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2021年03月24日

「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,89


「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,89



と言って見ても、昔はj学生らしく袴を着けて靴で歩くのを喜んだくせに、もうこの頃では、稽古に行くにも着流しのまゝしゃなりしゃなりと出かけるという風で、



「あたしこう見えても江戸っ児よ、なりはどうでも穿きものだけはチャンとしないじゃ気が済まないわ」

と、こちらを田舎者扱いにします。



小遣いなども、音楽会だ、電車賃だ、教科書だ、雑誌だ、小説だと、三圓五圓くらいずつ三日にあげず持って行きます。

この外に又英語と音楽の授業料がニ十五圓、これは毎月規則的に払わなければなりません。と、四百圓の収入で以上の負担に耐えるのは容易でなく、貯金どころかあべこべに貯金を引き出す様になり、独身時代に幾らか用意していたものもチビチビ成し崩しに崩れて行きます。



そして、金という者は手を付け出したら誠に早いものですから、この三四年間にすっかり蓄えを使い果たして、今では一文もないのでした。



因果なことには私のような男の常として、借金の断りを言うのは不得手、従って勘定はキチンキチンと払わなければどうも落ち着いておられないので、晦日が来ると言うに言われない苦労をしました。



「そう使っちゃ晦日が越せなくなるじゃないか」

とたしなめても、

「越せなければ、待って貰えばいいわよ」

と、言います。



「三年も四年も一つ所に住んでいながら、晦日の勘定が延ばせないなんて法はないわよ。

半期半期にはきっと払うからって言えば、どこでも待つにきまっているわ。譲治さんは気が小さくって、融通が利かないからいけないのよ」





引用書籍

谷崎潤一郎「痴人の愛」

角川文庫刊



次回に続く。


三国志演義朗読第61回vol,3(全8回)


【文学通】なりたい人寄っといで光るハート

元、県立高校国語教諭30年勤務。

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三国志演義朗読第61回vol,3(全8回)

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