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1000年に1度、未曾有の大地震来襲
2011年3月24日
予知に成功した事を世界に発表した海城大地震ではあったが、その翌年、地震史上、最大の犠牲者(約70万人)を出したと云われる、唐山地震が起こったのである。

唐山地震は、1976年7月28日3時42分(現地時間)に、中国河北省唐山市付近を震源として発生したマグニチュード7.5 − 7.8の直下型地震である。

文化革命中に起きた地震であった為、死者数は誰も知らない。
又、誰も調査はしていないのである。調査の方法もまるで無く、文献もしばらくは発禁であった。

当時、中国は文革中であり、政府は「自力で立ち直る」と、外国からの援助を拒否した。
この事が犠牲者の拡大を齎した。

その為、この地震の情報もすぐには公表されず、日本に地震発生が伝えられたのは、地震発生の21時間後であったと報道されている。

又、政府方針により被害実態の多くが伏せられ、死者の数に付いても公式では24万人、非公式には60万から80万人、若しくはそれ以上とも言われている。

一方、鍵田元市長はその著作の中で、唐山の150万人の市民(紅衛兵は除く)の町が一挙、壊滅。
それに3回の大余震があった事を考慮すると、海城大地震の100万人で86万人、後者の150万人では(比率から)ウイキペデアの80万人、それ以上が正解ではないかと見ている。

しかし、この死者数は文革の犠牲者から見ると微々たるものであった



追記: この唐山地震の被害を受け、中国の地震予知は世界最高のレベルではない事が浮き彫りとなってしまいました。

結局は海城大地震での予知の成功は、度重なる前震が続く為に、遅かれ早かれ起きると観測されていた。
そこに、幾つかの前兆現象を基に避難させたと言うのが実情の様です。

この唐山地震を基に、中国の地震予知に対する日本の専門家のコメントが出ていますので紹介いたします。

@当時の中国では、民間人からの動物の異常行動などの「宏観異常現象」情報を活用する方法が採用され、日本でも一部で注目されたが、実際には宏観異常現象は主観に頼る部分が多く、客観的・合理的根拠を欠き、地震予知の手段とはならない。

A情報を出した際の混乱を恐れたとはいえ、結果的に死者20万人(公式)を越える大被害を出したのであるから、地震を予知しながら任務を遂行しなかったとして関係者には何らかの処分又は処罰が科されるはずであるが、そのような事は報道されていない。

B当時の新聞報道では、唐山地震直後に中国当局は2・3日以内に大きな余震があると警報を出したが完全な空振りとなり、数日後に警戒を緩めた後、激しい余震が起こって再び警戒を強めるという不手際を続けており、地震予知技術の信頼性に疑問がある。

C 1970年代当時に既に地震を予知する方法がある程度でも確立されていたのなら、予報を出し損ねたという苦い教訓も含めてその後更に研究を重ね、パニック対策も取り入れた予報技術が開発されているはずであるが、実際には2008年7月の四川大地震、2010年4月の青海地震では全くの不意打ちとなって大きな被害を出し、中国で地震の予知技術が進んでいるとは考えられない。

D世界的に見ても地震の予知は極めて困難とされており、日本でも予測できた例は皆無であり、しばしば地震被害が起こっている。

以上のような理由から、唐山地震が事前に予知されていたとは考えにくい。
中国に地震発生を予知・予報する技術や理論がある可能性も同様である。

以上の見解は、以下の中国側の発表を受けてのものであった。

「唐山付近で地震が起きる可能性が高い事も分かっていた。そして、地震発生を直前に予測していたにもかかわらず、唐山市が北京に近いこともあり、パニックを懸念して発表を躊躇してしまった。このことは、地震を予知出来たとしても、それを発表することの難しさを知らしめた。」













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