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ゆべ
ご訪問いただきありがとうございます、すみませんが助けてください。3月に勤務先倒産で失業。先日老母も倒れ急遽介護を要します、記事左右の大きな提携先バナーをぽちっとして覗き、1円お恵みください!!
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2010年09月30日 Posted by ゆべ at 19:21 | 健康 | この記事のURL
眼から星は出たのだろうか
一般的に病気やケガなどによって失った視力は、そう簡単に回復させることはできないとされている。
それにも関わらず、中国には46年前に失明した眼が、ドアに顔をぶつけたことをきっかけに、治療せずに回復した高齢者が現れたという。
この“奇跡の話”は「街の人々も興奮させている」と、地元紙などが伝えている。

中国紙長江日報などによると、この話の主人公は湖北省武漢市新洲で暮らす74歳の徐玉蓮さん。
彼女は1964年、左眼に突然激しい痛みを感じ、村の診療所で簡単な治療を受けたものの、その後は経済的な困難から専門治療を受けることができず放置してしまった。
そのため次第に左眼の機能は失われ、気が付くと何も見えなくなったという。

また、2008年6月には頼みの綱となっていた右眼も病気により失明。以来、光を失った日々を送ってきたそうだ。
この2年間について彼女は「右眼を失明した後、ずっと暗闇の生活でした。いつも誰かに世話をしてもらわなければ生活できませんでした」と振り返っている。

そんな徐さんに“奇跡”が起きたのは今年9月のこと。
彼女は陰干ししていた布団を室内に取り込もうとした際に、誤ってドアに顔をぶつけてしまった。
ぶつけた場所は左眼まぶたのあたりで、徐さんは激しい痛みを感じたそうだ。

とは言え、そのときは痛みを感じただけ。
徐さんの左眼にこれといった変化は見られなかったのだが、ドアにぶつけてから一週間程度が過ぎたころに変化が訪れる。
長年何も見えなかった左眼でモノが見えるようになったのだ。徐さん自身、最初はびっくりして半信半疑だったそうだが、すぐに夫に指を立ててもらい確認。
自分の左眼の視力が回復したことを確信した。

もちろん、診察した医者もこれには大変驚いているそう。今後徐さんは専門病院で本格的な検査を受け、どのような経緯で左眼が回復したのか、調べることになっているそうだ。

2010年09月29日 Posted by ゆべ at 20:15 | ペット | この記事のURL
"愛妻"を捨てて外妻に走った?
「恋は盲目」という言葉がある。
周囲の状況はお構いなしに、恋愛の世界にどっぷりと浸り、突っ走ってしまう人の様子を例えたものだが、この言葉は何も人間だけに当てはまるわけではないのかもしれない。
ニュージーランドのある家で先日、かわいがっていたペットのオス犬が突然家から姿を消してしまった。
この犬が目撃されたのは「大好きだった」というメス犬が飼われている家の前が最後で、同時にこのメス犬もどこかへ行ってしまったという。
現時点で分かっている状況からペットが“駆け落ち”したと判断した飼い主は、「彼らはどこかで素晴らしい時間を過ごしているはず」と、捜索を諦めたそうだ。

ニュージーランドのニュースサイトstuff.co.nzによると、姿を消したのは南島クライストチャーチに住むヴィッキー・ロビンソンさんのペットで、オスのラッキー。
「非常におとなしい、かわいい犬」と大事に飼われていたラッキーだが、11月7日にロビンソンさんの家から姿を消してしまった。
ロビンソンさんは離れた街まで捜索したほか、毎日動物の保護施設を訪ねては、ラッキーがいないか確認したという。

そのうちに、彼女の耳にラッキーに関する情報が入ってきた。
聞けばラッキーは失踪した当日、パイパーというメス犬が飼われていた家の前にいたのを目撃されていたほか、その犬と一緒に通りを歩いていたところを見た人がいるという。
実はラッキー、振り返ってみれば、メス犬絡みで唐突な行動を取ることがあったらしい。

今から4年前、ラッキーはロビンソンさんの家に突然クロエという名のメスの子犬を連れてきたことがあったそう。
その後、クロエの飼い主が海外に出たため、以来クロエもラッキーと一緒に、仲良くロビンソンさん宅で暮らしていた。
ところが最近、ラッキーがご執心だったのはクロエではなく、パイパーのほう。
その入れ込みは相当だったようで、おとなしいと言われたラッキーが一度だけ、パイパーが熱を出したときに勝手に家を抜けだしたこともあったそうだ。

こうした経緯と目撃情報から、ロビンソンさんは、ラッキーがパイパーと一緒に“駆け落ち”したと考えている。
そして「たぶん彼らはどこかで素晴らしい時間を過ごしているはずで、見つかりたくないのだろう」と、2匹の“駆け落ち”を容認。パイパーを飼っていた家族も同様に考えており、「2匹で無事にいる」と信じている。

ただ、ロビンソンさんは残されたクロエのことを考えると、その胸の内は複雑な様子。
これまで2匹で仲良く暮らしてきただけに、ロビンソンさんは「ラッキーがほかの犬と“駆け落ち”したので、クロエは少し落胆しているように思える」と、心中を察している。愛を選んで家を捨てたオス犬を早く忘れて、クロエには1日も早く元気を取り戻して欲しいところだ。

2010年09月28日 Posted by ゆべ at 19:12 | 健康 | この記事のURL
難病認定?
健康に過ごす日々が当たり前のように過ぎていると、ちょっとした体調不良に陥っただけでも相当な負担に感じるもの。
それほど深刻な病気でなければ、医者に通い、数日から1週間も安静にしていれば元の体調に戻るものだが、英国では16年間も風邪のような症状が抜けないという女性がいる。
原因は重度の甲状腺機能低下症によるもので、そうと分かるまでには6年かかり、飲んでいる薬もほとんど効かないという現状に、女性は「人生を返してほしい」と、症状を改善できる医師の出現を望んでいるそうだ。

この症状に悩まされているのは、英中部ウェスト・ヨークシャー州ハリファックスで暮らす64歳のキャス・ロビンソンさん。
英紙デイリー・メールやハリファックス・イブニングクーリアによると、彼女は16年前から毎朝、筋肉や関節の痛み、熱っぽさ、疲労感といった、風邪のような症状に悩まされているという。
頻繁に医師の元を訪れ、ようやく原因が甲状腺機能低下症だと分かったのは、症状が出始めてから6年後。
しかしロビンソンさんは「英国には症状を改善できる医師がいない」と言い、毎日飲んでいる13錠の薬も、彼女が自分で調べて見つけ出したものだという。

甲状腺機能低下症は、甲状腺ホルモンが充分に分泌されなくなる疾患で、これにより代謝が弱まり、疲労感や意欲低下などさまざまな症状が引き起こすとされている。
現れる症状にはっきり特定するようなものがないため、一般的に症状から発見するのが難しく、血液検査などから分かる場合が多いという。

ロビンソンさんの場合も、6年間通った医師にはずっと風邪から来る関節炎と診断されていたそう。
しかし、同じ症状の出た親族が通った病院で検査を受け、ようやく甲状腺機能低下症であることがわかった。
そこで、甲状腺ホルモンを補う薬を処方されたが、10年経った今も改善している様子はなく、自分で調べた13錠の薬も「効いていない」と、依然症状に苦しんでいる状態だ。

そのため、5年前には仕事を辞め、現在は夫のフィリップさんの助けを借りながら生活をする毎日。
買い物に出かけては震え始め、悪いときには車いすを使わざるを得なくなるという現状に、「ときどき、もう死にたい」(英紙デイリー・ミラーより)と思うときもあるそうだ。

それでも前向きな希望を失っていない彼女は、互いに安心できる仲間を見つけようと、支援グループの立ち上げを準備中。
失望しているという英国の医療界には「私の人生を返してほしい」と語り、この病を扱える医師の出現を切実に願っているようだ。

2010年09月27日 Posted by ゆべ at 20:36 | 海外 | この記事のURL
廃材利用の「集大成」?
自分の家を持つのは、一所懸命働き、ある程度の成功を収めた証として多くの人が憧れるステータス。
日々の生活を営む場となるだけに、中にはこだわりの注文住宅を建てる人もいるだろう。
米カリフォルニア州で自動車販売店のオーナーをしている女性は、家を建てようと海に近い丘の土地を買った際に、普通とは異なるユニークな家に住みたいと考えた。
そこで一風変わった建物を造ることで知られる建築デザイナーに相談。すると、デザイナーが出してきた建築案は、使われなくなったジェット機を解体し、
その部品で建てるというかなり独創的なものだった。現在建築中のこの家は、来年夏までに女性に引き渡される予定だという。   

メルセデス・ベンツの販売店を経営しているフランシー・リーウォードさんは、ロサンゼルス近郊の海沿いの街マリブに、55エーカー(約22万平方メートル)の土地を購入した。
そして、そこにはユニークな家を建てようと決め、建築デザイナーのデイビッド・ヘルツさんに相談したという。

彼女からの要望はただ1つ、「建物には女性のような曲線を使い、丸みを帯びた感じに仕上げること」。
廃棄物を利用して建物を作る“アップサイクリング”を専門としていたヘルツさんは、要望を受けてすぐに素材探しに着手。
彼はすぐに頭の中にアイデアが浮かんでいたそうで、それが飛行機を使った家だった。

彼はまず、役目を終えてカリフォルニア州の砂漠地帯に置かれている中古飛行機を見に行き、家が本当に作れるかどうかを研究。
結果「できる」と判断したヘルツさんは、リーウォードさんにアイデアを話して承諾を受けると、中古のボーイング747−200型機を3万5,000ドル(約290万円)で購入する。
新品だと2億ドル(約166億円)はかかる飛行機を格安で手に入れたヘルツさんだったが、アイデア実現へは数多くの壁が待ち受けていた。

ヘルツさんの公式サイトによると、全長70メートル以上、幅約60メートルという機体を解体して取れる部品の数は実に450万個。
これらの部品をヘリコプターをチャーターして、砂漠地帯の駐機場から移送するのが大変だった。
このとき、すべての部品を移送するまでは万が一に備え「夜間に5つの高速道路を閉鎖」(英紙デイリー・メールより)したそう。
結果、大がかりな移送大作戦は無事に終わり、材料調達の問題はなんとかクリア。しかし、今度は建築許可申請の問題が残されていた。

許可を得るために、まずは飛行機の部品で家を建てることが法に触れないかを入念に調査。
そして、飛行機という変わった部品から建築するため、「撃墜された飛行機と間違われないよう」
米連邦航空局を含め「17の機関から承認を受けなければならなかった」(シェルター・ポットより)らしい。
こうして着実に問題を片付けていき、リーウォードさんの家は現在ほぼ完成に近い状態まで仕上げられ、2011年には引き渡される予定とされている。

屋根に使われた翼、台所やアートスタジオに活用された胴体部分など、随所に飛行機の特徴が残された家。
寝室3つに浴室3つを備えているほか、「コックピットの窓が天窓になっている、高さ約13メートルの瞑想パビリオン」など、使えるところは上手に利用されている。
世界に2つとないユニークな家ができ、リーウォードさんも入居を心待ちにしているに違いない。

2010年09月26日 Posted by ゆべ at 18:38 | 恋愛 | この記事のURL
そんなに爛れた関係が多いのか
中国では数年前から「本当の父親は誰なのか」を調べる親子鑑定の件数が急増しており、
一種の社会問題化しているが、「恋人への不信感」から出産前の段階で親子鑑定を行うケースも数多い。
産後、「親子関係がない」と判定されてショックを受けるよりは「生まれる前の今のうちにハッキリさせておきたい」というのが本音なのだろう。
そんな中国で先日、3人の男性をまとめて親子鑑定した妊婦の女性が現れ、話題を呼んでいる。本人はお腹の赤ちゃんの父親と判定された男性と結婚するつもりだという。  

中国紙福州晩報によると、この女性が親子鑑定のために訪れたのは福建省にある司法鑑定所。
同省南部で働いているこの若い女性は3か月前に妊娠していることを知ったものの、当時3人の男性と“関係”を持っていたため、自分でも誰が本当の父親かわからない状態だった。
せっかく授かった赤ちゃんは諦めたくないと思う一方で、血縁関係のない男性を父親にしたくないとの思いも強く、その結果、父親の可能性がある3人の男性全員を引き連れて鑑定所を訪れたそうだ。

想像するだけでもバツが悪そうな状況だが、鑑定所の係員の話では「3人の男性はいたって平然としていた」とのこと。
挙句に3人とも「自分が親だと証明されれば彼女と結婚する」と宣言するほどで、彼女が自分以外の男性と同時に交際していたという事実は、あまり気にしていない様子だったという。

同鑑定所によると、2年ほど前から、未婚の若い女性が親子鑑定に訪れるケースが増えているそうだ。しかし、そのほとんどが連れて来る男性は一人だけ。
今回のように3人の男性と一緒に来たケースは初めてだという。
また、福建律大法学院の副教授は「婚姻法には一夫一妻制や夫婦が互いに忠誠を尽くすことなどは明記されているが、未婚の男女に関わる問題には一切触れられていない」とし、ただ本人たちのモラルに頼るだけの現状は、こうしたケースを増加させかねないと警鐘を鳴らしている。 

ちなみに、今回の女性は無事に親子鑑定を済ませ、父親だとわかった男性と2人、仲良く手を取り合いながら鑑定所を後にしたとのことだ。

2010年09月24日 Posted by ゆべ at 20:22 | 事故 | この記事のURL
手軽な死に方をするな
8月31日、米ニューヨークで22歳の若者が高層マンションから飛び降りるという事件が起きた。
男性が身を投げたのはマンションの39階から。しかし、男性は地上に駐車していた車のリアウィンドウ部分に
着地、車がクッションとなったおかげで両足骨折のけがで済んだという。
日本でも海外でも、ときどき5〜10階ほどの高さから転落しても助かったというニュースが伝えられるが、
高層マンションの39階となれば相当な高さ。まさに奇跡的な生還と言えそうだ。

この日、トーマス・マギルさんはセントラル・パークにほど近い、西63番街沿いの高層マンションの39階にいた。
そして覚悟を決めた彼は午前10時45分、「39階の窓かバルコニー」(米紙ニューヨーク・デイリーニューズより)から、その身を地上へと投げる。

ニューヨーク・デイリーニューズ紙や米放送局WPIX-TVなどが伝えた目撃者の話によると、マギルさんは
「足を下に、時速160キロくらいのスピードで落ちてきた」そうで、相当な勢いで落下してきたことが分かる。
しかし、彼の体は道路ではなく、停車していた建設作業員の車に吸い込まれた。しかも、マギルさんは
車のリアウィンドウ部分に突入、ガラスを突き破ると後部座席とトランク部分に着地し、これがクッションの
役割を果たした可能性が高い。

驚く目撃者たちを前に、落ちてきたマギルさんは意識を失うこともなく、車から手を出した。
そして「足が、足が」と悲鳴を上げ始めたと言われている。マギルさんはすぐに病院に搬送されて
両足の手術を受け、夜には一時重態の状態に陥ったものの、幸いにも現在は安定しているそうだ。
警察の調べで、彼のFacebookには「人生が嫌だ」などのコメントが書かれていることが判明したそうだが、
動機などについて「慎重に捜査を続けている」(米放送局WPIX-TVより)という。

ちなみにニューヨークでは、2007年末にもビルの窓を清掃していた男性が誤って47階(43階との報道もある)から木製の柵に転落し、助かったという事例も。
しかしどちらのケースにおいても、これだけの高さから落下して命が助かるのは奇跡としか言いようがない。
今回の事件を目撃した人たちも、助かった彼の姿に興奮しているようで、先の目撃者は彼が車に落ちた様子を「スタントマンのようだった」と表現し、「車が彼の命を救った」と話している。  

また、車の所有者である作業員の男性は形の変わった自分の車をよそに、中にしまっていた水晶の
ロザリオビーズを見せ、「これが彼を助けたんだ!」と興奮していたそうだ。
ただ、今回は助かったとはいえ、重要なのはマギルさんの精神状態。多くの人の心配を集めながらも
奇跡的に助かった命に、前向きさを取り戻してもらいたいところだ。
事件を受けてマギルさんの父親は、友人らに「息子のために祈ってほしい」とテキストメッセージを送ったとも
伝えられており、その思いもマギルさんの今後の支えになると願いたい。

2010年09月23日 Posted by ゆべ at 18:32 | 海外 | この記事のURL
心の中にまで「欺瞞」であふれる国
中国河北省阜城県八丈村で暮らす36歳の女性・呉桂英さんは、16歳から20年もの間、
寝たきりの生活を送ってきた。
「半身不随」の彼女はいつも家族のサポートを必要とし、食事をするのもトイレに行くのも、
母親や兄弟姉妹の手伝いがなければできない、というほどだったという。
しかしそんな彼女、本当は身体的に悪いところはなく、立ち上がれることが判明。20年間も寝たきりだった原因は“心の病”と判明し、中国では驚きをもって伝えられている。

中国紙武漢晩報によると、呉さんが立ち上がるまでの寝たきり生活の間には、さまざまな“疑惑の出来事”があった。
これまで数回、立ち上がる姿を目撃されたことがあったのだ。

最初に目撃されたのは2008年5月のこと。
当時、呉さんは長年にわたって面倒を見てくれていた母親を亡くし、姉の家に身を寄せていたのだが、そこに姪(姉の娘)が休暇を利用して帰郷した。
姪は久しぶりに会うおばさん(呉さん)と話をしようと彼女の部屋を訪れたところ、「おばさんが立ち上がった!」と、すぐに驚いた面持ちで泣きながら飛び出してきたという。
ただ、そのときは呉さんがベッドに上る瞬間をチラ見しただけだったため、特に問題にはならなかった。

それから数か月後、今度は説明しようのない出来事が目撃される。姉夫婦が仕事のために外出したときのことだ。
家を出てしばらくすると、姉は忘れ物に気付いたらしく、家に一度戻らなければならなくなった。するとそこでまさかの光景を目撃。
開いたドアの向こうで、部屋の中を歩く呉さんを見たのだ。
約20年もの間ずっと寝たきりだと思っていたのに、目の前で平然と歩いている――それがどれほどの衝撃だったのかは想像を絶するほどだろうが、驚いたのは姉だけではなかった。
立っている姿を見られたことに気が付いた呉さんもまた驚き、その場で失神してしまったという。

しばらくして意識を取り戻した呉さんに姉は「歩いていたことを覚えているの?」とたずねると、呉さんはまったく覚えがない様子。
そのため、立ち上がって歩いたという事実は“怪奇現象”のようにとらえられ、結局それ以上追及されることはなかった。

しかしである。その後、姉の家での生活が長くなるに連れて、呉さんに関する不可解な事実が次々と明るみになってきた。
床擦れがないこと、手足の筋肉もそこまで衰えていないことなどなど。そして呉さんの存在をメディアが取り上げたことで、新たな疑惑が持ち上がる。
今まで家族が考えもしなかった“心の病”の可能性だ。

2009年1月、メディアを介して呉さんと家族は上海の有名な医師のもとを訪れた。
この医師は身体表現性障害に悩む患者を多く治療してきた実績を持つが、呉さんのようなケースを担当するのは初めて。
呉さん自身が潜在的に「立ちあがりたくない」という思いを強く抱いていることが、治療のポイントとなった。

まずは根気強く呉さんに問診。するとさまざまな事実が明るみになった。
まず、呉さんは8人兄弟の末っ子で、とてもわがままに育てられていたということ。
まだ幼いころ、兄弟姉妹は全員が呉さんのことを第一に行動してきたそうで、例えば彼女は叱られると癇癪を起してベッドから離れず、
家族に食事を食べさせてもらうようなことがままあったそうだ。
そうした家族の対応に味をしめ、いつしか寝たきりのほうが自分にとって「都合が良い」と考えるようになり、
気が付くと本当に寝たきりの生活を送るようになってしまったのだという。

医師は当初、立ち上がることがどれほど素晴らしいことなのかを説く方向で治療を試みたが、これは一切効果なし。
そこで態度を一変し、「いま立ち上がらなければ、一生このままだぞ」と脅すような、叱るような態度で呉さんに接することにした。

すると呉さんはヨロヨロとだが、自らの脚で立ち上がることに成功。
医師の説明では、自分の寝たきりが“ウソ”だと暴露されたことで潜在意識に変化が起こり、それが立ち上がらせる直接の原因になったそうだ。

なお、立ち上がったのは「まだ治療の第一歩」とのこと。その後も治療は続けられ、これからも注意深く呉さんの経過を見る必要があるという。

2010年09月22日 Posted by ゆべ at 20:46 | 仕事 | この記事のURL
職安に行った
たまたまローテが休みだったのを幸いに
初めて職安というところに行った。
駅近くで行きやすい場所ではある。

新規登録をしてもらった。
申請書にははっきりと「廃業見込みのため」と書いてやった
他の連中は何と言おうと、自分の見立てでは
どう足掻いても存続できるはずがない。

少しでも有利な条件を先に見つけるためにも
早めに動いたほうがいい。

2010年09月21日 Posted by ゆべ at 18:14 | 仕事 | この記事のURL
民事再生
それは突然だった。

夕刻全員食堂に集められた。
このパターンには、今までロクなことがなかった。

泣きながら声明文を読むバカ社長。
泣きたいのはこっちだ。

あーあ、とうとう現実になったな、倒産。

2010年09月20日 Posted by ゆべ at 18:19 | 家族 | この記事のURL
男性ホルモンの検査は?
米国に「世界一長いあご髭を持つ女性」がいるのをご存知だろうか。
現在62歳のビビアン・ウィラーさんは、2000年に約28センチのあご髭がギネス記録に認定された女性。
彼女には33年前、息子が父親の男性と共に行方知れずになったという悲しい過去があったのだが、この息子の捜索が実を結び、今年6月に2人は晴れて再会。
喜びを分かち合っているそうだ。  

英紙デイリーメールや米情報サイトAOLニュースなどによると、ウィラーさんは母親からの影響を受けた「多毛症」により、生まれた時から頬やあごに短い毛が生えていたという。
また彼女は、男女両方の生殖器を持った両性具有として生まれており、母親の希望で手術をして男性器を取り除き、女性として成長した。
現実に向き合ってたくましく育つ彼女ながら、父親は娘の特徴で「恥をかかされる」(AOLニュースより)と思っていたとも。
一方でこの父親は、ウィラーさんを幼い頃からショーの見せものとして出演させ、生活費の足しにしていた。

大人になってからは、サーカスのパフォーマーなどで活躍。
現在は骨粗しょう症を患い、車いすでの生活を余儀なくされているが、世界の注目を集めるようになったのは1990年の母親の死がきっかけだった。
それ以来、剃るのを止めたあご髭は伸び続け、2000年に「世界一長いあご髭を持つ女性」としてギネス・ワールド・レコーズに認定されている。

そんなウィラーさんには、今から30年以上前に大きな悲しみに包まれる出来事があった。
1977年、彼女は「不可能」とまで言った医師の予想を覆し、ネブラスカ州で出会った男性と関係を持ち、男の子を出産する。
ところが男の子が生まれてすぐ、男性は子どもを連れて姿を消してしまったのだ。
せっかく授かった我が子を思い、警察の手を借りずに何年も必死で探したウィラーさんだったが、強い思いは彼女の体調へと跳ねかえり、出演していたショーの最中に倒れてしまった。
彼女の精神面を心配した医師は息子への思いを諦めるよう説得したそうだ。

しかしウィラーさんの思いも虚しく、息子とされるリチャード・ローレンスさんの幼少時代は幸せとは言えなかった。
父親に連れられて住まいも転々としていた彼は、幼いときに入れられた孤児院の職員に父親から受けた虐待の形跡を発見され、7歳のときに養子として別の夫婦の世話を受けるようになる。現在は結婚もして幸せを掴んだリチャードさん。
忙しい生活に追われながらも、実の母親を探そうと決意した彼は今春、住んでいるカンザス州の当局へ働きかけを行ったという。

すると6週間後、当局から「ビビアン・ウィラー」という母親の名前と、多毛症などの具体的な特徴が書かれた手紙が彼の元に届いた。
すぐにインターネットで検索してウィラーさんの写真を見た彼は「自分たちが似ている」(デイリー・メール紙より)として、彼女が母親と確信。
彼女と繋がりがあったショーの関係者らに連絡先を聞き、電話を掛けてみては使用されてない番号に幾度となく当たったというが、ある曲芸師の男性がウィラーさんと現在も親交があったことでようやく繋がり、今年6月に2人は再会を果たした。

お互いの話を通じて、紛れもない親子と確信しているという2人。ウィラーさんは、やっと訪れた息子との再会に「私はラッキー」と喜んでいるという。
間もなく米テレビ番組「Maury Show」で行ったDNA鑑定の結果が判明し、2人の関係が正式に明らかにされるそうだが、すでに2人の間には相当な信頼関係が結ばれている様子。
リチャードさんは「何が起ころうとも、私は彼女と一緒にいたい」と話している。

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