こんばんは。土斑猫です。
最近、スランプは大分解消されてきた感はあるんですが、どうもこの「半月」だけがいけません。
なかなか、しっくりくるものが書けない。
ネタ欠もあるんですが、ここしばし試行錯誤の挙句に”らしくない”方面に話を傾けすぎたキライがあるかもしれません。
今回の話が終わったら、本家の本の読み返し(新装版も出ましたし)等行って、しばし色々と考えてみたいと思います。
と言う訳で、「半分の月がのぼる空」二次創作、「想占(おもいうら)」第5話掲載です。
コメントはこちらへ↓
閻魔斑猫の萬部屋
中古価格 |
―5―
開かれた戸の向こうは、淡い光に包まれていた。
そこは板張りの廊下で、外に置いてあったのと同じぼんぼりが等間隔に並び、中に満ちる薄闇を払っていた。
さっきの様に、無駄に不安を煽る様な薄暗い通路じゃない。
優しい光が、妙に目に染みた。
「どうぞ、お上がりください。」
女の子に促され、靴を脱いで廊下に上がる。
踏みしめると、よく磨かれた板がミシリと鳴った。
「こちらでございます。」
女の子が、先に立って歩き始める。
スルスルと滑る様な足取り。
不思議と足音が全然しない。
あたし達の歩く音だけが、ミシリミシリと静寂の中に響いては消えていく。
廊下の脇には、閉められた襖戸が幾つも並んでいる。
広いな、と思うと同時に、さっき見た店の外見を思い出す。
この店があったのは、二つのビルの間。
こんなに、幾つもの部屋が並ぶ程の敷地があったとは思えないのだけど。
一体、どんな構造になっているのだろう。
不思議に思いながら歩いていると、目の前に一際大きな襖が見えてきた。
女の子が立ち止まる。
あたし達も立ち止まる。
女の子は襖の前に座ると、その向こうに向かって声をかけた。
「お嬢様。お連れいたしました。」
「ご苦労さま。」
襖越しに帰ってきたのは、鈴音の様な女性の声。
それも、明らかにあたし達よりも幼い、少女の声。
さっきの様に、冷淡な大人の女性を想像していたので、少し驚く。
少し警戒感が緩んだけれど、まだ油断は出来ない。
子供を表に立たせておいて、裏では大人が手を引いてるなんて事もあり得る。
「失礼いたします。」
女の子が襖に手をかけ、スス・・・と開けた。
思わず身構えたその瞬間―
フワリ
中から漂ってきたのは、甘いお香の香り。
開かれた襖の向こうにあったのは、8畳程の小さな和室。
そこには、綺麗に並べられた座布団が4つと、澄んだ水が湛えられた水盆が一つ。
その水盆の向こうに、”彼女”は座っていた。
「どうぞ、お入りください。」
促され、部屋の中へと入る。
甘いお香の香りと、柔らかなぼんぼりの光に満たされた空間。
何か、とても心が安らぐ。
さっきまでささくれだっていた心の棘が、少しずつ溶かされて行く様な感じがした。
「ようこそ、おいでくださいました。」
穏やかな声でそう言って、”彼女”は両手を畳について丁寧にお辞儀をする。
床につくほど長い黒髪がサララと流れて、お香とは違った甘い香を散らした。
身につけているものは着物。
薄い桜色の地に、花弁の模様を散らした落ち着いた色合い。
歳の頃は12、3歳くらい。
年相応の幼さが残る、綺麗な顔立ちをしている。
その風貌は、長い黒髪や着ているものと相まって、まるで日本人形の様に見えた。
「あの・・・貴女が占い師・・・?」
尋ねてみると、”彼女”は伏せていた身を起こして、
「はい。左様にございます。」
と、そこだけは年にそぐわない、大人びた口調でそう言った。
「どうぞ、お座りください。」
その言葉に従って、各々が座布団の上に腰を下ろす。
その時、あたしはふと気がついた。
”彼女”の視線。
それが、あたし達を見ずに常に空を泳いでいる事に。
よく見れば、その瞳にはあるべき光がない。
「・・・あ・・・」
思わず声が漏れた。
それに気がついたのか、”彼女”が「ふふっ」と微笑む。
「気づかれましたか?」
白魚の様な指が、その目尻を撫ぜる。
「あの・・・目が・・・?」
「ええ。」
あたしの問いに、不快げな素振りも見せず”彼女”は答えた。
「やつがれの”これ”は生来のもの。どうぞお気になさらずに・・・。」
そう言って、“彼女”はまた「ふふっ」と笑った。
「どうぞ。」
「あ・・・どうも。」
さっき案内してくれた女の子が、お茶を煎れてくれた。
茶碗を持つと、程良い熱さが手に染みる。
一口啜る。
少し甘くてほろ苦い味が下っていく。
冷え切っていた胸の内が、ゆっくりと温まっていった。
「・・・随分と、お冷えになっていた様ですね。」
あたし達がホゥと息をつくと、”彼女”がそう言ってきた。
「“外”は、お寒うございましたか?」
優しく、労わる様な響き。
まるで、心を許しきった友人に語りかけられている様な心持ち。
頷くと、”彼女”は「そうですか。」と言って、また微笑む。
「どうぞ。ごゆっくりとお温まりください。」
言われるままに、ゆっくりと、染み渡らせる様にお茶を飲む。
その間、”彼女”はずっと微笑んだまま、見えない瞳であたし達を見つめていた。
コトリ
最後の一人が茶碗を置いた。
女の子が、空になった茶碗を下げていく。
やがて、一段落がつくのを見計らった様に、
「・・・それでは、始めさせていただきます。」
”彼女”がそう言った。
あたしを含めた皆が、再び緊張するのが分かる。
何処か拒絶する様な空気が流れる。
何を今更、と言われるかもしれない。
けれど、やっぱりさっきの出来事は皆の心に深く影を落としていた。
こちらは四人いるのだ。
誰が占って欲しいのか、伝えなければならない。
けど、誰も声を出さない。
・・・いや、出せない。
辺りに満ちる、重苦しくて気まずい雰囲気。
―と、
クルリ
”彼女”が、”あたし”に向かって座り直した。
「占じて欲しいのは、貴女様でしょう?」
見えない筈の瞳が、真っ直ぐにあたし―水谷みゆきを見つめて言った。
マズイと思った。
「は・・・はい・・・。」
みゆきちゃんが、明らかに戸惑った様な声で答えている。
いや、戸惑っているのは彼女だけじゃない。
裕一も司君も、目を丸くしている。
皆が、呑まれかけているのは明白だった。
確かに、今の出来事は不可解と言えば不可解だ。
”彼女”の前に並んでいるのは、あたしを含めて四人。
その内の誰も、占って欲しいのはみゆきちゃんだとは言っていない。
なのに、”彼女”は迷う事なくみゆきちゃんを選んだ。
一見、人智外の所業に思えなくもない。
いや、実際あたしにも何が起こったのかは分からない。
けれど、それで思考を止めてしまったら、さっきの二の舞だ。
何か、タネがある筈。
辺りを見回す。
八畳一間の小さな和室。
両隣りにも後ろにも、部屋はない。
当然だけど、”彼女”とあたし達以外には誰もいない。
あるのは灯りのぼんぼりが二つと、あたし達と”彼女”の間に置かれた水盤だけ。
誰かが隠れてる様子もない。
さっきの女の子は?
今はお茶碗を下げに出ていて、今はいない。
あの娘が何か教えた?
でも、女の子はこの部屋にいた時、”彼女”には一切近づいてはいない。
ずっと、あたし達の後ろに控えてた。
じゃあ、機械?
通信機か何かの類で、密かに情報を”彼女”に伝えていたとか?
視線を”彼女”に走らせる。
でも、その耳に受信機の類の様なものは見当たらない。
それなら・・・
色んな可能性が、浮かんでは消えていく。
それに連れて、大きくなっていく焦りの気持ち。
このままじゃあ、さっきと同じ事を繰り返してしまう。
この世に超常の事なんてありはしない。
なら、今のこれも何かの絡繰。
手の内は分からない。
けれど、どの道こんな奇術紛いの小手先で相手を取り込もうとする輩が、まともなはずもない。
”彼女”も、あの女と同類。
やはり、こんな所に入るべきじゃなかったのだ。
さっきから胸の置くで燻っていた憤りが、またプスプスと火の粉を立て始める。
ポロポロと涙をこぼすみゆきちゃんの顔。それを見て、傷ついていく司君の顔。そして、悔しげに黙りこくる裕一の顔。
そんなみんなの顔が、グルグルと頭の中を巡る。
何とかしないと。
今度こそ、何とかしないと。
だけど、思考は空回り。
焦りばかりがつのっていく。
あたしが、もう一度考えをまとめようとしたその時―
「・・・ご心配はありませんよ。」
静かな声が、耳に響いた。
「――!!」
思わず顔を上げる。
いつの間にか、”彼女”があたしの方を向いていた。
薄い唇が、ニコリと笑う。
「・・・其の想いはやむを得ませんが、ここはやつがれを信用してはいただけませんか?」
その言葉に、今度こそ背筋に冷たいものが走る。
見えない筈の目が、あたしの内を見透かす様に見つめていた。
続く