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2018年10月04日

バス通勤(その1)〜優先席〜

 今日はバス通勤から2件書きます。

電車通勤でも言えることですが、今は「優先席」というのが当たり前になりました。
「専用席」というのもあるのかな?地域によって違ってくる場合もあるでしょう。

どちらも高齢者や体が不自由な人、また妊娠している人、赤ん坊を抱いている人などが座りますね。
ただ、専用席はその名の通り、特定の人のみが座れる席で、優先席は基本、誰が座っても構いませんが、特定の人が現れたら優先して席を譲るというものです。

いちばん目にするのは、やはり高齢者が座っている場合で、明らかにおなかの大きい妊婦さん、赤ちゃん連れの人など、見た目でハッキリわかる人は良いと思います。
しかし、優先席が必要な人、皆がそうとは限りません。

まだ安定期に入る前の妊婦さんだっているでしょうし、私だって3月に肋骨を骨折したときも見た目にはわからないけど、辛いんだぜっていう人もいると思います。
足の骨折だと松葉づえをついていれば見た目で判りますね。

私はまだ高齢者のカテゴリには入りません。かといって「骨折中」とか首から札を下げている訳にも参りません。

そうかと思うと、帰りのバスに若い女性が優先席に座るのをよく見ます。
妊婦さんなのか?それにしては仕事帰りにしか見えない。
出勤時、朝のバスには割とよく高齢者が乗るのを見かけます。
が、帰りのバスはあまり見かけることはありません。

「優先席」なので、そこはうまく活用しているということでしょうか。
ただ、高齢者などが横に立った場合、席を譲るのか、それは期待するところです。

 が、その優先席にまつわる事態に、「遠慮」という困った良心が邪魔をすることがあるようです。

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優先席はもちろん、高齢者優先でしょう。
しかし、何歳から高齢者という定義がありません。

見た目では明らかに高齢者で優先席に座っていいお方が、多く、優先席に座ろうとしません。
きっと、自分よりももっと優先席を必要とする高齢者が現れることを気遣っているのだと思います。

それはそれで評価すべき振る舞いだと思います。
ですがそうした結果、優先席がガラ空きという事態になってしまいます。
ときには、優先席がガラ空きなのに、若い人、中年の人が立たなければならないこともあります。

その事態を察したならば、高齢順に優先席に移動するべきだと考えますが、難しいのでしょうか。
まさか、年寄り扱いされたくないという“見栄”からだとは思いたくありません。

ところが、明らかに優先席に座るべきという高齢者がバスを降車する際、優先席とはまったく離れた後ろ側の席からゆったりゆったり歩いていく姿を見ることがあります。

 ちょっとつながりは薄いかも知れません。
YouTubeをみていると、ときどき「サンドラ」というタイトルを見かけます。
きっとサンデードライバー:日曜日にだけ車を運転する人のことだと思います。

運転に慣れていないので、流れに乗ることがうまくできない。
それが追い越し車線を占拠する。
サンドラは遅いのに、抜かされたくない意識が働くのか?

車を運転する方なら経験はあるはずです。
抜かしていった車がゆっくり走って邪魔になること。

つながりは薄いのですが、ひとことで言うなら、
「わきまえなさい!」
ということではないでしょうか。

私はだんだん、車の運転を「わきまえる」ようになってきました。
例えば、後ろに付いた車には抜きやすいよう、配慮しています。
















posted by CSおじさん at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 通勤

こんなのありましたよ

1985年、8月12日、日航123便墜落事故。
私にとって忘れられない事象です。
何か、どうすることはできなかったのか、考えてしまいます。

ついさっき、YouTubeで見つけた動画。
長いのに最後まで見てしまいました。

あ、先の記事とは無関係です。

(YouTube:ろうへい)


アップ主の“ろうへい”さん、他のアップ動画を見ると、何か意味ありげな方の気がします。

時間の許す方はご覧下さい。

ご無沙汰すみません。
体調、相変わらず、すぐれません。

深読みし過ぎると、何が本当で何がウソか、
どれが真面目でどれが不真面目なのか、わからなくなりますね。

2018年09月30日

震度

 大雨、地震、台風
今年の日本は特に西日本で天災に見舞われています。

北海道はその場所柄、台風にやられることはまず、少ないのですが、今年は地震にやられています。
さっき、17:56、震度3〜4の地震がありました。
本震からすでに3週間以上。長い余震です。

私は物心ついた頃、東北地方で大きな地震を体験してから、行く先々でやはり地震に遭っています。
日本国中、大きな地震が起こらない地域なんて、そもそも存在しないのでしょう。
ここ、札幌市は大きな地震が来ないという神話も崩壊しました。

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いま、各地の震度を計っているのは“震度計”ですね。
しかし以前は違っていました。

1975年4月から1978年3月までNHKで放送された“ゲーム ホントにホント?”は、
解答者が4人並び、出題されたクイズを解答していきます。
しかし、4人のうち正解を言っているのは一人だけで、正解を言っているのは誰か当てるという番組でした。

その出題に「地震の震度はどのように計っているか?」
というのがありました。

これは私なりに考えがあり、震度計自身が揺れてしまっては正確な震度は測定できないだろうというもの。
ホントの解答者は「人が計っている」でした。

事実、震度計は気象庁が1991年に世界で初めて開発したとあり、気象庁がすべて震度計による測定にしたのは1996年4月からで、それまでは気象庁の職員が体感で計っていたと書いてあります。

なんか意外な気がしませんか?

また、行く先々で地震に遭い、数知れない地震に揺られてきた私は、体内に震度計を持っています。(笑)
さっきの地震でも震度、3か4かで意見が割れましたが、的中させました。
震度には年季が入っています。

しかし余震が続くと、ナーバスになりますね。
「また来るんじゃないか?」
と不必要に敏感になります。

かつて東日本大震災直後に東北へお邪魔したとき、現地の人たちがたびたび
「あ、揺れてる」
と言うのを聞きました。私に揺れは感じないのにです。

汽車で長旅をすると三半規管がどうかなるのか、いつまでも揺れているように感じたことがあると思います。
被災者の方々を気の毒に感じました。















posted by CSおじさん at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 随想

はだしのゲン

 “はだしのゲン”
きっとこのマンガを知らない人はいないでしょう。
漫画家“中沢啓治(1939-2012)”さんの作品です。

私がマンガ、“はだしのゲン”を知ったのは昭和50年頃だったと思います。
広島原爆にまつわる家族を描いた作品です。

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広島原爆はすでに知っていましたが、その広島でどういった惨状があったのかは、このマンガで知ったと思います。
私は“中沢啓治”さんを嫌いなわけでもなんでもありません。
逆に広島原爆を教えて下さった恩師でもあります。

しかし、その画風、、というか何か引っかかるものがありました。
これは単に好みの問題です。

また、広島弁というのが独特の気がして、馴染めなかったというのもあるでしょう。
途中にある有名なセリフ、これは広島弁ではありませんが、ゲンの母が言う

「憎いよ憎いよ、この柱が・・」

というのが、あまり快く響かなかったというのもあります。

でも戦争マンガ。
快いものを求めても仕方がありません。

今日は土曜日。研修中で明日も仕事が休みなので、YouTubeを見ていました。
すると、この“はだしのゲン”に出逢いました。

原作ではないので、嫌いな部分はありません。
素のまま、ストーリーを見ていると、大事なところはだいたい憶えているんです。
「このあと、こういう展開になる」と。

中沢啓治さん、嫌いではありませんが、何となく近づきづらかった原作に、少し近づけてくれたアニメです。




(YouTube:Rose Thorns)

はだしのゲン



 ここ二か月くらい、因果応報なのか、運気低迷のか、落ち着けることがなく、疲れています。















posted by CSおじさん at 03:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 随想

2018年09月28日

子供の体

 子供の体はもちろん、まだ小さいですから、周りの物が大きく見えました。
古い記憶ですが、まだ二つか三つのとき、引っ越した先にはDK(ダイニングキッチン)があったのです。
今でこそDKやLDKは当たり前ですが、DKは1951年に建設省により確立されたとあります。

それまでは台所は台所、食べる場所は畳敷きの居間というのが当たり前でした。
いま考えると多分、市営住宅で割と新しい物件だったのでしょう。

あとから聞くと、そんなに広い間取りではなかったというのですが、それでもDとKがつながっていますから、まだ小さい私にとっては走り回れるくらいに広い場所に感じました。
そうですね、今の感覚でいうと16畳くらいです。
実際は6畳か8畳くらいだったそうです。

また、その家の思い出は雪が積もったとき、母がバスを作ってくれたこと。
家の前にドラム缶があったんです。それが横に倒れていました。
雪で丸いドラム缶を長方形にし、バスに見立てました。

私は小枝を拾ってフロントウインドウにくっつけ、ワイパーだと喜んでいました。
そのドラム缶も、今の倍くらいの大きさに感じました。

 月日は経って、小学校の中学年になったとき、私の身長が母の立ち膝と同じ高さになったとき、嬉しかったのを憶えています。
母は私よりもっともっと古い人間です。
身長は160cmもありません。

 車、乗用車の屋根の高さは高いと思いますか?
それとも低いと思いますか?
私は低いと思います。

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もちろん、エルグランドとかアルファードとか背の高い乗用車もあります。
が、セダンとかクーペのような車は下に乗り込むように低くなっています。
そんな車でさえ、子供の頃は大きく感じました。

でもさらに成長してくると、ライバルは冷蔵庫になります。
昔の冷蔵庫は今に比べると小さく低いものでした。
確か150cmくらいだったと思います。

前は見上げていた冷蔵庫が、いつしか同じ高さになり、そして第2次成長期を迎えます。
私は中学生のとき、部活でクタクタになり、家に帰ると一度寝て、
そしてまた牛乳をよく飲んでいました。

高身長の方は覚えがあるのではないでしょうか?
成長期には一晩で数センチ、身長が伸びたのではないかと思ったこと。

昨日まで見えなかった冷蔵庫の上面が、今日は見えている。
風呂の浴槽で昨日までまっすぐに伸ばせた足が今日はつっかえているということ。

子供のときには早く大人になりたくで、大きな体に憧れたのに、大人になってみると、そのありがたみを忘れて毎日生きています。















posted by CSおじさん at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 随想

2018年09月25日

わかってきた

 以前から不思議だったこと。

トイレットペーパー。

トイレットペーパーは上にカバーが乗っています。
私はそのカバーでペーパーを切るのですが。
なので私がトイレを出るときにはペーパーはカバーの端と一緒の位置で切れています。

しかし、会社のトイレでも我が家のトイレでも、ときに
ペーパーがダラーっと垂れていることがあるのです。

なぜだろう?
不思議でいましたが、わかった気がします。
それは、ペーパーのカバーで切らず、ペーパーに付いているミシン目で切る習慣からなのでしょう。

カバーで切るときにはペーパーを上方向に切ります。
が、ミシン目で切ろうとすれば、下に引くことになるでしょう。
さらに、そのときミシン目がカバーの端にあることは、ごくごく稀です。

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結果、ミシン目でトイレットペーパーを切ろうとすれば、ダラーっと舌を出したようになるのでしょう。

我が家で“ダラー”をするのはきっと同居している下の子のみ。
会社でも思うのは若い人がそうしているのだろうということ。

考えると今のトイレットペーパーは当たり前にミシン目が付いています。
でも昔はそうとは限りません。
ミシン目のないトイレットペーパーもありました。

ミシン目がないトイレットペーパーはカバーを使って上にきるしかありません。
私たち古い人間は、それが未だに抜けないでいるのでしょう。

ミシン目を利用するのは良いことです。
が、トイレットペーパーをダラーっとさせたままというのはどうかと思います。

私、昔きちんと下の子にトイレットペーパーの扱いを教えたのですけど、、、















大丈夫なのかな

 生活習慣病というのがあります。
いつの間にか、私の周りには生活習慣病を患う人が多くなっていました。
私も含めて。

私が生活習慣病、高血圧症と診断されたのは意外に若く、36歳のときでした。
当時私は自営業をしていたので健康診断には縁遠く、自分の健康状態など気にしたことはありませんでした。

自営業のうちとはいえ商業高校の非常勤講師をすることになったとき、健康診断を受けて下さいと。
高血圧症と診断されれば薬を服用します。
それが一度診断されると大概の人は、一生飲み続けなければなりません。

そのときには信じられないといった感じで、どこか疑っていた気もしました。
でも今となれば、薬に生かされているのを実感しています。

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私は毎月、内科へ通院し、高血圧症の薬、尿酸値を下げる薬、中性脂肪を抑える薬・・
などなど6種類の薬を処方されます。

診療費や薬代は国民健康保険も、今では社会保険も3割負担です。
これはとてもありがたいことだと改めて思います。

普通は当たり前のことかも知れません。
が、コールセンターに勤務する人たちを始め、転職する人の多くはいろいろな事情を抱えます。
中には健康保険料を払えない状況に陥り、風邪で40度の高熱が出ても病院には行かなかった青年もいました。

私もいま、健康保険に加入していません。
金銭的なことでなく、手続き的なものです。

ちょっとした事情から、いま短期の仕事を渡り歩いています。
渡り歩くということは、次から次へと派遣先が変わります。
派遣先が変われば、その都度、研修から始まります。

なぜかどこでも研修は講師の都合で平日のみ。
休みは土日祝です。

発信業務が多かった私は、土日出勤可能がもてはやされたので、何となく火・金曜休みに慣れていました。
そこに突然来た土日祝休みというのはいかに不便なことか。
世間一般の方々は皆、そうなのかと驚きます。

健康保険に加入できない。病院にも行けないのは、土日祝では何もできないからなのです。
病院は土曜日の午前中はやっています。
しかし当番制のため、主治医が土曜日に当直ではないのです。

最後の薬は8月上旬にもらったもの。
今月の上旬にはなくなるので、毎朝飲む血圧症の薬は3・4日に1度と、ごまかしていました。
それが昨日あたりから、そのごまかしも利かなくなってきました。

わかるんですよね。
自分の血圧が高くなっているのを。
身体が火照ってきたリ、耳鳴りがしたり、眩暈。

何より、三大成人病が怖いのですけれども。
明日は午前中、休みをいただいたので、区役所で国保の手続きを行い、病院にも行くつもりです。

 生活習慣病というのは“自己責任”です。
私は若い頃から寝酒を欠かさなかったので、当然といえば当然。
高血圧症と診断された36歳のとき、肝臓が肥大していると、エコーを撮られたとき聞きました。

私の肝臓は“フォアグラ”だと言われました。
じゃあ、高く売れる、、わけはありませんが、
聞き返しました。1から5段階に診断するなら、どこか?

確かあのときは4と言われました。
私は、ならあと5まで大丈夫だね。と。

無謀かも知れません。
しかし、上には上がいるものです。

アルコールで患う肝臓は、血液検査でγ-GTP(ガンマ・ジー・ティー・ピー)の値が問われます。
成人男性だと正常値の上限は70。

私の友人はいま、980です。
桁が違います。

私は70。
ギリギリ平常なようですが、そうではありません。
簡単にいうと、γ-GTPは、アルコールを分解するため壊れた肝臓組織の数です。
私の肝臓は平常値を上回るほど壊れる組織が、もう残っていないと聞きました。

γ-GTP 980が良いのか、私の70が良いのか。

また、私は中性脂肪が平常値を上回っています。
成人の平常値上限は149。
これも私は496です。

で、また別の友人に話したところ、友人は900台だと言います。
上を見ればきりがないのはわかります。
が、友人たち、大丈夫?
お大事に。















2018年09月24日

電話番号の(かっこ)

 ときどき目にします。
申込書や宛先、個人情報を記入するところに、電話番号を書くところがあります。
その電話番号を書く欄に、ときたま「()かっこ」があるとき、「これは違うな」と思うことがあります。

そもそも電話番号の()は、市外局番を書くところでした。
固定電話の番号は、012-345-6789 となっており、ここでの「012」は市外局番。
「345」は局番といいました。

たとえば〇〇市だったとしましょう。
市内の相手に電話を架ける場合、同じ市内なので市外局番は必要ありません。
同じ市内だからといって相手も必ず、局番が「345」とは限りませんが、市内なら
市外局番なしの345-9876だけで相手につながりました。

同じ市内同士なら局番からで、市外にかけるときに初めて市外局番からダイアルする必要がありました。
そのように、市外局番は必要だったり、必要がなかったりします。
そのため市外局番に()をつけたのです。

すると固定電話の番号は、(012) 345-6789 こんな感じになります。

でも、今ではほとんど意味のないものになってしまいましたね。
その理由はいくつかあると思いますが、まず、電話の回線方式が変わったことです。

昔は、といっても交換手が手動でしていた頃ではありません。
「中継」といって、各電話局が電話を中継し、遠くなればなるほど、いくつもの中継局を経由して相手につながりました。そのため、市外通話は高い通話料金がかかりました。

でも今はどうでしょう。
電話局の中継だけで相手につながるとは限りません。
中継以外というとまず頭に浮かぶのがIP電話です。

インターネット回線を経由する電話です。
インターネットもデータは中継されていくのですが、もともと最短距離を通ることができなくなった場合を前提に設計されたものなので、距離によって左右されることがありません。

IP電話は番号が050で始まります。
距離は関係ないので、市外局番はありません。
ただ、050で始まるのは決まり事なので、050-123-4567
といった番号になります。050は必ず必要ですから()を付ける意味がありません。

そしてなんといっても携帯電話です。
昔は距離で030と040をかけ分ける必要がありました。が、
今は090、080、070のいずれかで始まります。これらも市外局番ではありません。
また、090などは局番ではありませんから、同じ090同士であっても、090は省略可能ではありません。
()を付ける意味がありません。

また、携帯から固定電話にかける場合、市外局番からかける必要があります。IP電話もそうです。
このようにして昔は省略できた市外局番が、いつの間にか省略できないものになってきました。

なので、電話番号を書く欄に今でも()があるのは、そんな名残りなのでしょう。
さらに言うなら、現代の合理化やスピード化で市外局番を省略できる場面が少なくなりました。
大手企業の電話番号はフリーダイアルだし、フリーダイアル以外は東京や大阪に拠点が集中しています。

市外局番なしでかけられるのは職場や学校の通信網、かかりつけの病院かなと思います。
それすらひかり電話を使っていた場合、市外局番を省略するとかけられない恐れだって多くあります。

とにかくもう、市外局番というのが過去の遺産になってしまったようです。
しかし冒頭の、「これは違うな」と思うのは、()が真ん中あたりにある場合です。

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携帯やIP電話に、もとから()は必要ありません。

また、始まりである市外局番の()が真ん中では、思いっきり端に詰めない限り、はみ出します。
きっとデザインした人が市外局番のことを知らずに作ったか、
そもそもいまだに電話番号をダイアルするとか、フリーダイアルという表現だって過去のものです。

昔、手慣れた手つきでダイアルする大人をカッコいいと思って見ていました。
しかし私が大人になった頃にはもう、すでにダイアル式の電話機は珍しいものになっていました。

インターネットや携帯電話の登場が、予想外の現代を作ったのでしょう。
手塚治虫先生のマンガでしたか、未来を予測した漫画でも携帯電話は出てこなかったと聞きます。

未来予測学者である、アルビン・トフラーの「第三の波」では第三の波である情報化社会が世の中を根底から変えてしまうことを予測したそうですが、1980年当時、アルビン・トフラー氏は携帯電話をどこまで予測できていたのでしょうか。

















posted by CSおじさん at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 随想

着信専用電話




 写真を見て下さい。
不思議に思いませんか?
あるいは懐かしいと感じた方もいるはず。

通常だとダイアルがある場所に何もありません。のっぺらとしています。

昔は電話を使うときには「施設設置負担金」というのを支払いました。
いわゆる電話加入権です。
私のときで7万5千円くらいだったと思います。

でも支払ったときにはワクワクして。
早く開通工事がされないかと待ち遠しい思いをしました。

また私のときには施設設置負担金を支払い、工事日を決め、同時に電話機を買いました。
家に帰るとまだ電話機しかありませんでしたが、これで大人の仲間入りをしたような満足感がありました。

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 着信専用電話は文字通り、受けることはできてもかけることができません。
受けるわけですから電話番号はあります。
しかしかけることはできないので、必要のないダイアル部分は初めから付いていません。

料金も基本料金が少し安いはずで、もちろん通話料はかかりません。

いま携帯電話で着信専用ってあるんでしょうか。
あってもおかしくありませんが、使っている人は見たことがありません。

よくクレジットカードなどを申し込む際、既婚/未婚や、固定電話ある/なしを書き込むことがあると思います。
未婚よりも既婚者が社会的地位を重んじられるとか、万一のとき既婚者であれば配偶者側に債権を請求できる可能性がある等、考えられると思います。

同様に、固定電話を持っていれば、その地域に根付いているという目安になります。
さらに「施設設置負担金」は財産のひとつですから、いざとなれば差押え対象にもすることができます。

でもその「施設設置負担金」は携帯電話の登場により、在り方もだいぶ変わってきました。
昔は7万5千円を支払って購入したものが、価値は下がり今はいくらでしょうか。3万6千円?
NTT東日本によれば7万2千円を3万6千円に見直ししたと書いてあります。

施設設置負担金は、進学等でも親と別居する際には電話を引くために必ず必要でした。
そのため、7万5千円(当時は消費税がありません)の負担金が高額だったため、個人売買もされていました。
確か半額程度です。

今ではライトプランといって、負担金を払わなくても月々の電話料金に250円上乗せすれば、負担金がいらないという方式もありますね。

 さらには光電話の登場です。
インターネット回線を引くとき、光回線にすれば電話がオプションで付いてくるというもの。
昔は電話回線ありきで、電話回線を使ってネットをしていたものが、今ではネットに電話が付いてくるというまったくの逆転現象です。

ただ、ひかり電話の場合、光発番といって、光回線を提供する業者が独自の電話番号を発番することがあり、光発番された電話番号はナンバーポータビリティ、他社へ同番移行できないという弊害もあります。

このように施設設置負担金なしでも固定電話を持てる、電話番号を持てるという便利な光電話ですが、私も約10年前に光電話にして以来、施設設置負担金は休止状態にしたままです。

この電話加入契約は休止状態が最長5年という決まりがあり、5年経過した時点で申し出がなければ自動的に5年間延長というものです。
しかし10年が経過してしまうと解約と見なされ、なくなってしまいます。

私は買ったりもらったりで2回線分持っていた電話加入契約ですが、なくなってしまいました。
ただ、持っていたとしてもいくらで売れるのか?
ライトプランもある今、売る方が面倒でしょう。

そもそもこの施設設置負担金というもの。
まだ日本国中に電話回線が引かれていなかった頃、これから引かれていく電話回線にかかる工事費を割勘で負担し合おうというもの。
いまではもう必要ななくなったといいます。















posted by CSおじさん at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 随想
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