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2023年04月07日

マイナスドライバー



そんなに怖くないのですがきいてください。
私がまだ4〜5歳の頃の話です。
当時家には風呂が無く、よく母親と銭湯に行っていました。
まだ小さかったので母と女湯に入っていました。
或る日のこと、身体を洗った後飽きてしまった私は、湯舟の中でプールよろしく遊んでいました。
今迄気付かなかったのですが、湯舟の横から階段状になりドアが付いているんですね。
(何処もそうなのかも知れません)
私はふとそのドアが気になって段々を昇りドアの前まで行った。
ドアノブの真下に大きな鍵穴があるのです。
ワクワクして覗きました。……向こう側は何かに覆われて見えない。
なんだ、ツマらない。いったん顔をあげました。
何を思ったかもう一度鍵穴を覗き込んだのです。
ぼんやりとした明かりの中、ボイラーとおぼしき器械が見えました。
おわースゴい。夢中になって覗いていました。
ドアの向こうの気配、それとも何かが知らせてくれたのか突然、私は目を離し身を引いたのです。
そして次の瞬間、鍵穴からはマイナスドライバーの先端が狂ったように乱舞していました。……。
私は息を呑みそこを離れ、コワくて母親にさえ話すことが出来ませんでした。


子供の私は、あの出来事も速攻で忘れて日々を過ごしていました。
間もなく我が家は引っ越すことになり、家の大掃除をした後、あの先頭に行きました。
私は大掃除で見つけた色々なガラクタを後生大事に持っていったのです。
私は例によって風呂の中で遊んでるうち、あのドアの鍵穴のことを思い出しました。
しかしあの恐怖を忘れていた私は、ガラクタを入れた洗面器を抱えて鍵穴を覗きに行ったのでした。
また向こう側は何かに覆われて何も見えない。
私はガラクタの中にあった箸を取り出し、おもむろに鍵穴に突っ込んだのでした。
瞬間、ドアの向こうでドタバタする気配にたじろいた私は、箸から手を離しました。
箸はブルブル震えながらそのままでしたが、やがてこちら側に落ちてきました。
先から数センチが折れていました。私はまた母親に何も言いませんでした。
その日を最後に、我が家では隣の市へ引っ越して行ったのでした。


数年後、小学生の私は、かつて住んでいたあの町に遊びに行きました。
まっ先に子供の社交場でもあった神社の境内に赴きました。
そこに行けば昔の友人達に会えると思ったのです。しかし予想に反して誰も居なかった。
いや、境内の裏の大木の前で、一心不乱に何かをやっている大きな男が居ました。
瞬間、かつての記憶が蘇りました。彼は我々から“ミッキー”と呼ばれ恐れられていた青年でした。
透明に近いシルバーの髪、兎のような赤い目、今考えるとアルビノであったのかもしれません。
そして彼は病的に乱暴で、メンコやベーゴマに興じる我々の中に乱入しては、物を取り上げたり投げつけたりを繰り返す素性が不明の人物でした。
その彼が目の前に居る。私は金縛りにあったようになり、話し掛けることも逃げることも出来なかった。
彼は動作を止めると、ゆっくりとこちらを向いた。
彼の片方の目は潰れていました。
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