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2014年04月21日

霊使い達の始まり 火の話・後編

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 作成絵師 ぴえーる様(渋 user/30338 スケブ https://skeb.jp/@pieiru

  こんばんは。土斑猫です。
 ・・・お、終わった。火の話・後編、やっと終わりました。
 こんな長くなるとは思わなかった・・・。相変わらず、構成が下手だなぁ・・・。何とかせんと。
 プログリニューアル前の文字制限から見ると、大体三話分の分量です。
 エライ長くなってしまいましたが、よろしければお付き合いくださいませ。
 では、下記の事を承知の上で「続く」からどうぞ。


  この小説はフィクションであり、実在のストーリー、設定とは本当に絶対、何の関係も他意もありません。


                 ―火の話・後編―


 空には、大きな月が浮いていた。
 夜の世界に降り注ぐ、あえかな光。
 それが照らし出すのは、むき出しになった地肌。
 動物も。
 植物も。
 そして、恐らくは一握りの土くれに住まう微生物でさえも。
 全ての命が、焼き尽くされた世界。
 何もかもが居なくなったそこは、荒れ果てつつも一種澄み通った静謐ささえ感じさせながら、時の流れにその身を委ねていた。
 と、降り注ぐ月の光以外に存在するはずのないものが、夜の薄闇の中に浮かび上がる。
 ユロユロ・・・ユロユロ・・・
 囁く夜風の中、静かに瞬く光。
 ―『闇をかき消す光(シャイニング・ウィスプ)』―
 闇にわずかな光を灯す、簡易魔法。
 今にも夜闇に溶け消えてしまいそうな、弱々しい光。
 けれど、今そこにいる二人にとっては、確かな心の拠り所だった。
 「・・・お姉ちゃん、怪我、大丈夫?」
 二つの影の一つ、ヒータが光を挟んで向かい側に座る少女に声をかける。
 先刻目の当たりにした惨劇のせいか。
 それとも、自分が犯した所業のためか。
 その声にはまだ、怯えと混乱の色が濃い。
 「なーに。どうって事ないのぜ。旅してりゃ、こんな傷なんてしょっちゅうなのぜ。」
 彼女を動揺させない様に努めて優しい声音で言うと、ファイヤーソーサラーは包帯を巻いた脇腹を押さえた。
 「・・・ごめんなさい・・・。」
 「だから、謝るなって。これは、オレが受ける当然の報いだったのぜ。むしろ、この程度で済んで御の字なのぜ。」
 「・・・・・・。」
 答える事はせず、俯くヒータ。
 膝を抱え、縮こまる姿はあまりに儚く、まるで今にも消え去ってしまいそうだった。
 無理もない。
 たった一日の間に、この少女は全てのものを失ったのだ。
 生まれ育った世界。家。そして両親。
 それは、幼いその身にはあまりにも重く、あまりにも残酷な現実。
 ソーサラーは、黙ってその姿を見つめる。
 つつけば、容易に崩れてしまうであろう程にひびけたその心。
 それは、痛いほどに理解出来た。
 だけど。
 それでも。
 その事を理解した上でなお、彼女にはやらなければならない事があった。
 「・・・ヒータ・・・。」
 少女の、名を呼ぶ。
 「・・・・・・?」
 顔を上げるヒータ。
 虚ろに濁った瞳が、ソーサラーの胸を刺す。
 「こっちに、来るのぜ。」
 「・・・・・・?」
 小首を傾げながら、それでもフラリと立ち上がるヒータ。
 そのまま、ふわつく様な足取りでソーサラーに近づいてくる。
 「座りな。」
 言われるままに、腰を下ろす。
 そんな彼女に向かって、ソーサラーは言う。
 「手を、出して。」
 「・・・何をするの?」
 「いいから!!」
 戸惑うヒータ。
 しかし、急に厳しさを帯びた声にビクリとして右手を上げる。
 おずおずと差し出される、小さな手。
 それに、ソーサラーが自分の手をそっと重ねる。
 「少し、ジッとしてるのぜ・・・。」
 そう言うと、ソーサラーはそっと目を閉じる。
 すると、その身体が淡い緑の光を放ち始めた。
 「!?」
 突然の事に、ビクリと震えるヒータ。
 そんな彼女を落ち着かせる様に、言葉が響く。
 「大丈夫なのぜ・・・。楽にしてろ・・・。」
 その言葉に従い、ヒータは震える身体を鎮める。
 と、奇妙な事が起きた。
 ソーサラーの身を包んでいた光が、つながった手を通してヒータの身体に移り始めていた。
 同時に、何かがヒータの頭の中へと流れ込んでくる。
 それは、大量の。
 あまりにも大量の”情報”だった。

 奇妙な模様。
 円陣。
 文字。
 言葉。
 音。
 光。
 闇。
 構築式。
 知識
 意味。
 痛み。
 快楽。
 希望。
 絶望。
 そして、朱い。
 朱い。
 朱い、炎・・・。

 気がつくと、ヒータは地面に崩れ落ちていた。
 かがめた背に感じる、温もり。
 「大丈夫か?」
 上からかけられる、労わりの声。
 それに応じて、顔を上げようとしたその時―
 ズキンッ
 脳内を襲う、猛烈な痛み。
 頭の中で、何かがクワンクワンと鳴り響く。
 胸の奥が焼け付く様に蠢き、のたうち回る。
 こみ上げて来る物を抑える事が出来ず、ヒータは嘔吐した。
 苦しかった。
 えづき、咳き込む背中を、添えられた手がさする。
 「落ち着くのぜ。ゆっくり、息をして・・・」
 言われた通りにしようとするが、呼気が喉を通らない。
 代わりに上がってくるのは、焼け付く様な熱い塊。
 次から次へと溢れ出る吐瀉物にむせ込みながら、ヒータは泣いた。
 熱い。
 熱い。
 熱い。
 もう、何が何だか分からなかった。
 猛る熱感に翻弄される苦しみに、泣きじゃくるヒータ。
 その背を、ソーサラーは黙ってさすり続けた。


 半刻もした頃、ようやくその苦しみは収まった。
 「・・・悪かったのぜ・・・。」
 苦痛の残滓に放心しているヒータに向かって、すまなそうに。
 本当にすまなそうに、ソーサラーは謝った。
 「・・・何を、したの・・・?」
 「術の、継承式・・・。」
 荒く息をしながら問うヒータに、ソーサラーはそう答えた。
 「継承・・・式・・・?」
 訳が分からないと言った態のヒータに対して、ソーサラーは続ける。
 「本当は、相応の鍛錬をしてからじゃないとやっちゃ駄目なのぜ・・・。だけど、今は時間がなかったから・・・。苦しかったよな・・・。」
 「?・・・?・・・?」
 やっぱり、分からない。
 ヒータは要領を得る事が出来ず、ただただ困惑する。
 そんな彼女に向かって、ソーサラーは言う。
 「聞くより、試した方が早いのぜ。」
 言葉とともに、その手が再びヒータの手をとる。
 ビクリ
 先刻の、焼け付く苦しみが蘇る。
 思わず振り払おうとするが、彼女の手は離れない。
 「・・・怖がらなくて、いいのぜ。」
 少し悲しげな声でなだめながら、ヒータの手を返す。
 そして―
 「ヒータ、”唱えて”みな。」
 彼女は穏やかに、そう言った。
 「え・・・?」
 ポカンとするヒータ。
 「呪文だよ。”呪文”。」
 「じゅもん・・・?何の・・・?」
 「魔法の、呪文(スペル)さ。」
 「魔、法・・・!?」
 「そう。もう、お前の”中”にある筈なのぜ。」
 「あたしの、中に・・・?」
 「探して見るのぜ。ゆっくりと・・・」
 言われるがままに、己の内を探る。
 深く。
 深く。
 暗闇を、手で探る様に。
 やがて、何かが触れる。
 心の端。
 精神の欠片。
 魂の、一部。
 そこに、それはあった。
 触れたそれを、握り締める。
 途端―
 それが、意識を這い登る。
 無我を超え。
 有意の領域。
 脳のシナプス。
 曖昧な存在だったそれは、徐々に、けれど瞬く間に、その形(かた)を成していく。
 そして―
 「・・・火蜥蜴の、囁き・・・」
 知らず知らずの内に、口が象り始める。
 「神竜の羽風・・・世に滾りし創生の炎・・・」
 紡ぎ造られていく言葉。
 それに沿う様にして、掌の上に浮かび上がる螢緑の光。
 何?
 何?
 これは、何?
 否。
 知っている。
 ”これ”が何なのか。
 今、紡ぎ組み立てられつつあるものがなんなのか。
 自分はもう、知っている。
 「灼熱の御霊となりて・・・」
 未知の既知。
 形を成す、光。
 魔法陣。
 脳裏に組み上げられていく、構築式。
 唱え上げる、最後の鍵。
 「・・・敵を、撃て・・・!!」
 瞬間―
 バオゥッ
 掌の上の魔法陣に、炎が灯った。
 「!!」
 それまで闇を照らしていた『闇をかき消す光(シャイニング・ウィスプ)』の何倍も強い光が、辺りを散らす。 
 「朱色の炎か・・・。綺麗だな。」
 眼前の炎を呆然と見つめるヒータに向かって、ソーサラーは静かにそう言った。


 「・・・これ、何・・・?」
 「『炎の飛礫(ファイヤー・ボール)』。お前の、魔法だ・・・。」
 「あたし・・・の・・・?」
 「そう。オレが、お前に継承した。」
 「あたしの・・・魔法・・・。」
 魔法。
 まほう。
 ま・ほ・う。
 その言葉の響き。
 それが、持つ意味。
 それが、自分にもたらしたもの。
 不意に脳裏に蘇るのは、一つの映像。
 燃え盛る、二つの焔柱。
 その中で、微笑む顔。
 焼け落ちていく、その身体。
 そして。
 そして―
 ヒータの身体を、怖気が貫く。
 「いやぁ!!」
 思考より早く飛び出るのは、拒絶の言葉。
 暴れ始めるヒータの手を、ソーサラーの手が一層強く握る。
 「嫌だ!!嫌だ!!嫌だ嫌だ嫌だ!!」
 「落ち着くのぜ!!」
 「いらない!!こんなのいらない!!いらないいらないいらないいらない!!」
 「逃げるな!!」
 そう叫びながら、ソーサラーは燃える炎ごとヒータを抱き締めた。
 熱に炙られた皮膚が悲鳴を上げるが、気にも止めない。
 「頼む・・・。逃げないでくれ・・・。」
 言いながら、抱き締める腕に力を込める。
 「・・・これは、これからお前がこの世界で生きていくのに、きっと必要になる。だから、受け入れてくれ。」
 それでも、ヒータの震えは収まらない。
 カタカタと震える小さな身体。
 それを抱きしめながら、ソーサラーはゆっくりと教え諭す。
 「・・・思い出すのぜ。確かに魔法(これ)はお前の大切なものを奪った。だけど、あの時お前を守ってくれたのも、魔法(この力)だった筈だ・・・。」
 「・・・・・・!!」
 そう。
 その言葉は正しかった。
 あの時。
 狂気の災禍に囲まれた、あの中で。
 自分を守ってくれた、焔の剣陣。
 猛々しく燃えながら、それでも優しくこの身を守ったあの炎。
 それは、彼女の母が紡いだ想いの術。
 身に蘇る、あの温もり。
 目を閉じて、その感覚を思い出す。
 いつしか、手の中の炎はその熱を温もりへと変えていた。
 ソーサラーの腕の中で、ヒータはその温もりを胸に抱く。
 優しい熱が、小さな胸の中に静かに染みて消えていった。


 「ヒータ、よく聞くのぜ。」
 ようやく落ち着いたヒータに向かって、ソーサラーは言う。
 「『炎の飛礫』(これ)を渡したのは、お前自身の身を守るためだ。だけど、それだけじゃない。」
 「・・・・・・?」
 怪訝そうに顔を上げるヒータを見つめながら、彼女は続ける。
 「何で、オレ達は町に降りずに山(ここ)に留まってると思うのぜ?」
 「何故って・・・。」
 小首を傾げるヒータ。
 それに構わず、ソーサラーは、淡々と言葉を紡ぐ。
 「パラサイドの潜伏期間は、数時間から一日。つまり―」
 ソーサラーは一瞬目を伏せると、もう一度ヒータの方をしっかりと見た。
 「”オレ達はまだ、その期間を抜けてない。”」
 「!!」
 「分かるのぜ?」
 ソーサラーの目が、鋭く光る。
 「もし、明日の昼までにお前が発病したら、オレがお前を焼く。その代わり、オレが発病したその時は―」
 「――っ!!」
 容易に察せられる、次の言葉。
 それを察した、ヒータの身が強張る。
 「お前が、オレを焼け・・・!!」
 ゴクリ
 緊張に乾いた喉を、苦い唾液が下り落ちた。


 その夜、時間は酷くゆっくりと流れた。
 いつ明けるかも知れない闇の中、一睡もする事なく過ごす二人。
 互いの鼓動さえも聞こえる様な静寂の中、夜は深く深く更けていった。


 結局、何事もないままに夜は明けた。
 けれど、座する二人は動かない。
 一言も発さぬまま、お互いを見つめ合う。
 一刻。
 二刻。
 緩やかに。
 けれど確実に。
 時は流れていく。
 そして、いつしか日は天頂高く登っていた。


 「おし!!」
 そんな声と共に、ソーサラーがその腰を上げる。
 「もう、大丈夫なのぜ。」
 「・・・大丈夫、なの・・・?」
 おずおずと尋ねるヒータに、彼女は微笑みながら頷く。
 「お互い、運が良かったぜ。」
 そう言って、ヒータの頭をクシャクシャと撫でる。
 乱れた朱毛を気にしながら、幼い少女はハァと胸に溜まっていた澱を吐き出した。
 「・・・これから、どうするの・・・?」
 「そうだな・・・。取り敢えず、町に戻るのぜ。」
 置いていた荷物から携帯食を引っ張り出しながら、ソーサラーは言う。
 「町・・・?」
 「ああ。」
 露骨に不安そうな顔をするヒータに向かって、ソーサラーは続ける。
 「昨日の事を報告しなきゃいけないし、お前の身の振り方も考えなくちゃいけないのぜ。」
 「・・・・・・。」
 「そんな顔しちゃいけないのぜ。お前にとっちゃ嫌な連中の居場所でも、お前の両親(あの人達)が”愛した”場所だ。」
 「お父さんと、お母さんが・・・」
 「慣れるまで少し辛いかもしれないけれど、きっと好きになれるのぜ。お前もな。」
 そして、引っ張り出した携帯食をヒータへと渡す。
 「・・・食べたくない・・・。」
 「駄目だ。食え。食わないと、身体が動かないのぜ。」
 そう言われ、ヒータはモソモソと口にし始める。
 その様子を見て頷くと、ソーサラーは自分の分も出そうと荷物を覗く。
 「・・・・・・!」
 大きく膨らんだザック。
 乱雑に詰め込まれた品々の中、一番上に置かれた桜色の包み。
 他のガラクタに押されて潰されない様、大事に入れられたそれ。
 取り出して、包みを解く。
 中に入っていたのは、見た目に可愛く彩られたサンドイッチ。
 けれど、挟まれたレタスは茶色く萎れ、パンにはうっすらと青いものが生えていた。
 少し嗅いでみると、ツンと酸っぱい臭いが鼻をついた。
 (お弁当、傷まないうちに食べてね。)
 頭を過ぎる、優しい声。
 「ごめん、おばさん・・・。」
 寂しげなソーサラーの声が、そよぐ風に流れて消えた。
 

 サク・・・サク・・・
 焼けた土を踏み締める音が、静かに響く。
 ソーサラーとヒータは燃え尽きた山を、麓の町に向かって下っていた。
 邪魔する草木が、軒並み灰となった山路。
 歩き易くはなったものの、照りつける夏の日差しを遮るものもまた消えていた。
 「ハア・・・ハア・・・」
 荒い息を吐くヒータ。
 流れる汗が、その頬を幾筋も下り落ちる。
 と、
 フワリ。
 その頭に被せられる、黒いつば広帽。
 「ほら。もうちょいなのぜ。頑張れ。」
 自分の帽子をヒータに被せたソーサラーは、額の汗を拭いながらそう言った。


 やがて眼下に遠く、件の町が見えて来た。
 「ほら、あそこなのぜ。」
 示す指先の向こうにあるそれを、ヒータは目を凝らして見つめる。
 「あれが・・・?」
 「ああ。”あの人達”の、故郷だ。」
 笑顔を浮かべて、ソーサラーは頷く。
 「あそこには、あの人達の仲間や友達がいる。ひょっとしたら、親戚も・・・お前のお爺さんやお婆さんもいるかもしれない。」
 「お爺さん・・・?お婆さん・・・?」
 その言葉を聞いた時、何処か虚ろだったヒータの瞳に微かな光が灯る。
 ひょっとしたら、これから会うその人々に、今は亡き両親の面影を見出そうとしたのかもしれない。
 「ああ。きっと、良くしてくれる。あの人達の・・・お前の父さんや、母さんの分まで!!」
 壊れかけた心に、やっと戻った小さな光。
 それを絶やすまいと、ソーサラーはことさら明るく言い放った。


 しかし、それからしばらく。
 町が近づくに連れて、ソーサラーの顔が不審げに曇り始める。
 その様子に気づいたヒータが尋ねる。
 「どうしたの?お姉ちゃん・・・。」
 「おかしいのぜ・・・。」
 足を止めながら、彼女は言う。
 「こんな大事が近場であったんだ。誰かが調べに来て当然の筈なのぜ。なのに、こんなに時間が経っても、これだけ町に近づいても、人っ子一人行き合わない・・・。」
 何か、嫌な予感が胸を過ぎる。
 ソーサラーが足を止めようとした、その時―
 ヒータの手が、彼女の袖を引いた。
 「お姉ちゃん・・・。あれ、何・・・?」
 言われて向けた視線の先にあったのは、黒く焼け焦げた物体。
 近づいてみると、それは大きな鉄の檻。そして炭化した台車の残骸だった。
 「何だ、こりゃ?何で、こんなモンが・・・?」
 そう呟いた時、彼女の目が微かに見開いた。
 横倒しになった檻。その入口に刻まれた紋章。それに、ソーサラーは見覚えがあった。
 それは、一昨日訪れた場所。
 そして、今向かっている所。
 そこで、嫌と言う程目にしたもの。
 「あの町の・・・”国”の紋章・・・?」
 慌てて、檻の全容を見直す。
 大きな、大きな、大きな檻。
 それを形成する鉄の棒は太く、固い。
 実際、ヘルフレイムエンペラーの業火にも耐えた代物。
 並のモンスターでは、壊すどころか傷を付ける事すら出来ないだろう。
 モンスター?
 そう。これは、モンスターを輸送する為の檻。
 なら、中にいた筈のモンスターはどうした?
 あの業火で残滓も残さず、焼き尽くされた?
 いや。ここは爆心地からは大分離れている。
 いかに炎獄帝の炎と言えど、威力は弱まる筈。
 実際、木で出来た台車はかろうじてとは言え、その形を保っているではないか。
 影の跡すら残さずに消え去るなど、ある筈がない。
 では、何故?
 簡単だ。
 あの爆発が起きた時、この檻の中にはもう、モンスターはいなかったのだ。
 そう。
 そのモンスターは、放たれていた。
 何処に?
 決まっている。
 この山(ここ)にだ。
 では何故?
 何故、そんな事をする必要がある?
 昨夜の、ヒータの言葉が思い浮かぶ。
 あの二人は山に移り住んで以来、国の徴兵を拒み続けてきた。
 それは、国の支配者―”王”の目にはどの様に映っただろう。
 不敬?
 反抗?
 もしそれを、”王”が不快と感じていたら?
 もしそれを、”王”が不許と考えていたら?
 急に湧き出たモノ。
 在る筈のないモノ。
 パラサイド。
 生物兵器。
 媒体。
 消えたモンスター。
 紋章の刻まれた、檻。
 ”国”の、関与。
 頭の中。
 組み上がっていく、理論。
 目眩がした。
 暑さのせいではない。
 証拠に、身体は酷く冷えていた。
 馬鹿な。
 馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な―
 あの二人は、国を愛していたのだ。
 命を拒絶したのは、全て娘(ヒータ)のため。
 決して、国に唾を吐いた訳ではない。
 それなのに。
 それなのに。
 子を想う、親の心。
 それを理解し得ない程に、この国の王は愚かだと言うのか?
 決して短くはない時を、己に捧げた者に対する答えがこの仕打ちか?
 だとしたら。
 あまりにも。
 あまりにも―
 ・・・否。
 否。
 否。
 否。
 あの二人の退役を認めたのは、他の誰でもない。
 王自身ではないか。
 それを今更こんな形で咎めるなど、理不尽を過ぎて狂気の沙汰だ。
 矛盾。
 矛盾。
 矛盾。
 頭の中で、否定と肯定が尾を噛み合ってグルグルと巡る。
 まとまらない思考。
 彼女が、二度目の目眩を覚えようとしたその時―
 「お姉ちゃん!!」
 唐突に響く、ヒータの声。
 悲鳴にも似たそれが、ソーサラーを我に返す。
 「―――っ!?」
 いつの間に近づいたのだろうか。
 いつしか二人は、黒く光る鋼の群れに囲まれていた。


 ガシャ ガシャ ガシャ
 重く軋む足音を立て、鋼の人型が迫る。
 「・・・・・・!!」
 「ヒータ。オレの後ろにいるのぜ。」
 怯えるヒータを己の後ろに回し、ソーサラーは人型の群れを睨む。
 自分達を囲む者。
 その姿に、彼女は覚えがあった。
 「・・・『鉄の騎士(ギア・フリード)』?魔法都市(エンディミオン)の警備兵が何でこんな僻地の国に・・・?」
 「何者か?」
 不審に思うソーサラーに、鋭い声がかけられる。
 見ると、ギア・フリード達の列の後ろから別の人影が前に出てきた。
 現れたのは、全身を真紅の鎧で包んだ戦士。
 彼は鋭い目でソーサラー達の姿を確認すると、厳かな口調で話しかけてきた。
 「私は、『魔導戦士ブレイカー』。この隊の長を務めている。君達は何者か。旅人か?それとも”かの国”の住民か?」
 「・・・オレ達は・・・」
 どうやら敵意はないと見たソーサラーは、質問に対して素直に答える事にした。
 余計な事をして、事を面倒にするのは得策ではない。
 淡々と、昨日起こった事を話す。
 「炎術師(ファイヤーソーサラー)?それでは、この山を焼いたのは君か?」
 「ああ。あの状態じゃ、そうするしか手がなかったのぜ。何か、問題でもあるか?」
 「いや。お陰で被害が広がらずにすんだ。しかし、と言う事は君達はその災禍の中にいたのだな。」
 「言った通りなのぜ。」
 「そうか・・・。」
 途端、ブレイカーが剣を抜いた。
 「「!?」」
 「失礼する。」
 鋭く一閃する刃。
 「―――痛っ!!」
 防御する間も、庇う間もない。
 次の瞬間には、ソーサラーとヒータの手に赤い線が入っていた。
 顔をしかめ、傷を押えるヒータ。
 「・・・何するのぜ・・・?」
 その身にザワリと殺気を湧かせながら、ソーサラーはブレイカーを睨む。
 「オレはともかく、ヒータ(この娘)は大切な忘れ形見なのぜ。手を出すって言うのなら・・・」
 しかし、当のブレイカーはそんな彼女の殺気を柳の様に受け流しながら、剣先に付いた赤いものを確かめていた。
 「・・・確かに、”感染”はしていない様だ。無礼をした。すまない。」
 そう言って、深々と頭を下げる。
 「・・・潜伏期間は過ぎたって言ったのぜ・・・?」
 ブレイカーの真意を理解したソーサラーは、殺気を収めながら、それでも剣呑な口調で抗議する。
 「それでも、場合が場合。念には念を押す必要がある。」
 「・・・とにかく、疑いは晴れたのぜ?だったら、いい加減そこを通して欲しいのぜ。オレ達は、あの国に用があるのぜ。」
 しかし、行く手を阻むギア・フリード達は動かない。
 「残念だが、それは出来ない。」
 もの言わぬ鉄の騎士達。
 その代わりに、ブレイカーがそう告げる。
 「どう言う事なのぜ?」
 「見て見るがいい。」
 そう言って、彼は何かをソーサラーに差し出す。
 渡されたもの。それは、直接石から削り出した様な風体の無骨な望遠鏡。
 『古代の遠眼鏡』と呼ばれる、魔法アイテム。
 本来は相手の魔法式を読み取るためのものだが、普通の望遠鏡としても使える。
 「・・・・・・。」
 促されるまま、ソーサラーは遠眼鏡を覗く。
 「―――――っ!?」
 千里を見通す筒の先。
 そこは、悪夢に染まっていた。
 町は、酷く荒れ果てていた。
 ほんの二日前、自分が訪れた場所とは思えぬ程に。
 無残に破壊された建物の間。
 血や嘔吐物の散った跡のある道。
 その至る所に、蠢く人影があった。
 蠢く?
 そう。それは、蠢くと言う表現こそが相応しい。
 なぜなら、そこを徘徊する人影は、もはや”人”ではなかったのだから。
 耳。
 眼孔。
 虚ろに開いた口。
 そして、身体中の皮膚。
 それらを破り、飛び出し、のたうつ節足。
 触手。
 目を覆う様な、おぞましい姿。
 ―パラサイド―
 それは、紛う事なく昨日見た地獄の再現。
 大人も。
 子供も。
 家畜達も。
 視界に入る動くもの、全てが侵されていた。
 カタンッ
 遠眼鏡が手から落ちる。
 絶句するソーサラーに、ブレイカーが言う。
 「夜明け前、この国(ここ)を訪れた旅の魔術師が『D・Dクロウ』を使って通達してきた。感染はもはや、この国の中枢にまで及んでいる。」
 「中枢って事は・・・王宮もか!?」
 「『千里眼(インフィニテリー・アイ)』による無限透視を行った。王宮の中にも、無事な者はいない。王も、王妃も、その血族もだ。」
 「そんな・・・。」
 ガックリと座り込むソーサラー。
 「何で、こんな事に・・・?」
 「・・・二年ほど前、あの国の領主が代わった。」
 誰ともなしに呟いた問い。
 それに答える様に、ブレイカーは続ける。
 「前代の王は良識を備えた王だったが、次に王座についた王はかなりの野心家だったのだ。近隣の国を征服して、領地を増やそうとしていたらしい。魔法都市(エンディミオン)でも警戒していた。その矢先のこの有様だ。大方、戦の手段の一つとしてパラサイド(あれ)を利用しようとしていたのだろう。」
 兜の下からのぞく瞳が、忌々しげに歪む。
 「もっとも、代価は高く付いたがな。」
 そう言って、彼は言葉を切った。
 ああ。そう言う事か。
 心の内で、ソーサラーは納得する。
 王の態度が変わったのも。
 パラサイドなどという、自然においてはイレギュラーでしかない存在が現れた事も。
 全てはそれで説明がつく。
 けれど―
 「馬鹿・・・野郎が・・・!!」
 そんなくだらない野心の為に、犠牲となったもの。
 それの、何と大きな事か。
 数多の幸せ。
 数多の想い。
 数多の未来。
 もう、戻らない。
 戻せない。
 願わくば、かの王の魂には冷酷なる冥王の裁きを。
 愚かしい事と知りながら、それでもソーサラーは願わずにはいられなかった。


 「・・・これから、どうなるのぜ・・・。」
 「この地を、浄化する。」
 疲れ切った声で尋ねるソーサラーに、ブレイカーはそう答える。
 「浄化・・・?」
 「今は”感染”に耐性のある鉄の騎士(ギア・フリード)による包囲と、『虫除けバリアー』による封じ込めで外界への流出を防いでいるが、いつまでもそうしている訳にはいかん。」
 「だけど・・・浄化って、どうやって・・・」
 「すぐに分かる。」
 そう言って、ブレイカーは空を仰ぐ。
 途端、それまで日が差していた山肌に昏い影が落ちた。
 「!?」
 思わずソーサラーも天を仰ぐ。
 その視線の先にあったのは―
 「な・・・!?」
 出かけた言葉が、詰まる様に立ち消える。
 上げた視線の先にあったもの。
 それは、巨大な。
 巨大な魔法陣。
 それは、地に落ちる影に国一つを丸ごと収めながら、螢緑の燐光を地に降らす。
 その様は、まるで邪心に汚された大地を憂う、神の涙の様にも見えた。
 「何なのぜ・・・。あれ・・・。」
 「君も魔法使いなら、よく見ておくといい。あれが、我らが主、『神聖魔導王エンディミオン』が極大魔法・・・。」
 呆然と呟くソーサラーに、天を仰いだままブレイカーは語る。
 「『滅閃(ライトニング・ボルテックス)』だ。」
 「―――――っ!?」
 ソーサラーがその意味を理解するよりも早く、天が青白い光を放つ。
 そして―
 ズガァアアアアアアアアアンッ
 大気を切り裂く轟音。
 暗天より下り降りた幾筋もの閃光が、邪性の巣窟と化した国を貫く。
 浄化の光の中、消えゆく人々。
 その叫びを、ヒータとソーサラーは確かに聞いた。


 ・・・数刻後、ソーサラーとヒータは廃墟と化した町を歩いていた。
 辺りに動くものは、一つもない。
 魔導王の放った『滅閃(ライトニング・ボルテックス)』は、かの国に存在した生物として活動するもの全てを消し去った。
 後に残ったのは、主達を失った国の抜け殻だけ。
 そんな町に入りたいと言ったのは、ヒータだった。
 その願いを、ブレイカー達は簡単に了承した。
 もはや、災禍の根は根絶されたという確信があったのだろう。
 町に向かうヒータとソーサラーを残し、彼らは去っていった。
 何の気配も無くなった町を、ヒータとソーサラーは歩く。
 カツカツ
 カツカツ
 通りに敷かれた石畳を踏み締める音が、静寂の中に虚しく響く。
 ―と、ヒータがその足を止めた。
 うつむく様に、足元を見る。
 そこには、小さなぬいぐるみが一つ、転がっていた。
 ヒータはかがみ込むと、それを両手で拾い上げる。
 親の手作りなのだろうか。
 布の端切れを縫い合わせて作られた、少し不格好なそれ。
 よほどのお気に入りだったのだろう。
 全体は手垢で汚れ、色が日に焼けて抜けていた。
 ヒータは、手の中のそれをジッと見つめる。
 「・・・女の子が、いたんだね・・・。」
 呟く様に、言う。
 傍らで見つめるソーサラーは、何も言わない。
 言えない。
 「お母さんも、いたんだ・・・。」
 滲む視界。
 ボタンを縫い付けた、ぬいぐるみの瞳。
 その向こうに、かつてあった自分達の姿を見たのかもしれない。
 朱い瞳から、雫が落ちる。
 それはぬいぐるみの目にあたり、涙の様にその頬へと染みていった。


 夜闇に落ちていく廃墟の中で、ソーサラー達は三日目の夜を迎えていた。
 件の出来事で、気づけば時は午後の半ばを過ぎていた。
 今からの夜行はヒータには無理と判断したソーサラーが、ここでの夜明かしを決定したのだった。
 薪等の燃やすものは、周りの家が蓄えていたものがふんだんにあった。
 無論、家主と呼べる者達は既に亡い。
 空家となった家で夜を越す事も出来たが、流石にそれは気が咎めた。
 比較的視界の効く中央広場。
 そこで彼女達は集めた薪を燃やし、夜を過ごしていた。
 「・・・どうして、こんな事になったのかな・・・。」
 燃える焚き火を見つめながら、ヒータがポツリと呟く。
 「・・・・・・。」
 向かいに座るソーサラーは、何も言わない。
 ただ黙って、薪を火へと焼べる。
 ヒータも、答えを望んでいた訳ではないのだろう。
 そのまま、独り言の様に言葉を続ける。
 「・・・あたしが、強ければ良かったのかな・・・?」 
 「・・・・・・。」
 「あたしが、強ければ・・・」
 「・・・・・・。」
 「お父さんと、お母さんを守れたかもしれない・・・。」
 「・・・・・・。」
 「この国の人達も、守れたかもしれない・・・。」
 ギュウ
 小さな両手が、その中のぬいぐるみを握り締める。
 「あたしが強ければ・・・あたしさえ、強ければ・・・」
 ブツブツと呟き続けるヒータ。
 緋色の髪が揺れるのは、焚き火が起こす気流のせいか。それとも・・・。
 「ヒータ・・・」
 見かねたソーサラーが声をかけようとした、その時―
 うつむいていたヒータが、不意に顔を上げた。
 その目を見たソーサラーが、息を呑む。
 彼女の瞳は、鮮やかな朱に彩られていた。
 炎の色が映ったものではない。
 それを彩るのは、意思。
 強い、強い想いをまとった、意思の色だった。
 
 次の日の朝。朝日に照らされる町の外れに、旅支度を終えたヒータとソーサラーの姿があった。
 「いいのか?ヒータ。」
 「うん。この子も、きっと行きたがってると思うから。」
 そう言うヒータの視線の先には、地面に置かれたあのぬいぐるみ。
 それに向かって、彼女は掌をかざす。
 そして―
 
 「火蜥蜴の囁き 神竜の羽風 世に滾りし創生の炎よ 灼熱の御霊となりて敵を撃て!!」 

 その口が象るのは、朗々と紡がれる呪文。
 展開する魔法陣。
 浮かび上がる、朱色の火球。

 「炎の飛礫(ファイヤー・ボール)!!」

 結ばれる言の葉。
 それとともに、火球が走る。
 朱い光は地面のぬいぐるみに当たり、それを火に包む。
 「気をつけて行ってね。向こうで、きっとみんな待ってるから・・・。」
 送り火の様に天に向かう煙を見つめながら、言う。
 やがて、全てが燃え尽きるのを見届けると、ヒータはクルリとソーサラーに向き直る。
 「行こう。お姉ちゃん。」
 「・・・本当に、いいのぜ?」
 その問いに、ヒータは力強く頷く。
 「・・・分かったのぜ。行こう。」
 そう言って、踵を返すソーサラー。
 その後を、ヒータは追う。
 振り向く事なく。
 躊躇する事なく。
 彼女は、歩く。
 その歩みの行きゆく先。
 そこにある、かの学び舎を目指して。


 ソヨソヨソヨ・・・
 緑の木々の間を、涼やかな風が通り過ぎる。
 穏やかな木漏れ日が差し込む森の中。
 そこに、その舎はあった。
 その一室に、テーブルを挟んで向かい合う二つの人影がある。
 「・・・それで、貴女は魔法使いになって何を得たいのですか?」
 二つの影の大きい方。
 緑色の被り物から長く艶やかな金髪を伸ばし、白い法衣を着た女性がもう一つの影に尋ねる。
 「・・・強くなりたい。」
 尋ねられた小さな影は、幼い声で、けれどはっきりとそう答える。
 自分を真っ直ぐに見つめる、朱色の瞳。
 それを見つめ返しながら、彼女は問う。
 「・・・その意味を分かっていますか?」
 窓から吹き込む風が、互いの前に置かれたティーカップから立ち上るジャスミンの香りを微かに揺らす。
 朱い瞳は、揺るがない。
 「貴女が求めているのは、”力”です。それが、どんな義務と枷を課すものか、理解していますか?」
 「分かってる。」
 微塵も揺るがず、返る答え。
 「分かっていない分は、これから分かる。分かって見せる。だから、力が欲しい。この世界の、許せない事や、おかしい事を焼き尽くす力が。」
 緋色の髪が風に揺られ、炎の様にさざめく。
 「“オレ”は、強くなる・・・。」
 小さな口が紡ぐ。
 幼い心に宿る、強固な決意と想いを。
 「誰よりも・・・何よりも・・・強くなってやる!!」
 力の限り、言い放つ言葉。
 猛る朱の瞳を、蒼い瞳が見つめる。
 しばしの間。
 そして、
 「・・・分かりました。」
 ホウ、と息をつきながら、女性が言う。
 「そこまでの覚悟があるのならば、私はそれに答えましょう。」
 「・・・・・・!!」
 その言葉に、幼い顔がパァと花の様にほころぶ。
 それを見ながら女性―ドリアードはフフ、と微笑む。
 「炎の様な方ですね。貴女は・・・。」
 カタリと席を立つと、ドリアードは目の前の少女に向かって言う。
 「それでは、始めましょう。」
 「”オレ”は、何をすればいい?」
 後を追って立ち上がりながら、少女は尋ねる。
 「まずは、貴女に適した属性を調べます。今後の教育方針は、それによって決めます。」
 「分かった。」
 「修行は、厳しいですよ?」
 「覚悟してる。」
 「さて、その覚悟、追いつきますかね?」
 少し意地悪気に微笑みながら、ドリアードはふと思い立った様に尋ねる。
 「そう言えば、貴方の一人称・・・」
 「何?」
 「”オレ”だなんて、少し不似合いではありませんか?まるで、男の子みたいですよ?」
 「いいの。」
 その問いに、少女はキッパリと答える。
 「これは、”オレ”の誓いの証。目指す強さ。”あの女(ひと)”がいる場所までの、道導。」
 「”あの女(ひと)”・・・ですか?」
 「そう。だから、”オレ”はこれでいい。これで、行く。」
 真剣な顔で言う少女。
 そんな彼女にフフ、と嬉しそうに笑いかけるとドリアードは部屋の扉を開けた。
 「では、行きますよ。ヒータさん。」
 「はい。」
 そんな言葉を残し、二人の姿は扉の向こうに消えた。


 ・・・誰も居なくなった部屋。
 その窓の外に、建物の壁に寄りかかる様にして立つ人影が一つ。
 「・・・参ったのぜ・・・。」
 困った様にはにかみながら、影―ファイヤーソーサラーはポリポリと頭を掻く。
 「・・・そんな大したもんじゃないんだけどなぁ・・・。」
 言いながら、彼女はフイと空を仰ぐ。
 「・・・おじさん、おばさん・・・。あんた達の想いとはちょっと違うかもしれないけど、ヒータ(あいつ)は自分の道を見つけたんだ・・・。見守って、くれるよな。」
 ヒュウ
 その言葉に答える様に、優しい風がその身を抜ける。
 誰かに抱きしめられる様な感覚。
 しばし目を閉じてその感触に身を委ねると、ソーサラーは帽子を被り、壁から離れる。
 「さて、オレもそろそろ行かなきゃな。しっかりやらないと、ヒータ(あいつ)に追いつかれちまうのぜ。」
 苦笑を浮かべながらそう言うと、スタスタと森に向かって歩き出す。
 と、
 「・・・・・・。」
 クルリ
 突然踵を返して校舎に向き直ると、彼女は深々と頭を下げる。
 「先生、ヒータ(あいつ)の事、よろしくお願いします!!」
 しばしそうやって頭を下げると、彼女はパッと身を起こす。
 「よし!!」
 そう言って、もう一度踵を返すと、彼女は再び歩き出す。
 やがて、その姿は森へと消える。
 サヤサヤと吹く風。
 緑の若葉が、手を振る様に静かに揺れた。



                                               
この記事へのコメント
うぽつです!いやーすごいよかったですねー……てゆーか、ヒータ壮絶な身の上じゃないですか!戦う理由も結構明確なような気がする……

ヒータにとってソーサラーの存在がとても大きいものだってのは分かった。ヒータが「強くなりたい」と言ったのはもちろん彼女の影響によるものだけど、ライトニング・ボルテックスを目の当たりにしたことが決め手になったように感じますね。「誰よりも何よりも」って具体的にエンディミオンとライトニング・ボルテックスの事を指してますよね?“あの女(ひと)”の次に目指すものも既に決まっている?

今回、魔法の登場は多め。なんだか普通の戦闘回よりたくさん使ってるような?

ブレイカーつえー。ギア・フリード多っ!
Posted by zaru-gu at 2014年04月24日 00:14
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