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2020年09月17日

クリニックに行く

1 時起床.

スキーマ療法の本を読み終わる.
過去の記憶に苦しんでいる自分には, この治療法は合っているように思う.
鬱病を治すのではない. 過去の記憶による心的外傷を治すのだ. うまくいくかどうか.

午前中にクリニックに行った. 薬があと一週間分しかない.

今日は主治医ではなく, 別の医師の診察を受ける. この医師は比較的時間をとって話を聴いてくれる.

昨日のように鬱と無気力が辛い場合, 無理をしても行動したほうがいいのか, 無理をせずに休んでいるのがいいのかを尋ねてみた.
動けないほど苦しい場合には休むしかないのだが, 頑張れば何とか動けるようなときにどうするかが知りたかった.

医師は少し考えて, 言葉を選びながら答えてくれた.

とりあえず小さな行動をやってみて, それができたら次の小さな行動をやる. これを繰り返す.
途中で苦しくて駄目になったら休む.
鬱が酷いときは別として, まったく行動しないで休んでいるだけだと精神的肉体的にどんどん衰えていってしまう.

この提案は自分としては受け入れられる. 考えたらいつもやっている.
しかし再確認できたことは良かった.

小さな行動であっても, 鬱や無気力が辛いときには始めるのはかなり難しい.
この小さな無理が却って自分の鬱を悪化させていくのではないかという恐れもあったのだ.

帰宅して食事. パンと豆乳.

早めに布団に入る.
posted by 底彦 at 23:30 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日常生活
この記事へのコメント
こんにちは, 武雄さん.

ここ数日はあまり天候が良くないせいか, 私も体調が芳しくなくブログを更新することができませんでした.

私の生命力のことを書いてくださっていますが, 自分ではよくわかりません.
以前にも書いたのですが, 今日と明日を繋ぐのが精一杯という日々なのです.

それでも毎年苦しい梅雨の時期を乗り切ることは何とかできました. そうした気力は残っているのだと思います.

何かにがんばったこと, 無理をしたことはあるかとのことですが, ずっとがんばり無理をしてきました.

しかし無理などし過ぎないほうが良いです. 確実に心が壊れます.

武雄さんが書いているように, 性格の問題なのでしょうね.

> 勿論心の病とその人の性格・性質とは不可分でしょう。
> またそのようにして形作られた病による性格がさらなる病を再生するということもあるでしょう。持って生まれた性質AがBという心の病を生み、Bが更にCという循環を生産する。ではその時に大本のAはどこにあるのでしょうか?現在のタケオはAでしょうかCでしょうか?

これは, 自分の場合だと大本の A はどこかに行ってしまったような感じですね.

自分がどこに居るのかよくわからないのです. 今のこの瞬間を何とか乗り切っているだけで, 根底に存続している何ものか, が無いような気がするのです.

「死」のことを再び考えられるようになったとのこと, 私にはどう言葉をかけていいのか, かけないほうがいいのかやはりわかりません.

日に日に秋が深まっていくように感じられるこの季節を穏やかに過ごされますように, 祈っております.

底彦
Posted by 底彦 at 2020年09月26日 06:33
こんばんは、底彦さん。

他の人はどうか知りませんが、わたしには相変わらず暑い日が続き、気力も体力も底をつき始めているので、この投稿で感じたことだけを無遠慮に書かせていただきます。どうかご理解ください。

>鬱と無気力が辛い場合, 無理をしても行動したほうがいいのか, 無理をせずに休んでいるのがいいのかを尋ねてみた.
動けないほど苦しい場合には休むしかないのだが, 頑張れば何とか動けるようなときにどうするかが知りたかった.

底彦さんのブログを読んでいて、一番多く感じるのは、なんといってもその生命力です。

わたしなら、そもそも上記のような会話が医師と交わされるということが絶対にありません。つまりわたしの辞書には「頑張る」とか「努力する」という言葉が端から欠けているのです。底彦さんは良くも悪くも、何かにがんばったこと、無理をしたことがありますか?わたしにはないと断言できます。

基本の基本に、何故そうまでして生きなければならないのか?という気分が常に常駐しているからです。「頑張った」見返りが「生きること」という意味がわたしには理解できないのです。至極単純にいえば、人生って、頑張って生きるほどの価値があるのか?という気持ちです。

それは「人による」のだと思います。少なくともわたしに関してはその価値は見い出せません。
これは障害者の生きる権利と同様に、個人的な思いであって、それを一般化するつもりは毛頭ありません。わたしが逆に医師から、もう少し頑張れますか?と訊かれたら「何のために?」と反問するでしょう?

これは結局性格の問題に還元されるのでしょう。

勿論心の病とその人の性格・性質とは不可分でしょう。
またそのようにして形作られた病による性格がさらなる病を再生するということもあるでしょう。持って生まれた性質AがBという心の病を生み、Bが更にCという循環を生産する。ではその時に大本のAはどこにあるのでしょうか?現在のタケオはAでしょうかCでしょうか?

底彦さんに関しては最初から変わらずに今もなおAのままのように感じます。
それがもともとの性質の違いなのか?それに加わった障害の性質に因るのかはわかりません。

底彦さんの一進一退を冷静に見ていると、ああ、この人はサバイバーだなと感じるのです。底彦さんの苦しみが大きいだけにそう感じるのです。


1〜2年はほんとうにあっという間です。一日一日は途轍もなく長く感じられますが1年はとても短く過ぎてゆきます。

最近は再び「死」のことを考えられるようになりました。

どうか順調に一歩一歩陽の当たる場所に歩を進めて行ってください。
スキーマ療法がうまくいきますように。

武雄








Posted by Takeo at 2020年09月22日 18:42
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