・鵜住居地区の防災センター
・田老のたろう観光ホテル
たろう観光ホテルの社長は、普段から津波を撮る癖があったと。
津波はいつもより大きいだろうが、引いてまたもどるかと思っていた。
これ以上続かないで止まってくれと願いながら撮っていた。
一ヶ月に5千人訪れると。
松本さんは撮っていた映像をこのホテルの6階からみたものと同じと。
見学者に限り公開している映像。
「学ぶぼうさいツアー」報酬はないということ。−報酬もらっていいと思う。
ビデオで、
津波がきたよにげてー、早く逃げないと・・・ と松本さんは呼びかけている。
<津波が堤防を乗り越えた22秒後には、音がひときわ大きくなる。
津波がホテルにぶつかった。
X型となった防潮堤を超えてしまった。>
やっぱり津波来る前に逃げる気持ちにさせるのがこうした建物や映像ではないかと。
埼玉から来たツアー客:他人事とは思えない・・・と。
延べ5万人近くが映像をみたという。
建物はそのまま、かさ上げもないので遺構としてのこすと。
鉄骨は潮風で錆びてきている。
費用が課題。
9月に国の担当者。復興交付金は4階要望したがダメだった。
民間の私有財産だからだめと。
滝沢さん:たろう観光ホテルは残すに際して誰も亡くならなかったこと。だから大きな反対がなかったのが他の自治体の遺構とは違う。
松本社長は妻子を100km内陸に。食事は作らない。弁当を食べている。
宮城県気仙沼市の船 第18共徳丸:9月に解体が始まり10月にはなくなった。解体をするとお客さんが1/10になってしまったという仮設商店街の人の声。住民の多くは思い出すし、観光客が来るのが不快だという意見。
南三陸町の防災庁舎:3階建12mの庁舎まで津波は襲った。43人が亡くなった。庁舎の無線室から三浦毅さんは住民に避難を呼びかけ続けた。まだ見つかっていないという。三浦さんの奥さんは毎日毎晩来ていると。解体の要望も多い。保存には町が負担できないほどの多額の費用がかかると。二年悩んだ佐藤町長は苦渋の決断で解体を決めた。しかし、二週間後に復興交付金で震災遺構の保存費用の一部を補助すると。宮城県は解体を止めた。町が決めたので変えるつもりはないと村井知事に対して佐藤町長。
釜石市の鵜住居の防災庁舎:200人が亡くなった。子どもたちはほとんどが津波から逃げた、これは釜石の奇跡と呼ばれる。釜石東中学校と鵜住居小学校の子どもたちは逃げた。防災庁舎には行かなかった。にも関わらずである。2010年にできた防災センター。ここを会場に度々避難訓練をしてしまっていた。本来、津波の避難場所ではないところで・・・。菊池さん。長男の妻と孫を防災庁舎で亡くした。寺と神社が津波で逃げる一時避難所だった。防災センターは津波が引いた後に逃げる二次避難所だった。高台に逃げた人も、本来の場所は別ということを周知徹底されたことは一度もなかったと。8月の市の調査委員会は訓練のための訓練だったと。遺族会は解体を求めていた。菊池さんは残してほしいということもあるが、建物が危険、維持管理、復興問題もあるのでないほうがいいのかなと。
市としては解体して欲しいという声を最優先して解体することとした。
<また一つ震災遺構が消える。(これは別に震災遺構と呼んでいるだけだと思う・・・)ところが防災センターに手紙が一枚貼られた。寺澤さんの手紙。>
寺沢さんはちなみに鵜住居の住民ではない。親なので別のところに住んでいて通うという生活をしているので四六時中みているわけではない。10月釜石市は報告会を開催し、解体、跡地は公園整備の計画を説明。住んでいる住民は早く解体して戻ってきたいという発言。寺澤さんは取り壊して新しいモニュメントを要求をしない、どうしてあんなに多くの人が山が近いのに逃げなかったのかということを永遠に考えて欲しい。建物をなくして訴えるものがあるのか?−野田市長は選択はしなければならない。解体はするが教訓は残すと約束したいと。
<仲子さんの思いは届かなかったとナレーション・・・市長は建物はなくすが、主張された教訓は忘れいないという言葉があったので、これを無視するナレーションは本当にどうかと思う。いわゆるアオリというもの。>
いざ解体となると、残せないかなという感情がでる菊池さん。これは、そうだとも思う。しかし、そうしたことも含めて、受け入れて次の生活へとつなげていくのだと思う。
<手紙も将来市は展示するという・・・まさに意見は生かされたわけである。>
<震災遺構が消えていく・・というナレーション。−遺構といったら一般住宅であれなんであれそうじゃないか?なにが遺構で何が遺構でないのか?ガラスの割れる音が悲鳴に聞こえたってナレーションもおかしい。寺澤さんは毎日ではなく毎月来ていて悔しいという意見。毎日ではない。>
<ナレーション 大事なものはまたひとつなくした・・・日本語も変だし、そもそも遺構って誰が決めるの?全て残せるの?という疑問>
事実は事実としてよい。
しかし、ナレーションのデタラメさには辟易とする。
震災遺構の意味と、それを毎日眺める人の思いと、両方を同時には成立させることのできない現実がある。
津波から逃げるためにかさ上げの計画もある。
そうしたなかでの選択を一つ一つしていかなければならない。
いろんな意見の対立があるのも事実だろう。
しかし、アオリのようなナレーションは本当に余計だったと思う。
事実は収められていたと思うのだが、あまりに、残す側サイドの話に終始したというのも事実。
テーマは壊されていく遺構ということ(なんとこういうタイトルにはなっていないのだ!)なのだからこういうストーリーなのだろうけれど。
こうした語りたいお題目も語らずに、流れだけでそういう方向に無理やりもっていくのは、はっきり言って誰にとっても迷惑になると思う。
残念だ。最初からテレビには期待をしていないのだが、テレビは結構みられているのでとても残念。
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