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2024年12月27日

ブログの引っ越し

ずっと使っていたファンブログが終了するのに伴い
ブログの引っ越しをします。

新しいブログ
https://shigenon2017.livedoor.blog/

引き続きご覧いただければ幸いです。
【このカテゴリーの最新記事】
posted by shigenon at 15:19| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

奇跡の9連休

もう年内の最終出社日、年末年始の休みはいわゆる奇跡の9連休と言われている。
これが現役時代だと嬉しかっただろう。29日くらいに実家に帰って4日に東京へ戻るパターンだったか。
週3勤務になってから休日がそれほど有り難くない。休息日としての休日は今で十分。ただ連休は嬉しいがこんな皆が休みの日に外に出る気はしない。
昨日から風邪をひいて調子が悪く、20時前に寝た。風邪をひくのは久しぶり。

風邪をひくと悪寒で身体が震えようとする。身体を温めるための本能。
これがやっかいだ。本能は自分の意志と違うところから発せられる。震えが起きているときは自分の意志で動かすことに影響が生じる。健常な時はそうでもなかったように記憶していたが、受傷後は影響を感じる。
特にマヒしている箇所だ、もうマヒの実感なんてなく生活をしているが、寒くなると左脚は固まったように動きを止める。もうこれは解消したのかと思っていたがまだそうなるようだ。
今も会社で廊下に出ると左脚の送り出しがスムーズでない。

もう完全に治ったと思っていたのに症状が出るとがっかりする。
脳の作用かと思って色々試してみるが脚の症状は同じだ。まあ仕方ない、受け入れてどう改善できるかだ。
今日は14時半終礼、17時半から忘年会。
忘年会を
楽しみにしていたが、少しお酒は控えよう。お酒は逃げない。
posted by shigenon at 13:08| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2024年12月25日

10歳の誕生日

母親の認知症がまた進行したようだ。
モノを忘れる時間が早くなったり物事の理解ができなかったり。少しなのだが進行している、これは一緒に生活していて些細なことで気づく。
朝食に必ずヨーグルトを食べるのだが、昨日はそれを忘れていた。
東京への旅で家を空けたた時、出発日にビーフシチューを作ったが日曜日に帰ると半分以上が忘れ去られて残っていた。他の日の食べるおかずもセットして袋に「12/21夜」とか書いて貼って冷蔵庫に入れていたのだが、食べるべき日に食べずに冷蔵庫に残っていた。
食べるという行動の中で抜け落ちるのは心配だ。
まだ自分のことは出来ているが、そのうち日々やっていることが抜け落ちるのだろうか。


医療費控除の領収書の整理。母親は全て領収書を置いているというが同じ場所に保管していない。まず父親と母親の分を分けて、それから医療機関ごとにまとめてとお願いしたが理解していない。やっている最中で何をやっているのか分からなくなるようだ。
領収書の中には水道代とか電話代とかが混在。デイサービスは医療ではないので対象外だ。だからその領収書も省く。
父親はまだ頭はしっかりしているかと思ったが昨日不安を感じた。省いたデイサービスの領収書を何度も渡してくる。4度同じことを言った。
これまでそんなことはなかったのだが。

休みの日は食事を作っているが、出勤日は冷蔵庫のトレーをそのまま出して魚だけフライパンで焼けばよいようにしている。その他のおかずは豆腐や納豆。
でもそのトレーから魚だけ出して、豆腐や納豆が置き去りになることもしばしば。賞味期限はどうなのかという発想はない。
まあ、それらは仕方ないのだろう。健康で動けることに感謝しなければいけない。

鍼後はやはり歩行が良くなる。鍼翌日の由比では25分くらい歩いたが耐えられた。
Aセンセイの鍼はツボに打って血行を良くする鍼ではない。筋骨への鍼という表現で正しいだろう。
打ってもらっている時に「今、骨に当たって狭い隙間に入った」ということをいつも聞く。鍼の種類についてもよく聞く。
鍼の太さや長さだけでない、硬さや表面の滑らかさ。硬い鍼が狙った所へ打ちやすいのは理解できる。滑りの悪い鍼はよく効くと言われた。前回からその鍼。滑りの悪い鍼が肌に入るのは想像するだけで痛い。滑りの良い鍼と比べたが打ってもらった感覚は全く違う。確かに腕に打ってもらうといつもより刺激が強い。ただ痺れている右脚にこの鍼を打ってもらう感覚は良い。

12月24日は10歳の誕生日だ。生まれた日でなく受傷した日。
2014年12月24日、この日から色んなことが変わった。だいぶ克服したとはいえ、手の痺れや右脚の痺れはまだあるのだ。
受傷して良かったとは思わないが、それも人生。起こったことは仕方ない。受傷したからこそ得たものもあるのだ。
posted by shigenon at 16:04| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2024年12月23日

東海道十六番

東京旅。
もちろん鍼のための東京行きなのだが、東京で人と会うことに加え旅行としての要素もある。
今回は元居酒屋Kに集まっていた友達が集まった。ちょうど金曜日に沖縄のAさんの帰京もあった。東京に居る時はAさんが戻る度に集まっていたメンバー。
去年の3月に自分の送別会をしてもらって以来会う。
いつも集まっていた中華料理屋。食べ呑み放題で。それからいつものカラオケスナック。かなりの量を吞んでいた。調子づいてもう1軒行こうかと思ったが自制心が働いた。翌日は昼から呑むつもりだから。

翌日は清水に。土曜日の東京での宿泊はかなり高騰している。金曜日の1.3〜1.5倍か。12000円を超えるともったいない。今回は金曜日しか東京で予定がなかったので東京から途中下車できる地に泊まろうと思っていた。
観光・グルメ、この2つだがグルメを優先で考える。前回の焼津はそれほどの感動はなかった。
清水ならマグロだと。周辺の観光を調べると安藤広重美術館が由比にある。由比と言えば桜エビ。
土曜の朝に由比まで移動して広重美術館から桜エビというコースに決定。

特に東海道五十三次に興味があるわけではなかったが、なるほどと思って鑑賞した。日本橋から京都までの53宿。たまたまだが前日に日本橋に泊まっていたので同じスタート地。16番が由比だ。
その後は桜エビのかき揚げと蕎麦のセットで昼食。行きは由比駅からタクシーだったが帰りは歩きで。
様相は変わっているがこの道を江戸時代の人は歩いたのだろうか。
由比から宿泊地の清水まではすぐだ。着いたのが13時半。ホテルに荷物を預けて歩いていける観光地を聞くが何もなかった。
アーケード街をウロウロして駅前でほろ酔いセットを呑んでチェックイン時間まで過ごす。

チェックインするとロビーにお酒が置いてあって無料だった。なんと魅力的なホテルだ。
ワイン、ウイスキー、日本酒と取り揃えている。部屋に上がる前に地酒を地元の日本酒をいただく。
ウロウロした時に夜に呑みに行く店は目星をつけた。それまではゆっくりしようと思ったが、その店の情報を見ると16時開店だった。少し横になってからホテルを出る。
その店は海鮮から焼き鳥まで幅広いメニューだった。カウンターに座ったが、その1席だけが空いていて他は予約で埋まっていた。
アジの刺身、桜エビの刺身、そして大トロ、中トロ、赤身の3点盛り。地酒は3種3合で。
昼に瓶ビール、ホテルで日本酒1合を呑んでいる、抜けたとはいえいつもより多い。まあ旅なのだと自分に言い聞かせて。
感じの良い店だった。帰りには大将が表まで見送ってくれる。

ホテルに戻るとまだロビーの無料酒は開いている。そう、16時半に店に行ったのでまだ20時前だ。
日本酒の種類が増えている。ロビーで無料の一人二次会、日本酒を3合呑んだ。
翌日は港の市場でランチを食べて帰る予定。良さそうな店を調べるとすぐに眠りについた。ほんとに食べて呑むだけの旅だ。
翌日に目指す店は10時開店なのでブランチ。

狙っていた清水港の市場内の食堂に名前を書いてから直売所を覗く。直売所は賑わっていた。ここが近所だったら嬉しいだろう。マグロだけでなく魚種も多い。生ものは持って帰るのは無理なので桜エビのかき揚げや煮魚をお土産に買う。
10時に食堂はオープン。限定30食のまぐろ定食は刺身、アラ煮、カツとボリュームたっぷりで1000円。プラス1000円で刺身を中トロに変更できるのでそうした。
ビール1本で中トロ、アラと食べ進める。途中で完食は無理そうなのでカツ2種はテイクアウトに。

引退して楽しみは旅。というよりその地の食べ物や酒。
週三の出勤とオフ日の食事作りと筋トレ、これらから解放される素敵な時なのだ。
帰ると出かけた木曜日に作ったシチューがそのまま鍋に残っていた。袋に食べる日を書いて袋に入れていたシャケも残ったままだった。

ファンブログが4月に終わると書いてあった。
年明けにはlivedoor Blogへそのまま引っ越す予定。
posted by shigenon at 15:45| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2024年12月16日

習慣と慣れ

地面に脚が吸いつくような良い感覚は弱くなったが、調子は悪くない。この良い感覚になぜなったのかと前週と同じストレッチなどを試みるが原因は見いだせないままだった。
やはり気圧であるとか、自分ではどうしようもない色んな条件があるのだろうか。
地面に吸い付く感覚の要になるのは腰やお尻の状態に拠るような気もするが定かでない。

日常生活でやらなければいけないことはたくさんあるのに何もやれていない。
部屋の片づけや掃除もそう、両親の年賀状の印刷、自分の年賀状の準備、冬の服のピックアップなど。実家にいると気分が帰省している感覚になるのがまだ抜けない。
これまで大きな休みに帰省すると、することもないのでボーっと時間を過ごすことが多かった。今でもその感覚でボーっと過ごしてしまう。やるべきことが食事の用意とジムで、その合間の1時間位をボーっとしてしまう。良い言葉で言えば小休止だが。

機敏に動ける身体ではないことも大きな理由だ。人前では普通に動いているのだが一人になると動くことが億劫になってしまう。公の場では頑張ろうと脳が働く。家の中では最低限の動きしかしていないのかもしれない。
ジムに行くという習慣をつけていて良かったと思う。ジムには行かないといけないという使命感が刷り込まれている。
習慣化。生活の習慣化は大事だ。何も考えなくてもそれをやれば良いという行動の刷り込み。
それと正しい動かし方を自分の当たり前の動作になるよう習慣化。それで骨格筋が正常に働き身体の機能が正常化する。

これまでは冬の到来が怖かった。身体が固まって動きづらくなったり、震えが止まらなくなったり。
でもそれらにも慣れてきた。固まっても力をどう抜くかとか、震えをやり過ごすなどトラブルへの経験値が高くなっている。何とかなるものなのだ。
今週から本格的な冬の到来。東京の時よりもはるか寒い環境で朝を過ごしているが慣れてきたようだ。
posted by shigenon at 16:13| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2024年12月09日

その脚、好調につき

広島への旅行の時から感じていたが、脚の調子が良い。
しっかり地面を掴める感覚。これまでも同じ表現を何度もしているが一番ピッタリくる表現なのだろうと思う。
健常な時の感覚はこうだったのだろうかと思い起こすが、その感覚は覚えていない。悪い状態……から考えると走り出すことができるくらいに地面に脚が吸いつく感覚。

何で良い状態なのかが知りたくて、何をしたのかを考える。
でも思い当たらない。いつもそう。先週の土日に何か違うことをしたかと考えるとパワーブレードのお尻を乗っけて梨状筋を揺らしたからだろうか。しかしその翌日は特に良い状態だとは感じなかった。
旅に出てけっこう歩いていて気づいた。
そもそも脚の悪い状態はどうかというと、良い状態の逆で地面への接地感が違う。フワっとした感覚。それと足裏から下腿、上腿への連動が悪い感じがする。

これまで何度も感じた“地面に脚が吸いつく感覚”。それは仕事終わりの居酒屋へ行くときもそう。
酒が呑めると脳が喜んでいるからかと何度も書いたことがあるが、今回はもう6日続いている。これだけ連続していることはあまりなかったと思う。脳がずっと喜んでいるのだろうか。
嬉しいことなのだが、これがいつまでも続くという期待は持っていない。もちろんこの状態がキープできれば大きな元通りへの1歩だけど。
じゃあ肩の疼痛や手の痺れの状態が良いのかというとそうでもない。酷い状態ではないが、いつも通りの症状は感じる。

ただ良い・悪いを繰り返して今の状態がある。
常に強い痺れが常習化していた右脚全体が急に良くなった夜のことを今でも覚えている。その後はまた痺れが強くなったがまた良くなって今の痺れの強さになっている。
大きな期待を持つと落胆も大きい。自分のできることを日々繰り返すだけだ。
posted by shigenon at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2024年12月06日

広島・山口へ

ふと知り合いに会いたくなってとか特定のものが食べたくなってふらりと旅をする。
考えたら贅沢なことなのだろう。時間とお金。
それよりも前提となるのが健康な身体なのだ。自分の足で歩けて自分の手で食べ物を口に入れられることは何事にも変えられない。当たり前の動作にこそ幸せはある。

国内外の観光需要がコロナ禍から回復してきている。それに伴ってホテル代がかなり高騰している。
金曜日はまだ安いが土曜日になると1.5倍になる。
東京へは6週間に1回、2泊するのだが金曜日は何とか9000円以下で泊まれるが土曜日は1万円を超える。12月の鍼予定は19日。金曜日はなんとか東京に泊まるが、土曜日は東京を諦めた。
東京から関西までの間であまり行かない土地に泊まるのもひとつだ。今回は清水でマグロを食べてみようと思っている。清水だと7000円ほどで泊まれる。3000円分美味しいものを食べられるのだ。

今回の広島・山口の旅の前にそういったことをしていたので、ホテル代に費用をかけるのを抑えようと広島と山口のホテルも一番安いところを選んだ。
広島では風呂は大浴場のみで部屋にはないホテル。カプセルでなく個室だからちゃんと眠れる。それで2300円。ふつうのビジネスホテルと比べると5000円も安いのだ。5000円あれば美味しいものが食べられる。山口も5000円ちょっとのホテルにした。
交通費もケチる。1時間ちょっとは各駅停車でも我慢できる。あとは高速バスをうまく利用した。

今回の旅は人と食べ物。
広島には昔行っていた料理屋の板さんが料理長を任されている店がある。そこへ行って広島の料理と酒を味わいたかった。
広島は10年住んだ街。どこへ行くわけでもない、広島の空気を吸って酒を呑むだけだ。
およそ1年ぶりに会うN君は変わらなかった。変わらないことが良いことだ。
生牡蠣を食べて地酒を十分味わった。

山口は35年前から行っている焼き鳥屋さん。
マスターはもう82歳になる。相変わらずの口調で来るお客さんに話しかける様子は変わらないが、身体はかなりしんどいようだ。焼き終わると椅子に座るようになっていた。
この日は出張の人が4組。その人たちと会話が弾む。この店で多くあった出来事だ。
店が終わってから名古屋から来ていた人たちと呑みに行ってホテルに戻ったのは2時だった。

人生をどう過ごすか。
20代、30代の時と今では思うことが違うのは当然のことだろう。もう先が見えているのだ。
残りの人生を楽しく過ごしたい。じゃあ楽しいって何なんだ。
自分のことが自分で出来て、何か毎日喜びを感じられることか。自分で言えば美味しいものを食べて酒を呑んでくらいしか思いつかないが。
他に楽しいこと、ハマることを見つけないといけない。
この1か月で会社の同僚が二人亡くなった。61歳と64歳だった。死んだら無だ。
もうすぐ12月24日。受傷から10年になる。不自由ながらも死んで生き返って10年なのだ。
posted by shigenon at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2024年12月02日

理屈を理解する

朝の気温が5℃程度になってきた。田舎の朝は寒い、特に1軒家は冷え込む。
冷え込んだ朝、久しぶりに手足が痙攣した。手足が伸びた状態でうまく曲げられない、ピクピク感を感じる。一言で言えば痙縮というやつだ。特に驚きもしないし、痙縮している間にどういう仕組みでこうなるのか考えていた。寒い時だけに起こる訳ではないが、寒いと頻度は多い。

寝て起きた時に背伸びをする。これは寝ていた時に関節などが動いていないから、動かすための準備運動のようなものか。健常な状態であれば各関節や筋肉がそのまま普通の動作に移行できる。
脳の障害や神経の障害を持った人は、それがすんなり移行できないのだろう。
脳が魔性神経に命令して筋肉を動かす。動くと次の動作の命令。この双方向のやり取りがどこかで遅れることによるのだろうか。
脳障害の人は受けた指令を脳がうまく受け止められない、中枢神経障害の人は返した命令がうまく末梢神経に伝えられない。
寒さで身体が震えた時に止まらなくなるのもそうなのだろう。

勝手な想像だ。
でも少なからず正しいと思うのだがどうだろうか。自分はまさにそんな感じだと実感している。
理屈で分かれば対処のしようがあると自分は思っている。自身のQOLを高めるためにはこの発想は大切だと思う。

土曜日曜と続けてジムで筋トレ。
同じ荷重、同じ動きの筋トレでもこれだけ頻度高く行っていると筋肉は増強されたような気がする。筋肉は身を助けることは間違いない。
パワーブレードをずっと使っているが、腕や脚の筋肉の揺れが大きくなったように感じる。筋肉が大きくなったのだろうか。まあ勝手にそう思っていても体組成計で変わりなければショックを受けるだけだが。
いつものストレッチ。ストレッチ後にぎっくり腰が悪化していたがもう痛くない。どうも完治したようだ。何が要因で完治したのかが分からないのだが。

12月、少しづつだが予定が入ってきた。
誘われるうちがが華だ、一人が好きだとか生意気なことを言ってはいけない。一人では生きていけないのだ。
明日から広島、山口の旅。それは一人旅だが、人に会いに行くことと食べることが目的だ。
posted by shigenon at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2024年11月27日

袖振り合うも

約1年会っていなかった人と痛飲した。
先月くらいに連絡があった。お元気ですか.また飲みましょうと。そうしたら月曜日の夕方に〇〇で呑んでいますと連絡がきた。
この人は1年くらい前だろうか、安居酒屋で隣り合わせた人だ。歳は2つくらい下、話がはずんでLINE交換をした。それから2回ほど呑みに行った。
行くのは25日に1000円呑み放題になるお店。高い日本酒も対象だし時間制限もない。
月曜日も同じ店で待っているとのことだった。

こちらに戻ってきてよく行く呑み場は4軒ほどか。
これまで住んだ各地の居酒屋では隣の人と話すということは多くあった。店の人か隣の人と話すことが楽しくて居酒屋通いをしていた。どちらかというと常連さんが通う店が多かった。
この役2年で隣り合わせて会話が盛り上がってLINE交換した人は4,5人か。もちろんオジサンばかり。それから誘い合って呑むのは、月曜に呑んだ人を入れて2人。
考えたらかつて住んだ大阪も東京も呑み屋で知り合った友達や店の店主ばかりだ。
袖振り合うも多生の縁という。人と知り合うのも偶然ではなく必然なのかもしれない。

月曜日は呑み過ぎたこともあり火曜日はダウンぎみ。けっこう雨が強く、二日酔いに加えて低気圧の影響で身体がシャンとせず何もやる気がおきない。
昼飯を作る気がおきず両親を連れて外食。夕方になって買い物に行くが調理も面倒なので鍋に。やる気がない時に無理をする必要はない。
低気圧による身体への影響について思うが、それは仕方ないことなのだろう。調子が悪くなる限度が大まかに分かれば耐えられる。

もう11月が終わろうとしている。12月、師走だ。
12月に入ると広島・山口の旅。年内最後の東京への鍼もある。
ぎっくり腰はまだ治らない。
posted by shigenon at 13:16| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2024年11月25日

指の感覚

腰は良くなったり悪くなったり。
良いから軽くストレッチをすると悪くなる。ベルトをして寝ると良くなるしカイロを貼っているとずいぶんマシだ。
以前、慢性の腰痛の人がいたが、電車が空いていても絶対に座らなかった。立ち上がる時が怖いと言っていたが、その気持ちが分かる。

ギックリ腰には大腿筋膜張筋と内転筋のストレッチということをずいぶん前のギックリ腰の時にYouTubeで学んだ。大腿筋膜張筋がどこからどこまでかが不明だったので、ジムでちょうど居た支店長に聞いた。
当人もボクササイズのインストラクターをやったり詳しい。太もものストレッチなども教えてくれる。せっかくの話す機会、そうなれば自分の状態も知ってもらいたくなる。
受傷について話し、筋肉を付けたことでずいぶん身体の機能が使えるようになったことなどを話す。要は自慢したいのだ、自分は。
がんばってここまで健常な人、いやそれ以上に見えること、でも実際は痛みや痺れと戦っていること。それを自分だけで抱えていたら気が狂いそうになるのは事実だ。
大変だったね、とか、よく頑張ったね、とか、全く普通に見えるというコトバが欲しいのだ。それがあってこそ新たな自分のモチベーションになる。決して自分は強い人間ではないのだ。

自分の症状について考えた時に、ほぼ日常生活に問題ない。
ただ横へのふらつき、手首が逆方向に荷重がかかると弱いことなど改善するにも改善方向が分からないことは多くある。
テーブルの端に置きっぱなしになっている小銭入れを見て、両手の感覚について思った。
健常な時はズボンのポケットに入れていた小銭。ポケットをまさぐるだけでだいたいの金種は感覚で分かった。
受傷後、ポケットから小銭を出すことが難しかった。小銭をちゃんと掴んでいるかどうか分からない、掴まずに甲にくっついた小銭を感じることができない。だからポケットから手を出すと小銭がポケットから零れ落ちる。すぐに小銭入れを買った。

指がうまく動かないこともあるが、触れるものに対しての感覚がなかった。
最初はすごくストレスだった。モノに触れるのは手なのだ。でも触れても次のアクションに不自由が生じる。掴めない、細かな動きができない。シャツのボタン掛けがそうだ。
指はそんな状態、腕は右腕は普通に動かせたが左腕は痙攣が頻繁に起こっていた。もう断薬したがリボトリールを処方された。ある整形外科医に劇薬と言われたから断薬したのだ。
https://fanblogs.jp/shigenon/archive/621/0?1732501883
腕については筋トレで可動は良くなったと思う。ただ左腕に筋肉が付いたという実感は最近だが。

指の感覚の話に戻そう。
ずいぶんマシになってきた。新聞はけっこう早いうちにめくれるようになった。モノをつかむという指の可動についての心配もほとんどなくなった。
ただ見えない動作で指が何を触っているのかが分からない状態は今もある。重なった肌着をめくるときにそのめくるべき裾が判断できないとか。
指の感覚が全くない状態から色んなものを触ったり掴んだりして再教育されたというのが今の状態だと感じる。感覚は脳が感じることなのだ。痛い、くすぐったい、熱い、冷たい。
その感覚が鈍いというのは感覚神経を失っているからだろう。ある程度は再教育できる。
ただその再教育というのは視認してその状態を予測するということなのだが。ラーメンの鉢を掴むときに瞬時に熱さを感じ取れる感覚はない。

日曜日に街の大きな商業施設を歩いていて思った。
もう自分は不自由じゃないんだと。自由なのだ。自分の足でどこまでも行ける。
誰が見てもふつうの人なのだ。
posted by shigenon at 13:08| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ
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2014年クリスマスイブのプレゼントは最悪でした。 「頸髄損傷」というケガなのか病気なのか・・その症状との戦いの記録と現在の日々をアップします。 (2018年4月追加) 不全の頸髄損傷は「健常な人」に見えます。“ふつうに見える”様に努力をしています。が、反面、「もう良くなったんだ」と思われがち。 骨折とは違い、中枢神経の損傷は完全回復はしないという現実。 「健常に見える」「もっと良くなるよう努力する」「もう治っているんでしょ」の狭間で何とか毎日を過ごしています。
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