「討論する、議論する」という意味だと覚えていたが、念のため再確認しようと思って検索した。そしたら、いきなり本日の大統領候補の動画もセットで表示された。
そう、この言葉の意味を再確認したのは、「ディベートって、もっとちゃんとした議論のことじゃなかったっけ?」と思ってのことだった。
(CNNの映像より)
”Presidential Debate” 大統領候補による公開討論会を、こう呼ぶ。直訳すれば、大統領討論会だ。だから、冒頭のdebateの意味の再確認に至ったのだ。討論とか議論というのは、もっと論理的な戦いではないのか?そう思ったからだ。
今日の2人の大統領候補の討論は、あまりにもおそまつだった。お互いの政治論を戦わせるどころか、ののしりあいに近い。しかも、相手の発言はおろか、司会者に話す隙も与えないほどの。これが良識の代表たるべき大統領候補の行いだろうか。バイデン氏も、もっとましな人かと思っていたから、正直驚き失望した。これでは、トランプと変わらないではないか?前回のヒラリーのほうが、誹謗中傷のような発言もあったが、はるかに知的な会話や切り返しを行っていた。そして、あらためてオバマ大統領のスピーチにはなんと品格があったことか・・・。
アメリカのメディアの論調もおおむねそうであったが、一般のアメリカ人のインタビューでも、「どっちが勝ったとは言えない」、「どっちもどっちだ」、「泥試合・・・」などなど、大きな失望感にあふれていた。
一言でいえば、"terrible” だ。そう、この歴史的ディベートには、勝者はいなかった。ノーサイドである。ラグビーのノーサイドとはちょっとニュアンスが違う!勝者も敗者もいない泥試合という意味でのノーサイドである。
debate には、相手を打ち負かすように討論する、というニュアンスがあるらしいが、二人とも打ち負かし方をはき違えている!政策論争をしっかりできない現職大統領とそれに挑発されたチャレンジャー。
アメリカ国民の失望感はきっと我々以上に大きいに違いない。大国アメリカの未来は、一体どこへ向かって行くのだろうか?・・・・
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