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2011年09月26日 Posted by ゆべ at 20:28 | 政治 | この記事のURL
頭に来たので載せる その6
山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]

国の不幸を長期化させる
"霞ヶ関株式会社"の「ビジネス・モデル」

 

ポイントは、個々の官僚の意図や倫理観の問題ではなく、官僚集団の利益に
着目した時に、国民が直面する不幸をむしろ歓迎する「利害」が存在することだ。
この利害は、国民の不幸の解消に「霞ヶ関」(本石町辺りの金融子会社も含む)が
不熱心であることの原因になりかねないし、下手をすれば国民の不幸の
積極的な長期化につながりかねない。

この構造は変えた方がいい。


以上、筆者の仮説に過ぎない推測を述べてみた。
もちろん、仮説だから間違っているかも知れないし、むしろ、この仮説が
間違いである方が嬉しいくらいのものだ。

仮に、官僚による裁量の余地が少ない現金による再分配がスピード感を
伴って広く行われたり、デフレと円高をもたらしている金融政策と
財政政策のミックス(筆者は、現在のデフレに関して、日銀だけではなく、
財政政策にも問題があると考えている)が有効なデフレ対策に向かって
直ちに修正されたりするような「嬉しい反証」があれば、
今回の仮説は、喜んで撤回する。

それまでは、折に触れて、この仮説を思い出しながら、脚本家(官僚)達の
利害を推測しつつ、(主に政治家が演じる)田舎芝居を見物することにする。

(了)

2011年09月25日 Posted by ゆべ at 18:16 | 政治 | この記事のURL
頭にきたので載せる その5
山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]

国の不幸を長期化させる
"霞ヶ関株式会社"の「ビジネス・モデル」



「利権」が有効であるためには、(出来れば現在の現役が天下りするもっと先までの)
継続性がなければいけない。増税を早く確保して、将来必要になる財政支出の
削減をより小さく済ませることが、すべからく「長期」が大切な霞ヶ関の
住人達の重大な関心事であることは当然だ。
早期の増資は、将来のリストラの苦悩を和らげる。

また、「霞ヶ関」のビジネスは、大根役者(政治家)達に脚本を書き渡して
国会で法案を通し、予算に盛り込むことでこれを実行する形を取るので、
基本的には、一年をサイクルとして進行する。しかも、長期的に利権に関わることが
将来も期待されるからこそ、天下りに需要が発生する。

「ドッグイヤー」などという言葉さえある、せわしい民間のビジネスとは
全く異なるスロー・テンポで物事が進むので、円高も、デフレも、
そして利害の上では震災復興さえも、ある程度定着して
ゆっくり進むことが「霞ヶ関」には好都合なのだ。

政治や経済への関心がある方の殆どが、「日本では、何に対する対応も
信じられないくらい遅い!」と腹を立てたり、絶望したりされているのではないかと
拝察するが、支配的集団である「霞ヶ関」のビジネス・テンポが
影響しているので、やむを得ない側面がある。

ここでは詳しく触れないが、利益集団であり実質的なビジネス体である
「霞ヶ関」には特定個人の支配者なり黒幕なりがいる訳ではなさそうだ。
人事制度的に彼らのメンバーが固定的である(実質的に40年以上の長きにわたって、
お互いの面倒を見合う、固定メンバーの利益集団でこれだけ
大規模なものは他にない)ことから、競争力・影響力を持ち、且つ長年にわたって
形成・純化された、幾つかの自生的な行動ルールが、おそらく「官僚支配」と
いわれるものの正体だろう(想像するに、回遊魚の群れやオキアミなどの
群れの振る舞いを規定するルールに近い少数の行動原理なのだろう)。

従って、「個々の官僚」は、自分が自分のために利権確保に動いていると
思っていないだろうし、国の困難に対しては、それぞれなりに国民のための
努力をしているという自己認識を持っているのだろうと筆者は推測している。

<<続く>>

2011年09月24日 Posted by ゆべ at 20:12 | 政治 | この記事のURL
頭にきたので載せる その4
山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]

国の不幸を長期化させる
"霞ヶ関株式会社"の「ビジネス・モデル」




円高という「苦難」に対して、海外投資を支援する基金のような仕掛けを
「対策」を名目に導入し、「霞ヶ関」側では「利権」を拡大・確保する。
これは、「ビジネス・モデル」として既にパターン化されているものの、
典型的な応用例なのではないか。

野田首相の演説原稿では、「円高阻止にあらゆる手段」とはいうものの、
具体的に金融緩和の方法が述べられているわけではなく、
具体的に書かれているは、「立地補助金を拡充」、「円高メリットを利用して、
日本企業による海外企業の買収や資源権益の獲得を支援」といった
企業のメリットと役人の利権に直結する「生臭い」話だけだ。

民主党代表戦時も含めて、野田氏が述べる円高対策とは、
「円高そのものを反転」させる徹底した金融緩和のような原因に
働きかけるものではなく、先に挙げたような対策や中小企業の
資金繰り支援のような、「円高になった後に、これを我慢するため」の対症療法ばかりだ。

「霞ヶ関」は円高を困ったことだとは思っていないのだろう。
政策批判を多少受けたり、市場介入のための根回しに汗をかいたり、
介入自体が十分効かなくて恥をかいたりしても、それらは所詮
「お仕事」の一コマに過ぎないし、円高の困難が続く方が上記のように
「利権」を拡大できるのだから、むしろ彼らの利害の上では円高歓迎ではないのか。

付け加えると、円高になっても公務員の雇用は安泰だし、
彼らの報酬は硬直的なので、実質所得が増す。

上記の「財務省の利権拡大」のストーリーは、もちろん筆者の仮説であり、
当事者から話を聞いたわけではないが、こうした「利害」が
存在していることは注意に値すると思う。


◎増税は「霞ヶ関株式会社」の増資だ

デフレでも、公務員の雇用と実質給与は安泰だし、デフレは、
不況の原因となって、「霞ヶ関」による各種の「対策」の必要性を継続的に生む。

もちろん、「霞ヶ関」のビジネス・モデルにとっては、予算の規模及び
その維持が決定的に重要であり、「増税」は一般企業における
「増資」のような余裕を霞ヶ関株式会社にもたらす。

<<続く>>

2011年09月23日 Posted by ゆべ at 19:38 | 政治 | この記事のURL
頭にきたので載せる その3
山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]

国の不幸を長期化させる
"霞ヶ関株式会社"の「ビジネス・モデル」



従って、「霞ヶ関」としては、菅前首相をたきつけて(或いは、有効な手立てを教えずに)、
具体策がまとまりそうにないメンバーで東日本大震災復興構想会議のような
会議を作って時間を稼いだのではなかろうか(こちらは、私の仮説だ)。

また、「霞ヶ関」としては、震災からの復興は増税のための仕掛けを仕組みたい
重要なイベントだった。このためにも、直ぐに国債で資金調達できてしまう
即効性のある復興作業ではなく、「財源」の議論と並行して、
復興のあり方がぐずぐず論じられる展開が好都合だった。

仮説にしても、あまりにも悪意が籠もった仮説であり、現実離れしているだろうか。


◎「円高」利用は完成されたモデル

では、「円高」はどうか。実は、筆者が、今回の仮説を思いついたきっかけは、
民主党代表選の少し前に「円高対策」として打ち出された、外為特会の外貨を
使い海外投資を支援する数兆円規模の基金の構想のニュースを見たことだった。

この記事を見て、筆者は、既に外貨になっている資産を海外投融資に
回すことがどうして円高対策なのかはじめはピンと来なかったが、
民間も合わせて資金を出すのでドル需給的に、ドル買いの呼び水くらいに
なるかも知れないということが何とか分かった。

しかし、これは税金(政府資産)を使った一種の空洞化支援ではないのかという
疑問が新たに生まれたことに加えて、今度こそピン!と来たのは、
「ああ、これは『霞ヶ関』の利権拡大の手段なのだな」ということだった。

どういうことか。
先ず、この図々しくも円高対策を名乗る資金を扱う組織だが、
新しく基金を作るならポストが増えるし、JBIC(国際協力銀行)がまとめて
扱うとしても、JBICの案件と、従って権限を大幅に拡大し、これは、
財務省の国際派人脈にとっては、豊かな利権の源になる。

報道されているように、資源確保や海外のM&Aに使うお金を、
好条件で融資ないし出資して貰えるなら(注;市場で得られる好条件でないと
案件が増えないから、案件の存在は何らかのメリットの提供を証明することになる)、
企業にとっては大きなメリットがある、大変嬉しい話だ。
対象企業は、財務省OBが「行ってもいい」と思えるような世間体のいい
大企業が中心だろう。しかも、"融資や出資は条件審査が複雑" だから
裁量の余地がたっぷりある。

<<続く>>

2011年09月22日 Posted by ゆべ at 18:24 | 政治 | この記事のURL
頭にきたので載せる その2
山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]

国の不幸を長期化させる
"霞ヶ関株式会社"の「ビジネス・モデル」


さて、日本にとっての諸々の課題を眺めてみて、一つの仮説に思い至った。
それは、「霞ヶ関」は、震災や円高、あるいはデフレのような困難を
むしろ歓迎しているのではないか、もう一歩進めて考えると、長引く困難を
利用することが彼らの「ビジネス・モデル」として定着しつつあるのではないかということだ。

推測(仮説)をそのまま事実であるかのように書くのでは、たちの悪い陰謀論と同類なので、
以下、筆者が事実だと思っていることと、仮説がなるべくはっきり
区別できるように気をつけて書くことにする。

◎たとえば、震災復興

先ず、東日本大震災からも復興を考えよう。本格的な復興に対応する
第三次補正予算がこれから審議されるという復興作業のペースは
「非常に遅い」。これは事実だと思う。

では、「霞ヶ関」にとって復興は早い方がいいのか、遅い方がいいのか。
もちろん、個々の官僚が自分の利害のために意図的に復興を遅らせているとは
思いたくないが、復興に関わる細目はある程度時間を掛けて決まる方が
「霞ヶ関」がこれに深く、有効に関与して「利権化」することが容易である。

ここでは、現役官僚の権限が強まることと、これを背景にして将来の天下りの
機会が拡大することを、霞ヶ関の「利権」と考え、利権を拡大することが
彼らの利害に叶う「ビジネス」なのだと考えてみることにする。

本当は、時間的に早くて且つ即効性があり、個々の地域、ひいては
個人のニーズに対応しやすいのは、被災者に主として現金を配布することだ。
被災者は緊急に個々のケースで必要な目的にお金を使えばいい。
被災地から他の地域に移りたい人もいるだろうし、地元に残りたい人もいるだろう。
地域や個人に選択を与えつつ、両方に対応できる支援は現金支給だ。

しかし、現金の交付、特に "複雑な手続きや審査が伴わない単純な" 見舞金支給は、
官僚(この場合、「霞ヶ関」と自治体両方だが)の「利権」につながらない。
現金配布は、子ども手当が「霞ヶ関」に憎まれたのと同様、利権にならないばかりか、
他の利権に活用すべき予算を圧迫する。

<<続く>>

2011年09月21日 Posted by ゆべ at 20:15 | 政治 | この記事のURL
頭にきたので載せる その1
山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]

国の不幸を長期化させる
"霞ヶ関株式会社"の「ビジネス・モデル」




◎芝居の脚本は官僚が書いている

野田新内閣に対する「どじょう内閣」という言葉にもそろそろ飽きてきた。
もともと、どじょう鍋は、久しぶりに思い出すと食べてみたくなるが、
何日も続けて食べたいと思うような食べ物ではない。

特に、官僚作文のつなぎ合わせのような新首相の所信表明演説原稿
(「日本経済新聞」なら13日の夕刊に全文が載っている)を読み返すと、
結局、この内閣は、官僚が脚本を書く田舎芝居の新しい演目に
過ぎないことが分かって、早くも「もういい」という気分に傾く。
前とその前の演目(内閣)では、演者達のわがままで「政治主導」と
いうアドリブ重視を試したものの、役者の力量が追いつかず
芝居にすらならなかった。今回の内閣は、教訓を踏まえて、
ひときわ脚本家(官僚)に従順のようだ。

いずれにせよ、現政権、前政権、前々政権、あるいはその前の
自民党政権も含めて、政治は主体的に機能していない。
政権毎のパフォーマンスに差はあるかも知れないが、
集団としての官僚(以下、慣例に従って官僚を「霞ヶ関」と総称する)が
日本の社会と経済を動かしていると考えるべきだろう。

申し訳ないが、首相をはじめとして、今の内閣や党役員の面々に、
官僚から見て「この人は出来る(=能力がある)かも知れない」、
「この人にはかなわない」と思わせるに足るような能力や凄みを
感じさせる人物は殆どいない。国会答弁でも、国際会議でも、
閣僚のお世話をする官僚は、大学時代の家庭教師のアルバイトを
思い出すような心境だろうと拝察する。これは、政治家に能力や凄みではなく、
親近感程度のものを期待して、政治家(ひいては国のリーダー)を
育成することに不熱心だった国民の気分がもたらした帰結だ。
多くの政治家が「好感度」くらいしか磨いてこなかったわけだから、
官僚に対する睨みもきかないし、選挙でも、テレビ芸人上がりの候補に負けたりする。

◎「霞ヶ関」には国民の不幸が好都合なのか?

野田新首相に指摘されるまでもなく、現在の日本に課題は多い。
経済に近いものを幾つか挙げると、先ず

(1)東日本大震災からの復興に向けた動きが遅い、
(2)長年続くデフレからの脱却が出来ない、
(3)円高で多くの産業・企業が苦しみ雇用にも悪影響が出ている、
(4)社会保障、特に年金の改革が予定通り進んでいない、
(5)日本の財政問題に関する議論が混乱している、

といった諸問題がある。

これらに加えて、外部環境の問題として、欧州と米国の状況が、
共に怪しいを通り越して「まずい」に変わりつつある
(資産価格下落と未処理の「含み損」があるのだから、日本の経験からして
「まだまだ終わらない」のが当然だ)。

<<続く>>

2011年09月07日 Posted by ゆべ at 20:05 | 政治 | この記事のURL
時代錯誤の法律は直せ
書類などの荷物を運ぶ宅配のメール便は、手紙などの信書を送ることは禁じられている。
そのサービスを手がけるヤマト運輸が、郵便法違反事件をきっかけに、
信書でないことの確認を強化すると告知して、波紋が広がっている。

そもそも郵便法がおかしいのではとの声が強いからだ。


告知は、ヤマト運輸のホームページ上で2011年9月1日にあった。

■ヤマト運輸は再発防止策として確認を強化

 「信書に関する重要なお知らせ」とあり、それによると、クロネコヤマトで知られる
メール便について、今後は荷物を引き受けるときに、信書が入っていないか
内容物を口頭で確認する。また、これまで出荷票は、信書が入っていないか
チェックの印を入れてもらうだけだったが、仕様を変えて、内容物が
信書ではないと署名、または記名捺印してもらうことにしている。

 きっかけは、ヤマト運輸などが郵便法違反に問われたことだった。

 報道によると、埼玉県の30代女性職員が2009年6月、信書に当たる狩猟免許の
更新案内をヤマト運輸のメール便で県内の男性に送り、案内を受け取った
男性が県警に告発した。県警は、県と職員、ヤマト運輸と従業員2人について、
郵便法違反の疑いがあるとして、11年3月16日付で書類送検。
その後、さいたま地検はこの月31日付で起訴猶予処分にしている。

 ヤマト運輸では、コンプライアンスの観点から、再発防止策として
確認を強化することにしたと説明している。

 これに対し、ネット上では、こうした確認強化をしなければならないことに
疑問が相次いでいる。告知サイトは、はてなブックマークが500以上も付いており、
「郵便法により禁じられている事自体がおかしいだろう」
「郵政民営化はどこへ」
「この国は『何を守っている』のだ?!」といったコメントが支持を集めている。

 そもそも、何が信書に当たるのかが分かりにくいようだ。

■郵便よりもメール便の方が何かと便利

 郵便法によると、信書とは「特定の受取人に対し、差出人の意思を表示し、
又は事実を通知する文書」とされている。その具体例として、
郵便事業会社のサイトでは、書状や請求書などは信書とされ、
書籍やカタログなどがそうでないとされている。

 しかし、総務省の郵便課によると、請求書が信書とされるのは単体で
送る場合で、荷物に入れるのはよいという。サイトの説明だけでは
分からない場合もあるのは、事実のようだ。書類送検された埼玉県職員でさえ、
狩猟免許の更新案内について、「信書に該当するとは知らなかった」と話していたほどだ。

 信書を送るのに、郵便よりもメール便の方が便利なこともあるらしい。

 埼玉県の人事課では、「郵便だと時間がかかりますが、メール便だと
お願いすればすぐに発送できる状況にありました。書類の送付期限が
迫っていたので、利用してしまったわけです」と話す。また、郵便の場合、
県内・県外や県内の地区ごとに分けて出す必要があったが、メール便なら、
一括で送ってくれたことも助かったという。

 郵便法違反事件では、埼玉県とは別の団体や職員も書類送検され、
このケースも起訴猶予処分になっている。その団体の関係者は、
「以降は違反にならないか注意していますが、業者への政治的圧力や
規制が背景にあるのではないか」と指摘する。

 ヤマト運輸も、メール便の確認強化を決めたものの、困惑しているようだ。
広報担当者は、「お客さまに迷惑をかけないよう法令を遵守していきますが、
信書でないか1つ1つ見極めるのが大変になると思います。また、お客さまに
確認に手間をかけさせてしまうのも、大変心苦しい限りです」と漏らす。

 総務省の郵便課には、告知以来、何が信書になるのかなどと、
問い合わせが殺到して電話がつながりにくくなっている。担当者は、
「分かりづらいということですので、今後はホームページの説明などを
改良していくことを検討しています」と話している。

2011年07月17日 Posted by ゆべ at 20:40 | 政治 | この記事のURL
俺でもなれるかも


世間では、大事件がない安定期には強いリーダーを求めないものです。うまくいっているときに改革など何かと新しいことに挑戦する人は敬遠されて、人選も保守的になります。そういう時期が続くと、「リーダーなんて誰がやっても同じ」という発想がしみついてしまいます。

日本の政治家や大企業のトップは、この「誰でも同じ」の発想から、無難な人物が選ばれてきました。結果、温和で自己主張の強すぎないキャラクターの持ち主ばかり。現在の政財界を代表するお歴々を見ても、当てはまる人が少なくないのではないでしょうか。

◎危機で馬脚あらわした「現場任せの人格者」

実際に、大銀行のトップや、大臣クラスの国会議員とお目にかかると、「自分が先導して事態を切り開いてやる!」という情熱や思いを感じることはあまり多くありません。

「現場に任せてますから」と達観したような発言を耳にすることもしばしばで、「日本のリーダーには、当事者としての推進力は不要なのだろうか」とさえ感じます。

こうした「誰でも同じ」で選ばれたリーダーは、得てして「何事も決めない」「意思決定が遅れる」という傾向があります。決断の時期が迫っていても、「周囲の意見を聞いてじっくり決めたい」と慎重な態度に終始しがちです。

リーダーがそんな頼りないことでどうするのか――と思いきや、現場にはむしろそういう人の方が都合がよく、ありがたかったりするので厄介です。結果として、リーダーは棚に上げられ、何事も「現場主導」で物事が進められていったりします。

大企業でいえば無難さを追求する経営者と自主性の高い現場、政治の世界ならダメな大臣と巧みに懐柔する官僚との関係、といったところでしょう。

ところが、平和ばかりが続くとは限りません。今回のように、震災や原発事故、それに伴う経済的な悪影響が進むにつれて、事態は一変します。温和が取り柄のリーダーが、

「ぜひとも、早期のご決断を!」
と、苦手な自己主張を求められることになります。

こうなると困って「あわあわ…」と戸惑いながら、慣れない説明の場面に引っ張り出されて、とんちんかんな発言や行動に出て、周囲は大混乱します。

首相や東電の社長だけでなく、世間の企業でも震災後の対処で頼りにならなかったリーダーはたくさんいたと聞きます。職場を放棄して逃亡、危機対応で的確な指示ができずに泣き出した社長など、「困ったリーダー」の話は枚挙にいとまがありません。


◎期待される「アドリブのできる人材」

安定期と緊急時では、リーダーに課せられる役割はこれだけ違います。とはいえ、いままでのような安定期は、もう戻ってこないと考えてよいでしょう。

他社より早く危機感を抱いて方向転換を促し、実際の危機が訪れたときに、その波を十分乗りきれるような準備をしていること。これこそがリーダーの役割であると、あらためて認識されたのではないでしょうか。

最悪のシナリオを想定して準備を怠らないこと。安定期と危機における役割の切り替えができること。そんなリーダーの選出が強く求められます。では、誰が適任なのか?おそらく「アドリブのできる人材」ではないでしょうか。

そういえば、ある人気お笑いタレントにお会いしたとき、成功のための努力を聞いて驚いたことがありました。

「私はいつも、想定外の状況に置かれたときの対処法を考えています。例えば、タクシーに乗っている最中に、財布を忘れてきたことに気づいたとする。しかし取りに戻る時間はない。運転手は自分のことを知らない。名刺も忘れてきた。そんなとき、どうやって自分らしく笑いを取って、その場を乗り切ろうか――。そんなことばかり考えています」
この方は、危機に遭遇しても対処に戸惑うことはないだろうと確信しました。様々な状況をシミュレーションしている人こそ、次世代のリーダー像かもしれません。できればそんな人物に、日本の重要なリーダーの役割を任せたいものです。

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2011年07月04日 Posted by ゆべ at 12:27 | 政治 | この記事のURL
【至急】この記事を読め!!!
今、正にPCのまえにいらっしゃる貴方!!

直ぐに下記の記事を読みなさい!!

そして考えるのです!!!

この国を憂えるならば、今、何をなすべきかを!!!




その1

その2


×

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