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2016年11月16日

想い歌・18(半分の月がのぼる空二次創作)




 こんばんは。今日も、更新は「想い歌」です。


想い歌.jpg




              ―27―


 「あーあ、すっかり遅くなっちゃった。怒られるなぁ。こりゃ」
 夜の街中、家路を急ぎながらあたしはぼやいた。
 「余計なお節介焼くからでしょ?こっちこそ、いい迷惑だわ」
 横を歩いていた蓮華が、嫌味ったらしく溜息をつく。
 「......悪かったわね......」
 ジト目で睨むあたしを見下しながら、フンと鼻を鳴らす。
 憎たらしく悪態をつく顔。
 けれどそれは、憑き物が落ちたかの様に様相を変えていた。
 何かが、彼女の中で変わっている。
 それは、確かな事の様に思えた。
 「で、」
 それを感じて、あたしは気になっていた事を訊いてみる気になった。
 「何よ?」
 ぶっきらぼうに返る返事。
 気にせずに続ける。
 「あんた、これからどうすんの?」
 「何を?」
 「もう、戎崎先輩に付き纏うのは止めるんでしょ?」
 その問いに、蓮華がピタリと足を止めた。
 「......何言ってんの?今更」
 冷たい、けれど、か細い声。
 「いいの?」
 「......いいのって、そもそもあんたもそれを望んでた口じゃないの?」
 彼女の視線が、鋭くあたしを射る。
 けれど、そこにさっきまでの危うい昏さはない。
 だから、あたしも踏み止まれる。
 「そりゃ、あんたの動機があんなんじゃね。けど、ホントにそれだけだった?」
 「......?」
 あたしの真意を測りかねる様に、目を細める。だから、ハッキリと言ってやる事にした。
 「あんた、戎崎先輩にはマジだったんでしょ?」
 「――!」
 動揺したのか、微かに揺れる視線。でも、それもほんの一瞬。
 彼女は、すぐに立ち直る。
 「あんたには、関係ない」
 遠回しの肯定。ほんの少しだけ、年相応の表情がその顔を過る。
 そう。出来た筈なのだ。この娘には。もっと狡猾に。冷酷に。残酷に。二人の仲を引き裂く事が。それをしなかったのは、ひとえに彼女が戎崎裕一を、想っていたから。彼を真の意味で傷つける事を、そして、本当の意味で拒絶されること恐れていたから。
 「......」
 「......あんたも所詮、女か......」
 「何よ......。それ......」
 カツン
 蓮華の足が、進む方向を変える。
 「どこ行くのよ?」
 「別の道で帰る」
 あたしに背を向けながら、言う。
 「あんたの馬鹿話に付き合うの、疲れた」
 そのまま、あたしとは別の道へと向かう。
 「帰り道、分かるの?」
 「馬鹿にしないで」
 そのまま、蓮華は薄暗い路地へと歩いていく
 と、その足が止まる。
 「あんた」
 「え?」
 突然声をかけられて、驚いた。
 「吉崎......多香子だっけ?」
 「......そうだけど?」
 薄闇の向こうで、何かが光る。
 蓮華が、肩越しにこっちを見ていると気づくのに、少しかかった。
 「借りが出来たわね」
 「へ?」
 「いつか、返すから」
 それだけ言うと、彼女は再び歩き出す。
 その姿が、闇の向こうに消えるのを見送りながら、あたしは一人ごちる。
 「借り......か」
 ふと、夜闇の中に”彼女”の顔が浮かんだ。
 それは、蓮華が“あの女”と呼んでいた女(ひと)の顔。
 彼女達の事を、心から想って。
 だけど、その心を察する事が出来なくて。
 彼女達を救う事が出来なかった女(ひと)。
 どうにかしたくて。
 けれどどうにも出来なくて。
 赤の他人のあたしにすら、すがらなければならなかった。
 それは、とても情けない話。
 だけど、とても悲しい話。
 想っているのに、届かない。
 想っているのに、間違える。
 それは、まるであの娘と同じ。
 ああ、親子なのだな、と思う。
 今日、蓮華が帰った時、その顔を見て彼女は何を想うのだろうか。
 (―あの娘の、本当の友達になってくれる?―)
 彼女からあたしに託された、あえかな願い。
 それに、答える事は出来なかった。
 だけど――
 「少しくらいは......」
 あたしは夜の空を見上げ、小さく呟く。
 空には、大きな半月が微笑む様に浮かんでいた。


               ―28―


 次の日の朝、僕はいつもの上り坂で里香と行き逢った。
 僕が「おはよう」と言うと、里香も「おはよう」と返してきた。
 いつもの朝。
 いつものやり取り。
 何だかそれが、すごく懐かしく感じられる。
 「身体の調子、どうだ?」
 僕が訊くと、里香はニッコリ笑って、
 「うん、大丈夫。朝ごはんも、ちゃんと食べれたし」と言った。
 僕は「そうか」とか言いながら、まじまじと彼女を観察する。
 うん。昨日悪かった顔色も普段どおりに戻っているし、本当に具合が悪そうな様子はない。
 内心、かなり心配していた僕はホッと息をついた。
 でも、そんな僕の気持ちを当の本人は知るよしもなく、「何ジロジロ見てるのよ?気持ち悪い!!」なんて言ってくる。
 全く、少しはこっちの心情も察してくれよ。昨夜も、それでろくに眠れなかったんだから。
 そんな事を思いながら、僕はこっそりと溜息をついた。
 と、ふと視線が里香の首に止まった。
 あれ?と思う。
 そこだけ、肌の質感が変だった。
 何というか、自然じゃないというか、人工的と言うか。とにかく、普通の肌じゃない。
 よくよく見ると、それは特大サイズのカットバンだった。
 肌色の保護色をほどこしたそれが、里香の首筋にピッタリと張り付いている。
 おかしいな。昨日はこんなもの、してなかった様な気がするんだけど。
 「里香」
 「何?」
 「首、どうかしたのか?」
 「え?」
 「首だよ。首。カットバンなんかして。どうかしたのか?」
 「あ、ああ。これ?」
 里香が、首筋を押さえる。
 少し、慌てた様に見えたのは気のせいだろうか。
 「昨日、少し怪我しちゃったみたい。」
 それを聞いた僕は、飛び上がらんばかりに驚く。
 「おい、何だよそれ!?聞いてないぞ!!」
 僕の剣幕に、そっちも驚いたのか里香が目を丸くする。
 「小さな怪我だから。昨日家に帰ってから気がついたの。」
 里香には珍しい、弁解する様な口調。それが、僕に疑念を抱かせる。
 「昨日って......まさか、やっぱり蓮華の奴になんかされてたのか!?」
 昨日の事件の張本人は、如月蓮華。
 連想は容易につながる。
 けれど、里香はそれを真っ向から否定した。
 「違うよ。如月さんじゃない。」
 「だ、だってお前、そんな所どうやって怪我するんだよ!?誰かにやられたとしか・・・」
 「それでも、如月さんじゃない!!」
 里香はピシャリと言った。
 顔が、すごく真剣だった。
 目が、真っ直ぐに僕を見ている。
 さっきの、戸惑いの混じった顔じゃない。
 いつもの。
 いつもの、強い里香の顔だ。
 この顔になった里香に、僕は勝てたためしがない。
 「でもさ......」
 気勢がみるみる萎んで、言葉も尻すぼみになってしまう。
 「だいたい、本当に大した怪我じゃないから。裕一だって昨日、気付かなかったじゃない」
 「う......」
 痛い所をつかれた。
 確かに昨日、僕はそれに気づかなかった。
 他に気になる事が山ほどあったとは言え、だ。
 「だから、大した事じゃないの。全然。分かった?」
 「だ、だって......」
 「分かった!?」
 「わ、分かった......」
 畳み掛けてくる里香。
 半ば、強制的に頷かされてしまう。
 そんな僕を見て、里香はほっと息をつくと、「じゃあ、この話は終わり。いいね?」などと言った。
 「う、うん......」
 これ以上しつこく突っ込むと、本気で怒り出しかねない。
 せっかく戻ってきた平安を、こんな事で台無しにするのは御免だった。
 結局、僕の釈然としない思いを残したまま、この件はお流れとなった。


 次の日の朝、あたしはいつもの上り坂で裕一と行き逢った。
 彼が「おはよう。」と言ってきたので、あたしも「おはよう。」と返す。
 いつもの朝。
 いつものやり取り。
 何だかそれが、すごく懐かしく感じられた。
 「身体の調子、どうだ?」
 裕一が、そう訊いてくる。
 心配そうな顔。
 目の下に、少し隈が出来ている。
 ひょっとしたら、昨夜は良く眠れなかったのかもしれない。
 その事が、少し嬉しい。
 だから、あたしはニッコリ笑って、
 「うん、大丈夫。朝ごはんも、ちゃんと食べれたし」と答えた。
 それでも今一つ安心できないのか、裕一は「そうか」とか言いながら、まじまじとあたしを見つめてくる。
 って言うか、観察してくる。
 気持ちは分かるけど、そうジロジロ見られては、少し恥ずかしい。
 よって、「何ジロジロ見てるのよ?気持ち悪い!!」なんて言葉が出てしまう。
 途端にしょんぼりする、裕一。
 溜息なんてついているその姿に、ちょっと言い過ぎたかな、とか思う。けれどまぁ、いつもの事だ。すぐに立ち直るだろうなんて思っていたら、裕一がまたこっちを見ていた。
 何だろう?さっきとは少し、目の感じが違う。あたしの調子なんて漠然としたものではなく、もっと具体的なものを見る様な......。
 あたしが戸惑っていると、裕一が言ってきた。
 「里香。」
 「何?。」
 「首、どうかしたのか?」
 「え?」
 ドキリとした。
 「首だよ。首。カットバンなんかして。どうかしたのか?」
 「あ、ああ。これ?」
 思わず、首筋を押さえてしまう。
 少し、慌ててしまった。不審に思われただろうか。
 「昨日、少し怪我しちゃったみたい。」
 とっさに出た言い訳に、自分でしまったと思う。何を馬鹿正直に、昨日のゴタゴタでなどとのたまっているのか。昨日、帰ってから家の中で転んだとか、適当にでっち上げれば良かったのに。
 ほら、裕一があからさまに驚いている。
 「おい、何だよそれ!?聞いてないぞ!!」
 彼の剣幕に、思わず目が丸くなる。
 いつもの裕一からは、考えられない迫力だ。
 「小さな怪我だから。昨日家に帰ってから気がついたの。」
 つい、弁解する様な口調になってしまった。それがまた、彼に疑念を抱かせてしまったらしい。
 「昨日って・・・まさか、やっぱり蓮華の奴になんかされてたのか!?」
 いきなり核心を突いてきた。
 確かに、昨日の事件の張本人は如月さん。
 連想は、容易につながるだろう。
 そして事実、あたしの首には彼女が残したものがあった。
 それは、仄かに赤い、指の跡。
 昨日、あの暗い教室で、彼女に首を絞められた時についたもの。
 真綿で絞める様に、緩々とつけられたそれは、微かに、だけど一晩明けた今日になってもその形を留めていた。
 まるで、彼女の想いを代弁するかの様に。
 気をつけなければ気付かない様な、本当に微かな跡だ。
 ほっとこうとも思ったけれど、万が一誰かに見られたらと言う思いが先に立ち、ついカットバンで隠してしまった。
 けど、結果としてはそれが裏目。
 かえって、裕一の目を引いてしまった。
 ほら、彼の顔が8割方怒っている。
 犯人が如月さんだと、確信しかけているのだろう。
 けれど、ここで「うん」という訳にはいかない。
 もし、ここであたしが頷けば、裕一は直ぐに学校に、如月さんの元にすっ飛んでいくだろう。そして、その先で何が起こるのかは、想像に難くない。
 だけど、そんな事に何の意味があるだろう。
 如月さんは傷ついて、裕一も傷つく。
 得する者なんて、誰もいない。
 そう。
 全ては昨日、終わったのだ。
 それを、今更蒸し返す必要なんてない。
 だから、あたしはそれを真っ向から否定する。
 「違うよ。如月さんじゃない。」
 あたしの言葉に、裕一は虚を突かれた様な顔をする。
 「だ、だってお前、そんな所どうやって怪我するんだよ!?誰かにやられたとしか・・・」
 「それでも、如月さんじゃない!!」
 ピシャリと言う。
 自分の顔が、すごく真剣になっているのが分かった。
 真っ直ぐに、裕一の顔を見る。
 こんなあたしに、彼が弱いのは百も承知だ。
 裕一の気勢が、みるみる萎んでいくのが見て取れた。
 「でもさ・・・」
 反論は許さない。
 「だいたい、本当に大した怪我じゃないから。裕一だって昨日、気付かなかったじゃない。」
 「う・・・。」
 痛い所をついたらしい。
 へタレた顔が、さらにヘタレる。
 チャンス。
 一気に畳み掛ける。
 「だから、大した事じゃないの。全然。分かった?」
 「だ、だって......」
 「分かった!?」
 「わ、分かった・・・。」
 半ば、強制的に頷かせる。
 すっかり大人しくなった裕一。
 それを確認すると、あたしはようやく一息ついて、
 「じゃあ、この話は終わり。いいね?」と言った。
 「う、うん・・・。」
 不承不承と言った感じで頷く裕一。
 とりあえず、矛は収めてくれた様でホッとした。
 これ以上食い下がられたら、本気で怒らなければならなかったかもしれない。
 せっかく戻ってきた平安を、こんな事で台無しにするのは御免だった。
 結局、裕一の釈然としない思いだけを残したまま、この件はお流れとなった。


 それからしばし後、僕と里香はまた並んで坂道を登っていた。
 「いい天気だな。」
 僕がそう言うと、
 「うん。いい天気。」
 里香もまた、そうやって返してくれる。
 そんな当たり前の事が、たまらなく嬉しくて、愛おしい。
 さっきのちょっとしたゴタゴタも、こうしているとどうでもいい事の様に思えてくるから不思議だ。
 昨日までは、いつも蓮華(あいつ)の影がちらついて、おちおちこんなやり取りも出来なかった。
 如月蓮華、か。
 結局、あいつは何だったのだろう。
 一番大切なものを奪われて。
 一番大切なものを失って。
 その果てに、その大切なものを僕に重ねて。
 その果てに、里香から僕を奪おうとして。
 結局、誰かを傷つける事しか出来なかったあいつ。
 吉崎からその話を聞いた時は、薄ら寒い思いがした。
 まるで、僕が必死に目を逸らしているものを、突きつけられた様で。
 まるで、いつか来る自分の姿を見せられている様で。
 怖気が走った。
 正直、怖いと思った。
 だけど。
 里香は、そんな蓮華の想いを“恋”だと言った。
 違う事なく、“恋”だと言った。
 僕は、恋とはもっと優しいものだと思っていた。
 かつての里香に生きる為の『覚悟』を与え、かつての僕に、彼女に答える為の『勇気』をくれた。
 恋とは、そんな力をくれる温かいものだと思っていた。
 だけど、里香の言う事が正しいのなら。
 恋にはもっと、別の顔があるのかもしれない。
 日向に影が出来る様に。
 昼の反対に、夜がある様に。
 もっと暗く。
 冷たく。
 闇色に沸き立つ恋も、あるのかもしれない。
 そう。丁度、あいつの持っていた、あの瞳の様に。
 もし、そうならば。
 そんな形でしか、恋を抱く事が出来なかったあいつは。
 こんな形でしか、恋を語れなかったあいつは。
 やっぱり、哀れなのかもしれない。
 もっとも、だからと言ってあいつを許したり、同情出来るわけではない。
 自分の思いのままに僕を振り回し、あげくの果てに里香まで傷つけた。
 今でも鮮明に覚えている。
 薄暗い階段の踊り場で、冷たく笑うあいつの顔。
 ―この際、秋庭さんには消えてもらいましょう。―
 平然と言い放った、あの言葉。
 半狂乱の里香。
 今にも破裂しそうな、心臓の鼓動。
 全部、あいつがやった事。
 どんな理屈をつけたって、犯した罪に変わりはない。
 もしまた、同じ事を繰り替えしたら、今度は何の躊躇もなくあいつを殴り飛ばすだろう。
 女だから?停学?退学?知ったことか。
 里香を守れるなら、そんな事なんの障害にもなりはしない。
 来るなら来い。里香は、僕が守るんだ。
 だけど、そう息巻く反面、僕はもうそんな事は起こらないだろうという思いも持っていた。
 なぜなら、
 ―さようなら。戎崎先輩―
 昨日の、あいつの最後の言葉が脳裏を過ぎる。
 三人だけの保健室の中で、寂しげに、だけどはっきりと言ったあの言葉。
 ハッキリ言って、僕はあいつの事をまるで信用していない。
 あれだけ散々に振り回されたんだ。当たり前だろ?
 でも、あの最後の言葉だけは、信用出来る様な気がしていた。何故かって言われりゃ困るけど、とにかくそんな気がしていた。
 蓮華はもう、僕と里香の前には立たない。
 全ては、終わったんだと。
 そんな確信が、僕にはあった。
 「裕一、どうしたの?ボーッとして。」
 そんな事をとりとめもなく考えていたら、里香がそう言って顔を覗き込んできた。
 ハッと我に帰る。
 「え、あ、いやー、ホント、いい天気だなーって思ってさ。」
 慌ててそう取り繕う。
 里香に限ってそんな事はないとは思うけど、このめでたい日に他の女、それも諸悪の根源の事を考えてボーッとしてたなんて知れて、機嫌を損ねられたらたまらない。
 そんな僕の言葉に、里香は怪訝そうな顔をして、「だから、さっきからそう言ってるじゃない。裕一、馬鹿みたい。」なんて言ってきた。
 普通なら怒る所なんだろうけど、今の僕にはそう言った言葉の一つ一つが嬉しくてたまらない。
 つい、「そうだな。馬鹿みたいだな。」何て言って、ついでにウハハ、なんて笑ったもんだから、終いに「気持ち悪い」などと本気で気味悪がられてしまった。
 でも、いいさ。
 それもまた、嬉しいんだから。
 また、ウシシと笑う。
 あ、里香が完璧に引いている。
 何か、面白いな。もっと笑って、もっと気味悪がらせてやろうか。
 僕がそんなろくでもない企みを胸に抱いたとき、一陣の風がサァッと坂道を上がってきた。
 里香が、「キャッ」とか言って髪とスカートを押さえる。
 あ、惜しいな。もうちょっとで足の上の方が見えたのに。などと思ったところで、
 ボカッ
 「いって!!」
 頭を殴られた。
 それも、思いっきり。
 「エッチ!!見たでしょ!?」
 鞄を構えた里香が、顔を真っ赤にして眉を吊り上げている。
 「い、いや待て!!見てない!!見てないぞ!!もうちょっとだったけど、見てないぞ!!」
 慌てて弁解する僕の言葉に、里香の眉がますます上がる。
 あ、あれ?何か変な事言ったっけ?
 「・・・『もうちょっとだった』って事は、やっぱり見る気だったんだ・・・」
 「え?あ、そ、それは・・・」
 里香が再び鞄を振り上げる。
 「う、うわ、ま、待て!!話し合おう!!オレ達は、きっと、分かり合える!!」
 「うるさい!!バカ裕一!!」
 くだらない事を言いながら、キャラキャラとじゃれ合う僕達。
 ―“馬鹿”ですね―
 蓮華の言葉が頭を過ぎる。
 ああ、馬鹿でいいさ。
 こうやって、馬鹿みたいに笑いあって、馬鹿みたいにじゃれ合って、そして馬鹿みたいに寄り添って、僕達は歩いて行くんだ。
 ずっと。
 ずっと。
 風がまた一陣、僕達の間を通り過ぎる。
 いつの間にか、季節は動いていたのだろう。
 サラサラと流れるそれは、前に感じた時よりも涼やかな様な気がした。


                                続く
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