2012年11月27日
霊使い達の黄昏・7
はい、皆様こんばんわ。土斑猫です。
今回は私的事情により掲載が遅れてしまい、誠に申し訳ありませんでした。
「霊使い達の黄昏」、復活です(笑)
それでは改めまして、
今回の作品は、前作の「宿題」シリーズに比べて、全般的にシリアス路線になる予定です。
さて、上手く話を繰れるかどうか、どうぞしばしお付き合いくださいませ。
―7―
空には、真っ青な真円が浮かんでいた。
この世界では、太陽と月は対を成す二匹の龍であると言われている。
夜天の中、月はその名にふさわしく、ユラユラと蒼白い光を長い龍の首の様にたゆたっていた。
と、その光が降り注ぐ湿地帯。
そこを、三つの異形が歩いている。
一つは火蜥蜴。
一つは蛸。
一つは鮫。
空には月が浮かんでいるとは言え、その光では深い夜闇を散らすには至らない。
松明の様に身を燃やす火蜥蜴を先頭に立てて、彼らは闇の中を歩いていた。
「いやぁ、今夜もようけ働いたでやんすなぁ。」
大きなズタ袋を背負った鮫―リチュア・アビスが言う
「全くや。ホンマえらいなぁ、ワイら。」
その言葉に応じるのは、同じズタ袋を二つ背負った蛸―リチュア・マーカー。
【おい、てめぇら、グチャグチャくっちゃべってねーでさっさと歩け!!置いてくぞ!!】
そんな二人にイラつく様に怒鳴るのは、全身を煌々と燃やす火蜥蜴―ラヴァルヴァル・チェイン。
「へいへい・・・。」
「分かっとるから、そうがなるなや。」
ブツブツと言いながら、チェインに追尾いする二人。
その向かう先には、あの『怨霊の湿地帯』があった。
そこは今の季節にはそぐわない、異様な冷気に包まれていた。
鬱蒼と茂る木々のあちこちには『運命のろうそく』がかけられ、その炎をユラユラと不気味に揺らしている。
本来、沼地である筈のそこ。
それは今は固く凍りつき、氷色(ひいろ)の絨毯となって広がっていた。
その様はまるで、そこに座する者達の心を映す鏡の様にも見える。
「ふぃー、着いた着いた。肩こったでー。」
氷の絨毯の上に担いでいたズタ袋を下ろしながら、マーカーがペチョぺチョと触手で肩を叩く。
「どんもー。帰ったでやんすー。」
こちらもズタ袋を下ろしながら、声を上げるアビス。
一方、チェインは湿地帯の端に佇んだまま入ってこない。
「何やっとんや。お前。こっちきて休みーな。」
マーカーがチェインにそう呼びかけた時、
「駄目よ!!」
後方から飛んできた声が、それを遮った。
「止めてよね。そんなジリジリ燃えて、暑っ苦しいったらありゃしない。あんたは端っこにいればいいのよ。」
その声の方を振り返れば、氷の絨毯の上に腹這いで寝っ転がる少女が一人。
長い青色の髪に、いかにも魔法使いといった衣装を身に纏っている。
可愛らしい顔立ちをしているが、その瞳に宿る光は周囲に広がる氷の様に冷たく、鋭い。
冷たい氷の上に身を横たえているというのに、寒さに震える様子もない。
それどころか、まるで温かい毛布の上にでもいるかの様に心地良さ気にゴロゴロと転がっている。
「遅かったわね。ただ”資源”を拾ってくるだけの仕事に、どんだけかかってんのよ。相変わらず、三人そろって愚図ねー。」
「お嬢〜・・・。」
「んな殺生な〜。」
と、情けない顔で抗議するマーカー達の後ろから別の声が響く。
「クポポ。エリアル、そう無碍にするな。この暗い中一仕事してきてくれたのじゃ。」
そんな言葉とともに現れたのは、術師の衣装に身を包んだ異様な風体の男。
その腰の曲がった背格好や、水の中で喋る様にくぐもり、しゃがれた声から相応の老体である事が見て取れる。
しかし、長い法衣から覗く手足はヌメヌメとした体表に覆われ、その顔は爬虫類や両生類を思わせるもの。
異形の老人―シャドウ・リチュアはペタペタと湿った足音を立てながら、チェインに近づいていく。
「ご苦労じゃったな。チェイン。どれ、魂魄同調(オーバーレイ)を解いてやろう」
しかし、チェインは左手を上げて拒否の意思を示す。
【いえ・・・。俺はこのままで・・・。】
「ポ?そうか?慣れぬうちの長期同調は魂に負担をかけるんじゃがの。」
些か、残念そうに言うシャドウ。
その様子を見ていた少女―リチュア・エリアルは、頬杖をつきながら呟く。
「何、優しげな顔して言ってんのよ。白々しい。ただ、“あれ”がしたいだけのくせに・・・。」
「お嬢、やっぱ“あれ”、痛いんでっか?」
マーカーが恐る恐ると言った感じで尋ねると、エリアルは物憂げに頷く。
「そーねー。その気のない“ラヴァル”の魂を術で無理やりくっつけてる訳だからぁ、引っぺがす時に痛いのは仕方ないのよねー。ほら、接着剤でくっ付いちゃった指を無理やり剥がすと皮が剥けて痛いでしょ。あれのすっごい版みたいなもんだからねー。」
「うへぇ・・・。」
「えらいこっちゃ・・・。」
顔をしかめる、マーカーとアビス。
エリアルは、呆れた様に呟く。
「全く、いい歳してサディストなんだから・・・。もっとも・・・」
ふと、その顔に笑みが浮く。
「“あれ”は、そんなガキっぽい理由じゃ・・・いや、やっぱり餓鬼かしら?」
面白そうに笑む視線の先には、沼に踏み入らず燻るチェインの姿。
クスクスクスと、笑う鈴音。
「「・・・・・・?」」
マーカーとアビスは、訳が分からぬといった体で顔を見合わせた。
「クポポ。どれ、それでは今日の収穫を見せてもらおうかの。」
そう言いながら、シャドウが転がっていたズタ袋に手をかける。
「どれどれ〜。アタシにも見せて〜。」
エリアルも楽しそうな顔で、いそいそと寄って来る。
バサバサ
『ブレードフライ』に『ドラゴンフライ』、『アーマード・ビー』に『キラー・ビー』。
ひっくり返したズタ袋の中から出て来る、無数の風属性モンスターの死体。
「ホウホウ・・・これはなかなか・・・。」
「へーえ、結構良いモン捕れてるじゃない。さっすがあたしの猛毒の風(カンタレラ・ブリーズ)!!」
「ふむ。伊達に秘法の名は冠しておらんようじゃのう。」
「やーだ。そんなに誉めないでよー♪」
そんな二人の会話を聞きながら、下っ端はブツブツと呟き合う。
(拾ってきたのは俺らでやんすのに・・・)
(しっ!!聞こえたらまたお嬢に尻けられるで!!)
そんな彼らを他所に、シャドウとエリアルは陰惨な品定めに熱中する。
「にしても、惜しかったわねー。大嵐(あれ)がなけりゃあ、あの村全滅させて、もっと上等な資源が沢山手にはいったのにー。」
「まあ、そう急くなと言っておるじゃろう。「果報は寝て待て」じゃよ・・・おや?」
死体の山を漁っていたシャドウの手が止まる。
「コイツはまた、面白いものを拾ってきたのう。」
そんな言葉とともに、シャドウの手が死体の山から緑色のものを拾い上げる。
それを見たエリアルが、怪訝そうな顔をする。
「あら、それ『ギゴバイト』じゃない。何でそんなもんまで混じってんのよ?」
マーカーが答える。
「ああ“それ”っでっか?何や、えらい高い崖の下に転がとったんです。どうやら落ちたらしくて・・・。これも縁や思うて、拾ってきたんですけど・・・。」
それを聞き、不気味にほくそ笑むシャドウ。
「クポポ・・・“縁”、か。確かにこれは、なかなか良い“縁”じゃのう・・・。」
そう言うと、その手にギゴバイトをぶら下げたまま立ち上がる。
「ヴィジョン!!」
「・・・お呼びで・・・?」
シャドウの呼び声に応じる様に、彼の前の空間がクニャリと歪む。
歪む空間から溶け出す様に出てきたのは、シャドウと同じ異形の顔をした男。
『ヴィジョン・リチュア』。
その名の通り、幻影を操る能力を持つリチュアの斥候。
そんな彼に、シャドウは問う。
「ガスタ村の様子はどうじゃ?」
「は・・・。」
ヴィジョンは申し訳なさそうに顔を歪める。
「どこぞの余所者が犯人を名乗ったと言う事で、村の意識がその者に集中しております。シャドウ様のおっしゃった内部瓦解はどうやら免れた様で・・・」
「ふむ・・・。そうか・・・。」
「いえ!!しかし、此度の事で住民達が精神にダメージを負った事は確か!!士気は充分に下がっているかと・・・」
シャドウの声音が些か低くなるのを察したヴィジョンは、あわてて繕う言を発する。
相当に気の弱い質らしい。
「よいよい。お主のせいではないわ。このまま、偵察を続けてくれ。」
「・・・はっ。」
ホッとした様な息をつくと、ヴィジョンの姿は再び空間に溶け消えた。
それを見届けると、シャドウはエリアルに向き直る。
「・・・と、いう訳じゃ。」
「アラアラ。」
わざとらしく笑うエリアル。
「アテが外れたみたいじゃない。ついに老い呆けたかしら?軍師様?」
遠慮のない言葉に、しかしシャドウはクポポと笑って返す。
「まあ、長く生きておればこんな時もあるものよ。それでも、ガスタの者共の心身は崩れた。それで充分じゃ。」
「ものは言いようね。」
冷ややかな声。
「不満そうじゃな。」
「そりゃそうよ。せっかく面白いものが見れるかと思ったのに。消化不良もいいとこだわ。」
そう言うと、エリアルはプクりとむくれる。
そんな彼女に、シャドウはニタリと歪んだ笑みを浮かべる。
「クポポ・・・そう拗ねるな。埋め合わせはしてやろう。」
「埋め合わせ?」
怪訝そうな顔をするエリアルに、クルリと背を向けるシャドウ。
「着いて来い。丁度良い“座興”の種が手に入った。」
その言葉に一瞬キョトンとするエリアル。
だが、すぐに何かを悟った様に笑みを浮かべる。
それは可愛らしい顔にはそぐわない、邪悪としか言い様のない笑み。
「面白そうね。行く行く!!」
そう言うと、パッと飛び起きてシャドウの後を追う。
二人が向かうのは、凍てついた沼の中心。
そこにあったのは、氷の沼から浮き上がる様にして凍りついた巨大なモンスターの姿。
かつてこの沼の主として、ガスタの民達を恐れさせていた『沼地の魔獣王』。
その、成れの果て。
大きく開かれたままの口には、まるでつっかえ棒でもするかの様に太い丸太が立てかけられている。
シャドウとエリアルは、その口の中へと入っていく。
それを見たアビスとマーカーが声を上げた。
「あ、お嬢、シャドウさん。“城”に帰るんでやんすか?」
「あー、ちょっとねー。」
「ほな、ワイらも・・・」
「このお馬鹿!!」
「痛!!」
いそいそと後に続こうとしたマーカーに、エリアルが手近に転がっていたスカイ・ハンターの死骸を投げ付ける。
「アンタ達はここで留守番!!」
「ええ!?そんな殺生な!!」
「ワイらも城のベッドでおねむしたい!!」
悲痛な懇願。
けれど、聞く耳は持たれない。
「何言ってんのよ!!留守にしてる間に村の連中に見つかったりしたらどうすんの!?いい、ちゃんと“寝ない”で番してるのよ!!」
「「そ、そんなぁ〜!!」」
二人そろって抗議の声も、虚しく夜闇に溶けるだけ。
「ほれ、エリアル、行くぞ。」
「はいは〜い。じゃ、しっかりね〜。」
言うと同時に、エリアルの足がつっかえ棒を蹴り飛ばす。
グワッ
支えを失った魔獣の口が、猛スピードで閉まる。
その鋭い牙が、エリアルとシャドウに突き刺さるその瞬間―
パシュンッ
朱い魔法陣が閃き、二人の姿が掻き消える。
―『位相転移(シフト・チェンジ)』―
そして―
ガシャァアアアアンッ
完全に落ちかけた顎の下。そこにいたのは、すんでの所で剣で支えている貝顔の男と、その傍らで青い顔をしている獣の様な風体の男。
「よう・・・。『ビースト』・・・『シェルフイッシュ』・・・。」
「・・・がぅ・・・。」
「・・・・・・(汗顔)」
マーカーにそう呼びかけられた獣―『リチュア・ビースト』と貝顔の男―『リチュア・シェルフィッシュ』は、ほうほうの体で魔獣王の顎あぎとから抜け出すと、深く息をついた。
「お互い、難儀やな・・・。」
「がぉ・・・。」
頷きあうマーカーとビースト。
どこまで行っても報われない、下っ端達。
その様を見ていたチェインが、小さく舌打ちをした。
・・・そこは、氷の様に冷たい霧に満たされていた。
何時の何処かも知れない場所。
何処の誰も知らない場所。
白く濁った大気の底。煌々と揺らぐ水をたたえ、広がる湖。
その中心に、氷山の様に佇む城がある。
名はない。
付ける者はいない。
呼ぶ者もいない。
もし、呼び名を求むなら。
人は其をこう呼ぶだろう。
“リチュアの城”、と。
その荘厳さに反して、人気もなく静まり返った城の中。
長く伸びた回廊を、シャドウとエリアルは連れ立って歩いていた。
エリアルが、お預けを喰らった子供の様に喚く。
「ちょっと〜。面白そうだからついて来たのにぃ。早く何するか教えてよ。」
「まあ待て。先ずはノエリア様にお伺いを立てねばならん。」
愚図る孫を諭す様な調子で言いながら、シャドウは回廊を進む。
やがて、二人の行く手に大きな扉が現れる。
その前に立ち、シャドウは声を上げる。
「ノエリア様。エリアルとシャドウめにございます。お目通りをお願いしたく存じます。」
すると―
(入れ。)
何処からともなく、響く声。
同時に、重い扉が音もなく開いた。
「失礼いたします。」
うやうやしく頭を下げ、足を踏み入れる。
広い空間。
視界を損ねぬ程度の薄闇が満ちている。
その中を、またしばし歩く。
やがて、闇の向こうに何かが見えてくる。
それは、壁にかけられた巨大な鏡。
その前に置かれた、白く輝く玉座。
そこに、細身の影がしなだれる様に座っていた。
「ノエリア様。ご機嫌はいかがですかな?」
言いながら、傅くシャドウ。
「ごきげんよう。ノエリア様。」
ローブの端をつまんで挨拶すると、エリアルも倣う様に足を折る。
「ふむ・・・。」
影が、気怠そうな声を漏らす。
「退屈じゃ・・・。」
天窓から、ふと月光が射し込む。
光の中に浮かび上がる玉座。
座っていたのは、妙齢の女性だった。
天の月を見上げながら、彼女―『リチュア・ノエリア』は言う。
前に傅くシャドウ達には、一瞥すらも向けない。
「シャドウ。エリアル。お前達は今度の“狩り”の先駆けを荷っていたのではないのかえ?何故、戻ってきた?」
問い詰める訳ではない。
責めている訳でもない。
ただ、”言っている”だけ。
けれど、それだけで鋭い氷柱に貫かれる様な感覚がエリアルを襲う。
「え、あ、それは、その〜・・・」
しどろもどろになるエリアル。
そんな彼女を他所に、シャドウは動じる様子もなく話し出す。
「はは、ノエリア様。実は面白い座興を思いつきまして・・・」
その言葉に、ノエリアがカクンと首を傾げる。
物憂げな視線が、初めてシャドウ達を映す。
「座興とな?」
「は。まずは、これを御覧ください。」
そう言って、シャドウは手にしていたギゴバイトの亡骸を差し出す。
目を細めるノエリア。
「何じゃ。水蜥蜴の死骸ではないか。汚らしい。そのゴミが一体どうしたというのじゃ?」
シャドウは続ける。
「はは。仰せます通り、死骸このままではただの“ゴミ”。要を成しませぬ。よって、まずは“かの術”の使用をお許しくださいませ。」
「ふむ?あの“術”か?」
頷くシャドウ。
「はい。さすればこの“ゴミ”、この上ない座興の種と変わりまする。」
その言葉にノエリアはしばし考える素振りを見せると、やがてこう言った。
「何やら腹積もりがあるようじゃの。許す。やってみるがよい。」
「ありがとうございます・・・。」
頭(こうべ)を低く垂れながら、シャドウはその顔に冷たい笑みを浮かべた。
一方その頃、エリアとギゴバイトが落ちたオベリスクの渓谷では―
パァンッ
暗闇の中、響き渡る最後の炸裂音。
月の浮かぶ上空に、杖に乗ったスフィアードとウィンの姿が現れた。
「着いたよ!!」
言われて、ウィンは下を見下ろす。
深く切り立った崖の底は、月の光も届かない。
ただ深々と、深い夜闇だけが満ちている。
「エーちゃん・・・こんな所から・・・」
ウィンの身体が、カタカタと震え出す。
そこに、間髪入れずスフィアードが檄を飛ばす。
「しっかりしな!!まだあの娘が死んだって決まった訳じゃない!!信じるって言ったろ!!あんた!!」
「―ッ!!う、うん!!」
その言葉に我に帰り、頷くウィン。
「崖の途中には、いくらか木が生えてる。ひょっとしたらそれに引っかかってるかもしれない。あんた、“光”は灯せるかい?」
「うん!!」
そう答えると、ウィンは杖を取り出す。
「光の精霊よ 我が命に従え!!『闇をかき消す光(シャイニング・ウィスプ)!!』」
ポゥ・・・
詠唱とともに、ウィンの杖に眩い光が灯る。
「よし、それじゃあ、こっからは手分けだ!!ちまっこいの、あんたにも手伝ってもらうよ!?」
『合点だ!!』
ウィンの胸元から顔を出したプチリュウが、そう言ってガッツポーズをした。
その後、スフィアードは光を灯した杖に乗り、ウィンは召喚したシールド・ウィングに乗って、プチリュウは夜でも効く目と鋭い嗅覚を使って、崖の途中に生えている木々を上から下へ向かって探し回った。
しかし、求める姿は見つからない。
探す箇所が下に移るにつれ、焦りは強くなる。
見つかる場所が下になる。それは、それだけ生存率が下がる事を意味する。
皆は祈る様な気持ちで探す。
けれど、やはり求める姿は見つからなかった。
そして、とうとう一同は崖の麓へとついてしまう。
誰も、流石のスフィアードでさえも、何も言わない。
言えない。
絶望的な気持ちで、周囲を探す。
ウィンは、身体の震えを止める事が出来なかった。
酷く、恐ろしかった。
あの高い崖から落ちたというエリアが、どんな事になってしまったのか。
それを知るのが、たまらなく恐ろしかった。
その想いに逆らう様に、黙々と探し続ける。
「あんたはもう、休んでな。」
瘧に罹った様に震えながら探す彼女を気遣い、スフィアードが言う。
けれど、ウィンが探す手を止める事はなかった。
今のエリアの惨状を見るのは、確かに怖かった。
けれど、それ以上に親友の亡骸をこんな寂しい場所に野晒しにしておく事が耐えがたかった。
早く。
少しでも早くエリアを、安らかに眠れる場所へ。
今のウィンを突き動かすのは、ただその想いだけだった。
1時間。
2時間。
3時間。
時間だけが、刻々と過ぎていく。
やがて、東の空が白ずんできた頃―
「駄目だ!!」
スフィアードが、大きな声でそう言った。
「見つからない!!どうなってるんだ!?」
「エーちゃん・・・一体何処に・・・」
憔悴しきった顔で、ウィンが呟く。
そのまま、黙りこくってしまう二人。
この時、お互い口にこそしないものの、二人が思い至っていた可能性があった。
それは、彼女達より先に肉食のモンスターがエリアの亡骸か、もしくは重傷を負って動けない彼女を見つけ、その身体を持ち去ったという可能性。
原生モンスターが多く住むこの地域では、十分にありえる事である。
けれど、もしそうだとしたら、今頃エリアは・・・
ウィンは思わず頭を抱えると、その考えを振り払おうとブンブンと首を振った。
あんまりだ。
それでは、余りにも救いがないではないか。
助けた筈の人々に。
無実の罪で糾弾され。
傷つけられ。
その挙句が、モンスターの腹の中だと言うのか。
ありえない。
そんな事が、あっていい筈がない。
しかし、いくら振り払おうとしても、最悪の可能性は頭を離れない。
それに耐えかね、ウィンが悲鳴を上げそうになったその時―
『ウィン!!』
近くで茂みを調べていたプチリュウが、何かを咥えて飛んできた。
「どうしたの!?ぷっちん!!」
『こ・・・これ・・・!!』
プチリュウが口に咥えていたもの。それは、エリアの写真と名前が印字された、名刺の様な札。
「エーちゃんの・・・学生証・・・?」
そう。それは魔法専門学校から生徒一人一人に発行される、学生証だった。
外出の際には必ず携帯する事が義務付けられるそれが、ボロボロになって落ちていたのだという。
これがあるという事は、やはりエリアはここに落ちていたのだ。
そして、それにも関わらず姿がないという事は―
最悪の事態に、王手がかかった。
助けを求める様にスフィアードの方を見るが、彼女も心苦しそうに顔を伏せるだけ。
もはや耐え切れない。
ウィンは、大声で叫んだ。
「エ―――ちゃ―――んっ!!」
しかし、それに答える者はなく、声は朝靄の立ち始めた渓谷に空しく響いては消えてゆく。
「・・・・・・っ!!」
脱力したウィンが、足から地面に崩れ落ちようとしたその時―
「エリアがどうしたって?」
ひどく懐かしい声が、その耳を打った。
続く
タグ:霊使い
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