なかでも文楽(人形浄瑠璃)は、何かいわくいいがたい雰囲気を醸し出していて、かねてから気になってはいるのですが、入り込みづらい
だいいち不可解なことが多い。人形劇なのに人形師が丸見えで、何とも言えない表情で人形を動かしてるし、黒子もうろちょろしているし、義太夫は何言ってるかわからないし、人形の顔はなんか怖いし。
そんな、文楽が気になっているんだけど、ちょっと敷居が、という方々に楽しい一冊をみつけました。
『マンガでわかる文楽: あらすじから見どころ、歌舞伎との違いまで全部わかる』( 文楽協会協力、佳山泉執筆協力、上島カンナイラスト、誠文堂新光社)は、文楽の公式音声ガイドの制作者が監修した入門書です。
文楽の歴史や人形をはじめとした舞台装置、代表的な演目、見所を解説。文楽の演者である三業(大夫、三味線、人形遣い)それぞれの役割、現在の若手三業へのインタビューも収録されています。
演目は30ほど解説されていて、事典のように引くことができるほどの充実度。演題がかなり共通している歌舞伎との演出の違いにも触れています。
歌舞伎として取り入れられ人気演目となっている「仮名手本忠臣蔵」も文楽が発祥。同演目は一章まるまる割いて、全11段の内容をじっくりと紹介しています。
そして、親しみやすさの要因ともなっているのが漫画。類型的に喜怒哀楽を表現する漫画は、もしかすると文楽との親和性が高いのかもしれません。
また漫画での解説はほかにも重要な効果を挙げているように感じます。
文楽は冒頭に申し上げたように、現代の人からみると奇妙に思える部分が多く、とっつきにくさにもつながっています。
元々、江戸時代の世間の噂やスキャンダルを題材にしていることもあり、予備知識がないと意味がつかめなかったり、意図が不明な場面もあったり、登場人物の行動の動機がつかみにくいところもあったりします
しかも何しろ伝統芸能ですから、そういう部分に突っ込みを入れるのもはばかられるんですよね
同書ではそういう「?」な部分に、エッセイマンガ風の突込みが入っているのが大きな特長なんです。
たとえば、漫画では文楽の登場人物には「クズ」っぽい人が多いのだといいます。
あっさり人をあやめてしまう人とか、酒で人格が豹変する人とか。必ずしも悪役だけがクズなのではなく、主人公も十分やばく、それでも、その人格を含め親しまれていたりします。
本書では、そんな有名演目の登場人物について「クズランキング」をいう試みで、容赦なきつっこみをいれているのです。
これが「あ、それは言ってもいいのね」というお墨付きをもらっているようで快いのです。
まあ、初心者の方に言われそうなことをあらかじめエクスキューズする感じも伝わってきて、「そこまで防衛的にならなくてもいいのでは」という気もしないではないのですが、とりあえずは突っ込みながら見ていけばよいんだな、と安心するところがあるのです
とはいえ、その切り口はあくまで入門であり、それだけではすぐに飽きてしまうでしょう。
伝統芸能(にかぎらないけど)には、既存の価値観や意味づけのようなものをいったん無に帰したうえで、新たに何者かに出会わせるような感覚があります。そしてそれが鑑賞の快楽でもあります。
意味がわかるわからない以前に、その表現に「何か」を感じてしまう人、引き寄せられる人、大切なものを見出す人がいるんです。
伝統芸能は、人々のその感性により息づいてきたものであり、それはどこぞの政治家に「変態」呼ばわりされようとも絶えることはなく、また代替が効かないものです。
本書はちょっと下手に出ているようで、文楽の表現に「ピン」ときてしまう人を、からめ手から捉え、魅惑の世界に引きずり込む一冊だといえるのではないでしょうか
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