気になる風景を探しながら歩いているんだよ。
だから歩いても面白い。
普段知っている街でもおやっと感じる時がある。
カメラを持って歩くと何か違う視点で見ているよう感じがする。
常に興味を持った意識で見ているためかなぁ。
面白いことにそういった感覚を一度でも味わうと
もう以前のような意識には戻れないように思う。
一線を越えてしまったわけである。
つづく
2016年08月22日
2016年08月21日
芸術も商品だ! あなたに芸術を取り戻す為に その6 完
アーティストは、本来悪人では無い、
むしろ純粋な人だと私は思っています。
芸術家は、純粋に人を喜ばせたいはずです。
悪いのは、それらを利用して金儲けする連中です。
しかし、純粋だからといって
アーティストは被害者ぶっていてはいけない時期にさしかかっています。
アーティストは、芸術の事だけ考えていれば良いと思っていませんか。
ダメです。政治、経済、メディアで世界がどうなっているのか、
時間をかけて深く物事を考える事が必要です。
これからは、知らないでは済まされないのです。
純粋なため悪のシステムに組み込まれました。
私は被害者です、って言うのは今は通用しません。
自己責任の加害者です。
そうならないためには、このシステムから抜け出すことです。
これは、大変なことです。
アーティストだけでは無理です。
アートを鑑賞する人達が、
本気で見て、自分の物差しを持てば
偽物の情報やもっともらしい綺麗事にだまされなくなります。
創る側も観る側も深く物事を考える事が必要になりました。
完
むしろ純粋な人だと私は思っています。
芸術家は、純粋に人を喜ばせたいはずです。
悪いのは、それらを利用して金儲けする連中です。
しかし、純粋だからといって
アーティストは被害者ぶっていてはいけない時期にさしかかっています。
アーティストは、芸術の事だけ考えていれば良いと思っていませんか。
ダメです。政治、経済、メディアで世界がどうなっているのか、
時間をかけて深く物事を考える事が必要です。
これからは、知らないでは済まされないのです。
純粋なため悪のシステムに組み込まれました。
私は被害者です、って言うのは今は通用しません。
自己責任の加害者です。
そうならないためには、このシステムから抜け出すことです。
これは、大変なことです。
アーティストだけでは無理です。
アートを鑑賞する人達が、
本気で見て、自分の物差しを持てば
偽物の情報やもっともらしい綺麗事にだまされなくなります。
創る側も観る側も深く物事を考える事が必要になりました。
完
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芸術も商品だ! あなたに芸術を取り戻す為に その5
芸術も商品だ! あなたに芸術を取り戻す為に その4
2016年08月20日
芸術も商品だ! あなたに芸術を取り戻す為に その3
芸術も商品だ! あなたに芸術を取り戻す為に その2
それはインテリである知識人でも例外ではありません。
1%の超富裕層やその業界は、これら権威も金で買うのです。
金で買われた知識人は彼らの為に思考を使います。
底辺層は、生きる為にヘトヘトになるまで働き、
ストレス発散のためギャンブルやセックス産業のお世話になり、
過度の飲酒喫煙で身体を蝕み、これら無駄な出費をさせられ、
また次の生活の為ヘトヘトになるまで働く。
彼らの一体何割が深く物事を考える時間を持てるでしょう。
1%は
99%に
いかに深く物事を考える時間を与えないように
仕向けようと必死です。
99%の層に1%層が一体何を企んでいるか知られたくない為です。
つづく
1%の超富裕層やその業界は、これら権威も金で買うのです。
金で買われた知識人は彼らの為に思考を使います。
底辺層は、生きる為にヘトヘトになるまで働き、
ストレス発散のためギャンブルやセックス産業のお世話になり、
過度の飲酒喫煙で身体を蝕み、これら無駄な出費をさせられ、
また次の生活の為ヘトヘトになるまで働く。
彼らの一体何割が深く物事を考える時間を持てるでしょう。
1%は
99%に
いかに深く物事を考える時間を与えないように
仕向けようと必死です。
99%の層に1%層が一体何を企んでいるか知られたくない為です。
つづく
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芸術も商品だ! あなたに芸術を取り戻す為に その1
当たる映画をつくるには、
セックスとバイオレスを入れれば良いと、
聞いたことがあります。所詮、娯楽ですから。
芸術もその要素を多分に含んでいるでしょうね。
そうでない部分もあるけど、その境界が曖昧です。
映画はお金がかかります。
1%の富裕層はお金があります。自ずと上下関係が発生します。
今では細かく言わなくても何を言っているのかわかりますよね。
生活の為、商業化してしまったアートは、
1%層の商品となってしまったのです。
今に始まったわけではありません。ずっと昔からです。
今は、様々な情報が乱れとんでいます。
それは、まるで自分で深く物事を考える時間を奪われているようです。
つづく
セックスとバイオレスを入れれば良いと、
聞いたことがあります。所詮、娯楽ですから。
芸術もその要素を多分に含んでいるでしょうね。
そうでない部分もあるけど、その境界が曖昧です。
映画はお金がかかります。
1%の富裕層はお金があります。自ずと上下関係が発生します。
今では細かく言わなくても何を言っているのかわかりますよね。
生活の為、商業化してしまったアートは、
1%層の商品となってしまったのです。
今に始まったわけではありません。ずっと昔からです。
今は、様々な情報が乱れとんでいます。
それは、まるで自分で深く物事を考える時間を奪われているようです。
つづく
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2016年08月19日
さわやかであること その7
「さわやかであること」
私は、着色の行為が面白くて好きです。
絡まった曲線じっと眺めている。
何も見えてこない時もある。
じっと見ていると、見えてくる時もあるし、
見えていても着色する際に見えなくなってしまう時もある。
何日もたって見直して見える時もある。
この見える見えないは、
何だか作品とキャッチボールをしているようで、
なんだか不思議。
その時の自分の気分とか考えなどが
もろに反映されているって感じです。
それを単にパターン認識とか
科学の反応で解釈してもいいけど、
私はもっと別の解釈が必要かなと思う。
つづく
さわやかであること その6
「さわやかであること」
曲線と曲線がつくる形状は、
ただ見ただけでは、
ごちゃごちゃした曲線の塊にしか見えず、
糸くずや髪の毛が絡まったような連想をさせ、
あまり良いイメージを与えない。
そのため、そういったものとして見ている内は、
視点は変わらない。
絡まった曲線から何かしらの形状を、見出したり、
面白い形状を見つけ出すことによって、
そこから、ようやく着色の意欲が、湧いていくる。
つづく
さわやかであること その5
「さわやかであること」
そして、着色するために色を選ぶ。
それは出会いだ。浮かび上がった形状から色と出会う。
そして、着色する行為は、一期一会。
その出会いが良くなるか否かは、
実際にその行為をしてみないと見えてこない。
違和感のある配色になってくるかもしれない。
しかし、修正は効かない。
相互の配色をその場で加えながら
新たなイメージを浮かび上がらせる。
思いもよらぬ展開でそこからまた新たな発見と出会いがある。
その繰り返しで作品が出来上がっていく。
つづく
2016年08月16日
接点写真の接点とは その7
私の撮る写真を接点写真と名付ける以前にも
名称こそなかったが同様の考えで写真を撮っていた。
自分の写真を撮ろうと思って始めたのが25歳ぐらいの時かな。
現像用品、引き伸ばし機など機材を購入し、
書籍などで技術的なことを調べながら
自分のスタイルに合うように
いろいろアレンジしながら進めていった。
一通り習得すると、撮影、現像、プリントを
各週末交互に行っていった。
全てを土日で行うのは大変だったからだ。
最初の週末は市内を歩き回り撮影をし、
翌週末に現像する、
そして次の週末までにどれをプリントするかを選び
週末にプリントする。その繰り返しを数年間行った。
いろんな書籍で知識を得たり美術館へ行ったりして
いろいろな作品を見た。
そのなかでもロバート・フランクの写真には多くの影響を受けた。
フランクの存在は写真を始めて間もない頃に知った。
もちろん日本にもいいなと思える写真家はいたが
その多くはフランクやクラインの影響を受けていると
後で知って、なるほどと思った。
世代間を伝わり国境を越え広がる。
フランクにしてもクラインにしても
おそらく誰かの影響を受けてきたに違いない。
彼らも大きな分岐点の1つだ。それに過ぎないがその役割は大きい。
単に、伝えるだけであってもその存在は大きいと思う。
後に続く人で分岐点の役割が出てくるかもしれないからだ。
つづく
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2016年08月15日
猫の冒険 その5 のおまけ 〜彼らの存在と時間について〜
これは、
彼らチビネコのぬいぐるみの
存在と時間をめぐる冒険なのです。
私達の社会は目まぐるしく動いています。
新しい情報が流れてくる。そして、
瞬く間に次の新しい情報が流れてくる。
さっきまで新しいと思っていた情報が
古くて使いもにならなくなる。
私達はいったん立ち止まれば
瞬く間に時代の波に流されてしまう。
ある意味、立ち止まれない存在なのかもしません。
チビネコはぬいぐるみです。
ぬいぐるみは動けません。しかし、
じっとその場に立ち止まり世の中の動きを見ています。
片や止まることができない、片や動くことができない。
双方の違いはそれだけでしょうか。
どうでしょう。
ここでは、彼らの存在している、この存在について
思いをめぐらしてみましょう。
そして、時間についても。
私には、こうした問題を提示することしかできません。
特に明確な答えを持ち合わせているわけでもありません。
ただ、考えることを提示することで何かが変わると信じています。
来週からも、「猫の冒険」をお楽しみ下さい。
2016年08月14日
多くの人から影響を受ける その4
(8月7日のつづき)
最初に勤務した事業所には2年半在籍しましたが
その間多くの利用者との出会いがありました。
多くは複数のヘルパーが関わる場合ですが、
一件だけ私のみが関わったケースがありました。
この人は高齢者でも障がい者でも無い、
極めて稀なケースに該当する方でした。
その方は生活習慣病なのか不明ですが
徐々に体力が落ちていき最初に面会したときは
這うようにして玄関口にみえました。
発病前後で離婚されたとのことで
室内はほぼゴミ屋敷状態でしたが、
ご本人の要望で一切触れることはできませんでした。
私が関わったのは、
入院の手続きとその後の身の回りのお世話でした。
といっても具体的には備品の買い出しや
留守中の郵便物を届けるくらいでしたが。
どの様な経緯で発病したのか不明でしたので
大学病院で入院中あれこれ調べられたそうです。
ほぼ実験動物なみの検査だったそうです。
それでも数ヶ月程で杖をついて
自分で歩けるまでに回復され退院されました。
身の回りの事が自分で行える様になったため
ご自身からサービスを打ち切られたので
その後の情報は一切入ってきませんでした。
最後にお会いしたのは退院の手続きの時でした。
色々世話になったと礼を言われ
病院内の喫茶室でコーヒーをご馳走になりました。
この方の以前の職業は、上下水道の配管工だったそうです。
その当時の苦労話しを面白おかしく話されてました。
ヘルパーから見ると利用者は皆弱者にしか見えないですが、
その方でもかつて第一線で活躍されていた
人生の先輩であることを決して忘れてはいけないのです。
(つづく)
次回8月27日
最初に勤務した事業所には2年半在籍しましたが
その間多くの利用者との出会いがありました。
多くは複数のヘルパーが関わる場合ですが、
一件だけ私のみが関わったケースがありました。
この人は高齢者でも障がい者でも無い、
極めて稀なケースに該当する方でした。
その方は生活習慣病なのか不明ですが
徐々に体力が落ちていき最初に面会したときは
這うようにして玄関口にみえました。
発病前後で離婚されたとのことで
室内はほぼゴミ屋敷状態でしたが、
ご本人の要望で一切触れることはできませんでした。
私が関わったのは、
入院の手続きとその後の身の回りのお世話でした。
といっても具体的には備品の買い出しや
留守中の郵便物を届けるくらいでしたが。
どの様な経緯で発病したのか不明でしたので
大学病院で入院中あれこれ調べられたそうです。
ほぼ実験動物なみの検査だったそうです。
それでも数ヶ月程で杖をついて
自分で歩けるまでに回復され退院されました。
身の回りの事が自分で行える様になったため
ご自身からサービスを打ち切られたので
その後の情報は一切入ってきませんでした。
最後にお会いしたのは退院の手続きの時でした。
色々世話になったと礼を言われ
病院内の喫茶室でコーヒーをご馳走になりました。
この方の以前の職業は、上下水道の配管工だったそうです。
その当時の苦労話しを面白おかしく話されてました。
ヘルパーから見ると利用者は皆弱者にしか見えないですが、
その方でもかつて第一線で活躍されていた
人生の先輩であることを決して忘れてはいけないのです。
(つづく)
次回8月27日
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