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2021年03月25日

記録と記憶に残ったレディブロンド

 友駿ホースクラブと大樹レーシングクラブよりも少し遅れて入会したクラブにシルクホースクラブ、ロードホースクラブがあります。シルクホースクラブは早田牧場生産馬をメインに募集しており、今のようにノーザンファームとの提携以前でしたので活躍馬もそう多くはありませんでした。その中でもシルクプリマドンナやシルクジャスティスなどのG1馬を輩出していましたが、私はシルキーファングがそこそこ頑張ってくれた程度でしたので3年程度で退会しています。

 さて、今回はロードホースクラブでの出資馬レディブロンドについて語って見たいと思います。ロードホースクラブでの出資馬とその成績は以下の通りです。


1998年産 レディブロンド(牝)父シーキングザゴールド 母ウインドインハーヘア 藤沢和雄厩舎
募集価格 7,050万円 1/500口 141,000円
6戦5勝 獲得賞金 8,767万円 一口賞金 175,000円(回収率124%)

1998年産 ロードフィガロ(牡)父オペラハウス 母ユキノリンドウ 土田稔厩舎
募集価格 1,500万円 1/500口 30,000円
6戦未勝利 獲得賞金 597万円 一口賞金 12,000円(回収率40%)

2000年産 レディレイナ(牝)父トウカイテイオー 母リンダスト 矢野進厩舎
募集価格 1,300万円 1/500口 26,000円
22戦1勝 獲得賞金 1,145万円 一口賞金 23,000円(回収率88%)

 ロードホースクラブでの初出資馬がロードフィガロです。明け3歳の遅目の時期、2001年5月の3歳未勝利でのデビュー戦9着後、3,3,3,3と4戦連続3着と決め手のなさに悩まされ8月の未勝利4着後に引退しました。まぁ、ここまではよくあるパターンです。
 本来ならばフィガロと時を同じくしてレディブロンドも出走していたはずでした。フィガロと同じ1998年産で同期です。しかし実際にデビューしたのがナント、5歳の6月でした・・・。

 レディブロンドの父は日本でも実績のあったシーキングザゴールドです。牝馬ですが藤沢和雄厩舎に入るということで価格も高く残口がありました。3歳になりいよいよ入厩することになりクラブからも入厩による販売期日の最終アナウンスがありました。私も出資を迷っていたのでクラブに電話をして状態や活躍への期待度などを聞きました。その時の再現です。

私 「父がシーキングザゴールドで藤沢和雄厩舎なので興味はあるのですが、母のウインドインハーヘアがまだ繁殖実績が未知数なので実際はどうなのでしょう?」

クラブ担当者 「まだ若いですが、すでに社台グループが購入していますので、かなり期待していると思いますよ。今後は社台グループが種付けしていくはずです。」

私 「そうなんですね。じゃ、かなり期待してもいいですね」

 まぁ、こんな感じで入厩直前出資しました。

その後、予定通り入厩も直後に脚部不安で頓挫。放牧休養を余儀なくされます。(汗・・)

とっても長い休養です。すでに同期のロードフィガロは未勝利引退してしまいました。会費と維持費をだらだらと払い続けます・・・・。

途中でレディレイナに出資しますがデビューまでまだ1年はあります。

 2003年4月。ようやく脚部が安定し出走の目処が立ちましたが既に5歳です。
中央ではとっくの昔に未勝利戦も終わっているので走るレースがありません。そこで陣営は地方でデビューさせ勝たせてから中央の500万下に続戦させる思惑だったようです。
 ところが中央で1度も出走していない馬が中央在籍のまま地方で出走することができないことが判明しました。(漫画のようなふざけた話でした)

 流石に我慢の限界です。レディレイナのデビューも間近でしたが退会を決意します。当時の規約で2ヶ月前に文書で退会の書面を出すという決まりがありましたので退会届けを郵送します。

  2003年6月21日、函館のTVh杯(1,200M)でのデビューが決まりました。デビュー戦が1000万下の特別戦ですから、常識的に考えても補償べらし(当時はまだ補償制度がありましたので)としか思えません。

 出走確定した木曜日の夕方、私の携帯にロードホースクラブから電話がきます。
以下、当時の会話の再現です。

クラブ担当者「ロードホースクラブと申します。レディブロンドの出走が決まりましたので退会しないで続けて見てはいかがですか?」

私 「規定で2ヶ月前に文書で退会届を出すことになっていたので、もう無理でしょ?」

クラブ担当者「今回はものすごくお待たせしてしまいましたし、レースを見てから退会されても構いませんので、もったいないですよ。レース見て納得しなければその時に退会届は受理させてもらいますので。。」

私 「わかりました。ありがとうございます。そこまで言っていただけるならお言葉に甘えさせていただきもうしばらく様子見させていただきます」

 ということでレディブロンドの出資権利を維持して当日のデビュー戦をテレビ観戦することになります。鞍上はケント・デザーモ。今でいうルメール級の外国人ジョッキーですので舞台は整っています。とはいえ、5歳馬で故障開け、いきなり1000万下特別ですから勝つのは無理だと考えるのが普通だと思います。
「どうせ補償べらしなんだろうからこれがラストランだろう」
12頭立ての5番人気で単勝オッズ10.2倍です。どうせ最後だからと、やけくそでレディブロンドの頭から馬単総流しの馬券を購入。

 スタートでやや遅れ、「終わった」と思いましたがナ、ナント、直線で内から抜け出しまさかの1着。
馬単は万馬券となります。

さてその後・・・・
1000万下を勝ちましたが賞金的にまだ500万下に出走ができます。

2003年7月12日 下北半島特別(500万下) 1着
2003年7月27日 長万部特別(1000万下) 1着
2003年8月30日 TVh賞(1000万下) 1着
2003年9月27日 セプテンバーS(1600万下)1着
と5連勝です。
そして連闘で迎えた
2003年10月5日 スプリンターS(G1)
柴田善臣騎手で臨み3番人気4着を最後に引退しました。

3年待たされ一度は退会。クラブ側の計らいで退会保留。
記録に残る1000万下特別を5歳でデビュー勝ち。
あわよあわよで特別5連勝!
連闘で臨んだG1敗退、引退までわずか4ヶ月の実働期間でした。

でもこんな馬はそう簡単に出会えないと思います。一度は退会届けを出したものの見ず知らずのクラブ担当者の計らいでかなりサプライズな一口馬主ライフを楽しませていただきました。

 レディブロンドの母、ウインドインハーヘアはその後、社台グループで繁殖に入りサンデーサイレンスと交配。ブラックタイド、ディープインパクトを輩出しています。 





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恋愛、結婚、離婚、子育て、債務整理、うつ病、男性更年期障害など楽しいことも嬉しいことも、辛いことも悲しいこともたくさんありましたが、シニア世代を迎えて、死ぬ時に「10勝9敗で少しだけ勝ち越せた人生で良かった!」と思えるようにいきたいと感じるよになりました。
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