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2020年03月12日

習一篇−2章4

 翌日、習一は点滴痕に絆創膏を貼り、院内の散歩をした。この散歩は体力作りのためである。また、点滴の除去を担当した看護師の発言も多少は関与する。管の入っていた部分の血が固まるまで、入浴は待ったほうがいいと言われたのだ。病院の浴場は不特定の患者が利用する場所だといい、傷口からなんらかの病気を移されかねない。そのリスクができた習一は看護師の指示にしたがうことにした。ただでさえ自分の体は弱っている。被らなくてよい危険は避けようと判断した。
 習一は看護師の助言を「傷口をぬらしてはいけない」とも解釈し、汗のかかないかるい運動を心掛けた。つらい鍛錬をしたせいで止血がとどこおるのはバカらしい。そのため椅子を見つければ疲れを自覚していなくとも座り、体温が上がらないよう調整した。
 休息の動作だと見なしていた座る、立つが思いのほか習一の足の筋肉を刺激し、動作がにぶってくる。無理をしないことを目下の目標とした結果、三十分も経たずに自分の病室へもどることとなった。
 習一が病室の戸を開けたとき、室内に見知らぬ後ろ姿を発見する。看護師でも清掃員でもない私服の人物で、その頭髪は銀色である。習一はすぐに先日の教師を連想した。だが別人だとはっきりわかった。まず身長がちがう。今回の客人は習一より背が低く、シルエットは背が高めな女性のようである。着ている服も女性物であり、いまの季節は夏だというのにケープを羽織っている。よく見るとケープの布地は薄手のようで、日よけ目的ならば合理的なファッションかもしれないと習一は思った。
「あ、シューイチいた」
 銀髪の女は振りむいた。その顔を見たところ、年ごろは習一と同年で、瞳は緑色。銀髪の教師と同じくらいに肌が浅黒い。教師の瞳の色はどうだったか習一の記憶にないが、それ以外の身体的特徴は共通している。この相似具合をふまえると、両者は兄妹のように見えた。習一はそう予想したものの、いま二人の血縁関係をあきらかにする利点はないため、当たりさわりのない質問をしかける。
「お前、才穎高校の教師の知り合いか?」
「うん。シドの伝言を伝えにきた」
 習一の知らない名前が出てくる。その名が出る直前に「うん」という少女の肯定が入ったため、例の教師のことを指す名詞だと察しがついた。習一がこのように推察をはさまねばならぬ原因は、少女の説明不足のせいではない。昨日、教師が習一に自己紹介をするのを、習一が止めたせいである。
(『今後のやり取りに支障が出ます』……だとか言ってたか)
 あの教師はこの少女を小間使いにすることを視野に入れていたのだろう。少女が教師の呼び名をもちいて習一と会話する状況を見越していたのだ。習一は教師の名を聞いておいてもよかったか、と自己判断を省みた。
 習一は引き戸を開けたまま、部屋の中へ入る。この戸は半端に開けておくと勝手に閉まる設計だ。その仕組みをあてにして習一は出入りしている。
 少女は折りたたんだメモを広げる。紙がかさかさとすれる音と一緒に、引き戸が自力で閉まる音も鳴った。
「期末試験をうけられなかったかわりに、三日間の補習を一週間後にやるんだって」
 教師は再試験の交渉をやり遂げた。習一はその成果におどろかない。予想できたことからだだ。しかし昨日の今日で補習の予定が決まるのは変だと感じた。考えられうる可能性は──
「その補習はオレ以外の生徒も受けるのか?」
「うん、ほかに補習をうける子が二人いるって」
 もともといる落第生候補の救済ついでに習一も、というおまけ扱いだ。そうでなくてはこんなに早く事はすすまない、と習一は腑に落ちた。
「そうそう、退院はいつできる?」
「退院か……」
 習一は少女に言われてはじめて、自分はこの病院をはなれる段階に差し掛かっていることを自覚した。点滴はもう外れた。食事は難なく食えている。もはや治療をほどこされる余地はない状態だ。しかし退院日はまだ聞かされていない。
「点滴が取れたから……そろそろ出ていってもいいとは思うが」
「じゃ、もうすぐ決まるって、シドに言うね」
「断言はするなよ。医者はなにも言ってこないんだ」
 少女は習一の注意をわかったのかわかっていないのか、「うん」とだけ答えた。
「これでおまえの用事はおしまいか?」
「うん、おわり。シューイチからシドに伝えたいこと、ある?」
「ない。聞きたいことはあるが、どうせはぐらかしてくるだろ」
 習一は教師の口の堅さを思い出し、彼への質疑は他者を介さないほうがいいと思った。これで少女を帰らせようかと思ったが、彼女の頭髪を見て、ふと疑問が湧く。
「あ、ちょっと聞いていいか」
「言ってみて」
「おまえの髪、染めてんのか?」
 この指摘は習一自身の髪に当てはまることだ。習一の場合は不品行の可視化のために染髪を行なった。しかしこの少女と教師がそんな理由で染髪しているとは思えない。さりとて自然発生的に薄墨色の髪をもつ人間が生まれる事例は聞いたことがない。それゆえ習一は教師たちが特別な理由で銀髪にしているのだと習一は考えた。
「はじめからこの色。シドもおなじだよ」
 教師らの珍奇な髪の色は生まれつきだという。習一は自分の知識にないことゆえに少女の言葉を信じきれない。だが少女がウソを言っているようにも見えず、予想が外れた習一は「そうか」とつぶやいた。
 伝言役を完遂した少女が帰りの姿勢を見せる。習一の脇を通り、病室の戸口へ行く。習一は彼女の退室を見送らず、さっさと寝台に向かう。習一の足には疲労がたまっており、はやく休みたかった。この疲労には予定外の立ち話も多少関係した。
 習一は寝台に腰かける。少女に別れのあいさつは言っておくか、と顔を上げた。しかし少女の姿はすでになかった。ものの十秒前後で、音を立てずに退室したようだ。習一は引き戸の開閉音が鳴らなかったことを不思議がった。無音で戸を開閉しようとすると、どうしても動作が緩慢にならざるをえない。ゆっくり開けて、ゆっくり閉める。このうごきを数秒でやりとげるのは物理的にむずかしいと思った。
(おっと、そんなことより風呂……)
 浴場の開放時間には限りがある。習一は取るに足らない思索をやめ、入浴支度をした。

タグ:習一
posted by 三利実巳 at 01:00 | Comment(0) | 長編習一 
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