2018年03月26日
大相撲 玉ノ井部屋 パーティー 大阪 春場所
3月25日 日曜日 尼崎ニューアルカイックホテルでの、玉ノ井部屋の大阪場所応援パ^ティーに参加してきました。
玉ノ井部屋の師匠である元栃東は昭和51年11月生まれの40歳で、関脇まで昇進した先代の元栃東、且つ玉ノ井部屋師匠の二男です。
同い年に現九重部屋師匠の元大関千代大海や現西岩親方で鳴戸部屋に所属していた元関脇若の里など平成10年代を中心に幕内上位で活躍した力士が複数おりました
栃東は小学6年生の時から相撲を始め、6年後に玉ノ井部屋に入門すると実力を存分に発揮し入門してから1年半後には関取の座を掴み、丁度20歳になった平成8年九州場所には早くも新入幕を果たすなどのスピード出世でした。しかもこの場所は10勝を上げて敢闘賞を受賞しました。
この間、序ノ口から十両まで全ての階級で優勝をする珍しい記録も残しました。
栃東は右四つになってからの寄りや、前廻しを引いてからの出し投げといった強みに加えて、押し相撲の正攻法からまず相手をかわしてからおっつけて押し出すなどの方法まで様々な相撲を取ることができたのが特徴です。
これらによって合計3回の幕内最高優勝することができましたが、元々体が硬い体質だったため右肩を剥離骨折する大怪我を負ったり同じ個所を脱臼したりするなど多くの怪我にも悩まされた力士でした。
この両面的な要素から、大関に昇進して2年後の平成16年に大関陥落となった次の場所で10勝を上げて再び大関に復帰するという記録を2度も残しています。
大関には通算で5年間在位していましたが、今から10年前に脳梗塞を過去に起こした痕が残っていたことが判明したため惜しまれながら現役を引退しました。
その後、2年間は四股名の栃東親方として玉ノ井部屋で後進の指導などに務めましたが、先代師匠の定年に伴って部屋を継承しました。
関取の体格の良さと、ほのかなビン付け油のいい香りで、先が楽しみです
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玉ノ井部屋の師匠である元栃東は昭和51年11月生まれの40歳で、関脇まで昇進した先代の元栃東、且つ玉ノ井部屋師匠の二男です。
同い年に現九重部屋師匠の元大関千代大海や現西岩親方で鳴戸部屋に所属していた元関脇若の里など平成10年代を中心に幕内上位で活躍した力士が複数おりました
栃東は小学6年生の時から相撲を始め、6年後に玉ノ井部屋に入門すると実力を存分に発揮し入門してから1年半後には関取の座を掴み、丁度20歳になった平成8年九州場所には早くも新入幕を果たすなどのスピード出世でした。しかもこの場所は10勝を上げて敢闘賞を受賞しました。
この間、序ノ口から十両まで全ての階級で優勝をする珍しい記録も残しました。
栃東は右四つになってからの寄りや、前廻しを引いてからの出し投げといった強みに加えて、押し相撲の正攻法からまず相手をかわしてからおっつけて押し出すなどの方法まで様々な相撲を取ることができたのが特徴です。
これらによって合計3回の幕内最高優勝することができましたが、元々体が硬い体質だったため右肩を剥離骨折する大怪我を負ったり同じ個所を脱臼したりするなど多くの怪我にも悩まされた力士でした。
この両面的な要素から、大関に昇進して2年後の平成16年に大関陥落となった次の場所で10勝を上げて再び大関に復帰するという記録を2度も残しています。
大関には通算で5年間在位していましたが、今から10年前に脳梗塞を過去に起こした痕が残っていたことが判明したため惜しまれながら現役を引退しました。
その後、2年間は四股名の栃東親方として玉ノ井部屋で後進の指導などに務めましたが、先代師匠の定年に伴って部屋を継承しました。
関取の体格の良さと、ほのかなビン付け油のいい香りで、先が楽しみです
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タグ:春場所 栃東 相撲
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