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2016年05月14日

想い歌・13(半分の月がのぼる空二次創作)




 こんばんは。土斑猫です。
 最近、更新が滞り気味で申し訳ないです。
 実は、最近在宅ワークを始めまして、時間のやりくりが上手くいかないのです。
 仕事に慣れれば、それなりに繰れる様になると思いますので、しばしお待ちください。
 という訳で、短いですが「想い歌」更新です。


想い歌.jpg






                ―22―


 「・・・落ち着いた?」
 蓮華の嗚咽が止むのを見計らって、あたしはそう声をかけた。
 「・・・・・・。」
 彼女は黙ったまま服の袖でグイッと顔を拭うと、開口一番、
 「屈辱・・・。」
 と言い放った。
 「何よ?それ。」
 「秋庭さんにならともかく、あんたにごときにまで泣かされるなんて。」
 「泣かされたんだ。」
 「訂正。勝手に泣いただけ。」
 そう言いながら、蓮華はゴシゴシと目を擦る。
 今日泣くのは2回目だというその目は、幾分腫れぼったく見えた。
 やがて、ヨロリと立ち上がると制服についた埃をパンパンと払いながら、あたしを睨む。
 「この借りは、いつか返すからね・・・。」
 そう言う声は、言葉とは裏腹に酷く弱々しかった。


 「まあ、それもいいんじゃない?」
 あたしがそう言うと、蓮華が怪訝そうな顔をした。
 「何が?」
 と訊いてきたので、
 「泣くのもさ。」と言った。
 「泣きなよ。そして、流しちゃいな。鈴華さんへの想いも、相手の男の子とやらへのわだかまりも。」
 全く、我ながららしくない。
 まるで、古い演歌の文句みたいだ。
 けど、他に気の利いた文句も浮かばない。そのまま、勢いに任せる。
 「でないと、あんたはずっとそのまんま。鈴華さんを傷つけ続けるよ。」
 そう。この娘に必要なのは、鈴華さんの事を、そしてその相手の少年の事をすっぱり割り切る事。
 それが出来た時、初めてこの娘の世界は開かれる。
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 蓮華は、何も言わない。
 あたしも、もう何も言わない。
 しばしの間。
 そして―
 「・・・くく・・・」
 蓮華の肩が、小刻みに震え始める。
 「・・・?」
 「くくく・・・あは、ははははは・・・」
 笑い出した。
 唐突に。
 「ちょ・・・ちょっと?」
 「ははは、ははははははは!!」
 夜闇に響く笑い声。
 壊れた様に鳴り響くそれが、あたしの背筋を怖気させる。
 「ちょっと!!どうしたのよ!?」
 湧き上がる恐怖を振り払う様に、問いかける。
 けれど、笑いは止まらない。
 壊れた嬌声はしばらくの間、夜を震わせ続けた。


 「・・・・・・。」
 「ん?どうした?」
 帰ろうと自転車を引っ張り出していると、里香が空を見上げている事に気がついた。
 「何か、見えるのか?」
 もう一度訊くと、里香は「ううん。」と首を振った。
 「何かね、如月さんの声が聞こえた様な気がした。」
 「うえっ!?」
 思わず飛び上がりながら、周りを見回す。
 辺りには、すっかり夜闇が堕ちている。
 自転車置き場に建てられた外灯だけが、唯一の光源だ。
 その光の外の暗闇に、あの幽鬼の様な姿が佇んでいる様に思えて背筋が冷えた。
 「そんな気がしただけだよ。裕一、馬鹿みたい。」
 キョロキョロと明らかに挙動不審な僕を見て、里香が呆れた様に言う。
 「いや、そんな事言うけどな・・・」
 「如月さんは、もうあたし達に関わってこないよ。さっき、さよなら言った。」
 「お前、信じてんのか?あんな奴の事。」
 「如月さん、嘘つかないよ。」
 あっさり、言い切った。
 「いや、俺散々騙されたんだけど・・・。」
 「何、怯えてるの?」
 呆れた様な視線が痛い。
 だって、仕方ないじゃないか。どんな目に会わされたと思ってんだ。
 そんな僕から視線を外して、里香はまた夜空を見上げる。
 「如月さんが色々したのは知ってるけど、あの言葉は嘘じゃない。それは、絶対。」
 そう言う里香の目は、不思議な確信に満ちている。
 僕としては色々と言いたい事はあるけれど、里香がそう言うのならどうしようもない。
 里香と蓮華。その有り様に違いはあるけれど、僕達とは違う世界を見ている二人。何か通じるものがあるのかもしれない。里香との世界を蓮華(あいつ)なんかに専有されるのは非常に癪だけど。
 「でも・・・」
 「ん?」
 「それだけ。」
 夜空を見つめながら、里香は言う。
 「あの娘はまだ、抜けてない。」
 「へ?」
 意味の分からない言葉。
 思わずポカンとする。
 「あの娘は、まだ昏いトンネルの中にいる。」
 「里香・・・?」
 「一人じゃ抜けれない。誰かが手を引いてあげなくちゃ。」
 言葉の真意を取りかねてる僕を、里香が見た。
 「ねえ、裕一。」
 「え?」
 「あの娘の手を引いてくれるのは、誰なのかな?」
 戸惑う僕を、里香が見つめる。
 その瞳は、夜空に瞬く星の様に澄んだ光に満ちていた。


 「くく・・・ふふふ・・・」
 永遠に続くかと思われた、笑い声。けれど、それもやがて細まって、夜の闇へと溶けていった。
 「ふふふ・・・ああ、可笑しい・・・。」
 嬌声とともに吐き出したものを取り戻す様に、蓮華は大きく息をついだ。
 「・・・何が、可笑しいの・・・?」
 半ば呆然としながら、あたしは問う。
 そんなあたしを横目で見ると、その顔に笑いの余韻を貼り付けたまま、蓮華は言った。
 「だって、同じなんだもの。」
 「え・・・?」
 「母さんと同じ。あんた、何にも分かってない。」
 「どう言う・・・事・・・?」
 絞り出した声に返るのは、白い仮面に貼り付けた亀裂の様な笑み。
 「あんた・・・まだそう思ってんの?」
 言葉の意が、捉えられない。
 あたしの戸惑いを無視する様に、蓮華は続ける。
 「鈴華があいつの・・・光貴(みつき)のせいで死んだって、そう思ってんの?」
 ”光貴”。
 それが、件の少年の名だろうか?
 けれど、それに思考を向ける余裕は、今のあたしにはなかった。
 「ホント、揃いも揃って、馬鹿ばっかり。」
 ゾクリ
 ゾクリ
 蓮華が言葉を紡ぐ度、背中を悪寒が走る。
 何だ?
 この娘は、何を言おうとしているのだ?
 「教えてあげるよ・・・。」
 響く声は、酷く冷えている。
 死者が声を発するとしたら、こんなではなかろうか?
 そう思わせる、声だった。
 「鈴華を死なせたのは、光貴じゃない・・・。」
 「え・・・?」
 瞬間、月が陰る。
 堕ちる影が、蓮華の顔を闇に落とす。
 「鈴華が死んだのは・・・」
 顔型の闇が揺れる。
 冷えた声が、闇に響く。
 「鈴華を死なせたのは・・・」
 闇の中で、赤い口がパクパクと動く。
 紡ぎ出す言葉は、まるで怨嗟の様に流れて溶ける。
 「殺したのは・・・」
 ヒクリ
 喉が、引き連れる様に鳴いた。
 次の言葉を、忌避する様に。
 でも、流れる呪歌は止まらない。
 そして、最後の言葉が紡がれる。

 「あ・た・し・だ・よ。」

 辺りを染める闇が、怯える様に震えた。


                               続く
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