2020年01月13日
生活保護廃止決定通知書。
2020年1月1日付けで
生活保護が廃止された。
12月中に区役所から
廃止になる見通しと電話をもらっていたが、
今年に入っても特に書類が届いたり、
電話があったりはしなかった。
→11月に生活保護の受給を開始。
「生活保護開始決定通知書。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/352/0
→12月に保護廃止になる電話をもらう。
「生活保護、廃止の見通し。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/403/0
歯医者と精神科にかかるために
国保に入る必要があったので、
国保加入手続きに行った際に
生活保護課から廃止通知書を手渡しでもらった。
忙しくて郵送が遅れていたそうだ。
地獄演説の大ダメージと引き換えに
親から受け取った資産を使い、
保護開始から廃止までに受け取った費用と、
その間10割負担でかかった医療費の合計、
約34万円を返還する。
返しても手元には100万円以上残るので、
就職して稼ぎ始めたお金と併せて
しばらくはこれでやっていく。
こんなに早く生活保護を卒業するとは思ってなかったが、
かといって何年も受給を続けるイメージも
できていなかった。
昨年は本当に不安と重圧に押し潰されそうな毎日で、
目の前を乗り切ることに精一杯だったから、
イメージどころじゃなかったかも知れない。
平穏な日々がほしいと言い続けたのとは裏腹に、
ことごとく暴風吹き荒れた1年だったけど、
結果的には最も大きな問題だった
「親への決定的な諦め」につながった。
→親の中にあるのは不安と自己愛、僕の姿はなかった。
「延長戦決着、戦利品は”諦め”。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/389/0
→自分へ依存する親の姿をはっきり見る。
「子どもの逃げ道を塞ぐ”生活保護封じ”。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/393/0
今後どういう思いに変わっていくかわからないが、
今この日この瞬間の気持ちとしては、
「あぁ、廃止になったか」。
渡された資産があるとはいえ、
本来なら「収入が…生活が…」などと
今後の不安をもっと考えていてもおかしくない。
なのに、今のところ大して焦りもせず、
不安も動揺もなく淡々と受け止めている。
以前に書いた覚えがあるけど、
僕にとって一番大きな障壁であり問題なのは
生活でも稼ぎでもなく親だったことがわかる。
今までだったら大崩れするところ、
親問題に比べたら「ああそう」と思ってるあたり、
良くも悪くも楽観的でいられるようになった。
このまま生活保護を継続で受けていたら、
本来は必要だった引っ越しをする機会がなかった。
生活保護を受給しながらの引っ越しを
経験してみたかった気持ちはあるが、
動きづらい真冬に大きな環境変化がなくてよかった。
何にせよ、ここからは収入の申告もないし、
何を持つのも自由であり自分次第。
意気込むでもなく淡々と始まった、
本当に自由な自分の人生に、何を描いていこうか。
それを考えつつ、これまで通りこつこつと、
できることを毎日積み上げることにする。
生活保護が廃止された。
12月中に区役所から
廃止になる見通しと電話をもらっていたが、
今年に入っても特に書類が届いたり、
電話があったりはしなかった。
→11月に生活保護の受給を開始。
「生活保護開始決定通知書。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/352/0
→12月に保護廃止になる電話をもらう。
「生活保護、廃止の見通し。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/403/0
歯医者と精神科にかかるために
国保に入る必要があったので、
国保加入手続きに行った際に
生活保護課から廃止通知書を手渡しでもらった。
忙しくて郵送が遅れていたそうだ。
地獄演説の大ダメージと引き換えに
親から受け取った資産を使い、
保護開始から廃止までに受け取った費用と、
その間10割負担でかかった医療費の合計、
約34万円を返還する。
返しても手元には100万円以上残るので、
就職して稼ぎ始めたお金と併せて
しばらくはこれでやっていく。
こんなに早く生活保護を卒業するとは思ってなかったが、
かといって何年も受給を続けるイメージも
できていなかった。
昨年は本当に不安と重圧に押し潰されそうな毎日で、
目の前を乗り切ることに精一杯だったから、
イメージどころじゃなかったかも知れない。
平穏な日々がほしいと言い続けたのとは裏腹に、
ことごとく暴風吹き荒れた1年だったけど、
結果的には最も大きな問題だった
「親への決定的な諦め」につながった。
→親の中にあるのは不安と自己愛、僕の姿はなかった。
「延長戦決着、戦利品は”諦め”。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/389/0
→自分へ依存する親の姿をはっきり見る。
「子どもの逃げ道を塞ぐ”生活保護封じ”。」
https://fanblogs.jp/yaritaikotohanokosazuyaru/archive/393/0
今後どういう思いに変わっていくかわからないが、
今この日この瞬間の気持ちとしては、
「あぁ、廃止になったか」。
渡された資産があるとはいえ、
本来なら「収入が…生活が…」などと
今後の不安をもっと考えていてもおかしくない。
なのに、今のところ大して焦りもせず、
不安も動揺もなく淡々と受け止めている。
以前に書いた覚えがあるけど、
僕にとって一番大きな障壁であり問題なのは
生活でも稼ぎでもなく親だったことがわかる。
今までだったら大崩れするところ、
親問題に比べたら「ああそう」と思ってるあたり、
良くも悪くも楽観的でいられるようになった。
このまま生活保護を継続で受けていたら、
本来は必要だった引っ越しをする機会がなかった。
生活保護を受給しながらの引っ越しを
経験してみたかった気持ちはあるが、
動きづらい真冬に大きな環境変化がなくてよかった。
何にせよ、ここからは収入の申告もないし、
何を持つのも自由であり自分次第。
意気込むでもなく淡々と始まった、
本当に自由な自分の人生に、何を描いていこうか。
それを考えつつ、これまで通りこつこつと、
できることを毎日積み上げることにする。
【このカテゴリーの最新記事】
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/9546557
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック