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2015年12月15日

想い歌・9(半分の月がのぼる空二次創作)




 今日はSS掲載。
 半分の月がのぼる空二次創作、「想い歌」です。



想い歌.jpg


                               ―18―


 ・・・罪がある。
 例え、万人がそれと認めなくとも。
 例え万人がそれを否定しても。
 存在する、罪がある。
 例えそれが、皆が賛美する美談であったとしても。
 例えそれが、皆が涙する哀話だったとしても。
 そこには必ず、罪がある。
 日の光の下に、ひっそりと、だけど必ず影が出来る様に。
 皆が見つめる光の裏に、必ずそれはあるのだ。
 そして、例え当人達がそれを知らないとしても。
 例え当人達がそれを承知で受け入れているとしても。
 ―罪は、罪―
 ならば、裁かれねばならない。
 なぜならそれは、罪なのだから。
 まごうことなき、罪なのだから。

 ―罪は、罰せられなければならないのだから―

 

 結局、その日は何事もないまま平穏に過ぎた。
 過ぎる、筈だった。
 けれど、それは間違いだった。
 僕は。
 僕達は。
 それでもまだ、甘く見ていたんだ。
 如月蓮華という少女が抱える、闇を。

 
 「あれ?メールが来てる。」
 校門を出たところで、里香が自分の携帯を見てそう言った。
 僕らと同じ様に、当然里香も携帯を持っている。
 里香の場合、もしもの時のための緊急コールとしての役目も担っている為、その存在は僕達よりも重要だ。
 でも、そこは真面目な里香の事。
 学校内では絶対に使わない。
 こうして放課後、学校を出てからメールや着信記録を確認するのが日課だった。
 とは言っても、里香のアドレスを知っているやつは少ない。
 やたらめったらアドレスをばら撒く性格ではないし、そこまで深い仲の相手が少ないと言う事もある。
 僕や母親の他には、みゆきや司、山西、そして後は数人の同級生。そのくらいだ。
 だから、こうやって確認をしてもメールなんてめったに来てない。 
 珍しいな、と思いつつ僕は「誰からだよ。」と訊いた。
 「・・・吉崎さんから。」
 吉崎?吉崎って、吉崎多香子の事か?
 アイツが里香にメールなんて、何の用だろう。
 里香とは同じクラスなのだから、直接話せばいいだろうに。
 「何だってんだ?あいつ。」
 「ちょっと待って。今、読むから。」
 見ていると、メールを読む里香の顔が、だんだん真剣味を増していく。
 一体、何が書いてあったのだろう。
 そんな事を考えながら見ていると、里香がパチンと携帯を閉じながら言った。
 「裕一、あたし、ちょっと学校に戻る。」
 「え?何でだよ?」
 「吉崎さんからのメール。ちょっと話したいことがあるって。」
 そう言いながら、自転車の荷台から降りる里香。
 「明日じゃ駄目なのか?」
 「駄目。今日の内に話したいって。」
 「何なんだよ?一体。」
 「裕一には、関係ないよ。」
 そっけなく言いながら、里香は歩き出す。
 「裕一、先に帰ってていいよ?」
 「そんな訳にいかないだろ。待ってるから、早く戻ってこいよ。」
 僕の言葉に微笑むと、里香は踵を返して夕闇の迫る校舎へと戻っていった。


 携帯に表示された名前を見て、あたしは首を傾げた。
 ―吉崎多香子―
 吉崎さんからのメールなんて、滅多にない。
 同じクラスだから、大抵の事はその場で話してしまう。
 今日だって、お昼休みに話している。
 それが、今に限ってどうしたのだろう。
 とりあえず、メールの内容を見てみる。

 『放課後、視聴覚教室で待ってます。来てください。by如月蓮華』

 思わず、息を呑んだ。
 彼女は、今日は欠席だと聞いていた。
 それが、どうして。
 もう一度、文を読み直す。
 一切の無駄を排した、簡潔な文。
 文面だけ見れば、想い人を呼び出す恋文の様にすら思えるそれ。 
 「来てください。」の一文に滲み出る、込められた意思の強さ。
 液晶画面に映るデジタル表示のそれは、前に彼女が裕一に送った手書きの恋文よりも強い想いが感じられた。
 一瞬の逡巡が、頭を過ぎる。
 あの娘は知っている。
 あたしの持つ、病を。
 あたしが犯す、罪を。
 思い出されるのは、昨日の屋上での事。
 夕闇を背負った彼女が浮かべる、歪んだ笑み。
 見つめてくる、冷たい瞳。
 心を抉る、鋭い言葉。
 行けば、またそれらと向かい合う事になる。
 それを思うと、背筋が震えた。
 けど。
 だけど。
 チラリと、前の席でこっちを見ている裕一を見る。
 事の次第が分からず、「?」となっている間の抜けた顔。
 それが昨日の、彼の顔に重なる。 
 必死で、情けなくて、真剣で、そして、優しい顔。
 その時感じた、彼の存在。
 肩を掴む、手の熱さ。 
 ぎゅっと抱き締めてくる、腕の感触。
 微かに漂う、汗の匂い。
 それは、あたしに生きる意味をくれた、存在そのもの。
 そう。
 彼がいたから、あたしはあの時、生きる事を選べた。
 彼がいるから、あたしは今、生きていられる。
 だから。
 だから。
 あたしは、彼を放せない。
 否、放さない。
 それが、どれだけ自分本位な事だとしても。
 それが、どんなに罪深い事だとしても。
 ならば。
 それならば。
 向き合おう。
 もう一度。
 彼女に。
 自分の罪の体現に。
 そして、今度こそ言い放とう。
 何の虚飾も、言い繕いもなく。
 自分の。
 自分の想いを。
 パチン
 音を立てて、携帯を閉じる。
 そして、あたしは怪訝そうな顔をしている彼に向かって言った。
 「裕一、あたし、ちょっと学校に戻る。」


 カツ カツ カツ
 夕闇の満ち始めた廊下に、乾いた足音が響く。
 放課後の廊下。人気の失せた廊下を、秋庭里香は視聴覚教室に向かって歩いていた。
 薄闇の向こうには、件の教室の扉が浮かび上がる様に見えている。
 それに向かってわき目も振らず、秋庭里香は歩いていく。
 一歩。
 また一歩。
 少しずつ。
 しかし確実に、近づいていく。
 やがて、その扉の前に立った秋庭里香は大きく一吸い、深呼吸をするとその扉を開いた。


 夕方の視聴覚教室は、薄暗くて静かだった。
 一歩中に入ると、校庭から聞こえていた運動部の人達の声が一気に遠くなる。
 部屋に、防音設備が施されているせいだろうか。
 それとも、もっと何か別の理由だろうか。
 教室の中を見回す。
 彼女の姿は見えない。
 まだ、来ていないのだろうか。
 そう思って振り返ろうとしたその時、
 バタン
 唐突に、扉が閉まった。
 遠くなっていた外界の音が、さらに遠くなる。
 「・・・来てくれるって思ってました。秋庭さん。」
 いつの間にか後ろにいた彼女が、閉ざされた扉の前で笑っていた。 
 ガチャン
 後ろ手で鍵をしめる音。静かな部屋の中には、それはやけに大きく響く。
 「さあ、これでここにいるのはあたし達だけです。」
 そう言いながら、手に持っていたものを机の上に放る。
 軽い音を立てて机の上に転がったのは、この視聴覚室の鍵。
 「逃げ場はないですよ。お互いに。」
 そう言って、彼女―如月蓮華は綺麗に笑った。


 「だけど、結構人が良いですね。秋庭さん。昨日の今日だってのに。それとも、あたしのラブレター、そんなに強烈でした?考えて考えて考え抜いて、その結果があの一文。シンプル・イズ・ザ・ベスト!!戎崎先輩の時のは、ちょっと装飾過多だったかな?」
 そう言って、彼女はケタケタと笑う。
 だけど、それは表面だけの笑い。
 昨日の彼女を見た、今なら分かる。
 その、笑みの影に隠れた冷たさも。
 その内に秘められた、仄暗い滾りも。
 「・・・今日は、欠席だって聞いてたけど?」
 あたしの問いに、彼女は笑いながら答える。
 「そうですよ。ちゃんと、今日は休みますって電話しました。だから、今日あたしは学校(ここ)にいない事になってます。」
 「何で、そんな事・・・」
 「何で?」
 ピタリと止まる笑い声。彼女の目が、キュウと細まる。
 「決まってるじゃない。誰にも邪魔されない様にだよ。これからの事を・・・」
 そんな言葉と共に、暗い瞳があたしを見据えた。

 
 「・・・ここの視聴覚教室はいいね。防音設備がちゃんとなってて。おかげで外に音が漏れない。」
 言いながら、彼女はコンコンと壁を叩く。
 「そう言えば、文化祭の時に、ここで男共がポルノビデオの上映会やってたんだって?やだねぇ。男共ってのはこれだから。」
 そう言って、また声だけでケタケタと笑う。
 「聞く所によると、戎崎先輩も参加してたらしいね。駄目じゃない。付き合ってる男を欲求不満にさせとくなんて、女の名折れだよ。」
 本気なのか冗談なのか、判然としない口調。
 「・・・用は、何?」
 あたしの問いに、彼女は壁の方を向いたまま答えた。
 「最後通告。」
 「最後通告?」
 「そう。最後通告。」
 顔は壁を向いたまま。
 声だけが、壁に反響する様に返ってくる。
 「最後通告って、何?」
 「分かってるくせに。」
 声に、暗い険がこもる。
 背筋に走る悪寒。
 それを、ぐっと堪えて言い返す。
 「分からない。」
 「嘘。」
 そう言いながら、彼女が振り返る。
 振り返ったその目には、あの暗い炎が灯っていた。
 胸の内が、ザワリと疼く。
 「アンタは分かってる。誰よりも。」
 言いながら、ツカツカと近づいてくる。
 触れるほどに近づく、顔。
 暗く揺れる瞳に、あたしの顔が映った。
 「アンタと一緒にいたら、戎崎先輩は未来を失う。」
 ザクリ
 胸を抉る、鋭い言葉。
 「アンタは、戎崎先輩の全部を奪っていく。」
 ザクリ
 ザクリ
 切り刻まれる、心。
 「そしていつか、自分だけいなくなる。」
 ヒヤリ
 頬に走る、冷たい感触。
 音もなく上がった手が、あたしの頬を撫でていた。
 「そんな事が許される?許されると思ってる?」
 あたしの頬を嬲る、白い手。
 「ねえ・・・。許されると思ってるの?」
 暗い瞳。
 暗い、暗い瞳。
 暗い輝きの中に映る、あたしの顔。
 「・・・許されないよね?許される筈ないよね?」
 薄い唇が、耳元で囁く。
 許されない?
 そう。許されないのだ。
 許される筈もない。
 そんな事は。
 決して。
 決して。
 「ねえ。分かるでしょ?分かる筈でしょ?」
 優しく、言い聞かせる様に。
 冷たく、咎める様に。
 そう。あたしは分かっている。
 何もかも。
 とっくの昔に。
 「だったら・・・」
 だから、知っている。
 彼女の声が、これから紡ごうとするその言葉も。
 あたしが受け入れなければならない、その宣告も。
 「戎崎先輩と・・・」
 そう。
 彼女の言おうとしている事は正しい。
 本当に。
 本当に。
 彼の事を思うなら。
 あたしは、そうするべきなのだ。
 そうしなければ、いけないのだ。
 そんなあたしの心を見透かす様に、彼女はほくそ笑んで―
 そして言った。

 「別れて。」
 「別れないよ。」

 あたしの言葉に、彼女は軽く目を見開く。
 その手が、あたしの頬から離れた。
 「・・・何、言ってんの?」
 「言ったまま。裕一とは別れないし、離れない。」
 あたしは言う。
 一句一句に、力を込めて。
 「・・・アンタ、病気なんだよね?」
 彼女が、問う。
 「うん。」
 あたしは頷く。
 「死ぬんだよね?」
 一寸の躊躇もなく紡がれる、その言葉。
 「うん。」 
 だからあたしも、躊躇なく頷く。
 「なら・・・」
 「でも、駄目。」
 言い放つ。きっぱりと。
 「裕一は、あたしの。」
 彼女が、息を呑むのが分かった。 
 「約束したの。いっしょにいるって。ずっと、いっしょにいるって。だから、裕一はあたしのもの。渡さない。誰にも。もちろん、あなたにも。」
 「・・・!!・・・」


 秋庭里香の言葉に、如月蓮華は沈黙した。
 彼女は最初、放心した様に立ち尽くし、やがて脱力した様に俯いた。
 しばしの間。
 如月蓮華は、何も言わない。
 秋庭里香も、何も言わない。
 やがて、俯いていた如月蓮華が、ゆっくりとその顔を上げていく。
 暗い瞳が、再び秋庭里香の姿を映す。
 すっかり夕闇に沈んだ教室の中で、それは妙に輝いて見えた。
 

 ―昔々、ある王国に生まれた双子の姉弟。
 一人は王女。
 一人は召使。
 召使(彼)は誓う。
 例え世界の全てが敵になろうとも、王女(彼女)の笑顔を守ろうと。
 そして、その誓いは違う事なく守られる。
 世界の全てが敵となる中、彼は彼女を守りきる。
 自分の命を代価にして。
 自分の全てを代償にして。
 今は無理かもしれない。
 けれど、その時は必ずやってくる。
 遺された彼女が、心から笑える日が。
 そのために、彼女の未来は守られたのだから。
 彼がそう、望んだ様に。
 だけど。
 だけど、それならば。
 王女を守れなかった召使は、どうすればいいのだろう。
 守るべき者を。
 守るべき未来を守れなかった召使は。
 その後を。
 その後の生を。
 一体。
 一体何のために。
 何のために生きればいいのだろう。
 答えは、見えない。
 まだ、見えない。


 音もなく流れる、黒い髪。
 だけど、その流れ方にいつもの艶やかさがない。
 目印のサイドテールも、纏め方が雑な様だ。
 よく見れば、制服にもしわがよって、くたびれてる様に見える。
 ひょっとしたら、昨日から着替えていないのかもしれない。
 「・・・まいったなぁ・・・。」
 話す声に、疲れた様な響きがこもる。
 「秋庭さん、頭良いから、分かってくれると思ってたんだけどなぁ・・・」
 顔にかかる髪を払いながら、如月蓮華は言う。
 「まいっちゃった。本当に、まいっちゃた。」
 まいったまいったと繰り返しながら、彼女はゆっくりと秋庭里香に近づいていく。
 フラフラと揺れるサイドポニーが、秋庭里香の目の前で止まった。
 「全く、しようがないなぁ・・・」
 ボソリと呟く声が、微かに耳にさわる。
 「本当に、全くもって、しようがない・・・」
 「――!?」
 不意に走る悪寒。
 秋庭里香は、反射的に身を逸らす。
 ヒュッ
 それまで彼女の顔があった場所を、鋭い軌跡が通り過ぎた。
 「ああ、避けないでよ。」
 抑揚のない声で、如月蓮華が言う。
 その手に握られていたのは、刃をいっぱいに伸ばしたカッターナイフ。
 「あれだけ話してもダメだったんだもの。もう、ホントに、しようがないよね?」
 そう繰り返す、如月蓮華。
 窓からさし込み始めた夕日の中で、手にした刃が冷たく光った。

 
 「・・・遅い!!」
 携帯の時計を見ながら、僕はそう呟いた。
 里香が吉崎に呼ばれたとか言って校舎に戻ってから、もう四十分は経っていた。
 何の話か知らないけど、ちょっとかかり過ぎではないだろうか。
 一瞬、僕も行ってみようかとも思ったけど、余計な事をしてまた里香にへそでも曲げられたらかなわない。
 どうしたものかとうつうつしていると、
 「何してるんですか?戎崎先輩。」
 聞き覚えのある声が、背後からかけられた。
 驚いて振り返ると、そこには鞄を持った吉崎多香子が立っていた。
 「え!?お前、何でいるんだよ!?」
 「いちゃ悪いんですか?」
 僕の言葉に、ムッとしたように吉崎は言う。
 「放課後ですよ。学校の外(ここ)にいちゃいけない道理でも?」
 「い、いや、そういう訳じゃないけどさ。じ、じゃあ、里香はどうしたんだよ?」
 それを聞いた吉崎が、怪訝そうな顔を顔をした。
 「秋庭先輩?秋庭先輩がどうかしたんですか?」
 その言葉を聞いた時、僕は嫌な、酷く嫌な予感が背筋を這い上がるのを感じた。

 
 「・・・どういうつもり・・・?」
 ジリジリと距離をとりながら、秋庭里香は如月蓮華から目を離さずに尋ねる。
 「見て分からない?」
 手にしたカッターをキチキチと鳴らしながら、如月蓮華が言う。
 「死んでよ。」
 暗く滾りながら、それでいて酷く冷めた瞳が秋庭里香を見据える。
 「どうせ、いつか死ぬんでしょ。だったら、今死んだって大して変わりないじゃない。」
 抑揚のない声。壊れたスピーカーの様に、感情の死んだ声。それが、音のない教室の中にクワンクワンと響く。
 ゆっくりと近づいて来る、如月蓮華。ジリジリと下がる、秋庭里香。
 冷たい汗が、秋庭里香の頬をつたう。
 「・・・それで、どうするの?」
 「・・・?」
 その言葉に、如月蓮華は首を傾げる。
 「こんな事をしたって、裕一はあなたのものにならないよ。」
 「だろうね。」
 返ってきたのは、そんな答え。
 「分かってるの?」
 「分かってるよ。」
 何を当たり前の事を、と言わんばかりの態で如月蓮華は言う。
 「許さないだろうね。戎崎先輩。許す訳ないよね。でも、それがどうしたの?」
 カツン
 如月蓮華の足が、また一歩近づく。
 後ずさる秋庭里香。
 「アンタが今いなくなれば、先輩はアンタの呪縛から解放される。」
 カツン
 また一歩。
 秋庭里香もまた一歩、後ずさる。
 「アンタが今いなくなれば、先輩の未来は守られる。」
 秋庭里香の背中が、ドンと何かに当たる。
 後ろを振り向くと、いつの間にか彼女は壁際に立っていた。
 如月蓮華が微笑む。
 綺麗に。
 ゾッとするほど綺麗に。
 「それで十分。あたしは、それで十分。」
 それは、笑っている様な、それでいて泣いている様な、奇妙な表情。
 「動かないでね。狙いが外れたら、余計に痛いから。」
 そう言って、如月蓮華は手にしたカッターを秋庭里香に向かって突き立てた。

 
 「ど、どういう事だよ!?里香はお前にメールで呼ばれたって言って戻ったんだぞ。それがどうして・・・。」
 「何の事ですか?あたし、先輩にメールなんかしてませんよ?」
 僕の問いかけに、吉崎は訳が分からないと言った顔で返してくる。
 ますます混乱する僕に何かを感じたのか、吉崎が訊いてくる。
 「どうしたんですか?先輩に、何かあったんですか!?」
 「どうもこうも・・・」
 僕の話を聞いた吉崎は、慌てて自分の携帯を取り出すとカチカチと操作を始めた。
 どうやら、メールの送信履歴を確かめているらしい。
 やがて、彼女の顔が青ざめる。
 「戎崎先輩、秋庭先輩にメールしたの、あたしじゃありません!!」
 「ええ!?じゃあ、一体誰だよ!?」
 「如月です!!如月蓮華です!!」
 それを聞いた瞬間、僕を軽い目眩が襲う。
 「な・・・何でだよ!?今日はあいつ、欠席だったんだろ!?」
 「その筈なんですけど・・・ほら!!」
 そう言って目の前に突き出された携帯の画面には、簡潔な文章と、確かに“如月蓮華”の文字が記されていた。
 それでも僕には、納得がいかない。
 「そんな・・・じゃあ、何でそのメールがお前の携帯から送られて来るんだよ!?」
 「今日、あたし達のクラスは五時間目が体育で、皆出払ってたんです!!送信された時間から察するに、多分その時間に教室に忍び込んであたしの携帯を・・・!!」
 もう訳が分からなかった。
 今の事態も。
 如月蓮華の所業も。
 何もかも訳が分からなかった。
 蓮華と吉崎がグルになって、僕と里香をからかってるんじゃないか?
 そんな可能性すら考えた。
 だけど、
 「先輩、何してるんですか!?早く行きましょう!!」
 そう言う吉崎の切羽詰った顔が、そんな考えを吹っ飛ばす。
 「早く!!止めないと!!あの娘、何をするか分からない!!」
 「ど、どういう事だよ!?」
 「事情は行きながら説明します!!今はとにかく視聴覚教室へ!!」
 そんな吉崎の声に押される様にして、僕は走り出していた。


 キィンッ
 鋭い音を立てて、折れたカッターの刃が宙に舞った。
 突き立てられた刃はかろうじて反らされた首をかすめ、後ろの壁へと当たっていた。
 いっぱいに出されていた薄い金属の板は、それでアッサリと折れて飛んだ。
 追い詰められた壁際。
 そこで、秋庭里香は折れた刃が床に落ちるのを黙って見据えていた。 
 「・・・避けないでって言ったのに・・・。」
 秋庭里香の顔の横で、刃のなくなったカッターの柄を壁に押し付けながら、如月蓮華はそう呟く。
 憎々しげな声が、薄闇に落ちた教室の中に響いた。
 「・・・本気なんだ。」
 「・・・そうだよ。」
 その問いにそう答えながら、如月蓮華は秋庭里香の顔を覗き込む。
 「怖い?」
 問いかける言葉。 
 「・・・・・・。」
 けれど秋庭里香は、答えない。
 ただ凛とした瞳で、如月蓮華を見つめ返す。
 「ねぇ、怖い?」
 もう一度、かけられる問い。
 「・・・怖くない。」
 彼女の問いに、秋庭里香がようやく答えを返す。
 その答えに、如月蓮華はキョトンとした顔をする。
 「何で?」
 「・・・死なないから。」
 「・・・は?」
 その言葉の意を汲みかねると言った態で、如月蓮華は小首を傾げる。
 「言ったまま。あたしは死なない。」
 その言葉を、秋庭里香は繰り返す。
 ポカンとする、如月蓮華。
 「・・・さっき言ったじゃない。死ぬって。」
 「うん。だけど、死なない。」
 ますます分からないと言った風に、如月蓮華は小首を傾げる。
 「何言ってんのか、分かんない。」
 「だから、言ったまま。」
 秋庭里香の手が、カッターを握る手を掴む。
 「あたしはいつか死ぬ。それは確か。だけど、それなら“その時”が来るまであたしは絶対に死なない。」
 「・・・・・・!!」
 如月蓮華が、驚いた様に目を見開く。
 「ずっといっしょにいる。それが、裕一との約束だから。」
 カチャン
 如月蓮華の手からカッターが落ちて、床で冷たい音を立てて跳ねた。


 「オレを死んだ姉と重ねてる!?何だよ、それ!?訳わかんねえぞ!!」
 視聴覚教室に向かいながら、吉崎から聞いた話に僕は仰天していた。
 「あたしだって、完全に理解出来てるわけじゃないです!!だけど、それだけは間違いありません!!」
 怒鳴る僕に怒鳴り返しながら、吉崎が走る。
 校内に残っていた生徒達が、何事かと目を丸くして僕らを見る。
 だけど、そんな事に構ってはいられない。
 走りながら、僕は蓮華の目を思い出していた
 暗く澱んで、それでいて沸々と滾るあの眼差し。
 ―と、それに絡まる様に甦ってくる記憶があった。
 暗い屋上。
 漂う、酒の臭い。
 顔を殴ってくる、拳の硬さ。
 腹を蹴ってくる、鈍い衝撃。
 転がったコンクリートの、冷たい感触。
 そうか。
 僕ははっきりと思い出した。
 あの瞳を。
 あの暗さを。
 あの、沸々と燃え滾る様な冷たさを。
 あれは、“あの時”の夏目の瞳だ。
 病院の屋上で、僕をボコボコにした時の夏目の瞳だ。
 暗くて、冷たくて、沸々と沸き立って。
 人を傷つけてるくせに泣きそうで、酷く痛そうな、あの瞳。
 泣きながら、何かに傷つきながら、誰かを傷つける人間の目。
 ・・・知らず知らずの内に、身体が震えていた。
 身体が内側から引っくり返ってくる様な、嫌な感覚だった。
 何だよ、お前!!
 里香に、何する気なんだよ!!
 頭の中の蓮華に、そう呼びかける。
 だけど答えなんて、返ってくる筈もなかった。


 「・・・凄いなぁ・・・。」
 半分感嘆した様に、半分呆れた様に、如月蓮華は溜息をつく。
 「昨日とは別人みたい。それが、本当の秋庭里香?」
 そう言うと、彼女はユラリと顔を上げる。
 光のない、暗く澱んだ瞳。
 それが秋庭里香を映して、るぉんと揺らぐ。
 「だけどさ・・・。」
 細い首が、機械仕掛けの様にカクンと動く。
 乱れたサイドテールが、それに合わせてふるふると震えた。
 「駄目なんだよ・・・。やっぱりそれじゃ、駄目なんだ・・・。」
 そう言って、途方に暮れた様に顔を右手で覆う。
 顔にかかっていた髪が、クシャリと潰される様な音をたてた。
 「あのさ・・・」
 パクパクと、無機質に動く口が言葉を紡ぐ。
 狭い水槽で、空気を求める金魚がする様に。
 「召使はねぇ、守りたかったの・・・。王女様を・・・自分の片割れを・・・」
 「え・・・?」
 唐突に出てきた単語。
 戸惑う、秋庭里香。
 けれどそれに構わず、如月蓮華は続ける。
 「それだけで良かった・・・。王女様さえ、そばで笑ってくれてれば、それで良かった・・・。」
 うわ言の様に、ボソリボソリと呟く言葉。
 かすれた声が、教室の薄闇の中に溶けていく。
 「だけど、王女様は行ってしまった・・・。勝手に大事なモノを見つけて、勝手にそれを追いかけて、遠い所へ行ってしまった・・・。」
 虚ろな瞳が、何かを追う様に宙を舞う。
 「召使をおいて、行ってしまった・・・。」
 何かを堪える様に、声が揺れる。
 「・・・王女様はもういない・・・。召使が守らなきゃいけなかった片割れは、もういない・・・。」
 言いながら、両手を目の前にかざしてジッと見つめる。
 まるで、かつてそこに握っていたものを思い返すかの様に。
 「どうすればいい・・・?守らなきゃならないものを守れなかった召使は、いったいどうすればいい・・・?」
 「・・・・・・。」
 「どうしようもない・・・。全く、どうしようもないよね・・・。」
 いつまでも続く、意の解せない言葉。
 返す言葉はない。ある筈もない。
 秋庭里香は、ただただ、立ち尽くすだけ。
 そんな彼女に、如月蓮華は笑いかける。
 それは、酷く弱々しくて。
 儚くて。
 今にも泣き崩れそうな笑みだった。
 しかし―
 「でもね―」
 声音は、唐突に変わる。
 「召使は見つけたの。もう一つの“片割れ”を。」
 弱々しかった声に、熱がこもる。
 ただしそれは、生きる気力に満ちた健全な熱ではない。
 まるで、熱病に冒されて喘ぐ様な、病んだ熱。
 「奇跡だと思った。奇跡に違いないと思った。」
 自分の手を見つめていた瞳が、再び秋庭里香の方を向く。
 澱んだ瞳。それは熱にうかされて、なお一層濁っている。
 「だから、決めたの。今度は離さない。今度は間違えないって。」
 スゥ。
 目の前にかざされていた手が、その向きを変える。
 「だから・・・だからね・・・。」
 開かれた手が、伸ばされる。
 まるで、差し伸べる様に。
 まるで、助けを求める様に。
 「アンタはいちゃ駄目なの。いちゃ、いけないの。」
 秋庭里香は動かない。
 動けない。
 「あの“人”のために。あの“人”の未来のために。」
 そして、白い指がゆっくりと、細い首へと絡みつく。
 「ねえ・・・教えてあげる・・・。」
 如月蓮華が、穏やかに微笑む。
 「アンタの誓いは、気高いの。きっと・・・ううん、間違いなく、気高いの。」
 それは、肯定と、感嘆と、そして羨望さえも込められた言葉。
 「だけど・・・だけどね・・・」
 ツウ・・・
 微笑むその頬を、一滴の雫が滑り落ちる。
 「例え、皆がそれと認めなくても・・・。例え、皆がそれを否定しても・・・。」
 ポタリ
 ポタリ
 雫が、落ちる。
 「それは、罪なんだよ・・・。間違いない、罪なんだよ・・・。」
 微笑みながら。
 泣きながら。
 如月蓮華は言い続ける。
 「罪は、裁かれなくちゃ、いけないんだよ・・・。」
 首に絡んだ指。
 それに、ゆっくりと力が込められた。



                                              続く
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