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2013年03月18日

霊使い達の黄昏・13

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 はい、皆様こんばんわ。土斑猫です。
 今日は「霊使い」の日。と、言うわけで「霊使い達の黄昏」13話掲載です。





                     ―13―


 「はぎゃあああああっ!?おめぇは!?おめぇはでやんすー!?」
 天から降ってきた厄災・・・もとい少女に、アビスは腰を抜かして絶叫する。
 その表情は、この上ない恐怖一色に彩られている。
 「あれ?なんかふんだです?」
 一方、当の少女―ライナは足元で伸び広がる“それ”を見下ろしながら、顔をしかめていた。
 「なんですか、これ?きもちわるいですねー。」
 そう言いながら、確かめる様に足を擦り動かす。
 その度に“それ”はグチャネチャと気色の悪い音を立て、「ラフゥウウゥウウウウ・・・」とこれまた気味の悪い断末魔の様な声をあげる。
 「はれ?でもこのふみごこち、なんかおぼえがあるような?」
 そう言って、さらにグチャネチャ。
 「ギュフゥエェエエエエエ・・・」
 グチャネチャ グチャネチャ
 「グブゥフゥウェエエエエ・・・」
 「やめてぇえええ!!もうやめたげてぇえええええ!!」
 傍らで腰を抜かしていたしていたアビスが、我に帰った様に止めに入る。
 「何でやんすか!?何なんでやんすか!?アンタは!?一体全体、オイラ達になんか恨みでもあるでやんすか!?」
 ライナの足にすがりつき、そう泣き叫ぶ。
 もう涙目である。
 何だかんだ言って、こっちも結構なトラウマだったらしい。
 そんなアビスを見て、ライナは小首を傾げる。
 「おや?どっかでみたような、みてないようなそのおかお。どちらさまでしたかね〜?」
 「んな・・・!?」
 アビスの背後にガ〜ンという擬音が浮かび、その顔にタテ線が入る。
 「忘れたでやんすか!?あんだけの事やっといて、忘れたとのたまうでやんすか!?アンタって人はぁああああ!?」
 あまりと言えばあんまりな態度に、絶叫するアビス。
 気持ちは分からなくも、ない。
 「ふ〜む?」
 しばし考えるライナ。
 腰につけたポシェットをあさり、何やら取り出す。
 出て来たのは大きめの冊子。その表紙には「にっき」と書いてある。
 ペラペラペラ・・・
 沈黙の中響く、ページをめくる音。
 そして―
 「あーーーっ!!」
 ライナが叫ぶ。
 「あなたをかくしん!!」
 そう言って、ビシィッとアビスに指を突きつける。
 「あなたは、あのときのリチュアさんバカさんのひとり!!」
 「そ・・・そう!!そうでやんす!!そうでやんす!!」
 涙を滝の様に流しながら頷くアビス。
 三馬鹿うんぬんはもう、どうでもいいらしい。
 「・・・と、いうことは、“これ”はまさか・・・!?」
 ハッとした様に足元を見下ろすライナ。
 途端―
 「そのまさかじゃあぁあああああああっ!!」
 ガバァッ
 渾身の力を込めて起き上がるマーカー。
 「きゃうっ!?」
 慌てて飛びのくライナ。
 その前で仁王立ちになり、マーカーはゼイゼイと肩を揺らす。
 「一度ならず二度までも!!さんざんぱら踏み躙りおってからに!!骨折れたらどないするゆーとるやんけ!!」
 「お前、骨ないけどなぁ!!」
 とりあえず、お決まりを一巡するアビスとマーカー。
 しかし、それを終えたマーカーはギッとアビスを睨む。
 ビクッと身を竦ませるアビス。
 それに構わず、マーカーは怒鳴る。
 「見てみぃ!!アビの字!!お前があんな能天気な事ゆうからて、それに乗ったらこの有様や!!」
 「堪忍!!堪忍でやんす!!」
 「堪忍やない!!」
 ビシィッ
 「あぅっ!?」
 マーカーの触手が、アビスの頬を張る。
 「ええか!?分かったつもりになって過去と同じ失敗を繰り替えすんは、阿呆や!!阿呆の所業や!!」
 「う、うぅ・・・」
 「こんな事ばっかやっとったら、ワイら一生三下の使いっ走りのまんまやで!?ええのか?それでええのんか!?」
 「あの・・・」
 「全く・・・全く面目ないでやんす・・・」
 「あの日、あの夕日の下で誓ったやろ。ワイらは決してこのままでは終わらん!!必ず・・・必ずや、この手でリチュアのてっぺんまで登りつめて見せると!!なのに、こんな様ではそれもままならん!!」
 顔を茹蛸の様に赤くして熱く語るマーカー。その目には、涙が浮かんでいる。
 「マーカー・・・」
 「ええか?ワイはお前が憎くて言うてるんやない・・・。ワイらの・・・いや、お前の未来を憂いとるから言っとるんや・・・。分かるな・・・?」
 「あの〜」
 「分かってるでやんす・・・。分かってるでやんすよ!!マーカー!!」
 こちらも涙を浮かべ、頷くアビス。
 「そうか!!分かるか!!分かってくれるか!!アビの字!!」
 「ありがとう!!ありがとうでやんす!!マーカー!!」
 「アビの字ぃ!!」
 ひしと抱き合い、男泣きに泣く二人。
 一つとなった二人の影を、真っ赤な夕日が真っ直ぐに・・・
 「あのですね・・・」
 「「・・・・・・。」」
 「あのですねぇ!!」
 「「・・・はい〜〜・・・?」」 
 横から割り込んでくる声に、この上なく嫌そうな顔で振り向く二人。
 見れば、頭に#の字を浮かべたライナが、ジト目でマーカー達を睨んでいる。
 「さっきからきいてれば、あなたたち、ライナのことをむししようむししようとつとめてませんか?」
 「無視しようっちゅーか・・・」
 「なるべく視界に入れたくなかったでやんす・・・」
 ブツブツと言い合う二人。
 そんな二人を睨みながら、ライナは続ける。
 「だいたいあなたたち、こんなところでなにを・・・ってそうだ!!ここがかじになってたからライナたちは・・・!?」
 そう言って、辺りを見回す。
 すると目に入ってきたのは・・・。
 轟々と燃え盛る家々。
 逃げ惑う人々。
 そしてマーカー達の後ろで、縄で縛られて泣いている子供達。
 「・・・・・・。」
 それを目にしたライナの眉根が、キリキリと上がっていく。
 「あなた達・・・さては・・・」
 ギロリ
 鋭くなった目線が、マーカー達を射抜く。
 ビクゥッ
 思わず竦み上がるマーカーとアビス。
 「また悪い事をしていましたね!!」
 眉根を吊り上げ、アホ毛を逆立てながら、ライナは怒鳴る。
 「そ、そないな事言われても、なぁ・・・?」
 「これがオイラ達の仕事でやんすからね〜・・・」
 困った様に顔を見合わせる二人。
 「むぅ〜!!せっかくあの時助けてあげたのに!!もう許さない!!“シナトの顔も三度まで”なのです!!」
 その言葉に、慌てるマーカー。
 「ま、待ちぃな!!ソレ言うなら、まだ二度目やないか!?」
 「一度はフェイントなのです!!」
 「な、何や!?それ!?」
 「問答無用!!」
 そう言って、ライナが杖を振り上げたその瞬間―
 「危ねぇ!!」
 そんな声とともに、ライナの背後に降ってくるもう一つの人影。
 ゴウッ
 それと同時に、猛烈な火炎がライナともう一人を襲う。
 「きゃあ!!」
 悲鳴を上げるライナ。
 しかし―
 「させるかよ!!」
 もう一つの人影が手にした杖を回転させ、迫る火炎を巻き込む。
 杖に巻き込まれた火炎は見る見る小さくなり、そして消えた。
 【チッ!!今回も仲間がいやがったか!!】
 舞い散る火粉の中、憎々しげな声が響く。
 火炎を繰り出した張本人、ラヴァルバル・チェインは己の炎をいなした少女―ヒータを鋭い眼光で睨みつけると、その向こうでポカンとしている同僚二人に怒鳴り散らす。
 【テメエら、いつまでそんな小娘と漫才かましてるつもりだ!?良く見ろ!!手勢は同等!!訳の分からねぇ化け物共はいねぇ!!丁度いい機会じゃねぇか!!この間の借り、返しちまえ!!】
 その言葉に、ハッとするマーカー達。
 「そ、そうでやんす!!この間とは違うでやんす!!」
 「そ、そうや!!やれる!!これならやれるで!!」
 そう言って、二人は各々武器を構える。
 「馬鹿野郎!!そんな蛸と魚にばかり気ぃとられてんじゃねぇよ!!敵は他にもいるんだぞ!?しゃんとしやがれ!!」
 ヒータの方も、俄然張り切りだしたマーカー達に戸惑うライナにそう檄を飛ばす。
 「は、はいです!!」
 「憑依装着、いくぞ!!」
 「はい!!ラヴ君!!」
 「吉!!」
 『了解!!』
 『合点だ!!主』
 それぞれの使い魔が、それぞれの主の胸に飛び込む。
 瞬間、眩い光と朱色の炎が渦巻く。
 そして―
 「「憑依装着、完了!!」」
 憑依装着の衣を纏った二人が、光と炎の中から現れた。
 「・・・ライナ。」
 「はいです。」
 「オレはあっちの蜥蜴野郎に話がある・・・。お前らはそっちの海産物勢を頼む。」
 「お話・・・?」
 ヒータの言葉に、ライナは一瞬怪訝そうな顔をするが、そのいつになく真剣な表情に何かを察した様に頷く。
 「分かったです。」
 そう言って、ライナは再びマーカー達へと向き直った。


 「な・・・何ですか!?あの急に湧いて出た娘達は!?」
 「・・・・・・(不可解)」
 慌てたのは、ムストと交戦していたヴィジョンとシェルフイッシュ。
 数的優位に心理的余裕を持っていたのが、ここに来て突然事態が急変したのだ。
 動揺するのも、無理はない。
 「は、早くこの方を斃してマーカーさん達の加勢に・・・」
 「・・・・・・(同意)」
 しかし、戦場において焦りは隙を生む。
 次の瞬間―
 バキンッ
 真っ二つに叩き折られる、シェルフィッシュの双剣。
 「・・・・・・(驚愕)」
 そして―
 バキャァアアアアッ
 鋭く突き出された杖が、シェルフィッシュの顔面を貫いた。
 「・・・・・・(敗)」
 声もなく(元からないが)昏倒するシェルフィッシュ。
 「シ・・・シェルフィッシュさん!?」
 「わしの前で隙を見せるとは、いい度胸よ。」
 そう言って、ヴィジョンの前に仁王立ちするムスト。
 「さあ、命が惜しければ子供達を放して疾く去れ!!さすれば、今回ばかりは見逃してやろう!!」
 その口から吐き出される強声。
 それに、残されたヴィジョンは圧倒される。
 しかし―
 「そうはね・・・、いかないんですよ・・・」
 その口調が一変する。
 暗く。
 冷たく。
 それと同時に、
 ヴゥオォオオン
 ヴィジョンの身が揺らぎ、その姿が幾つにも分かれる。
 「む!?」
 「私達にね、撤退そんな選択はないんですよ・・・。もし、そんな醜態を晒せば、ノエリア様にどんな目に合わされるか・・・」
 ユラユラと揺らぐヴィジョン達が、一斉に小刀を握る。
 「これだけの数、疲弊した今の貴方では避ける事もままならないでしょう?」
 「ぬぅ・・・。」
 ムストの顔が、悔しげに歪む。
 無論、それが虚言であり、本体が一体だけなのは承知の上ではあった。
 しかし、ムストは先刻までの攻防で精神を限界まで疲弊していた。
 その彼に、今の状況を打開するのは難しい。
 それを理解しているのだろう。無数のヴィジョンが一斉に笑みを浮かべる。
 「すいませんが、死ぬのは貴方の方です。お覚悟を・・・。」
 声と共に振り上げられる無数の小刀。
 対するムストは、あえてその目を閉じる。
 視覚で見抜く事が出来ないのなら、刃が身体に触れる瞬間を捉える他ない。
 多少の負傷は覚悟の上。
 余計な感覚を全て閉じ、全身の神経を張り詰める。
 と、それを見たヴィジョンが目を細めた。
 (かかりましたね・・・。)
 四つの目が、上に視線を送る。
 見つめる先は、天井の暗がり。
 そこに、異形の影が張り付いていた。
 手足の長いヤモリの様なフォルム。
 獰猛な獣を思わせる顔が、ギシリと牙を鳴らす。
 ―『リチュア・ビースト』―
 分散したヴィジョンの気配に隠れ、音も無くムストへ忍び寄る。
 その身がムストを射程に収めるのを見たヴィジョンが、目で合図を送る。
 (やりなさい!!)
 フワリと天井から離れる、ビーストの身体。
 大きな口を開け、落ちるはムストの頭上。
 鋭い牙が、彼の首をえぐらんと迫る。
 そして―
 「・・・まあ、話から察するに、悪いのはお前らの方だよな・・・?」
 「え?」
 唐突に響く声。
 途端―
 シャアァアアアアアアアアッ
 鋭い声と共に、空間を滑り抜ける”何か”。
 「グワァッ!?」
 悲鳴と共に、ビーストの身体が弾き飛ばされる。
 その身体は軽々と宙を舞い、地面に叩きつけられる。
 「ビ、ビーストさん!?」
 悲鳴の様な声で叫ぶヴィジョンの前で、泡を吹いて昏倒するビースト。
 視線を戻せば、そこには件の行為の張本人。
 星の様な外殻に身を覆った、奇妙な生物が宙に浮いている。
 「げ・・・『幻殻竜』・・・?」
 「何故、こんなものが・・・?」
 顔色を失うヴィジョンと、異変に目を開けたムストが同時に呟いた瞬間、
 「・・・余裕してる暇があるのか・・・?」
 また響く声。
 そして―
 ボッ ボッ ボッ ボッ ボッ
 周囲に浮かび上がる、無数の朱色の魔法陣。
 「―なっ!?」
 ジャッ ジャッ ジャラァアアアアッ
 驚く皆の目の前で、魔法陣から飛び出すのは幾本もの闇色の鎖。
 それらは目にも止まらぬ速さで宙を走り、違う事無くヴィジョンの群の中の一体に殺到する。
 「なっ!?なっ!?なぁあああっ!?」
 慌てるヴィジョン。
 その身に、闇色の鎖は幾重にも絡まりついていく。
 ガシャアアアアアアアンッ
 無慈悲に響き渡る金属音。
 ヴィジョンの身体は、無数に絡まった鎖に完全に束縛されていた。
 「こ、これは―!?」
 「『闇の呪縛(ダークネス・リストリクション)』・・・!!」
 鎖に宙吊りにされてもがくヴィジョンと、消え行く幻影達を見つめながら茫然と呟くムスト。
 と、その後ろから響く声。
 「・・・上手くいったか・・・。珍しいな・・・。」
 それに振り向くと、一つの人影がゆらりと柱の後ろから現れる。
 「闇の呪縛(そいつ)は発動すると、ターゲットを察知して自動追尾するんだ。いくら分身を増やしたところで、意味はない。」
 漆黒の髪を風に揺らしながら進み出た少年―ダルクは、そう言いながら擦り寄ってきた幻殻竜の頭を撫でる。
 「く・・・まだ仲間が・・・。それも召喚術持ちとは・・・。」
 「何悔しがってる?先に数の差を傘に着てたのはお前らだろ?」
 歯噛みするヴィジョンに向けられる、冷めた視線。
 「卑怯者め・・・!!」
 「・・・言われる筋じゃないな・・・。リチュア(お前ら)には・・・。」
 そして、杖でヴィジョンの腹を一撃。
 「ゲフッ!?」
 呻き声とともに、白目を向くヴィジョン。
 「・・・邪魔なんだよ・・・。お前・・・。」
 そう言って気絶したヴィジョンを一瞥すると、ダルクは唖然としているムストに向き直る。
 「・・・どうやら、あんたが連中のトップみたいだな・・・。」
 辺りで固唾を呑んで事態を見つめる、ガスタの民。
 彼らを見回しながら近づいて来る少年に、戸惑いながらもムストは問う。
 「貴殿らは・・・?」
 「・・・この格好を見て、察しがつかないのか・・・?」
 冷ややかな声とともに揺れる、カーキ色のローブ。
 「その服・・・ウィンの・・・いや、エリア殿の同輩か!?」
 「・・・当たりだよ・・・。」
 言いながら、なおも近づいてくるダルク。
 見上げてくる、漆黒の瞳。
 そこに燃える冷たい炎が、ムストを圧倒する。
 「・・・僕らの仲間に、随分と面白い事をしてくれたそうじゃないか・・・。」
 礼儀も前置きもない。ズッパリと切り込む。
 「・・・随分と、笑わせてもらったよ・・・。“誇り高き風の民”とは、よく言ったもんだ・・・。」
 そして、燃え盛る家々をゆっくりと眺め回す。
 「・・・最初は、僕達が“これ”をやるつもりだったんだが・・・。先を越されたな・・・。」
 本気とも、冗談ともとれない声音。
 しかし、その言葉にムストも、そしてガスタの民達も一斉に息を呑む。
 「待ってくれ!!それは・・・」
 「言い訳は聞かない。弁明も釈明も許さない。」
 取り付く島もない。
 「どう正当化しようが、言い繕おうが、意味はない。あるのは、ガスタ(あんた達)がエリア(あいつ)の心を裏切り、傷つけた。その事実だけだ。」
 淡々と紡がれるは、違う事ない断罪の言葉。
 それに、場にいる者達全員が言葉を失う。
 リチュア達の存在を知った今、彼らに反論すべき言葉はない。
 その事をムストはもちろん、他の民達も、今は十二分に理解していた。
 そんな彼らに、ダルクは続ける。
 「さて、どうしてくれる?」
 静かな声が、冷たい響きをもって響く。
 「ガスタ(あんた達)は、どうけじめをつけてくれる?」
 しばしの間。
 「・・・・・・。」
 やがて、ムストは何かを悟り、覚悟するかの様に目を閉じる。
 「貴殿の言う通りじゃ。此度のガスタ我らの業は深い。許しをこう術も、権利もない・・・だが・・・」
 そこでムストは目を開き、見上げるダルクの眼差しを真っ直ぐに受け止める。
 「それを承知であえて言わせてほしい。どうか、民達には罪を問わないでくれ。」
 「へぇ・・・。許せっていうのか?あんた達を。」
 酷薄さを増す、ダルクの声。
 しかしムストはゆっくりと頭を振る。
 「そうは言わぬ。我らの犯した罪は罪。ならば・・・その業、全て神官たるわしが被う。」
 ザワ!!
 その言葉に、周りの民達からざわめきが起きる。
 「へえ、あんたが?」
 黒い瞳がゆっくりと細まる。
 「そうだ。この身、この命、好きにしてくれて良い。そしてそれをもって、ガスタ(我ら)が罪の清算として欲しい。」
 「ふぅん・・・。」
 ダルクの腕が、ゆっくりと上がる。
 魔物の頭骨を模した杖が、ムストの顎をクイッと上げた。
 暗く落ち窪んだ杖の目が、ボンヤリと妖しい光を放つ。
 黙って目を瞑るムスト。
 その時―
 「待ってくれ!!」
 周囲の民の間から、声が上がる。
 「ムスト様は、ムスト様は違うんだ!!」
 「そうよ!!ムスト様は、“あの事”には関わっていない!!」
 「やったのはわたし達!!わたし達なの!!」
 「罰するなら俺達を・・・俺達を罰してくれ!!」
 口々に上がる叫び。
 「お主ら・・・」
 茫然と呟くミスト。
 その様を、ダルクは冷めた目で見回す。
 と、その袖がクイクイと引かれる。
 見れば、幼い少女がその大きな目に涙を溜めてダルクの袖を引いていた。
 ・・・あの時、エリアに向かって石を投げ付けていた少女だった。
 「・・・ごめんなさい・・・」
 小さな口が、言葉を紡ぐ。
 「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
 他に、紡ぐべき言葉を知らないのだろう。ポロポロと涙をこぼしながら、その言葉ばかりを繰り返す。
 拙く、けれど純粋に。
 気付けば、場にいる民達全員が泣いていた。
 愛する者を不条理に奪われた悲しみ、怒り。
 それを、違えた場所にぶつけてしまった後悔、懺悔。
 その狭間の中で苛まれ、涙をこぼし、嗚咽を上げていた。
 と、その様を見ていたダルクが大きく一つ、溜息をつく。
 突き付けていた杖をムストから離し、自分の裾を掴む少女の頭をポンポンと優しく叩く。
 訳が分からず、キョトンと見上げる少女。
 そして―
 「あんた達は、本当に分かっていないんだな。」
 呆れた様に、言った。
 「ガスタ(あんた達)を殺したとこで、エリア(あいつ)の心は癒えやしないんだよ。」
 「!!」
 「その目玉のイカれたフィルター外して、思い出してみろ。エリア(あいつ)は、そんな事を喜ぶ様なやつだったか?」
 「・・・・・・。」
 言葉を失う、ガスタ達。
 「もし、本当にエリアあいつに償いをしたいなら・・・」
 沈黙するガスタに向かって、ダルクは言い放つ。
 「今はただ、エリア(あいつ)に向かって頭を下げろ。心からな。」
 「――!!」
 その場にいた皆が、ハッと顔を上げる。
 その様を見たダルクは、また一つ大きな溜息をつくと踵を返した。
 「それまで、皆ちゃんと生きてろよ。死なれちゃ、身も蓋もないんだからな。」
 そう言いながら、炎の燃える戦場へと歩いていく。
 その背に、ムストは慌てて声をかける。
 「貴殿は―」
 「・・・ダルク・・・。」
 「!?」
 「・・・ダルクだよ。向こうの二人は、ライナとヒータだ。覚えとけ・・・。」
 そう言って、ダルクは再び歩き出す。もう、振り返りもしない。
 その杖に、何処で見ていたのか、D・ナポレオンが飛んできて止まる。
 とたん、その身を包む黒い光。
 やがて現れるのは、憑依装着した二人の姿。
 炎の燃える音の中、聞こえてくるのはいつものぼやき。
 「・・・あ〜あ。回ってきたお鉢が、こんな面倒な役回りだなんて、全くもってついてないよ・・・。」
 『マァ、ソウ言ワズニ・・・』
 身につけた衣を吹き付ける熱風にはためかせながら、遠ざかっていくダルク。
 「・・・すまぬ・・・。」
 その背にムストはそう呟き、頭を下げた。


 ―その頃、ライナと対峙していたマーカー達は―
 「ちょ、ちょお!!ヤバイで!!ヴィジョン達、やられてもうたがな!!」
 「ほんで向こうは色々増えてるでやんす!!本格的にヤバイでやんすよー!!」
 「そう思うなら、もう諦めてお家に帰ったらどうですか?」
 見てる方が気の毒になるくらいテンパる二人に、ライナは呆れた様にそう進言する。
 しかし、
 「アホぬかせ!!そないな事したら、今度こそノエリア様に酢だこにされて晩酌の肴にされてまうがな!!」
 「オイラも捌かれて、フカヒレの姿煮にされるでやんす!!」
 「・・・何か、この間といい上司に恵まれてないみたいですねぇ〜。」
 「えぇい!!見るな!!そんな目で見るんやな〜い!!」
 心底気の毒そうに見つめてくる視線を振り払いながら、マーカーが叫ぶ。
 「こうなったら自棄や!!アビの字、二人がかりでこの電波娘だけでも〆るで!!」
 「お、おうでやんす!!」
 そんな彼らに、ライナは真顔で答える。
 「無理ですよ。貴方達は勝てないです。」
 「「んなっ!!」」
 あまりにもキッパリ言われ、絶句するマーカー達。
 「な、何おぅ!!舐めるんやないで!!いくらワイらが雑魚でも、力合わせりゃあんさん一人くらい・・・」
 「そうでやんす!!だいたい、この間オメェが勝てたのは、あの訳の分からん天使どもがいたからでやんす!!独り身の今日の身で、何を偉そうに・・・」
 茹蛸の如く真っ赤になって憤る二人に、ライナははぁ、と溜息をつく。
 「その事なんですけどね・・・。」
 「「あぁん!?」」
 「何でライナ達、上から降ってきたと思ってるですか?」
 「・・・へ?」
 「・・・は?」
 その言葉に思わず上を仰ぎ見た瞬間―
 ズビズビバーッ
 「「アビブベバーーーッ!!?」」
 天から降ってきた光線に打ち抜かれ、引っくり返るマーカーとアビス。
 見れば、はるか上空にプカプカと浮くモイスチャー星人の姿。
 「お・・・おった・・・おったやんけ・・・」
 「だ、誰でやんすか・・・いないなんて、言ったのは・・・」
 「だから、言ったのに。」
 ほら見ろと言わんばかりに、ライナがポリポリと頭を掻く。
 「お・・・おにょれ・・・」
 「ま・・・マーカー、最期の言葉を・・・」
 「・・・わ、分かった気になって、同じ失敗を繰り替えすんは・・・」
 「・・・あ、阿呆の証拠・・・」
 そして、二人はガックリと倒れ伏す。
 「全くもう・・・」
 チリチリと香ばしい焼きタコと焼き魚の香りが漂う中、二人の屍(?)を乗り越えて、縄で縛られた子供達の元へと向かう。
 「大丈夫?」
 縄を解かれ、半泣きの顔で頷く子供達を慰めながら、ライナはふと思う。
 (この子達を人質にとれば、もっと楽に戦況を進められたのに・・・。)
 それをしなかったのは、一重に“彼ら”の愚かさ故か。
 それとも・・・。
 ちらりと、のびている二人の顔を見る。
 「・・・・・・。」
 酷く甘い考えだと知りながら。それでもライナは密かにその事を祈った。



                                       続く
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