ちまちま更新。半月二次創作「想い歌」17話です。
―26―
蓮華は、しばらくの間動かなかった。
まるで、魂が抜けたかの様に虚空を見つめていた。
あたしも、ただその様子を見つめるだけ。
出来る事はない。
ある筈もない。
ただ、黙って彼女を見つめる。
この娘の手を引けるのは、”彼女”だけ。
この娘を支えられるのは、”彼女”だけ。
だから、あたしは願う。
”彼女”が、再びこの娘の手を取ってくれる事を。
永遠とも思える様な、時間が流れる。
そして――
クルリ
「!!」
突然、蓮華があたしの方を見た。
そのまま、手が伸びてくる。
「な、何よ!!何!?」
たじろぐあたしの横を、蓮華の手が通り過ぎた。
「へ?」
「何、ビビってんのよ」
傍らに放ってあったあたしのカバンを取り上げた蓮華が、呆れた様にそう言った。
「え?あ、ちょっと!?」
目の前でカバンの中をまさぐり始める彼女を見て、あたしは慌てて声をかける。けれど、蓮華は何処吹く風だ。
「持ってないの。貸してよね」
言いながら、カバンから引っ張り出したのは、ノートとペンケース。
そして......
カリカリカリ
薄暗い橋の上に、ペンが紙を削る音が響く。
降り注ぐ月明かりの中で、蓮華は何かを書いていた。
ノートを橋の欄干に置いて、一心にペンを走らせる。
カリカリカリ
脇目も振らない。
その背中に、あたしはおずおずと声をかけた。
「あの、何書いてんの......?」
「手紙」
「手紙?誰に?」
「うるさい。邪魔」
返って来る、にべもない返事。
続けて質問する言葉もなく、あたしはただ黙って何かを書き綴る彼女を見つめる。
やがて、
カリ......
ペンの音が止まる。
文章を、ゆっくりと読み返す蓮華。
少しの間の後、小さく頷くとそのページに手をかける。
ぺリ・・・ペリペリ・・・
丁寧に、とても丁寧に破り取る。
そして、一枚の紙となったそれを、今度は折って、丸めていく。
小さな筒状になった紙。それを片手に持ちながら、彼女は足元に置いてあったものを取り上げる。
それは、さっきあたしが飲み干したジュースのペットボトル。
それの蓋を開けながら、蓮華は言う。
「あんた、ウェットテッシュか何か、持ってない?」
「は?持ってないわよ。そんなもの」
「ええ。汚いなぁ」
どうやら、あたしが口をつけた飲み口の事を言っているらしい。
「んだと!?てめぇ!!」
憤慨するあたしなぞ気にする素振りも見せず、自分のポケットから出したハンカチで飲み口を拭いている。
それが終わると、彼女は空のボトルにさっきの手紙とやらを詰め始めた。
トントン
何度か叩いて“それ”をボトルの底に落とすと、蓋を被せて締める。
ああ、そうか。
彼女が何をしようとしているのかを察して、あたしは口を噤む。
そんなあたしの様子に気づいたのか、蓮華がチラリとこっちを見る。その彼女の手の中には、手紙の入った小瓶が一つ。
そう。亡き片割れと想いを繋ぐのは――
「何て、書いたの?」
ボトルを見つめる蓮華に、聞いてみる。
「関係ない」
にべもない。まあ、そうだろう。
その言葉は、彼女達だけのもの。
あの人達にとってのそれが、そうである様に。
ただ、それは間違いなく、また彼女達を繋げるだろう。
受け入れられないなら、受け入れる必要などない。
認められないのなら、認められないままでいい。
どこまでも。
いつまでも。
一緒に、いればいいのだ。
そばに、いればいいのだ。
その想いも。
その罪も、もろともに。
そこまで想いあっていた姉妹なら。
それだけ繋がっていた絆なら。
どこに行っても。
どこにいても。
それが出来る筈。
どこまでも、歩いていけばいい。
どこまでも。
どこまでも。
そう。
あの、二人の様に。
いずれ、自分達を包むであろう闇も。
今、抱く罪も。
いつか、それが生み出すであろう、悪も。
その全てを受け入れ、歩みながら。
寄り添い続ける、あの二人の様に。
カツン
蓮華の足が橋の端へ向かう。
目の下を、涼やかな音を立てて流れる勢田川。それを見下ろし、そして―
ブンッ
大きく振りかぶり、ボトルを力いっぱい放り投げる。
綺麗な放物線を描いたそれが、空にかかる半月の中でクルクルと影絵の様に回る。
クルクル クルクル
パッシャーン
遠くの方で、澄んだ水音が響いた。
おい。勢田川。
途中でどっかに引っ掛けるなんて、無粋な真似はやめろよ。
河川掃除のおっさんに回収されるなんてのも、NGだ。
しっかりと。
しっかりと、海まで届けろ。
そして、しっかりと託せ。
あの娘の。
鈴華さんの所まで、頼みますと。
それが、お前の責任。
一伊勢市民として、信用するからな。
遥か彼方の水面(みなも)を、月の光を反しながら流れていくボトル。
それを遠目に見つめながら、あたしはそう願った。
「〜♪願いを込めたメッセージ 水平線の彼方に静かに消えてく♪〜......か......」
ゆっくりと視界から消えていく小瓶を眺めながら、あたしは誰となくそう歌う。
すると、
「下手くそ」
なんて声が、横から飛んできた。
「悪かったわね」
些か......いや、かなりムッとしながら声の出所を睨む。
声の出所―蓮華は呆れた様な顔でこっちを見ている。
「じゃあ、あんた歌ってみなよ」
言ってやる。
「さっき、歌った」
「もう、忘れた」
あたしがそう言うと、蓮華は溜息をついて大きく息を吸った。
そして、
「......♪街はずれの小さな港 一人たたずむ少女 この海に昔からある ひそかな言い伝え♪......」
鈴の音の様な声が、静かに旋律を奏で出す。
「......♪君はいつも私のために なんでもしてくれたのに 私はいつもわがままばかり 君を困らせてた♪......」
夜の水面(みなも)の上に、優しい歌が流れては溶けていく。
「......♪流れていく 小さな願い 涙と少しのリグレット 罪に気付くのはいつも 全て終わった後♪......」
ふと思う。今、この歌は誰の為に奏でられているのだろう。
少なくとも、あたしの為じゃないだろう。
じゃあ、誰の為か。
......決まってるか。
「......♪流れていく 小さな願い 涙と少しのリグレット 『もしも生まれ変われるならば......』♪......」
彼女が想いの全てを込めた歌。
静かに流れる水面(みなも)が、それを聞くべき者の元へと届けてくれたのか。
それは、誰にも分からない。
―結局、小瓶に詰めるのは歪みではなく、一つの願い―
続く
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