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2017年11月20日

拓馬篇−1章1

 複数の机と椅子が整列した教室があった。そこに四人の若者が鎮座する。教卓には四人を見張る白髪まじりの中年が一人いた。中年へ、もっとも体格のよい男子が話しかける。
「先生、どこまで書いたら帰らせてもらえるんじゃ?」
 男子の口調は年寄りじみていた。これが彼のクセだ。中年の教師は苦笑する。
「半分は埋めてくれ。これも作文の練習だ」
「半分かぁ。きついのう」
 男子は机にひじをつき、頭を抱えた。長い髪をポニーテールに結った女子が「簡単だよ」と男子に言う。
「書く内容は決まってる。『もうしません』とか『迷惑かけてごめんなさい』ってことをいろんな言葉で書けばいい」
 反省文はそういうもんなんでしょう、と女子が教師に同意を求める。教師は「極論は、な」と歯切れ悪く肯定した。
 四人の生徒は一ヶ月前、他校の生徒とのいさかいを起こした。原因は他校の不良が不当にデパート内の一画を占拠したことにある。そこの職員と利用客が不良の存在に耐えているとの情報を生徒たちが得て、乱闘を起こすにいたった。怪我人こそ出なかったものの、同じことが繰り返されては教師一同が困る。それゆえ生徒たちは先月に校長の呼出しを食らった。だがその時点では正式な罰を与えられなかった。ポニーテールの女子が、校長の弱点をたくみに利用したせいだ。
 あれから一月を経た校長はなにをきっかけにしたのか、もう一度乱闘に加わった生徒たちを招集した。あらためて事件を反省させるつもりだ。今回は逃げられない、と監督の中年に宣言された生徒たちは「反省文」と印字された紙とにらめっこする事態になった。
 三人の会話を聞いていた、二番目に上背のある男子が矢庭に立つ。
「オレは悪いことをしたとは思っていませんよ!」
 男子が肩を怒らせた。教師は興奮する動物をなだめるように声色を和らげる。
「まあまあ、お前たちが他人のために行動したことは俺がよくわかってる。本当に悪いのは人様に迷惑をかけた連中だ。警察が協力してくれないから仙谷たちが打って出た、その正義感は褒めたい」
 仙谷は昂ぶる感情をいくらかしずめた。しかし不満の色は消えない。教師が仙谷に対抗して眉をしかめる。
「だがな、殴り合いでの解決は感心しない。もっと穏便にだな……」
「交渉が決裂して武力行使になったんです。最初から喧嘩する気はありませんでした」
「喧嘩したことに変わりない。そんな危ないまねはやめてくれ。それが俺たち教員のねがいだ」
 仙谷は教師の言い分に納得できず、ますます不服そうな顔をする。
「事前に本摩先生たちに言っていたら、誰か手伝ってくれましたか?」
「それは……難しいな」
 本摩は自嘲ぎみに肩をすくめ、すとんと落とす。
「いまの先生方は平和主義者ぞろい。荒っぽいことは不向きだ」
「じゃあオレ達でやるしかなかったんじゃないですか」
「うーむ……お前たちにピッタリな先生はいたんだが、ケガで休養中なのが悔やまれる」
 本摩は思い出したように腕時計を確認した。次に反省文の進捗状況を見る。
「とにかく反省文を書きなさい。前回、呼出しを食らった時にうやむやになったのを、校長が掘り返したんだ。なにを言おうと逃げられん。早く書いて家に帰るといい」
 仙谷はそれ以上反論しなかった。本摩に噛み付いたところで、問題児の監督という貧乏くじを引いた教師をさらに困らせるだけ。そうはっきり理解できたのだ。本摩自身は生徒視点での利口な対応を説いているにすぎない。
 生徒たちは黙って反省文に取り組んだ。女子生徒が一番に書きあげ、紙面の大半を文字で埋めた反省文を教卓に置いた。
「お、小山田が一番か」
「買い出しを頼まれてるので、はやく書きました。提出した人から帰っていいですか?」
 女子は教師の帰宅許可が下りた。女子が片付けを始めると、一字も書けていない男子が口をとがらせる。
「ええのぉ、ヤマダは作文が得意で」
「書くことがないなら日記みたいに、その日あったことを順番に書いたら? 朝起きてから不良を倒したことまで」
「日記ぃ〜? もう一月も経っておるんじゃ、忘れた」
「手に汗握る格闘シーンも?」
「それは覚えてるぞ! ほんじゃ、やってみるか」
 反省文の作成に進展のなかった男子がやる気を出す。ヤマダは「シメに謝る言葉をつけておいてね」と付けたした。彼女がリュックサックを持って退室する。それきり室内はテスト時間に通じる静けさになる。
 次に反省文を書き終えた者は、会話にまったく参加しなかった男子だ。女子が出ていったこの場ではもっとも背が低く、髪の色がやや明るい。
「根岸、お前が一番の被害者だったな」
 本摩は憐れみ半分、からかい半分に言う。鼻の上にそばかすを浮かべた男子は、仙谷の頼みで不良退治に加わった。今回の騒動は不本意での参加だ。
「……面倒事に巻きこまれるのは慣れてるんで、どうってことないです」
 これといった反省点のない男子に仙谷が「拓馬、怒ってるか?」と控えめに尋ねる。拓馬は首を横にふった。拓馬が書いた反省箇所は、仙谷の誘いを断れなかったことだった。
「お疲れさん、帰っていいぞ」
「その前に質問」
 本摩が「ん?」と眉を上げた。
「なんで本摩先生が見張り役なんだ? 俺たちの担任じゃないのに」
 本摩は拓馬らの学年の他クラスの担任だ。本摩が「これは内緒なんだがな」と声をひそめる。
「来年度からお前たちの担任を任された。若手な先生たちには荷が重すぎる、との校長の判断だ。羽田校長は本気でお前たちの意識改革をするようだぞ」
 本摩は快活な笑みを見せた。その表情を推察した拓馬が二択に絞る。
「『意識改革』って俺らが優等生になること? それとも校長好みの生徒になること?」
 本摩が「どっちかと言うと後者だろう」と冗談めいて答えた。この学校において、一般的な優等生と校長の理想の生徒は一致しない。校長が特殊な信条を持つことは学校中に知れ渡っていた。
 拓馬は「また面倒が増える」と気怠そうに言う。そして居残る生徒を尻目にして教室を出た。現在地は二階。一階の生徒玄関へ向かう。
 階段を降りると踊り場でしゃがむヤマダが見えた。彼女は階下を見つめている。視線の先には一階の廊下があるだけだ。
「おい、どうしたんだ?」
 女子生徒は拓馬の顔を見上げた。長い束ね髪が床につくかつかないかスレスレになる。
「あ、タッちゃん……いま、人が通っていって。それで、お辞儀された」
「お客さんなんじゃねえの? べつに珍しくねえだろ」
「目、青かったんだ……」
 青い目の客人はそうお目にかかれない。だが彼女の場合はちがった。
「オヤジさんの付き合いでいろんな外国人を見てるだろ。目が青いくらいがなんだ?」
 ヤマダの父親は海外へ長期間出張する仕事に就いていた。現在は退職して地元の飲食店に勤務中だ。いまでも同じ会社に勤めた世界各地の仲間が小山田家へ来訪する。訪問客には、種々様々な目や肌の色をした者もいた。そのことはヤマダと幼馴染である拓馬が記憶している。
「そっか……変だよね。……じゃ、帰る」
 上の空のヤマダがすっくと立ち上がる。彼女は一人で玄関へ向かった。普段なら拓馬に「一緒に帰る?」と、彼女が寄り道する用事があっても聞くのだが。
(あれは目の色に引っ掛かってるんじゃねえな)
 拓馬は十数年に渡る古馴染みの異変を見逃さなかった。彼女が口にしなかった原因を予想してみて、かるい自己嫌悪におちいる。それは校長じみた陳腐な発想だった。

タグ:拓馬
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