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タグ / 悲しみ

記事
生活保護開始決定通知書 〜生活保護を受けることになって〜。 [2019/11/07 23:18]
生活保護の申請を終えて2週間が経った。 僕は穏やかで、落ち着かない日々を過ごしていた。 ”穏やかで落ち着かない” そんな矛盾を作り出していたのは郵便受けだった。 なにしろ、 生活保護課からのお知らせが入っているかもしれないからだ。 そんな日々の末に、僕はついに生活保護の受給が認められた。 ー目次ー ”生活保護課からお電話ですよ”父親の暴走への恐れ、助けない母親への悲しみまだ、生きたいと願っていたのかもしれない 1.”生活保護課から..
長かった、僕の反抗期。 [2019/11/06 01:09]
僕の反抗期はとても長かった。 ほぼ中学入学と同時に始まり、 高校を卒業し大学進学で実家を離れるまで、 12歳〜18歳の間、ほぼずっとそうだった。 思春期まるごと反抗期と言ってもいい。 ただし、その反抗の仕方は、一般的に言われるような 両親の言うことにいちいち逆らうような形ではなかった。 怒りの表現方法は、父と母とで 対応がまるっきり違っていた。 父に対しては、何を言っても無駄と諦めていた。 だから、怒鳴られたりしても..
「資格か公務員の勉強するなら置いてやる」。 [2019/10/28 23:23]
僕は大学を卒業し就職するも、 鬱病にかかり実家に戻ってしまった経緯がある。 寝たきり状態から徐々にアルバイトをし始め、 お金を貯めて再独立するまで約3年間、 実家にお世話になった。 この間に親から言われた言葉の中で、 最も僕の心をえぐったのは、 父が顔を合わせるたびに言い続けた 「資格か公務員試験の勉強するなら置いてやる」だった。 一人暮らしを続けて 「自立」していけるはずだったのに、 新卒入社した会社を半年で辞め、 鬱病で..
抱っこされたかった思いを諦めきれない。 [2019/10/23 23:55]
親が子どもをぎゅっと抱っこするシーンに弱い。 心臓をわしづかみにされるような感覚が走り、 気づいたら涙がこぼれている。 以前、温泉で 優しいお父さんが子どもを抱っこする姿を見て ロッカールームの端で一人で泣いたことがある。 →「優しいお父さんと、抱っこをせがむ子と。」 https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/283/0 そうやって自分の目で、現場を見た時も、 物語の中で..
父の実家の解体に際して。 [2019/10/22 13:52]
今はもう誰も住んでいない、 父の地元の漁村にある家を11月に解体するそうだ。 もう半年近く前になるのか。 当時、今よりも家族に対する恨みや怒りが大きかった時、 そんな過去と決別したくて父の地元の漁村に行ってきた。 →「泣かないと決めてたのに。」 https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/179/0 →「じいちゃん、ばあちゃんへ。」 https://fanblogs.jp/ya..
妹弟を手元に残し続ける親。 [2019/10/20 23:30]
父は「18歳になったら家に置かない」と 常々言っておきながら、 長男の僕には本当にその通りの態度を取り、 一方で一度も実家を出たことのない妹弟には 18歳云々という態度を 取っていないという話を書いたことがある。 →「「18になったら家に置かないからな」。」 https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/325/0 きょうだい間で扱いに差があることは 今でも腹立たしい、思い出..
祖父への怒りを叫ぶ父。 [2019/10/17 18:53]
僕の鬱病がひどかった時、 仕事に行きたくないと泣きながら転げ回っていた。 その姿を見るたびに父は逆上し、こう怒鳴り続けた。 「男とはすべてを我慢して家族のために働くものだ!」 「お前は甘ったれている、社会の厳しさを舐めている!」 これは、自分の思い通りにならない息子への 苛立ちだけが言わせてるんだろうか。 もしかしたら、 自分にそんな価値観を植え付けた祖父への 怒りのメッセージでもあるんじゃないだろうか。 ー目次ー 命を削..
心の通い合いのない、時が止まった家。 [2019/10/15 00:45]
子どもの頃の僕の家は、 昭和30年代で時が止まったかのような 異様な雰囲気の亭主関白家庭だった。 人の話を聞くことや、 誰かが話しているのを最後まで待つという概念の無い父、 相手の状態などお構いなしに 自分の言いたいことを言いたい時に、 延々と演説する父がすべての決定権を持つ。 母は常に父に従う。 何事にも反対や文句を一切言わず、 文字通り三歩後ろを歩いて夫を立てる。 僕の見えないところで 二人の話し合いがあったのか..
子どもの話を聞かない親の末路は、子どもに相手にされない晩年。 [2019/10/12 00:06]
子どもの話を聞かない親は 子どもに相手にされないで終える。 子どもの意見、価値観、主張、 何よりしゃべる機会を奪い続けると、 親がいざという時、 子どもに相手にされないで終える。 僕が子どもの頃、怒鳴りまくり、 少し大きくなってからは一方的に自分語り、 自分の言いたいことだけを 延々と演説し続けてきた父は 晩年、長男から連絡を拒絶されている。 自分がいかにかわいそうで不安かを 何通にも分けて長いメールで送っても、 ..
長子へのきょうだい差別、「18歳になったら家に置かないからな」。 [2019/10/11 01:45]
長男の僕、 2歳下に妹、 6歳下に弟の3人きょうだい。 僕が高校生の時、父は常々 「18歳になったら家に置かないからな」 「浪人するなら家を出てもらうぞ」 と僕に対して言っていた。 時は流れ、僕ら3人きょうだいの中で、 一度でも実家を出たことがあるのは僕だけ。 妹と弟は今も実家で親と同居し、 実家を一度も出たことがない。 「18になったら家に置かない」はずなのに。 成人し一旦は一人暮らしを始めても、 いろいろあって..
摂食障害の兆候。 [2019/10/08 23:32]
書くか迷ったことではあるけど、 これも自分の生きた証なので記しておく。 精神科の定期受診で 自分に摂食障害の兆候があることを伝えると、 体重計測と血液検査を勧められ、 そのまま採血の運びとなった。 もともと持っている貧血、立ち眩み、 めまいもあると伝えたところ、 血液が薄くなっているかも知れないとのこと。 食べること、太ることが怖い。 これは何年も前からあるけど、 僕はよくお腹周りを触ったりつねったりして、 ..
「放っといて」はSOS。 [2019/10/07 00:59]
「放っといて」は決して、 もう構わないでくれという意味じゃない。 助けて、気持ちをわかって、 辛い、お願い受け止めて、味方になって、 そんなSOS。心の悲鳴。 孤独への恐怖。受け入れてもらえない悲しみ。 救難信号。 察してと言いたいわけじゃない。 素直に「助けて」と言えないことに対しての弁護でも、 自分から突き放すこの言葉への擁護でもない。 ただ、もう放っといてと自暴自棄になる直前、 藁をもつかむ気..

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理琉(ワタル)
自閉傾向の強い広汎性発達障害。鬱病から再起後、低収入セミリタイア生活をしながら好きなスポーツと創作活動に没頭中。バスケ・草野球・ブログ/小説執筆・MMD動画制作・Vroidstudioオリキャラデザインに熱中。左利き。 →YouTubeチャンネル
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