2016年08月20日
第327回 日本の運命
文●ツルシカズヒコ
一九二一(大正十)年一月二十五日、週刊『労働運動』(二次一号)が発行された(日付は二十九日)。
タブロイド版、十頁(次号からは八頁)、定価は十銭、年間購読料は五円。
大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、発行部数は二千〜四千部。
一面トップには大杉が書いた社説「日本の運命」と約四千字の英文欄「THE RODO UNDO」があり、「THE RODO UNDO」は日本の労働運動を海外に紹介するためのもので近藤栄蔵が書いた。
二面は労働運動の批判とリポートで和田久太郎が担当した。
三面は海外の政局や運動の報告、解説で、栄蔵とともにボル側から参加した高津正道が担当したが、大杉や栄蔵の筆がかなり入っていた。
四面は栄蔵の担当頁で、栄蔵は伊井敬の筆名で「ボルシェヴィズム研究」を連載した。
五面の「大正九年労働運動の回顧」は和田が書き、運動の歴史的検討を試みている。
六面の「本年度の計画希望及び予想」は、諸団体幹部の投書を収録している。
七面の「農民問題」は岩佐作太郎が書いた。
八面は大杉の翻訳、クロポトキンの「青年に訴う」の連載。
九面は統計表、社の通達事項など。
十面は全面が広告で、アルス、東雲堂書店、三田書房などの広告に混じり、星製薬株式会社の「ホシ胃腸薬」の広告が掲載されている。
大杉は「労働運動社代表」として、社会主義同盟会員宛てに購読勧誘の葉書を出し、こう書いた。
日本は今、シベリアから、朝鮮から、支那から、刻一刻分裂を迫られてゐる。
僕等はもうぼんやりしてゐる事は出来ない。
いつでも起つ準備がなければならない。
週刊『労働運動』(大正十年一月創刊)は此の準備の為めに生まれる。
(「日本の運命」/『労働運動』二次一号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第二巻』/日本図書センター『大杉栄全集 第6巻』_p101)
そして大杉は「日本の運命」にこう書いた。
先ずロシアを見るがいい。
イギリスはとうたう手を引いた。
フランスもまず手を引いた。
そしてヨオロツパ・ロシアの最後の反革命軍ウランゲルは没落した。
ロシアは、其の謂はゆる魔の手を、殆ど自由に、東洋にまで延ばす事が出来るようになつた。
シベリアの最後の反革命軍セミヨノフも没落した。
そしてただ一人とり残された日本は、シベリアの謂はゆる赤化に対して、殆ど何んの力もなくなつた。
続いて来るのは益々激しくなる朝鮮の独立運動だ。
そして其の結果は日本とロシアとの衝突だ。
も一つは新支那の勃興だ。
広東政府の発達だ。
……ここ半年位の間に、揚子江の南全部は連省自治の一大共和国を形づくるに違ひない。
日本は例によつて北方を助ける。
そして其の時に、始めて南方政府とロシアとの間に同盟ができる。
斯して日本は、ロシアと朝鮮と支那とを敵として戦はなければならない。
此の戦ひが来る時……おそらくはここ一ケ年内に迫つて来るのであらうが、『其時』に日本の運命はきまるのだ。
多くの日本人はいま目ざめつつある。
其の資本主義と軍国主義との行きづまりに気づきつつある。
そして殊に注意しなければならないのは、若し此のままで行けば亡国の外はないと云ふところから、此の旧い日本を根本的に変革して、新しい日本を建設しようと云ふ思想が、有力な愛国者等の間に起こりつつある事だ。
此の新日本人と旧日本人との分裂が、先きに云つた行きつまりの結晶であるところの『其時』になつて劃然として来る。
日本そのものに分裂が来る。
日本の此の分裂は、純粋の労働運動や社会主義運動の進行如何に拘はらず、必ずここ一年若しくは二年後に、其の絶頂に達する。
僕等はもうぼんやりしてゐる事は出来ない、と云ふのはそこだ。
僕等労働運動者や社会主義者は、此の分裂に対してどんな態度をとるべきであらうか。
僕等は僕等で、僕等だけの欲する分裂に、まつしぐらに進むべきであらうか。
それとも、多少は好ましくない、しかし眼の前に迫つてゐるところの、この分裂に与かるべきであらうか。
僕等の態度は『其時』になってきめていい。
けれども、今から心がけてゐなければならないのは、前にも云つた、いつでも起つ準備がなければならない事だ。
労働者は、一切の社会的出来事に対して、労働者自身の判断、労働者自身の常識を養へ。
そして其の常識を具体化する威力を得んが為めの、十分なる団体的組織を持て。
労働者の将来は、ただ労働者自身の、此の力の程度如何に係る。
(「日本の運命」/『労働運動』二次一号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第二巻』/日本図書センター『大杉栄全集 第6巻』_p101~104)
近藤憲二『一無政府主義者の回想』によれば、文中の「分裂」は「革命」のことで、大杉が「分裂」と書いたのは「当局に遠慮した」からだった。
大杉の社説「日本の運命」が掲載されている一面の下一段は「同志諸君に」(大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/日本図書センター『大杉栄全集 第6巻』)で、大杉は「今のところは、無政府主義成金大杉が、全力注いで金をみつぐ。他の社員は全労力をみつぐ」と書いている。
「同志諸君に」の最後に労働運動社同人が紹介されているが、近藤憲二、大杉栄、中村還一、和田久太郎、高津正道、伊井敬(近藤栄蔵)、竹内一郎、寺田鼎、岩佐作太郎、久板卯之助の十人である。
発行所は「神田区駿河台北甲賀町十二番地」である。
『定本 伊藤野枝全集 第三巻』解題によれば、野枝は二次『労働運動』には、終刊号(一九二一年六月二十五日)である十三号の前号である十二号(六月四日)に書いているだけだが、その事情は不明だ。
後述するが、重態に陥った大杉の看病、自身の出産、そして他誌への寄稿などで、二次『労働運動』には手が回らなかったのかもしれない。
★大杉豊『日録・大杉栄伝』(社会評論社・2009年9月16日)
★『大杉栄全集 第二巻』(大杉栄全集刊行会・1926年5月18日)
★『大杉栄全集 第6巻』(日本図書センター・1995年1月25日)
★大杉豊『日録・大杉栄伝』(社会評論社・2009年9月16日)
★近藤憲二『一無政府主義者の回想』(平凡社・1965年6月30日)
★『定本 伊藤野枝全集 第三巻』(學藝書林・2000年9月30日)
●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index
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