アフィリエイト広告を利用しています

2017年05月23日

入院生活の始まり

入院した部屋は個室。差額ベッド代は1日21600円だった。平日だったら美味しい料理の付く温泉宿並み。とにかく2014年クリスマスイブに、とんでもないプレゼントであった。

頸髄損傷ということが解らなかった。「頸椎損傷?」って医者に言ったら強い口調で「頸髄です」と言われた。それがどんな症状でどう回復するのか解らなかった。とにかく入院して、何らかの処置を受ければ治るのだと思っていた。時間とともに回復する骨折のように。

両親が来てくれたのは翌日25日。この年になっても、両親の顔を見ると心強く励みになる。
その翌日には姉も来てくれた。
この日から母親は約3か月間、東京の僕の部屋から毎日通ってくれることになる。感謝。

翌日から毎日何をしていたのだろう?あまり記憶がない。12月25日から30日までの。
年末には恒例の同級生ゴルフ、年明けには37年ぶりの中学の同窓会が予定されていた。同級生に電話して同窓会をキャンセルしてもらったり、年末年始の切符はネットでとっていたのはキャンセルしたっけ?
でも、今だから記憶が曖昧なだけで、四肢が動かない以外はすごく頭は回っていた。





僕はどちらかというと気は長い方ではないし、自分の意見をあまり曲げない。いわゆるガンコなジジイ。
この状況をその時の自分はどう受け入れたのか?左手は全く動かない・右腕は少し動く・感覚がないなど。ただ思ったのは、「起こってしまったことは仕方ない」だった。
それと、それまでの長い人生の中で色々なことを経験して「強く」なっていたと思うことがある。
こんな状況になっても、なぜか悲観的な思いはなかった。これは入院中も今も。
動かない足、これから今の住んでいる部屋までの階段がのぼれるかな?満員電車に乗れるかな?とか考えていた割には、現実と乖離した思いは「何とかなるし、元通りになる」というお気楽な気持ちを持っていた。

とにかく点滴をされたまま、毎日をベッドですることなく過ごした。昼間のテレビも面白くないし。
とにかくベッドに仰向け、首にはコルセット。夏でなくて良かったなど、呑気なことも思っていた。
T君が持ってきてくれたラジオで地域のFM局が、昔の洋曲を流してくれていたのが楽しみだった。
T君は「前もって来たラジオは小さかったから」といってもう一つ少し大きめのラジオも持ってきてくれた。とにかく身体が動かないので寝ているしかなかった。

リハビリが始まったのは年内だったと思う。多分、26日か27日。ベッドでのリハビリ。PTのIさんは色白の美人。OTの男性は名前忘れたなぁ。(すみません)
受傷から2、3日した時には少しは動くようになっていたと思う。ナースコールを右足から右手の手の届く場所に移動した。ただ、左腕と左手はピクリとも動かなかった。
この病院は(どこもそうなのか?)偉い先生に数人の医師と看護師長が毎日回診に来る。白い巨塔。申し訳ないけど、この回診でなんか有用な事は言われたことはなかった。
「調子はどう?」「変わりはないね?」の繰り返し。




【このカテゴリーの最新記事】
posted by shigenon at 10:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 入院
この記事へのコメント
コメントを書く

お名前:

メールアドレス:


ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/6293757
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
ファン
検索
<< 2024年12月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
最新記事
写真ギャラリー
最新コメント
孤独ではないこと by shigenon (11/15)
孤独ではないこと by 頸髄損傷ママ (11/12)
痛みを感じるのは大事だが… by shigenon (11/02)
痛みを感じるのは大事だが… by shigenon (11/02)
痛みを感じるのは大事だが… by 三姉妹ママ (11/02)
タグクラウド
カテゴリーアーカイブ
プロフィール
shigenonさんの画像
shigenon
2014年クリスマスイブのプレゼントは最悪でした。 「頸髄損傷」というケガなのか病気なのか・・その症状との戦いの記録と現在の日々をアップします。 (2018年4月追加) 不全の頸髄損傷は「健常な人」に見えます。“ふつうに見える”様に努力をしています。が、反面、「もう良くなったんだ」と思われがち。 骨折とは違い、中枢神経の損傷は完全回復はしないという現実。 「健常に見える」「もっと良くなるよう努力する」「もう治っているんでしょ」の狭間で何とか毎日を過ごしています。
プロフィール