2007年12月13日
或る病院の一生
或る病院の一生
救急病院が、まだまだ少なかった頃。
基幹病院は県立病院。 救急車で30分。 救急対応も今ひとつ。
住民のための病院への欲求が高まった頃、その病院は開院した。
何もない開院したての病院。
棚は空っぽ。 買った備品は ダンボールの中。
誰かが備品を並べてくれてたりするけれど、 どれもビニールがかかったまま。
新しい病院。 新しい町。
引継ぎノートには、新しく作った約束処方、備品のありか、コンビニの場所などが記載されていく。
遊びも どこに行っていいか分からないから、 医局の冷蔵庫には 魚肉ソーセージ と 酒の瓶。
立ち上げ当初は、食事も宿泊も全て病院内。 病院食にあきて、
周辺の出前リストがそろう頃には、患者さんも増えてくる。
まず集まるのは、 「腰痛」 の整形外科の患者さん。
常連を徐々に増やして、高血圧、咳のひどい人などを外科に紹介
外来の人数がだんだんと増えていく。
そのうち、交通外傷が救急車でやってくる。
もともとの設立の動機は 「地元のための」 病院。
公立病院を反面教師に、きれいな病棟、時間外でも笑顔で診察。
開院2年目。
待合室には若い人が増え、活気を帯びてくる。
外科、内科とも常勤のドクターが増える。
スタッフが充実すると、皆もっと高度なことがやりたくなる。
「24時間救急を取ろう!」「研修医を育てよう!」
スタッフが若ければ、気合だけで施設が充実する。
行えることはだんだんと高度になって、救急車の数も増えていく。
「あの病院はよくやってくれる」
地域の信頼が集まると、もっと患者さんが通院するようになる。
皮膚科や耳鼻科といった、若い患者さんが得意な科も充実してくる。
眼科が入ると、病院の経営は一気に好転する。
手術の得意な眼科医は、内科医3人分を一人で稼ぎ出す。
黒字科が増えることで、病院にもっと大規模な設備が導入される。
開院8年目。
常勤の循環器ドクターも決まり、循環器外来が始まる。
患者さんはますます増え、救急車の音が毎日鳴り響く。
病院は、名実共に地域の基幹病院になっていく。
雲行きが怪しくなるのは10年目頃。
救急外来に、老健からの紹介が目立つようになる。
すると 病棟の業務は変わった。
夜間に不隠になる患者さんが増え、個室は、不隠部屋に。
重症の患者さんは大部屋。 徘徊老人は個室。
不隠の強い高齢者はなかなか退院しないから、若い患者さんの個室希望はかなわなくなる。
「あの病院はうるさい」 「いつも廊下で叫び声が聞こえる」
病院へのクレームが増える。
「四肢抑制」「不隠時セレネース静注」
今までは書かれることのなかった指示が記載されるようになった頃、
ナースルームは不隠の強い高齢者であふれ返り、
医者は叫んで暴れる年寄りの相手をしながらカルテを書く。
病院が止めを刺されたのは、近所に新しい老健が出来てから。
「病院がすぐそば」
を宣伝文句にして人を集めた
そして、嘱託医が帰る5時以降になると患者をどんどん連れてくる。
うちでは見られません そちらに入院させてください の一点張り。
しかも 24時間、断ることはしません との宣言を出していた。
開院して12年
それでも気合で守ってきた宣言は、業者に美味しく利用される。
車椅子に拘束衣で来院する年寄りが増え、若い人はいなくなる。
地元の評判は、 「あの汚い病院」 にいつのまにか変わっていた。
病棟業務は連日の転院先探し。
患者さんもご家族も、「一生 いさせてください」 と願う。
なんとか転院させても、2週間もすると救急車で帰ってくる。
もう二度と転院に応じるものか、という決意を持って。
手術の症例も減った。
ナースの離職者が相次ぐ頃、医師の後任が決まらなくなり、病院は慢性期疾患を細々と診るだけの施設へと変貌した。
地域の若い人たちはもっと新しい病院へ。
「あの病院に行くと死ぬ」
こんな評判が地元に立つ頃、病院は死に体になった。
間違ったことはしていないつもりだった。
より高度な医療サービス。 より簡単なアクセス。
地域の医療需要に応えつづけた結果、病院は地域から見放された。
より広い需要に応えたい。
より高度な医療をしたい。 患者さんのための医療をしたい。
力をつけようと努力し、進化を続けた 「強い」 病院には、弱い立場の患者、慢性疾患の末期の人、行き場のない高齢者が集中するようになった。
90年代に救急外来を一生懸命やっていた民間病院の大半はこうして老人病院化した。
恐竜の時代。気候の変化とともに体の大きな恐竜しか生き残れなくなった。
病院が高機能化し、救急を充実させて 恐竜化 したが
恐竜化 した大手病院は、進化の果てに 絶滅 しそう。
その影で数を増やしているのは、 小さな哺乳動物。
つまり 小規模病院。 老健業者。
元気がなくなる恐竜達を尻目に、誕生したばかりの哺乳類は
きれいな施設、専門化した医療を武器にその勢力を増している。
時代は変わる。恐竜が去ったあとは、小型哺乳動物の時代が来る。
医療の無駄は減り、効率のいい医療、経営が実現できるようになる。
問題なのは「恐竜」クラスの力がないと どうしようもない 患者さんはいつも存在すること。 哺乳動物を目指した施設は、最初から相手にする意思は無い。
主役の交代は、すでに小児科、産科では確実に進行している。
産科のいない市は、もはや珍しくなくなった。
恐竜だって絶滅したくて進化したわけじゃない。
医者だって恐竜と心中したくはない。
結果 哺乳類が生まれ、「食べられない」 患者は見捨てられる。
病院。 患者。 マスコミ。 みんな死にたくないから頑張ってる。
誰かが悪くてこうなったというわけではないと思う。
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医療を目指す者として、 感慨深いものがあります…
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