すっかり秋も深まってまいりました
金華公園の銀杏も色づく頃です
山の上ホテルのリニューアル工事も急ピッチで進んでいるようです
本日の稽古
今日は開始前がとても忙しい稽古場です
・月初めの月謝の支払い
・受け取りの新規三味線のすべらない糸巻きの説明、
・カンベリ修理の三味線の受け渡し
しかも手合わせで早めに部屋へ入ります
いつもより早めに付いたものの、あっという間に時間が過ぎていきます
並木駒形と深川の手合わせ
替え手を受け持って下さる先輩の掛け声で始まります
爽やかなソプラノ声が美しく響きます(うらやましい・・・)
それにひきかえ私の声と来たら
録音した自分の声を後から聞くと非常に情けない
これは一体誰の声か?というほどカサカサしてかすれた声(絶対唄には向いていない)
「並木駒形」は、出だしが難しいのです
ゆっくりからだんだんと早くなります
出だしでは、船着き場から大川にすべり出る舟の情景が描かれます
舟から綱が外され、船頭さんがゆっくりと舟を漕ぎだし、本流へ向かって力を込めて加速し滑り出します
流れに乗って、一定の速度で落ち着いていく様子を表さなければなりません
しかも、これから吉原へ行こうとする客のウキウキそわそわ感、はやる気持ちも表現しなければなりません
一曲に込められているものが、とても奥が深いです
三味線とは何という情緒的な楽器なのでしょう
次に続くのが「深川」
こちらは籠で吉原へ向かう情景が描かれます
同じ吉原に向かうにしても、こっちは「えっさ、ほいさ」です
片方は舟、片方は籠、この違いを出さなければなりません
前回同様、先輩にリードしてもらいながら進みます
並木駒形では、一部本手のソロ(私の受け持ち)があります
ここが上手く出来ないとみっともない感じになってしまいます
ヤバー
しくじりたくないところです
並木駒形と深川の楽譜を貼り付けて使っています
そうしたら先輩も同じようにしておられました
来年、一月の下旬にリハーサルがあります
大人になってからの発表会は初めてのことです
「ピアノの発表会ってどうだった?」と先生
確か、発表会には二回出たけど正直あまりよく覚えてない・・・
何しろ小学生だったし、緊張していたのかとか、自分がどうだったとかあまり記憶は無い
とにかく、関係ないことばかり覚えているのだ
子供の頃の発表会の思い出
一度目は、どこかのスタジオ
小学校の低学年、エレクトーンの発表会
それほど広くないスタジオで、とにかく照明が明るかった
折りたたみ椅子が持ち込まれ、ぐるりと保護者に囲まれていた
保護者たちは出番の子供が出てくるだけで、その子供の一挙手一投足にいちいちクスクス笑っていた
今から思えば、子供の姿が微笑ましいので周囲の大人から笑みがこぼれていた場面
単にそれだけのことなのだが、
その時、私は子供ながらにその雰囲気がとても嫌で、
「別に笑われるようなことはしていないのに、どうして大人は笑うのか?」
と終わってから母親に詰め寄った事を覚えている
二度目はどこかの小ホール
たぶん小学五年生頃、こちらはピアノの発表会
お決まりの舞台上に、花とピアノ、「○○発表会」と掲げられた下げ看板
客席は真っ暗でよく分からない
弾いていて一カ所間違えたことを覚えている
これでもかというほど着飾って登場する子供たち
うちの母は、華美にするのが大嫌いなタイプなので私に何を着せるか迷っていた
結果、シンプルな白いブラウスと紺のスカートに、
コサージュはありふれているから嫌だと言って、襟元にスカーフというのを考え出した
しかもそのスカーフは、大人がするような赤や緑が入っている柄物だった
その頃の子供はおよそしない、大人びたスッチーのような格好
発表する子供は、舞台の中央まで来たら客席に一礼してから曲を弾き始めるのだが、
母は「みんなお辞儀の仕方がなっちゃいない」と言い出し、
始まる直前に、お辞儀の仕方をうるさく言われた
今から思えば、子供はみんな恥ずかしいから下向いたまま礼をして、そそくさとピアノに向かっていっただけで、
こうしなさい、と誰からも言われてないからみんな知らないし出来なかっただけ、なのだが
「真ん中まで来たら、いったん客席の正面を向いて静止し、お辞儀をし終わって顔を上げたら、
今一度まっすぐ客席の方を向いて終わること」
これを守らないと後でえらくどやしつけられるので、
それだけ気をつけたことしか覚えていない
さて、大人になってからの発表会はどうなることやら
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2019年11月07日
手合わせの稽古&発表会の記憶
posted by konomezuki at 13:02
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