こちらが今回の中編になります。お気をつけ下さい。
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閻魔斑猫の萬部屋
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「・・・それで、どうしたんだ?」
「みゆきちゃん引っ張って、帰ってきた。」
僕の問いに、未だ憤懣納まらずといった態で里香は答えた。
みゆきはまだ、涙をこぼし続けている。
ポロポロと落ちるそれを、拭う事すら思い至らない様だ。
その隣では、司がどうする事も出来ず佇んでいる。
かけるべき言葉すら、見つけられないのだろう。
なんか、自分まで泣き出しそうな顔だ。
無理もない。
占い師が言った“みゆきを縛るもの”とは、間違いなく司の事だ。
自分が、好きな女の足枷になってるなんて言われた日には、男にとっちゃあ存在を否定されるのと同じ様なもんだ。
おまけに、「捨てなさい。」ときた。
遠回し・・・どころではない。
キッパリと“別れろ”と言われた様なもんだ。
泣きたくなる気持ちも分かる。
ちらりと横を見る。
相変わらず泣き続けているみゆきと、成す術もなく佇んでいる司。
重苦しい空気が、淀む様に溜まっていく。
何か、見ているとこっちまで居た堪れなくなってくる様だ。
「・・・でも、まいったな。その占い師、そんなに凄かったのか・・・。それで、そんな結果が出るなんて・・・」
その淀みを振り払おうとそう言いかけた僕を、里香がギッと睨んだ。
物凄い迫力。
思わず怯む。
「な、何だよ?」
「占ってない・・・」
「え?」
「占ってなんか、いない!!」
半ば怒鳴る様に、里香は言った。
「は・・・?どういう事だよ?」
ポカンとする僕に、里香は大きく溜息をついた。
「“あいつ”が言ったのは、みゆきちゃんの理想は叶わない。それだけよ?」
「お・・・おぅ・・・。」
「それって、塾や学校の先生が言ってた事と、何が違うの!?」
「・・・へ・・・?」
自分でも思ったけど、その時の僕は相当間の抜けた顔をしてたんだろう。
里香が苛立たしげに「あー、もう!!」と額に手を当てる。
「“あいつ”はね、占いなんかしてないのよ!!みゆきちゃんが先生達に言われてた事を、ちょっと言葉を変えて繰り返しただけ!!」
「え?え?」
「まだ分かんないの!?裕一の馬鹿!!」
いや、馬鹿って言われたって、実際何が何だか。
「“あいつ”は占い師なんかじゃない!!ペテン師よ!!」
「で、でもそいつ、みゆきの悩みの事、喋る前に当てて見せたんだろ?だったら・・・」
ガシッ
突然、頭の両側を掴まれた。
そして、
ブンブンブンブン!!
猛烈な勢いで、頭を振られる。
「うわ!?ちょ、おま、何を!!?」
「この大きな頭の中には何が入ってるのよ!?脳味噌、干からびてるんじゃないでしょうね!?この!!この!!この!!」
僕の頭を力任せに振り回しながら、里香は自分の鬱憤を晴らすかの様に怒鳴りつける。
「ちょ、ま、待って!!やめろって!!き、気分が・・・!!」
「うるさい!!うるさい!!うるさい!!」
・・・結局、僕が解放されたのは、たっぷり100回は脳味噌をシェイクされた後だった。
「いい?説明してあげるから、よく聞きなさい!!」
「は・・・はい・・・。」
クラクラする視界と吐気に耐えながら、僕は里香の言葉に耳を傾ける。
「みゆきちゃんと向き合った時、まずあいつが何をしたか覚えてる?」
「えーと。確か・・・名前と生年月日を聞いたんだっけか?」
「名前はどうでも良かったのよ。大切だったのは、生年月日の方。それも、何月何日じゃなくて、西暦。」
「は?何で?」
「みゆきちゃんの、“歳”を知る為。」
そこで初めて、思い当たる。
確かに、件の占い師はみゆきに生年月日を“西暦”から教える様に指示していた。
名前や生年月日なんて、占いでは良く使うファクターだからうっかり流してしまったけど、なるほど。生まれた西暦が分かれば、相手の年齢も簡単に計算で分かる。
「でも、歳が分かったからって、それが何になるんだよ?」
「あいつは、次にこう言ったわ。『悩みがあるわね。』って。」
「だったな。初っ端にそれを当てられて、ビックリしたんだろ?みゆき。」
僕の言葉に、里香はイヤイヤと首を振る。
「今日日、悩みがない人間なんていると思う?そんな事、適当に言えば大体当たる。」
「・・・なるほど。」
言われてみれば、そうかもしれない。
僕にだって悩みの一つや二つ、あるのだ。
今の世の中、悩みのない人間なんて幼い子供くらいのものだろう。
「あれは“触り”。みゆきちゃんの懐疑を緩めて、自分の言葉が染み込み易くするためのもの。そして、その後が本題。」
「『自分が選ぶべき道』ってやつか?」
頷く里香。
「みゆきちゃんの歳の子が、この時期に一番持ってる悩みって、何だと思う?」
「俺達くらいの歳の連中が、この時期に持ってる悩み?」
そんなの決まってる。
僕は留年してるからこそ、まだのんびりしているけど、普通だったら受験生か求職者の身だ。
そんな連中がこの時期に持つ悩みと言ったら・・・。
「・・・あ!?」
自分が思い至った答えに、思わずギョッとする。
「・・・進路!?」
「ほら。裕一でも分かる。」
里香がそら見ろと言った顔をする。
随分と馬鹿にされた様な言い草だけど、返す言葉はない。
「そこで、あいつはみゆきちゃんの悩みに“当たり”をつけたのよ。あえて『自分が選ぶべき道。』なんて曖昧な言い方をしたのは、万が一その当たりが外れていた時の保健。」
言われて、考えてみる。
確かに、いくらその可能性が一番高いとは言っても100%ではない。
だけど、「進路」という限定した言葉ではなく、「自分が選ぶべき道」なんて言い方をすれば、大概の悩みはその範疇に含まれてしまう。
けれど、言われた本人の方はあくまで自分を基準に考える。
今自分が置かれている境遇にあった解釈を、おのずとしてしまうだろう。
そして、結果として「何も言ってないのに、自分の悩みを当てられた。」と思い込んでしまう。
「そう思わせたなら、“仕掛け”は8割方成功した様なもの。自分の悩みを当てられたと思った人は・・・」
「その占い師の事を、無条件で信じる事になるって訳か・・・」
納得。
見事な心理の誘導というやつだ。
「後は簡単。予め用意しておいた言葉をただ言えばいい。」
里香曰く、大概悩みなんてのは理想と現実のズレから生じるもの。
先の「悩み」発言と同じく、投げてやれば相手の方で勝手に受け止めてくれる。
後は「貴女の守護星が」だの、「大きな星が」、だのそれらしい言葉で飾ってやればいい。ちなみに、「行方を遮る」存在に親と先生を出したのは、子供が進路を選ぶ時、大抵一番強く関わってくる存在だからだそうだ。
ここまでくれば、後は誘導尋問だ。
『お前が問いたいのは、自分が理想が叶うのかどうかだろう。』と分かってる振りをして、内容の確認を行えばいい。
これまでの流れで、すっかり心を掌握された相手はまず間違いなく答えるだろう。
『はい』・・・と。
加えて、みゆきは余計な一言まで言ってしまった。
「『どうしても、合格したいんです!!』・・・か?」
里香はゆっくりと頷く。
「それで、あいつは確信を持ったのよ。みゆきちゃんの悩みについて。」
「ああ・・・」
僕は思わず溜息をつく。
狡猾。
あまりと言えばあまりにも、狡猾なやり様だ。
正直、その場にいたのが僕だったとしても、同じ様に踊らされたかもしれない。
今のみゆきみたいな状態なら、尚更だ。
心が弱っている時の人間は、それほどまでに脆い。
そこに付け入るなんて、まるで悪魔の様な所業だ。
しかし、しっかりそれを看破している辺り、里香もなかなかの・・・
ん?
そこまで考えて、僕はある事に思い当たった。
「おい、里香。」
「何?」
「お前、その時点でそこまで分かってたんだよな。」
「分かってた。」
「じゃあ、何でそこでみゆきを連れ出さなかったんだよ!?そうしとけば、みゆきもあんな様には・・・!!」
少なからずの非難を込めてそう言うと、里香はふ、と顔を伏せた。
「ごめん・・・。」
素直に、謝られた。
その顔は酷くしょげていて、らしくないと言えば、あまりにらしくない態度だ。
今度は、僕の方が慌ててしまう。
「え?あ、いや、そんなつもりで言ったわけじゃ・・・」
じゃあ、どんなつもりだったんだと言われればその通りなんだけど。
「あたし、甘かった・・・。」
顔を伏せたまま、里香は言う。
「・・・え?」
「思っちゃったの。例えこいつがペテン師でも、みゆきちゃんの気持ちを楽にしてくれるなら・・・って。」
「は・・・?」
その言葉に、僕は当惑するばかりだった。
3-3に続く