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2016年04月09日

想い歌・11(半分の月がのぼる空二次創作)




 本日は、半分の月がのぼる空二次創作「想い歌」掲載。
 次回あたりから、改変が目立ってくると思います。



想い歌.jpg



              ―20―



 「一体何をやっとったかと訊いとる!?さっさと答えんか!!」
 鬼大仏―近松覚正は僕達をグルリと睨み回すと、また怒鳴った。
 相変わらず無駄に声がでかい。耳がキンキンしてくる。
 それにしても、どう説明したものか。
 実際、この暗い視聴覚教室の中で何が起こっていたのかを、僕は知らない。むしろこっちが教えて欲しいくらいだ。
 それは、鬼大仏を連れてきた吉崎も同じ。
 当の本人は、鬼大仏の後ろで両手を合わせてペコペコしている。
 どうやら、鬼大仏を連れてきてしまった事をあやまっているらしい。
 まぁ、事情は分からなくもない。
 放課後の、大概暗くなった時分。汗だくで息を切らした女生徒が、個室のスペアキーを貸して欲しいなどと飛び込んでくる。教師でなくとも、何事かと思うのが人情というものだろう。
 まして、こういう事に鼻の利く鬼大仏の事だ。
 恐らく、強引について来てしまったのだ。
 もっとも、吉崎がそれをあえて拒まなかった事も考えられる。
 どうあがいたって、僕らは所詮子供だ。
 もし、この中で起こっていた事が、考えうる最悪の事態だったりしたら?くやしいけど、僕達だけではどうにもならなかっただろう。
 大人の力が欲しい。
 吉崎がそう思ったとしても、仕方ない。
 本当の災厄に出会ったとき、僕達はどうしようもなく、無力なのだから。
 それにしても、この事態には困った。
 何か納得のいく説明が出来ない限り、鬼大仏は僕らを放してはくれないだろう。
 かと言って、僕や吉崎では説明のしようがない。
 となれば、それが出来るのは当事者である里香か蓮華という事になるのだけれど・・・
 ―と、
 ス・・・
 暗がりの中に立っていた蓮華の身体が動いた。
 そのまま、僕達の脇をすり抜けて鬼大仏の前に進み出る。
 「む?」
 そう言って、蓮華を睨む鬼大仏。
 その視線に動じる事もなく(・・・というか、端から目に入っていないらしい)、蓮華は口を開く。
 「あたしが・・・」
 「―あたしに相談があるって言ってきたんです。」
 蓮華の言葉を遮る様に飛んできた声に、皆が驚いて視線を向けた。
 声の主は里香だった。
 里香は、いつの間にか疲れた様な様子で椅子に座っていた。そして、ポカンとしている蓮華をよそに、鬼大仏に話しかける。
 「誰にも聞かれたくない相談があるって。だから視聴覚教室(ここ)で鍵をかけて、話を聞いてたんです。」
 嘘だ。事態はそんなのんきなものではなかった筈だ。だけど、里香は立て板に水を流す様に言葉を紡ぐ。
 「それで、話が終わって帰ろうとしたんですけど、そこでうっかり先に電気を消しちゃったんです。廊下の電気も消えてたし、真っ暗になっちゃって。それであたし達慌てて・・・」
 ・・・なるほど。そうきたか。だけど、こんな言い訳で納得する様な鬼大仏ではないだろう。それならすぐに電気を付け直せばいいだけの話だし、大体、滅茶苦茶になっている机や椅子(主に僕のせいだけど)の説明はどうするつもりなのか。
 そう思っていると、
 「そしたら・・・」
 そこで里香はそう言って、自分の胸を押さえた。
 「ビックリしたせいか、あたし急に気持ち悪くなっちゃって・・・。」
 「何!?」
 里香が、自分の持つ最高のカードを切ってきた。
 里香が病気持ちである事は、教師達の間では周知の事実だ。
 効果はてき面で、仁王の様だった鬼大仏の顔が見る間に緩む。
 酷く、心配そうな顔だ。
 「それで、あたし達パニックになっちゃって、電気を点けようとか、手探りで鍵を開けようとか、そういう事に頭が回らなくなっちゃったんです。」
 言いながら椅子にもたれかけると、里香は疲れた様にハァ、と大きく息をつく。心なしか、顔色まで悪い様に見える。何だか、僕まで心配になってきそうだ。
 「そこで、如月さんが携帯で吉崎さんに連絡を取ってくれて、それで吉崎さんが急いで職員室にスペアキーを取りに行ってくれたんです。」
 「う、ううむ。しかし・・・」
 鬼大仏は今一つ納得しかねる顔で、滅茶苦茶になっている椅子や机を見る。
 「ああ、それは裕一です。」
 そうそう。それは僕・・・って、おぉい!?
 「途中で如月さんが気がついて、鍵を手探りで開けてくれたんですけど、ドアを開けた途端に裕一が突っ込んできて、ドガラガシャンって・・・。」
 そこだけまんまかよ!!
 「戎崎、また貴様か!?」
 案の定、鬼大仏が僕を睨む。思わず、肩をすくめる僕。
 「秋庭が心配だったのは分かるが、貴様が浮き足立ってどうする!?男子たる者、もっとズッシリと構えてだな・・・」
 そのまま、長々と説教に入られるかと思ったけど、そこで鬼大仏は言葉を切った。
 「・・・いや。今日はいい。秋庭、それで具合はどうなのだ?」
 「はい。だいぶ、落ち着きました。」
 里香の答えに「そうか。」と息をつくと、鬼大仏は僕達を見回してこう言った。
 「秋庭は少し保健室で休んでいけ。戎崎は秋庭についていてやれ。吉崎と如月は直ぐに帰れ。いいな?」
 「は、はい!!」
 里香は頷き、僕と吉崎は同時に返事をする。だけど、蓮華だけは茫然とした様に突っ立っていた。
 鬼大仏はそんな蓮華をチラリと睨んだが、すぐに視線を外すと教室の中に向かった。
 「ここはわしが片付けておいてやる。」
 ・・・鬼の目にも涙。
 黙々と机や椅子を片付けるその大きな背中に、僕はこっそりそんな言葉を思い浮かべた。


 「じゃあ、何かあったら呼んでね。」
 「はい。」
 僕達の返事に頷くと、保健の先生は保健室を出て行った。
 それを見届けた後、ベッドの傍らの椅子に腰を据えながら、僕はホッと息をついた。
 「全く、よくあんな嘘ペラペラと言えるもんだな。」
 目の前のベッドに横たわる里香に、呆れた様にそう言う。
 「でも、上手くいったでしょ?」
 当の本人はクスリと笑みを浮かべながら、そんな事を言っている。
 「嘘、好きじゃないんじゃなかったのか?」
 「・・・嘘も方便。」
 そう言うと、里香はまたハァと息を吐いた。
 さっきから、こんな息継ぎを頻繁にしている。
 その様子に、僕は急に不安になってきた。
 「おい、大丈夫か?ひょっとして本当に具合、悪いのか?」
 「・・・大丈夫。ちょっと、疲れただけ。」
 そして、里香は軽く目を閉じる。
 「なあ、一体、何があったんだよ?蓮華(あいつ)に、何されたんだよ。」
 「・・・・・・。」
 里香は目を閉じたまま、答えない。
 「なあ、おい・・・」
 僕がなおも問い詰めようとしたその時、
 「・・・何で言わないの・・・?」
 後ろから飛んできた声に、僕は飛び上がった。
 里香が、ゆっくりと目を開く。
 振り向けば、保健室の入り口に蓮華が立っていた。
 「な、何だよお前・・・!?」
 けれど、僕の問いには答えず、蓮華は近づいて来る。
 何処か、フラフラとした足取りで。
 そして、ベッドの横に立つと、横たわる里香を見下ろした。
 「・・・何で言わないの・・・?さっきも・・・今も・・・。」
 虚ろな瞳に、虚ろな声。
 全ての力を失った様な態で、蓮華は囁く様に里香に訊ねる。
 「・・・言ったでしょ・・・?」
 やっぱり力のない声で、里香が答える。
 「・・・あたしは、死なないもの。」
 その言葉に、僕はどきりとした。
 対する蓮華も、その目を軽く見開く。
 「死なないから、あんな事、意味がない。」
 見下ろす蓮華の瞳を見返しながら、里香は淡々と話す。
 「意味がないから、言わないだけ。」
 「・・・今、言っておかないと、また“やる”かもよ・・・。」
 その顔に、とってつけた様な薄笑みを浮かべて、蓮華が言う。
 「同じ事。意味がない。あたし、死なないから。」
 やっぱり、その顔に薄笑みを浮かべて、里香も言う。
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 しばし見つめ合う、二人。
 やがて・・・
 「そっか・・・。あんた、“馬鹿”なんだ・・・。」
 ボソリと囁く様に、蓮華がそう言った。
 「・・・うん。」
 薄く笑って、里香が答えた。
 “馬鹿”。
 里香にはもっとも、そぐわない言葉だ。
 だけど、不思議とこの時は妙にしっくりとくる様に感じられた。
 「馬鹿には・・・勝てないか・・・。」
 何かを諦めた様に呟くと、蓮華は僕の方に向き直った。
 「先輩・・・」
 「な、何だよ!?」
 「先輩は、幸せですか?」
 「え・・・?」
 「幸せですか?」
 酷く、真剣な問いだった。
 少しでも嘘が混じれば、そこから全てをこじ開けようとする様な、そんな問いだった。
 戸惑いを覚えて、ふと横を見る。
 ―里香が、見ていた。
 澄んだ瞳で真っ直ぐに、けれど穏やかに、僕を見つめていた。
 その瞳が、僕に自信と力をくれる。
 「ああ。」
 僕はそう答えて、力強く頷いた。
 それを受けた蓮華は、重ねて訊く。
 「その幸せは、いつまでたっても、何があっても、“幸せ”ですか?」
 「――!!」
 言葉だけとれば、酷く簡単な問いだった。
 けれど―
 吉崎に聞いた、蓮華の過去が頭を過ぎる。
 ―大事な姉。
 大事なものを得て、“幸せ”だった姉。
 その“幸せ”を、“幸せ”として持ち続けられなかった姉。
 そして、そんな姉を救えなかった自分。
 その想いの全てが、込められた問いだった。
 「“幸せ”ですか?」
 蓮華が繰り返す。
 後悔。怨嗟。悲傷。猜疑。覚悟。そして、期待。
 色んなものが込められた、重い、重い、問い。
 だから、僕は今度は里香の目を見なかった。
 誰にも頼らず。
 誰にも押されず。
 僕はその答えを選んだ。
 そして―
 「当たり前だろ。」
 僕ははっきりと、その答えを形にした。
 「・・・“馬鹿”ですね・・・。」
 その答えを聞いた蓮華は薄く笑ってそう言うと、つつ、と僕に近づいてきた。
 真っ黒い瞳が、僕を見上げる。
 そしてクッと背伸びをすると―
 「――!?」
 柔らかくて温かい感触が、頬に触れた。
 「・・・これくらい、いいでしょ?」
 その身を戻しながら、蓮華はそう言って里香を見た。
 里香は何も言わず、僕達を見ていた。
 微笑んでいる様な、ブスッとしている様な、そんな変な表情だった。
 そんな里香にクスリと笑いかけると、蓮華はもう一度僕を見てこう言った。

 「さようなら。戎崎先輩。」

 ・・・それは、違う事ない別れの言葉。
 そして、全ての終わりを告げる言葉だった。


 「なあ、結局、何があったんだよ?」
 「しつこいなぁ。裕一は。」
 蓮華が去った後、改めてそう聞いた僕に、里香は少しむくれながらそう言った。
 だってそりゃ、気になるだろ。
 さっきの会話、何か剣呑な言葉が混じってたぞ。
 「そんな事いいから・・・」
 いや、そんな事って・・・。
 「聞かせてほしい。蓮華(あの娘)の事。」
 里香が僕の方を見ながら、そう言った。
 「え・・・?」
 「聞きたいの。知ってるんでしょ?裕一。」
 酷く、真剣な顔だった。単純な好奇心とか、そんな浮ついた動機じゃないのは一目瞭然だ。
 こうなったら、本懐を遂げない限り、絶対に引き下がらないだろう。
 僕は溜息をつくと、里香の顔を見た。
 「結構・・・いやかなり重いぞ。大丈夫か?」
 「うん。」
 そう言う里香の顔色は、確かに幾分良くなっている様だった。


 明るい半月の下、如月蓮華は一人家路を歩いていた。
 ―否、正確には一人ではない。
 その少し後ろを歩く、人影がもう一つ。
 「・・・何でついて来るわけ?」
 如月蓮華は鬱陶しそうにそう言うと、後ろの人影―吉崎多香子に向かって振り返る。
 「別についてってる訳じゃないわよ。帰り道が同じなだけ。」
 「・・・え?」
 軽く驚いた様な態の如月蓮華に、吉崎多香子は大げさに溜息をついて見せる。
 「知らなかったの?あんた、本当に先輩達しか見てなかったのね。」
 かく言う自分も、大森芳子に聞くまでは知らなかった訳なのだが、それはとりあえず棚に上げておく。
 しかし、その驚いた様子もほんの一瞬。
 「あ、そう・・・。」
 呟く様にそう言うと、如月蓮華は再び前に向き直り、何事もなかったかの様に歩き出す。
 その様に溜息をつきつつ、吉崎多香子も再びその後を歩き出す。
 しばしの間。
 ―と
 「ねえ、あんた・・・」
 吉崎多香子が、如月蓮華に声をかけた。
 「・・・・・・。」
 答えはない。
 振り返りもしない。
 だけど構わずに続ける。
 「・・・本気でやる気、なかったでしょ?」
 その言葉に、如月蓮華がピクリと肩を動かす。
 歩いていた足が止まる。
 細い首が動いて、後ろを向く。
 見れば、吉崎多香子がストラップを持って、携帯をプラプラと晒していた。
 「あんたが何をしたのかは、先輩が言わない以上訊かないけど・・・」
 ストラップをヒュンと回して、携帯をパシリと手の中に収める。
 「人の携帯使って誘いメール送っといてから、履歴消さないなんて随分お粗末だよね。あんたらしくもない。」
 「・・・・・・。」
 如月蓮華は何も言わない。
 ただ黙って、その目を吉崎多香子に向けている。
 だけど、それは酷く虚ろで、どこか捉え所がない瞳。
 あの、暗いが沸々と滾っていた瞳とは、まるで別人の様だ。
 「単純に、先輩のメアドが分からなくて使ったって訳じゃないよね?あたしの携帯。」
 「・・・・・・。」
 続ける問いかけ。
 けれど、返ってくるのは、あいも変わらず無言の声。
 虚ろな瞳も、本当に対峙する彼女を映しているのかいないのか。
 「期待してたんじゃないの?気付いたあたしや、戎崎先輩が止めに来るの。」
 「・・・・・・。」
 「本当は、助けてもらいたかったんじゃないの?誰かに?」
 「・・・・・・。」
 何を問うても、何度問いかけても、如月蓮華は何も言わない。
 ただ黙って、何も映さない瞳で見つめるだけ。
 「・・・ああ、もう!!」
 いい加減イラついた。
 だから、言ってしまった。
 「そんなじゃ成仏出来ないよ!!鈴華さんも!!」
 ギッ
 途端、如月蓮華の首が吉崎多香子の方を向いた。。
 何も映していなかったはずの瞳が、確かに彼女の像を捉える。
 「・・・何が、わかる・・・?」
 「え・・・?」
 底冷えのする様な声。背筋が、一瞬で凍りつく。
 「お前なんかに、何が分かる・・・!?」 
 見開かれた目。
 そこに見えたのは、確かな狂気。
 咄嗟に身を引こうとした瞬間、。
 ガシッ
 猛禽のそれの様に伸びてきた手が、吉崎多香子の胸ぐらをガッシと掴んでいた。
 ―夜闇の中、怯える様に風が泣いた。


 「・・・そうだったんだ。」
 僕の話を聞き終えた里香は、大きく息をつくとその身をベッドに沈めた。
 「吉崎からの又聞きだけどな。」
 僕もそう言って、傍らの椅子に腰を沈めた。
 「結局、あいつはおれの事が好きだった訳じゃないんだよ。おれに、境遇の似てた姉を重ねてただけで・・・。」
 「そうかな・・・?」
 「え?」
 里香の言葉に、僕はポカンとした。
 「それだけじゃ、ないんじゃないかな・・・。」
 「どういう事だよ?」
 その問いに、里香は僕の顔を見る。
 「如月さんは、お姉さんの事が好きだった。そして、その“好き”は、あたし達が普通の家族に持つ“好き”とはちょっとだけ違った、特別な“好き”だったんじゃないのかな?」
 「特別な、“好き”・・・?」
 「うん。だから、如月さんにとってお姉さんは特別な存在。絶対に欠けちゃいけない、世界っていうパズルの1ピース。」
 「世界の、1ピース・・・」
 何だか、分かるようで分からない表現だった。
 家族とは違う、だけど絶対に欠けちゃいけない世界の1ピース。
 それは、人にとってどんな存在の事を言うのだろう。
 「だけど、そのお姉さんは、いなくなっちゃった。」
 里香の声が、少し変わった。どこか寂しげで、悲しげな声。
 「如月さんは、大切な世界のピースを無くしちゃった。」
 少し変わったその声で、里香は続ける。
 「欠けたピースは、簡単には埋まらない。だって、それと同じ形のピースは、きっと世界の中にいくつもないから。」
 「・・・・・・。」
 「だけど、如月さんは見つけた。」
 「!!」
 その言葉に、僕はハッとする。
 「それが、裕一。」
 里香が僕を見て、微笑む。
 「誰でも良かった訳じゃない。同じ境遇なら、良かったって訳じゃない。欠けたピースの形を・・・抜けた特別な形を埋めてくれる人じゃなきゃ、いけなかった。」
 「・・・・・・。」
 僕は、言葉を失う。
 「だから、如月さんは、あんなに一生懸命になった。やっと見つけたピースを・・・、裕一を、手に入れるために。」
 そこで、一呼吸置く気配。そして―
 「それが、“恋”っていう事じゃ、ないのかな?」
 少し小さな声で、でも何かを確信しているかの様に、里香はそう言った。
 「何だか、全部分かってるみたいに言うんだな。」
 僕の言葉に、里香は答えない。
 ただ、じっと僕の顔を見つめる。
 それが、何となく癪に障った。
 「何か、おれが蓮華(あいつ)の所に行けばいいみたいに聞こえんだけど?」
 ちょっとした嫌味を込めて、そう言ってやった。
 ―と、
 「ねえ、裕一・・・」
 妙にハッキリとした声音で、里香が言った。
 「な、何だよ・・・!?」
 怒らせてしまったのだろうか。
 少し腰を引きながら、僕は訊く。
 「同じだと、思ってる?」
 「え・・・何が?」
 「如月さんのお姉さんと、自分・・・。」
 「――!!」
 かけられた、思いがけない問い。
 一瞬、息が止まった。
 ・・・同じ、なのだろうか。
 僕と同じ平均台を渡っていた彼女。
 その平均台から、落ちてしまった彼女。
 そして、二度とその平均台に登れなかった彼女。
 彼女は、僕の未来の姿なのだろうか。
 少なくとも、蓮華はそう思っていた。
 だから、僕と、一緒に平均台を渡っている里香とを引き離そうとした。
 僕が、平均台から落ちないように、里香を蹴落とそうとした。
 その行為の是非はともかく、理屈は理解出来た。
 出来てしまった。
 やはり、同じなのだろうか。
 僕と、蓮華の姉とは。
 分からない。
 答えが、分からない。
 助けを求める様に、里香を見る。
 だけど、里香は黙ったまま、僕を見つめるだけ。
 僕が答えに窮しようとしたその時、小さな音が耳に入った。
 トクン
 それは、気をつけなければ気付かない様な、小さな音。
 他に誰もいない、静かな部屋の中で、意識を集中してたからこそ、感じ取れる音。
 トクン
 トクン
 小さく、だけど確かにリズムを刻む拍動。
 それは、里香の心臓の鼓動だった。
 生まれた時から脆さを抱え、今は継ぎ接ぎだらけの筈のそれは、それでも健気に、そして確かに、鼓動を奏でていた。
 その音色を聞く内に、さっきの里香の言葉が、僕の脳裏に甦ってきた。
 (あたし、死なないから)
 そう。里香は確かにそう言った。
 それが不可能な事は僕達が、里香が一番良く知っている。
 それでも、里香はそう言った。
 言ってくれた。
 確かな誠意と。
 確かな決意をもって。
 そう。
 あれは蓮華に向けると同時に、僕にも向けられた言葉。
 僕に晒された、違う事ない里香の心。
 それなら、僕が返すべき言葉は何か。
 そんなの、決まっている。
 「・・・同じじゃ、ねえよ。」
 ゆっくりと。だけどしっかりと言葉にする。
 里香が、顔を上げた。
 「同じな筈、ねえだろ。」
 確かめる様に、もう一度、ハッキリと口にした。
 そう。
 蓮華の姉と、その相手の少年の絆が、どれ程のものだったかは僕には分からない。
 だけど、これだけはハッキリと言ってやる。
 僕と里香の決意は、絶対にそれ以上のものだって事を。
 ―ずっといっしょにいよう―
 あの日あの夜、暗い病室で、とめられた一分の中で、誓い合ったあの言葉。
 その誓いに勝るものなんて、絶対にない。
 ある筈なんて、ないんだと。
 僕は。僕達は、言い切れるのだから。
 クスリ
 不意に、里香が笑った。
 「な、何だよ!?」
 僕が訊くと、里香はしゃあしゃあとこんな事を言った。
 「何むきになってるの?裕一、馬鹿みたい。」
 ・・・こんな時にそんな事言うか。この女は。
 こっちがどれだけ気張って・・・
 さすがに僕が文句の一つも言おうとした時、里香がポソリと言った。
 「分かるなぁ・・・。」
 「え・・・?」
 「分かるよ。如月さんの気持ち。だって・・・」
 最後の方が、かすれてよく聞こえなかった。
 「え?何だよ?」
 「あたしも、同じ・・・」
 話すのに疲れたのだろうか。
 やっぱりよく聞こえない。
 よく聞こうと思って、里香の口元に顔を寄せた。
 途端―
 グイッ
 突然、頭を掴まれた・・・というか、抱え込まれた。
 里香の吐息が間近に当たる。
 心臓が、ドキリとした。
 「ねえ。裕一・・・。」
 ものすごく近い場所で、里香が言う。
 「な、何だよ・・・?」
 「神様って、意地悪だよね。」
 「え・・・?」
 「空いた隙間に、一つのピースしか用意してくれないんだから・・・」
 言っている事が、よく分からなかった。
 「何言って・・・」
 言葉が終わらない内に、頬に何かが触れた。
 柔らかく、温かい感触が伝わる。
 そこは違う事なく、さっき蓮華がその唇を当てた場所。
 「上書き。」
 茫然とする僕の頭を抱えたまま、悪戯っぽくそう言って、里香は笑った。
 綺麗に、とても綺麗に、笑っていた。


                                続く
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