はい、皆様こんばんわ。土斑猫です。
今日は「霊使い」の日。ちょっとやばかったけど、何とか間に合いました。
と、言うわけで「霊使い達の黄昏」22話掲載です。
―16―
轟々と黒い煙を上げながら、燃える家々。
朱に染まる世界の中、地に倒れ伏す影が一つ。
立ち燃える炎が嘲笑う様に見下ろす中、それはビクリビクリと身体を震わせる。
(畜生・・・畜生・・・!!)
全身を被う火傷の痛みと、朦朧とする五感。
その中でたゆたいながら、リチュア・チェインは一人ほぞを噛んでいた。
完敗だった。
力では、上だった筈である。負ける要素など、ない筈だった。
小娘と侮りさえしなければ。己の力の本質を見誤りさえしなければ。
しかし、いくら後悔しても後の祭り。
やがて、悔しさは諦めへと変わっていく。
そう、所詮自分は三下。
力を持って這い上がるなど、夢のまた夢だったのだ。
幸い、かの少女には自分の命まで取るつもりはないらしい。
あれだけの業火に包まれて、なお生きているのがその証拠。
ならば、いっそその甘さに委ねよう。
そうすれば、いずれは・・・
彼がそう考えた、その時―
『―無様よのう。チェイン―』
(――っ!?)
意識の中に響き渡る声。
心臓が、竦み上がる。
気のせい?
否。
気のせいではない。
今のは確かに―
『―折角、その働きに免じて“力”を与えてやったというに。雑魚は所詮、雑魚と言う事かのう?―』
・・・間違いなく聞こえた。
火傷の熱感が、一瞬で消える。
代わりに沸いてくるのは、氷の様に冷たい汗。
『―挙句、敵の情けにすがろうなどと、リチュアの戦士として実にあるまじき事じゃ。そうは思わんか?チェイン・・・―』
熱い筈の身体が、ガクガクと震える。
カラカラに乾いた気管が、ヒュウヒュウと音を立てて鳴いた。
『―よいか?チェイン。今一度、機会を与えてやろう―』
声が、響く。
孕むのは、怒りではない。
情けでもない。
子供が小虫を嬲って遊ぶ様な、残酷な享楽。
『―何。今更そなたに勝ちなど期待はせぬ。せめて一矢、報いるがよい。それで、この度の愚は不問に伏そう。ただし、それすらも叶わぬというのならば・・・―』
不意に、声から色が消えた。
『―わらわ直々に、喰ろうてやろう・・・―』
(―――っ!!)
身体に走る、例え様もない怖気。
その怖気に喰われる様に、身体から傷の痛みが消えていった。
「あ痛たた・・・」
『大丈夫か?主。』
顔をしかめながらフラフラと歩いてくる主ヒータに、稲荷火が急いで寄り添う。
身体のあちこちには痣が浮かび、胸元には『火炎地獄(ゲヘナ・フレイム)』の代償である火傷が紅い爛れを残していた。
ボロボロの体の主を気遣いながら、稲荷火は呆れた様に言う。
『全く、あの局面で“詠唱遅延”など、無理にも程がありますぞ。』
「しょうがねえだろ?チェインあいつの懐に潜り込んで火炎地獄(あれ)ぶっ放すには、それしか手がなかったんだから・・・」
通常魔法(ノーマル・スペル)、『火炎地獄(ゲヘナ・フレイム)』。
『死恒星(デス・メテオ)』に比肩する、高位の炎術系魔法だが、射程が短いという欠点がある。
しかし、密着した状態で呪文を詠唱すれば、流石に相手に警戒される。
その穴を埋めたのが、ヒータの使った“詠唱遅延”。
これは詠唱した呪文を直ぐに発動させずに溜めておき、ずれたタイミングで発動させる技術。
詠唱を完全にキャンセル出来る“詠唱破棄”に比べれば下位の技術ではあるが、使い所を見極めればそれに値するだけの働きをする。
「まぁ、練習してて良かったよな。」
『呪文を唱えたのは、鎖で引きずられてる時ですか?』
「ああ。おかげで舌噛みそうになったけどよ。」
全く。呪文どころか、悲鳴が口を塞いでもしょうがない状況だったろうに。
呆れる稲荷火。
「発動時間が来るまでの時間稼ぎも上手くいったしな。チェイン(あいつ)があーゆー小物性格で助かったぜ。」
ヒータの“詠唱遅延”には、術の発動を任意で決められないという欠点がある。
熟練した術師であればその発動期を自在に決められるらしいが、生憎と彼女の手腕はそこまでではない。
遅延させた呪文が高位であればあるほど、その発動は遅くなる。
故にヒータは話術を使ってチェインを翻弄し、その時間稼ぎを行っていたのだ。
(相変わらず、無茶をなさる・・・。)
自分の主の胆力に、稲荷火は今更ながら舌を巻く。
もし、チェインが冷静な性格で、あの話術に乗ってこなければそれまで。
逆にそれが相手の不審を呼び、術の発動前にとどめを刺されていたかもしれない。
「もっとも・・・」
『うむ?』
「“あいつら”が手を貸してくれたのもあったけどな・・・」
そう言って、ヒータは空を仰ぐ。
禁呪の束縛を離れ、天へと還った紅蓮の光。
もう、その残滓も残ってはいない。
「・・・ありがとよ・・・。」
“彼ら”に向かって、ヒータは静かに呟いた。
その時―
ジャララララララッ
不意に二人の耳を打つ、鎖の音。
「『何!?』」
咄嗟に身を翻す二人。
鋭い鎖刃の切っ先がヒータの肩をかすめ、朱い飛沫を散らす。
「痛っ!!」
『主!?』
「あぁあああっ!!避けんじゃねぇよぉおおおおっ!!」
ヒータの苦痛の声に被さる様に、絶叫が響き渡る。
見れば、たった今まで満身創痍で転がっていた筈のチェイン。彼が起き上がり、血走った目でヒータ達を睨みつけていた。
「お前!?」
『馬鹿な!!あの身体で動ける筈が・・・!?』
狼狽するヒータ達に向かって、チェインは言う。
「なぁ・・・殺されてくれよ・・・。」
「・・・え?」
「殺されてくれよっ!!頼むからよぉおおおおっ!!」
絶叫とともに、チェインが鎖刃を振り回す。
縦横無尽に飛び交うそれが、ヒータの身体を削っていく。
「あっ・・・くっ・・・あいつ、どうしたってんだ!?」
『おのれ!!』
先の激戦で心身ともに疲弊しきったヒータは、満足に攻撃を防ぐ事も出来ない。
そんな主を守る様に、稲荷火がチェインに向かって炎弾を吐く。
直撃。
しかし、チェインは少し身をよろめかせるだけ。すぐにまた、鎖刃を振り回し始める。
『完全に精神が肉体を凌駕している・・・!!何があった!?』
飛び交う鎖刃をかわしながら、稲荷火は驚愕を隠せない。
『・・・ならば!!』
稲荷火の尾の炎が、一際大きく燃え上がる。
けれど―
「駄目だ!!」
『主!?』
ヒータの制止の声に、稲荷火は驚く。
「これ以上やったら、あいつ本当に死んじまう!!」
『そんな事を言っている場合では・・・』
戸惑う稲荷火に、ヒータは頑として首を縦に振らない。
「駄目だ!!絶対に駄目だ!!」
『主・・・』
稲荷火が何とか説き伏せようとしたその時、
「へ・・・へへ・・・」
生気のない、不気味な笑い声がヒータ達の耳を打った。
見れば、両手をダラリと垂らしたチェインが、狂気の宿った目でこちらを見つめていた。
「へへへ・・・何だよぉ・・・?お前、俺様の命、心配してくれてるのかよぉ・・・?」
仄暗い水の底から響く様な声が、ユラリユラリと響く。
「ならよぅ・・・。死んでくれよぅ・・・俺様のために・・・俺様が生きるために・・・」
ジャラリ・・・
地に這う鎖刃が、蛇の様に動く。
「死んでくれよぅ!!」
ジャラララララッ
獲物に襲いかかる毒蛇の様に、ヒータに迫る鎖刃。
「く・・・っ」
何とかそれを避けようとするヒータ。
しかし―
(あ・・・)
不意に襲う目眩。
疲労によるものか。出血によるものか。はたまた魔力の枯渇によるものか。それは分からない。
いずれにしても、結果は同じ。
遅れる、初動。
そして、
ザグゥッ
「あぐっ!!」
『主!?』
飛び散る朱の飛沫。
響く、悲鳴。
「へ・・・へへ・・・捕まえたぜぇ・・・」
荒い息をつきながら、チェインが笑う。
ヒータの身体が、鎖刃の鎖に幾重にも巻き取られていた。
鎖刃の刃は、そんな彼女の背中に食い込んでいる。
このまま鎖を引かれれば、鋭い刃が彼女の身体を寸断するだろう。
ギリリ・・・
鈍い音を立てて、刃が華奢な身体にさらに食い込んでいく。
「くぅ・・・う・・・!!」
苦痛に顔を歪めるヒータ。
『おのれぇ!!』
怒りの形相で牙を向く稲荷火。
しかし―
「吉!!」
ヒータの声が、またしても彼を制止する。
「駄目だ・・・絶対に、殺しちゃ、だめだ・・・!!」
苦しい息の中で、それでもそう言うヒータ。
『何故です!?何故いかんのです!?』
叫ぶ稲荷火。
そんな彼らを見て、チェインは言う。
「良いなぁ・・・。お前ぇ、ホントに良い女だなぁ・・・。死んでくれるんだなぁ・・・。俺様のために、死んでくれるんだなぁ・・・。」
「・・・勘違いすんな・・・」
その目に涙を浮かべながら笑うチェインに、ヒータは口に満ちる鉄錆の味を飲み込みながら叫ぶ。
「オレがテメェを殺さねぇのは、テメェの為じゃねぇ!!これ以上、ウィンの村を死で汚さねぇためだ!!」
『!!』
「この村は、ウィンが・・・エリアが必死で守った村だ・・・。命をかけて、リチュア(テメェら)が撒いた死を拭った地だ!!それを、テメェなんかの血で汚すなんて出来るか!!」
『主・・・』
絶句する稲荷火。
そんな彼に、ヒータは優しく微笑みかける。
「吉・・・今までありがとな。ワリィけど、後、たのまぁ。」
そう言うヒータの身体を中心に、朱い魔法陣が展開する。
それを見た稲荷火が、驚愕に目を見開く。
『これは・・・『反衝爆(バックファイア)』!?』
罠魔法(トラップ・スペル)、『反衝爆(バックファイア)』。
それは炎属性の生物が死滅する際、その今際の生命力を爆炎に変えて相手に叩きつける術。
それを今、ヒータは自分へとかけていた。
「何、火力は抑えておくさ。チェインあいつは死なねぇ。せいぜい気絶するくらいだ。そしたら、適当なもんでふんじばっておいてくれ・・・。」
『主・・・』
身体を震わせる稲荷火。
「じゃ、頼むぜ。」
そして、ヒータはまた、ニッコリと笑う。
その笑顔を見た瞬間、稲荷火の中で何かが弾けた。
『・・・主、その命は聞けませぬ!!』
「・・・え?」
グゥルァアアアアアアアアッ
次の瞬間、稲荷火は牙を剥いてチェインへと走り出していた。
「吉!?」
『ウィン殿達の想いを守るが、主の矜持!!しかし、某にも使い魔としての矜持があります!!』
チェインの喉笛を噛み裂くべく、稲荷火は走る。
しかし―
「ひぃいいいいいっ!!死なねぇ!!俺様は死なねぇぞぉおおおお!!」
チェインが、鎖刃を持つ手に力を込める。
ピンと張った鎖が、ギシリと軋む。
―間に合わない―
稲荷火が絶望の思いで歯噛みしたその瞬間―
「その意気や、良し!!」
突然、上空から声が響いた。
「「『!!』」」
驚いた皆が、思わず上を向く。
その目に映るのは、天から降ってくる紅い影。
そして―
「墳っ!!」
真紅の炎に包まれた拳が、チェインの鎖を打ち据える。
ジュワッ
一瞬で融解し、千切れる鎖。
「ひぃっ!?」
「うわっ!?」
つながりを絶たれたチェインとヒータが、同時に尻餅をつく。
『こ、これは・・・!?』
狼狽する稲荷火の前で、“彼”はゆっくりと立ち上がる。
緋色に染め上げられた鎧。その胸で輝く朱の宝石。固く握り締められた拳を包む炎は、真紅。
その姿を見た稲荷火は、茫然と呟く。
『ジェムナイト・・・?』
「いかにも!!」
頷いた“彼”は、高らかに名乗りを上げる。
「我が名は、『ジェムナイト・ガネット』!!誉れ高きジェムの騎士なり!!」
『ガネット・・・?』
「貴殿らの心、しかと見届けた。その想い、これより自分が荷わせてもらう。」
戸惑う稲荷火にそう言うと、ガネットはヒータとチェインの間を遮る様に立つ。
「さあ、貴殿は彼女の元へ。後は自分にまかせられよ。」
『しかし・・・』
「急の事、不審たるはいたしかたないが、今は自分を信じて欲しい。自分は、貴殿らの味方だ。」
『・・・・・・。』
ガネットの目を見つめる稲荷火。そして―
『・・・かたじけない!!』
その目の輝きに真の誠意を見た彼は、一礼すると倒れているヒータの元へと向かう。
ガネットは満足そうに頷くと、今だ混乱の抜けきらない様子のチェインへと向き直った。
「何だ!?何だよぉ!?お前ぇえええ!!お前も俺様の邪魔をするのかよぉおおお!?俺様に死ねって言うのかよぉおおおお!!」
「・・・哀れな。」
その様を見て、ガネットは溜息をつく。
「命を喰らい、奪い、弄び、その果てに己の命には執着するか。かの少女の覚悟、誇り、そして気高さ。その片鱗すらも持ち得ぬとは、何と卑小で哀れな存在・・・。」
そう言うと、ガネットはギリリと拳を握り締める。
ゴゥッ
その拳が真紅の炎に包まれるのを見て、チェインが悲鳴を上げる。
「ひぃいいいっ!!嫌だぁ!!死なねえ!!俺様は死なねぇぞぉおおお!!」
叫びながら、手に残った鎖を滅茶苦茶に振り回すが、それは全て緋色の鎧に弾かれる。
「安心するがいい。今、その苦しみから解き放ってやろう。」
言いながら、ガネットはチェインに向かって突進する。
「ひぁあぁあああああっ!!」
チェインは大鰭を広げ、ガードする様に全身を覆う。
それを前にして、ガネットはなお走るスピードを緩めない。
「―我が拳は矛 灼熱の矛 我が足は槍 焦熱の槍 我これに宿りし真理を持ちて 万物全てを貫く神威と成さん―」
その口が紡ぎあげる呪文。
真紅の拳が、緑の魔法陣に包まれる。
「彼女の願いだ。命はとらぬ。」
そして―
「『炎華襲撃(ビッグバン・シュート)』!!」
ガネットの拳が紅い閃光となり、チェインの身体をその防御ごと貫いた。
『主、ご無事で!?』
ヒータに巻きついた鎖を慎重に解きながら、稲荷火はそう問いかける。
「・・・ああ、なんとかな・・・。」
そう答える彼女の背中から、稲荷火は食い込んでいた刃を引き抜く。
「痛っ!!」
ヒータが一瞬顔をしかめるが、傷は思ったよりも浅かった。恐らく、内臓には達していない。口を汚す血は、口内を切ったものだろう。
安堵の息を漏らす稲荷火。
「いってぇなぁ!!お前、もう少し丁寧に・・・」
悪態をつこうとしたヒータの口が、そこで止まる。
稲荷火が、畏まる様に彼女の前で姿勢を正していた。
「・・・どうした?吉。」
怪訝そうな顔をしながら問いかけるヒータに、彼は答える。
『某は先刻、貴女の・・・主の命に背きました・・・。」
「・・・・・・!!」
その言葉に、ヒータの表情が固くなる。
そんな彼女に向かって、稲荷火は頭を垂れる。
『使い魔が主の命に背くは絶対の禁忌。これなるは、いかなる処罰でも・・・』
「・・・覚悟は、出来てるってか・・・?」
『・・・は。』
そして稲荷火は目を閉じ、ヒータの次の言葉を待つ。
しかし、浴びせかけられる筈の断罪の言葉は、いつまで経っても降っては来なかった。
その代わり―
フワリ
優しい温もりが、稲荷火を包んだ。
驚いて目を開ける稲荷火。
ヒータが、彼の首を優しく抱きしめていた。
薄い唇が、耳元で囁く。
「・・・んな事、する訳ねぇだろ・・・。」
『!!・・・主、しかしそれでは・・・!!』
「[使い魔は、主に絶対の忠誠を誓い、この命に逆らう事決してあたわず。]か?」
ヒータの言葉に、頷く稲荷火。
「[使い魔がこれに反した場合、主たる術者は然るべき処置を成す事を責務とする]ってのもあったな。」
また、頷く。
主と使い魔の主従関係の在り方は、魔法法で厳密に決められている。
それに反する事は、処罰の対象ともなっていた。
『この事がおおやけになれば、某のみならず主までもが・・・』
「お前、ばらすのか?」
『は?』
ヒータの口をついて出た言葉に、稲荷火はポカンとする。
「ばらすのか?」
『え?あ・・・いや・・・』
「なら、ばれねぇな。」
そう言ってヒータは笑う。
『主・・・それは・・・』
「ああ、アウスの常套句だよ。意外と役に立つな。これ。」
笑うヒータの手が、稲荷火の毛を撫でる。
「心配すんな。何があったって、お前はオレが守ってやる。」
『主・・・』
そして、抱き締める腕にいっそうの力が込もる。
「オレの相棒は、お前だけだよ。今までも、これからもな。」
その言葉に身を震わせる稲荷火。
血の匂いに混じる、甘い香が胸を満たす。
「よろしく頼むぜ・・・。ずっと、ずっとな・・・。」
『・・・御意・・・。』
稲荷火の瞳から、澄んだ滴が数滴、溢れてこぼれた。
「・・・良い主従だ・・・。」
全てを見ていたガネットが、そう呟く。
「お主も次に仕えるのなら、己の想いを汲んでくれる者と契るのだな・・・。かの者達の様に・・・。」
そう言って、ガネットは足元で気絶しているチェインを見下ろした。
―その頃、遠く離れたリチュアの城では―
玉座に座ったノエリアが、瞑想する様に目を閉じていた。
周りに傅く者達は邪魔する事を恐れる様に、身動ぎもせず沈黙に伏している。
と、彼女の目がスゥと開く。
「・・・やれやれ、他愛のない事。折角機会を与えてやったというに・・・。」
そう言って、ノエリアはフゥと溜息をつく。
もっとも、その口調には怒りや苛立ち、幻滅と言った色はない。
それもあくまで享楽の一環と言わんばかりの、冷笑の気配すら感じさせる物言いだった。
「しかし・・・」
目の前の儀水鏡に視線を戻しながら、ノエリアは言う。
「あの小娘達、何者かのう?ガスタの民でもジェムの者でもないようだが、何故リチュア我らに敵するか・・・。」
酷薄な瞳が、己の前に座する者達の一人に向けられる。
「のう、シャドウ。“どう思う”?」
声をかけられた者―シャドウ・リチュアの身体がピクリと動く。
「・・・さて、何故でしょうな。ただ・・・」
「ただ?」
シャドウの目に、暗い光が灯る。
「かの娘達、たいそう活きが良い様で・・・。ぜひとも、“資源”として欲しいものかと・・・」
その言葉の裏に潜むどす黒い感情に、ノエリアは心地よさ気にほくそ笑む。
「使えるかのう?」
「かの娘達の生気、苦悶、絶望、悲嘆、憎悪に堕とさば、この上なきものに・・・」
「ふふ・・・随分と“乗り気”じゃのう。シャドウ。」
そう言ってククと笑うと、ノエリアは儀水鏡をピンと指で弾く。
水鏡に波紋が広がり、映る景色がユラリと揺らぐ。
「よかろう。丁度こちらの“駒”も、大分減ってしまった事・・・。このままでは興が冷める・・・。」
不吉に揺らめく景色を眺めながら、邪教の女帝は言う。
「こちらもそろそろ、“大駒”を動かすとしよう。」
その言葉に、その場に座していた者達がユラリと立ち上がった。
続く
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