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2015年10月05日

想い歌・4(半分の月がのぼる空二次創作)




 今日も更新。
 忙しい間の清涼剤です。
 ちなみにアニメは黒歴史扱いになっていますが、ED曲は神曲でした。
 いや、どう考えてもあれは尺不足。全6話ってあんた・・・(汗)


想い歌.jpg


                     ―11―


 ・・・一体あたしは、どうしてしまったんだろう。
 部屋の中、畳の上に寝転がりながら、あたしは今日の事を思い返していた。
 目をつぶると浮かんでくるのは、情けない顔で途方に暮れている裕一の姿。
 ゴロリ
 身を転がす。
 だけど、網膜に焼きついたその顔は、いくら転がってもしっかりとついてくる。
 何であたしは、彼にあんな事をしてしまったんだろう。
 何であたしは、彼にあんな事を言ってしまったんだろう。
 (そこまで聞いてたんなら、あれも聞いてただろ?オレがキレてあいつに怒鳴ったの・・・)
 耳に蘇る、彼の言葉。
 今にも泣き出しそうな、必死な声。
 そう。あたしは聞いていた。
 分かっていたのだ。
 裕一に、あの娘に対する下心なんてありはしないと。
 だけど。
 だけど。
 屋上で、二人で連れ立って屋上に向かう姿。
 「美味かった」という裕一の言葉。
 それらに被さる様に頭に響く、“あの娘”の声。
 その声はだんだん大きくなって、アタシの内で割れ鐘の様に響き渡る。
 「ああ、もう!!」
 それを振り払う様に、ガバリと身を起こす。
 乱れて顔にかかる髪を振り払って大きく息をつくと、外に薄闇が堕ちた窓が目に入る。
 立ち上がって窓の外を見ると、夕日はもうその峠を越えて遠くの山の向こうに消えかけていた。
 いつもなら、あたしが裕一に送られて帰ってくる頃合だ。
 今日、彼はこの薄闇の中を一人で帰ったのだろうか。
 そう、たった一人で。
 後悔に苛まれながら。
 胸の奥が、チクリと痛む。
 けど、それ以上に重苦しく圧し掛かるのは、彼に付きまとう“あの娘”の存在。
 まるで、胸の中に大きな蛇がとぐろを巻いている様。
 こんな気持ちは、初めてだ。
 病院で、裕一がエッチな本をたくさん隠してるのを見つけた時も。
 文化祭で、変な映画を見てた事を知った時も。
 こんな気持ちになった事はなかった。
 一体、この気持ちは何なのだろう。
 ・・・いや。かまととぶるのは止めよう。
 あたしは知っている。
 この気持ちは、“嫉妬”だ。
 あたしはあの娘に、如月蓮華に嫉妬しているのだ。
 彼女が、一人で騒いでいるだけだと知っているのに。
 彼が、さんざんそれに辟易していると知っているのに。
 それでもあたしは、彼に別の女が付き纏っているのが許せないのだ。
 ・・・自分が、こんなにも独占欲が強いとは知らなかった。
 裕一も、きっと驚いているに違いない。
 自分ですら、よく理解出来ないこの感情。
 他の人に、彼に理解してくれと言うのは酷だろうか。
 それに、一抹の不安がない訳でもない。
 今日、裕一は不本意だとしても、如月蓮華の誘いに乗った。
 それはどんな形であれ、彼が少なからず彼女に興味を持ったという事だ。
 彼が、他の女に興味を持つ。
 それを考えただけで、胸の中でとぐろを巻く蛇が蠢いた。
 妙な胸苦しさを覚えて、胸に手を当てる。
 心臓が苦しい訳ではない。
 そんな物理的な痛みとは違う、別の痛み。
 はぁ、と息をつくと傍らの本棚に目をやる。
 本棚の中。『杜子春』の隣の“それ”を手に取る。
 ペラペラとめくって、そのページを開いた。
 そこに書かれた文字。
 他の人が見ても、多分何の事か分からない。
 本好きな人が見たら、「本に落書きするなんて」と怒るかもしれない。
 でもそれは、あたし達にとって代え様のない“2冊”の片割れである証。
 そこに書かれたのは、彼と交わした誓いの言葉。
 “それ”を見つめている内に、胸の中の蛇がその鎌首を収めていく。
 そう。
 あたし達の真実は、確かにここにある。
 本を閉じ、胸に抱く。
 薄く目を閉じ、思う。
 明日、彼にあったならいつも通り、おはようと言おう。
 そして、いつも通り、いっしょに学校に行こう。
 それで、みんな元通り。
 「大丈夫・・・大丈夫・・・。」
 あたしは“それ”を抱き締めながら、自分に言い聞かせる様に呟いた。


 「馬鹿ね。」
 開口一番、そう言われた。
 「馬鹿だよ。」
 返す言葉もない。
 「お前、ホントにバカな。」
 こいつに言われるのは非常に癪に障るが、本当の事だからどうしようもない。
 ここは僕の家の、僕の部屋。
 その、大して広くもない中に僕をいれて四人がひしめいている。
 少々、いや、大変に息苦しい。
 今日の夕方、里香に置いてきぼりを食った僕が一人寂しく家まで帰ってくると、そこにみゆきと司、そして余計な事に山西までが押しかけてきた。
 三人が三人、今日の事態を知って心配して来たらしい。
 今の心情的にはっきり言ってありがた迷惑だったけど、心配して来たと言われた以上、そう無碍にする訳にも行かない。
 しかし、部屋に上がらせたのはいいが、そこでしょっぱなから吊し上げを食らう事になった。
 まず、事の経緯を説明する事を求められた。
 正直、思い出すのも嫌だったが、皆は容赦なかった。その執拗な追及に屈して、とうとう洗い浚い吐かせられてしまった。
 その後に待っていたのは、沈黙だ。
 三人とも、何も言わずに僕を見つめてきた。
 よく「冷たい視線」と言う表現があるが、そんな生易しいもんじゃなかった。正しく、「絶対零度の視線」と言うやつだ。部屋の体感温度が、間違いなく2、3℃下がった。
 お茶とお菓子を運んできた僕の母親の視線まで、心なしか冷たかった様に思う。
 そんな息もつまる様な沈黙の後、襲ってきたのが先の三人による「馬鹿」の連続コンボだったのだ。
 「前から馬鹿だとは思っていたけど、ここまで真正の馬鹿だとは思わなかったわ。」
 みゆきが溜息をつきながら頭を振る。
 「そんなに馬鹿馬鹿言うなよ。これでも結構凹んでんだぞ。」
 僕は、半分涙目になりながらそう抗議する。
 だけど、
 「そう言うの、『後悔先に立たず』って言うのよ!!馬鹿!!」
 などとバッサリ切って捨てられた。って言うか、また馬鹿って言いやがった。
 「司、何とか言ってくれよ!!」
 と、司に助けを求めるが、
 「さすがに擁護出来ないよ。裕一。」
 こっちもけんもほろろだ。
 全く、四面楚歌とはこういう事を言うのだろう。さっきの里香の態度で、大概十分過ぎるダメージを受けているのに、こいつらと来たらその傷口に入念に塩をすり込んでくれやがる。
 「しかしなぁ・・・」
 そんな僕の様子を面白そうに見学していた山西が、ふと真顔になって言う。
 「えらく抜け目のない子だな。その如月蓮華っての。」
 その言葉に、みゆきと司も相槌をうつ。
 「本当。頭の良さなら里香に匹敵するかも。」
 「うん。裕一が相手するには、ちょっと荷が重すぎるんじゃないかな。」
 何だそれ。それって暗に僕が馬鹿だっていってないか?ブルータス・・・じゃなかった。司、お前もか。
 「でも、このままじゃマズイよね・・・。」
 「だよね・・・。このままじゃ裕一、ズルズルペースに巻き込まれて、その気もないのに既成事実を重ねられそうだもんね・・・ってあ、いや、そう意味じゃ・・・!!」
 口に出してからその言葉の意味する所に気づいたのか、司は顔を真っ赤にして弁解する。って言うか、ペースに巻き込まれて既成事実ってなんだ!?人をさかりのついた犬みたいに言うなよ!!
 「でもよ、案外これって、良い機会なんじゃね?」
 茶菓子の煎餅をバリボリ齧りながら、山西が言う。
 「良い機会って、何がだよ?」
 「お前と里香ちゃんの関係さ。そもそもお前みたいなのが、里香ちゃんみたいな娘とつきあってんのが間違いなんだ。この際、キッパリと別れてその蓮華ちゃんとくっついた方が里香ちゃんの将来のために・・・ガモッ!?」
 皆まで言う前に、その口に煎餅を数枚まとめて突っこんでやった。呼吸が出来ないらしく、のたうち回って悶絶しているが知った事か。
 全く、山西(こんな奴)にまで好き勝手言われるなんて、僕の人生最大の汚点だ。
 「とにかく、今後はあの娘の誘いには絶対に乗らない事!!」
 みゆきが、僕にビシッと指を突きつけながら言ってくる。
 「・・・分かってるよ・・・。」
 「分かってるつもりで、はまっちゃったんでしょ!?今回は!!」
 「そ・・・それは・・・」
 グウの音も出ない。
 「だから、これからは如月蓮華には一切関わらない事!!絶対に、どんな理由があったって、近づいちゃ駄目。」
 「・・・んな事言ったって、向こうから来るんだぞ・・・。」
 「大体、どんな時に来るのか見当つくでしょ!?これだけ付き纏われてれば!!」
 「ま・・・まぁ・・・」
 おずおずと頷く、僕。
 「だったら、先手をとって回避する!!いい!?繰り返して言うけど、絶対に虎穴に入らずんば・・・とか思っちゃ駄目だからね!?相手は自分より頭がいい事をしっかり自覚しときなさい!!でないと、本当に里香との仲、裂かれちゃうかもよ!?」
 里香との仲を裂かれる?
 冗談じゃない!!そんな事絶対に御免だ。
 でも、蓮華(あいつ)の立ち回りを見てると、そんな事在り得ないと言う自信が持てなくなりそうなのも、また事実だったりする。
 それほど、今日の出来事は僕の心胆を寒からしめていた。
 みゆきの言葉に、僕は水飲み鳥の様にブンブンと首を振る。
 そんな僕を見て、また一つ溜息をつくとみゆきはパンパンと手を打った。
 「じゃあ、今日の話はお終い。もう遅いし、お開きにしよう。」
 やっと、この針の筵から開放される。僕はやれやれと息をついた。
 「裕一、明日ちゃんと里香ちゃんと仲直りしてね。」
 空になった湯飲みを御盆の上に乗せながら、司が言う。
 「ああ、分かってる。」
 「裕一、“くれぐれも”だからね?」
 すかさず釘を刺してくるみゆき。
 「分かってるって!!」
 そう言って、僕は今日何度目かも知れない相槌をうった。
 ・・・ちなみに、その頃山西は口に煎餅を詰めたまま、ピクピクと部屋の隅で痙攣していたけど、僕を含め気にする者は誰もいなかった。


 皆が帰った後、僕は一人部屋の中でやっと訪れた開放感に浸っていた。
 気がつくと、窓の外にはもうすっかり夜の闇が落ちている。
 カーテンを閉めようと思い、立ち上がる。窓に近づくと、闇の中に明りの灯った町並みが浮かんで見えた。
 ふと、今日の放課後の里香の顔が目に浮かぶ。
 僕にすら見せた事のない、寂しげな顔。
 そんな顔を、僕は彼女にさせてしまったのだ。
 今更の様に、後悔の念が頭をもたげる。
 今日、この薄闇の中を、彼女は一人で無事に帰れただろうか。
 途中で、具合が悪くなったりしなかっただろうか。
 柄の悪い連中に、絡まれたりしなかっただろうか。
 こんな事を言ったら「子ども扱いするな」と怒るだろうが、心配なものは仕方ない。
 どうして、こんな事になってしまったのだろうか。
 原因は確かにあの如月蓮華である事に間違いはないのだが、こんな事態にまで陥ってしまったのは、皆に散々言われた様に僕の浅はかな考えのせいだ。
 考えれば考えるほど、自分の馬鹿さ加減が身に染みてきた。
 何か、さっきまで散々馬鹿馬鹿言われていたのも、むしろ加減されてたんじゃないかって気までしてくる。
 (そもそもお前みたいなのが、里香ちゃんみたいな娘とつきあってんのが間違いなんだ。)
 さっきの山西の言葉が、耳に蘇ってくる。
 あいつの言う事も、一理あるのかもしれない。
 こんな下らない事で里香を傷付けてしまうなら、いっそ・・・
 そこまで考えて、僕はブンブンと頭を振った。
 何を馬鹿な事を考えてるんだ!!
 約束しただろう!!里香と!!
 ずっと一緒にいるって!!
 決めただろう!!
 彼女を守って生きていくって!!
 僕は本棚に突進すると、一冊の本を手に取った。
 その表紙をジッと眺め、ペラリとページをめくる。
 しおりを挟んであった“その”ページが、一発で開く。
 そのページには、その本に元々印字してあったものとは別の一文字が書き加えられている。
 他の人が見ても、多分何の事か分からないだろう。
 本好きな人が見たら、「本に落書きするなんて」と怒るかもしれない。
 でもそれは、僕達にとって代え様のない“2冊”の片割れである証。
 そこに書かれたのは、彼女と交わした誓いの言葉。
 “それ”を見つめている内に、胸の中のざわめきが収まっていく。
 そう。僕達の真実は、確かにここにある。
 本を開いたまま、窓から里香の家の方角を眺める。
 明日、里香にあったら、一番に「ごめん」と謝ろう。
 直ぐには許してくれないかもしれないけど、許してくれるまで謝ろう。
 そして、いつも通り、いっしょに学校に行こう。
 それで、みんな元通りだ。
 「大丈夫・・・大丈夫!!」
 僕は“それ”手にしたまま、自分に言い聞かせる様に呟いた。



                     ―13―


 『♪・・・君は王女 僕は召使い・・・♪』
 灯りが落とされ、常夜灯だけになった部屋の中に、微かな歌声が響く。
 薄暗い自室の中、如月蓮華は卓上のPCから伸ばしたヘッドフォンを耳につけ、その”歌”を聴いていた。
 机の上に投げ出された指が、時折トントンとリズムを刻む。
 口の中で歌を口ずさみながら、如月蓮華は今日の首尾を思い返していた。
 どうやら、事は万事思った通りに進んだらしい。
 どうしてどうして、秋庭さんも所詮は一人の乙女ということか。
 好きな男の事は、それなりに気になるものらしい。
 それにしても、わざわざ自分から“はまり”に来てくれるとは思わなかった。
 全く、ありがたい事だ。
 それにしても、あの馬鹿達のお陰でその場に入れなかった事は残念でならない。
 もしその場にいれば、そこで“とどめ”を刺す事も出来ただろうに。
 けどまあ、それはいい。
 その機会はこれからいくらでもある。
 精々、“残り”の時間を大事にすればいい。
 「・・・先輩、もう少しですよ・・・。」
 薄い唇がポソリと呟く。
 そして―
 「♪・・・君を守るその為ならば 僕は悪にだってなってやる・・・♪」
 薄暗い部屋の中、そのフレーズを口にしながら、如月蓮華は冷たく微笑んだ。


 キイキイ キイキイ
 錆びの浮いたペダルが、気の重たそうな音を立てながら回る。
 まるで、今の僕の心を代弁しているかの様だ。
 僕は今、いつもの登校路の緩い坂を自転車を押しながら登っていた。
 里香とは昨日、あんな別れ方をしてそのまんまだ。
 実に情けない話だが、昨夜は怖くて電話をかける事も出来なかった。
 こんな事で、今日仲直り出来るのだろうか?
 そんな不安を抱えてるせいか、通いなれている筈の坂道がいつもよりきつく感じる。
 いや。きついのは坂ではない。足が重いのだ。
 この先のカーブを曲がると、いつもの里香との合流地点だ。
 いつもなら心躍らせて登る筈のその坂を、今日の僕はひたすらノロノロと登る。
 あのカーブの先で、彼女は待っていてくれるだろうか。
 ひょっとしたら、昨日の事をまだ許してくれてなくて、僕を置いてとっくに学校に行ってしまったりしているかもしれない。
 そんな事を考えると、どんどん不安が募り、それに比例して足もどんどん重くなっていく。
 まるで、鉛の入った靴でも履いてる様だ。
 それでも、歩いている以上、どうしたって終わりは来る。
 僕はいつしか、しっかりカーブの手前まで着いてしまっていた。
 僕はしばし躊躇したが、結局は腹を据えた。
 どうせ、この道を通らなければ学校にはいけないのだ。
 それに、昨夜決めたではないか。
 里香にあったら、一番に「ごめん」と謝ろうと。
 直ぐには許してくれないかもしれないけど、許してくれるまで謝ろうと。
 それが、今の僕達の関係を修繕する唯一の手だ。
 僕達の間に出来たひび割れはまだ浅い。修繕は容易な筈だ。
 逆に、今逃げてしまえば、それは決定的な亀裂となってしまう。
 そんな事は、絶対に避けなければいけなかった。
 僕は大きく息を吸い、腹にためてから、ゆっくりと吐いた。
 そして自分の両頬をパシパシと叩くと、「よしっ!!」と気合を入れる。
 一拍の間。そして、僕は一気にカーブを曲がった。
 果たして、その先に―
 里香はいた。


 「おはよう。」
 目を合わせた途端、里香は何でもないかの様にそう言ってきた。
 まるで、いつもと変わらない調子で。
 「お、おう、おはよう。」
 釣られて、思わず僕も言う。
 「遅かったね。早く行こう。遅刻しちゃうよ。」
 里香が本当に何でもない事の様に言うものだから、僕もつい「おう、じゃあ、急ぐか。」なんて言ってしまいそうになる。
 一瞬、この調子なら“あの事”には触れないで済むんじゃないか?なんて考えが浮かんだけど、僕はそんな自分の考えを打ち消した。
 昨日、馬鹿な真似をして里香を傷つけたのは僕なのだ。
 その僕が、里香に甘えて問題をうやむやにするなんて、許される筈がない。
 僕は自転車のスタンドを立てると、里香の前で気をつけをした。
 「?」と言った顔で僕を見る里香。
 そんな里香に向かって僕は、「すいませんでしたー!!」と思いっきり頭を下げた。
 「昨日は馬鹿な真似をしてしまって、本当にすいませんでした!!二度とあんな真似はしません!!許してください!!」
 頭を下げたまま、僕は一息にそう言った。
 「・・・・・・。」
 里香は何も言わない。
 僕はその体勢のまま、彼女の答えを待つ。
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 流れる沈黙。
 だんだん、お辞儀の姿勢が疲れてきた。
 だけど、里香の許しが出るまでは頭を上げない。
 僕はそう決めていた。
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 反応は、一向に返ってこない。
 何だか腰がメリメリ言ってきた。
 額から、汗がダラダラと流れてくる。
 それでも、頭を上げる訳には行かない。
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 続く沈黙。
 もう、腰が限界だ。
 このまんまじゃ、腰が落ちて尻餅をついてしまう。
 冗談じゃない。
 里香の前で、そんな醜態は御免だ。
 僕が汗だくで歯を食い縛ろうとした、その時―
 「ぷっ!!」
 唐突に、里香が吹き出した。
 「あははははは、裕一、何?その必死な顔。おっかしい!!」
 そう言って、腹を抱えて笑っている。
 僕は唖然として、里香を見つめた。
 「あの・・・」
 「何?」
 笑いながら訊き返してくる、里香。
 「怒ってないのか・・・?」
 「何を?」
 「その・・・昨日の弁当の事・・・」
 その言葉に、里香は笑うのを止めると僕をジッと見つめてきた。
 「・・・怒ってるよ?」
 その言葉に、僕の心臓が飛び上がる。
 だけど―
 「でも、いい。」
 次に飛んできた一言が、クッションとなって僕の心臓を受け止めた。
 「・・・今、何て・・・?」
 確かめる。
 「いいって言った。もう、いい。」
 里香は澄ました顔でそう言った。
 「・・・許して、くれるのか・・・?」
 「許さないよ。でも、いい。」
 訳が分からない。
 でも、里香の顔に怒りの色はなかった。
 「ほら、早く行こう。本当に、遅刻しちゃう。」
 そう言って、僕に手を差し出してくる。
 「お、おう。」
 内心、僕はホッとしていた。
 どうやら里香は、昨日の問題を保留・・・と言うか棚上げにしてくれるつもりらしい。
 『許さないけど、もういい。』
 つまりはそう言う事なのだろう。
 僕は差し出された手を掴もうと、自分の手を上げる。
 この手を取れば、みんな元通り。
 僕の手が、里香の手に近づく。
 二人の手が触れようとした、その時―

 「そうは烏賊の真薯揚げーっ!!」

 そんな声と共に、伸びてきた手が、今まさに里香の手に触れようとしていた僕の手を横から掻っ攫った。
 「んなっ!?」
 驚く僕。
 里香も目を丸くしている。
 「あ〜ん。先輩の手、暖か〜い♡」
 そんな事を言いながら、僕の手に頬ずりしているのは誰あろう、如月蓮華だった。
 「な・・・何だよ、お前!!何でこんな所に・・・!?」
 「決まってるじゃないですか〜。先輩と一緒にラブラブ登校するためです〜。」
 その答えに、僕は絶句した。
 こいつ、僕と一緒に登校するためにわざわざこの道まで遠回りして来たって言うのか!?
 馬鹿だろ!!いくらなんでも!!
 「何なんだよ!?お前!!ホントに馬鹿なのか!?」
 「あ〜、ひっど〜い!!少しでも愛しい男(ひと)と一緒にいたいって言う乙女心をそんな風に言うなんて〜。」
 「うっせぇ!!離れろ!!遅刻するだろ!!」
 「先輩と一緒なら、遅刻してもいいです〜。」
 妙に艶っぽい声を上げながら絡み付いてくる蓮華を必死に引き剥がそうとしながら、僕は里香に向かって言った。
 「ちょ、里香、違うんだって!!これは、その・・・」
 「秋庭さん、とっくにいませんよ。」
 「・・・へ・・・?」
 そう。そこにはもう、里香の姿はなかった。
 「里香・・・。」
 呆然と佇む僕の耳に、遠くで授業開始のチャイムが響いてきた。
 「―――っ!!やべえ!!遅刻だ!!」
 僕が慌てて自転車にまたがろうとすると、
 「えへへ。じゃー先輩、行きましょう。」
 いつの間にか、荷台に乗っかった蓮華がニパリと笑いながらいけしゃあしゃあとそう言った。
 「何やってんだよ!?お前!!降りろよ!!」
 「いやです。」
 「ふざけんな!!マジで遅刻だぞ!!どうするんだよ!?」
 「どうもこうも、急いで行くしかないんじゃないですか?それとも、いっそこのままサボってデートでもしましょうか?あたしはぜんぜん構いませんけど。」
 いくら喚いても、柳に風だ。
 蓮華は微塵も、その態度を崩さない。
 ついでに、荷台からも降りない。
 くじけそうになりながら、それでも僕は最後の力を込めて怒鳴った。
 「どけよ!!そこは里香の場所なんだ!!」
 その瞬間、蓮華の顔から表情が消えた。
 能面の様な顔が、人形の様な暗い目が、僕を見据える。
 「―――!?」
 怖気が走り、僕は出かけていた言葉を飲み込んでしまった。
 でも、それは一瞬。
 その顔に、ニパリとした笑みを戻すと、蓮華はキッパリとこう言った。
 「じゃあ、今日からこの場所、あたしが貰います。」
 僕は、全身の力が抜けるのを感じた。


 結果。
 その日は、前日にもまして最悪だった。
 あの後、結局僕は頑として荷台から降りない蓮華を乗っけたまま、登校する羽目になった。
 お陰で、朝から鬼大仏に遅刻だの不純異性交遊だのと怒鳴られるわ、戎崎がとうとう秋庭を捨てて如月に乗り換えただの、如月といちゃついてたせいで遅刻しただのと言った噂が飛びまくるわで、僕は全学校関係者から吊し上げを食らっている様な気持ちだった。
 そして、肝心の里香とはその後も連絡とれず。
 ・・・休み時間、僕はトイレの個室でちょっと泣いた。


 「・・・先輩、ちょっと。」
 その日の昼休み、沢山の同級生に囲まれて、質問攻めに会いながら弁当を食べ終えた秋庭里香は、新たにかけられてきた声に些かウンザリしながら顔を上げた。
 しかし、その声の主が吉崎多香子だと知ると、少なからずホッとして席を立った。
 「何?吉崎さん。」
 吉崎多香子が秋庭里香を引っ張って来たのは、あの屋上への踊り場。学校の中でも人気のない場所だった。
 そんな所に自分を連れてきた吉崎多香子の真意を図りかね、秋庭里香は彼女に向かってそう言った。
 すると、吉崎多香子はくるりと秋庭里香に向き直り、こう言った。
 「先輩。今日の噂、本当ですか?」
 いきなり、何をつまらない事を聞いてくるのだろう。
 吉崎多香子はこんな噂に興味を持たないと思っていた秋庭里香は、少なからず失望した様な気持ちで答えた。
 「知らない。」
 しかし、その答えと秋庭里香の表情から、噂がまだ噂の域を出てない事を察した吉崎多香子は、秋庭里香に詰め寄る様にして言った。
 「先輩、これ以上如月蓮華(あの娘)に関わっちゃ駄目です!!先輩も、戎崎先輩も!!」
 今までに見た事もないほど真剣な顔でそう言い迫ってくる吉崎多香子に、少なからず驚きながら、秋庭里香は問い返す。
 「吉崎さん、どうしたの?如月蓮華(あの娘)が、どうかしたの?」
 訝しがる秋庭里香に、吉崎多香子は昨日自分が見た事を、包み隠さず話した。
 昨日の放課後、なぜ如月蓮華が自転車置場に現れなかったのか。
 その時、ここで何が起こっていたのか。
 吉崎多香子の言葉を聞く内に、秋庭里香の顔にも驚愕の表情が広がっていく。
 そして最後に、吉崎多香子は念を押す様にこう言った。
 「とにかく、如月蓮華(あの娘)は何処か普通じゃありません!!もう絶対に関わらない様に!!戎崎先輩にも言っておいてください!!いいですね!?」
 「う、うん・・・。」
 その迫力に押される様に頷く、秋庭里香。
 それに安堵したのか、吉崎多香子は一息つくと教室に戻っていった。
 一方、後に残された秋庭里香は、何か思案に暮れるかの様にその場に佇んでいた。
 ・・・いつまでもいつまでも、佇んでいた。


 この時、吉崎多香子は自分が致命的なミスを犯した事に気付いていなかった。
 それは、この事を秋庭里香だけに伝えてしまった事。
 そして、その秋庭里香の性格を、考慮に入れていなかった事である。


 ・・・事態はゆっくりと、回り始めていた。



                                   続く
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