こんばんは。土斑猫です。
いや〜、やっぱり二次創作がないと更新の間が空いてしまいますね。
もう少し、執筆速度を上げられればいいんですけどね〜。なかなか上手くいかないもんです。
と言う訳で、「半分の月がのぼる空」二次創作、「想占(おもいうら)」第4話掲載です。
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閻魔斑猫の萬部屋
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―4―
世界はいつしか黄昏を過ぎて、夜闇に包まれ始めていた。
街灯が、ぼんやりと光りを放ち始める。
少しずつ夜の色に染まっていく街の中を、僕達はトボトボと歩いていた。
4人が4人、うつむいていた。
誰も、言葉を発しない。
いや、発する事が出来なかった。
みゆきはもう、泣いてはいない。
だけど、その表情にはさっきよりも濃い影が色を落としている。
あの後、みゆきには僕が里香からされた話をそのまま教えた。
だけど、それでもみゆきの心が晴れる訳じゃない。
当たり前だ。
あの占い師の言葉が嘘っぱちだと分かったところで、みゆきの抱える悩みが消えるわけじゃない。
胸に詰まったしこりはそのまま。
むしろ、人に対する猜疑心が深まった分悪化したと言えるかもしれない。
暗く濁った視線を下に落としたまま、みゆきは力なく歩を進める。
そのすぐ後ろを歩く司も、同じ様に押し黙っている。
さっきまでは、一生懸命みゆきに話しかけていた。
司なりに、みゆきを慰めようと必死だったのだろう。
けれど、返ってくるのは沈黙だけ。
拒絶感すら感じさせるその様に、とうとう司もかける言葉を失った。
今はただ、みゆきと同じ様にうつむいたまま、その後をトボトボとついて歩くだけだった。
チラリと後ろを見ると、情けなさそうな、そして悲しそうな顔が視界に入る。
大きな身体が、いつもより一回りも二回りも小さく見える。
居たたまれずに目を逸らすと、今度は隣りを歩く里香の顔が目に入る。
口を真一文字に引き結んだ、悔しそうな顔。
その様は、感情が高じて今にも泣き出しそうにすら見える。
彼女のこんな顔を見るのは、初めてだ。
実際、里香が心を痛めているのはよく分かった。
みゆきは里香を責めはしなかったけど、責任を感じているのは明らかだった。
何かしら声をかけようとしたけれど、その言葉が見つからない。
結局、僕も黙って歩くだけ。
情けない。
里香が傷ついているというのに、それをどうする事も出来ない。
どうしようもない情けなさと、悔しさ。
胸が、痛い。
もう一度、後ろを歩く司を見る。
あいも変わらず、しょぼくれた顔。
きっと、その胸の内も僕と同じ思いが渦巻いているのだろう。
きっと、その顔と同じ表情が僕の顔にも張り付いているのだろう。
情けねぇよな。
全く、情けねぇよ。
心の中で司にそう語りかけながら、僕はうつむいて歩く。
誰も何も口にしない。
出来ない。
ただ僕らのトボトボと歩く靴音だけが、夜色に染まった街に響いては消えていった。
そうやって、どれくらい歩いていただろう。
初めに気づいたのは里香だった。
「あれ?」
そんな言葉とともに、立ち止まる。
「どうした?」
その声に、僕達も立ち止まる。
「あれ、何?」
言いながら示したのは、建物と建物の間にある小さな路地。
今の時間帯なら、夜闇に沈んでいる筈の場所。
そこに、ぼんやりと「占」という字が浮いていた。
「・・・・・・?」
よく見て見ると、それは一つのぼんぼり。
それが、淡い光を放ちながら周囲を包む薄闇を照らしていた。
その光の奥にあるのは、古風な引き戸の扉。
「・・・お店?」
誰かがボソリと呟いた。
確かに、「占」と一文字書かれたぼんぼりは看板替わりの様にも見える。
「でも、こんな所にお店なんてあったっけ?」
司の言葉に、皆が頭を捻る。
確かに、昼間に通った時にはこんな場所にこんな店・・・と言うか、建物自体あった記憶がない。
もっとも、昼間は単に見過ごしてしまっただけかもしれないけど。
看板代わりのぼんぼりの光以外、目立った飾りもない作りを見る限りそんな気がしないでもない。
この様相では、ぼんぼりの点かない時間帯には、かえって他の建物の影に隠れてしまうかもしれない。
そんな事を考えていると、司がポソリと言った。
「『占』って事は、これも占いのお店なのかな?」
「「――!!」」
途端、里香とみゆきが身をこわばらせる気配がした。
司がしまったと言う様な顔をしたけど、もう遅い。
ただでさえ重苦しかった空気が、なおさらどんよりと重くなった。
無理もない。
今の二人にとって“それ”は禁句だ。
何しろ、ほんの数刻前にその占いにこっぴどく傷つけられてきたばかりなのだから。
辺りに、どうしようもない沈黙が降りる。
当の二人はもちろん、失言をしてしまった司も後悔の色も露に黙っている。
・・・重い
重すぎる。
それに耐えかね、僕がさっさと帰ろうと言おうとしたその時、
「お待ちしておりました。」
下の方から、そんな声が聞こえて僕達は思わず飛び上がった。
慌てて視線を下げると、いつの間に現れたのだろう。
女の子が一人、僕達の前に立っていた。
歳は、小学校の中学年かそこらだろうか。
小さな身体を落ち着いた感じの和装で包み、背の中程まで伸ばした髪を根元でキュッと纏めている。
その髪をシャラシャラと揺らしながら、女の子は僕達を見上げてニコリと笑う。
「お待ちしておりました。」
また、言った。
何の事か分からずにいると、女の子は促す様に掌をぼんぼりの向こうに向ける。
・・・淡い光の向こうにあった戸が開いていた。
たったの今まで、確かに閉まっていた筈なのに。
4人もいたのだ。戸が開けば、必ず誰かが気づくだろうに。
「”お嬢様”がお待ちしております。どうぞこちらへ。」
ポカンとしている僕達を、女の子はそう言って促す。
「ど、どうする?」
この奇妙な事態に、些か狼狽しながら僕は皆にそう言った。
「ど、どうって・・・」
司が困った様な顔でそう返してくる。
どうもこうもない。
さっき、あんな目にあったばかりなのだ。
占いなんてまっぴらごめんだと、無視して帰ればいいのだ。
・・・だけど、
何故だろう。
足が動かなかった。
いや、別に金縛りとかそういうんじゃない。
身体の何処も、自由に動く。
だけど、足が意思に反して動こうとしない。いや、その意思自体、ここから離れようとしているのかどうか曖昧な感じだった。
一体、何だと言うのだろう。
他の連中を見てみると、僕と同じなのか一様に戸惑った様な顔をしている。
視線を戻すと、例の子供は僕達を待つ様にニコニコと微笑みながら、相変わらずそこにいる。
どうしたものか。
僕が悩んでいると、背後から「その・・・」と言う声が聞こえた。
みゆきだ。
彼女は、続けて言う。
「ここ、占いのお店なんですか?」
その問いに、女の子は頷いて答える。
「はい。」
「あたし達、お金、ないんですけど・・・。」
「結構です。」
その言葉に、僕達は目を丸くする。
「それって、無料(ただ)って事?」
里香が訊いた。
すると、今度は女の子は首を振った。
「”ただ”ではありません。”代価”はいただきます。」
・・・訳が分からない。
「どう言う事だよ?」
今度は僕が訊く。
「代価はいただきます。けれど、それがお金とは限らない。そう言う事です。」
「お金とは限らないって・・・?」
「それは、お客様と”お嬢様”がお決めになる事です。」
そう言って、女の子はまたニコリと笑った。
僕達は頭をつけ、ヒソヒソと話し合う。
「・・・おい。どう思う?」
「お金がいらないって、本当かな?」
「そうは言ってるけど・・・」
「ただより高いもんはないって言うぞ?」
「ただじゃないよ。代価は貰うって言ってたじゃない。」
「金じゃない代価って何だよ?」
「そんなの、訊いてみないと分からないよ。」
「でも、お金じゃない代価って、あんまりいい感じしないんだけど・・・」
「・・・だよなぁ。何か、金の代わりに”身体で払え”とか言われそうだし。」
「裕一、漫画の読みすぎ。でも、いい感じしないのは確かかも・・・」
「う〜ん。」
「う〜ん。」
「う〜ん。」
僕達は、頭を突き合わせて悩む。
―と、
「・・・でも・・・」
そんな声が、僕達の間に割って入った。
みゆきだった。
「代価は、あたし達とお嬢様で決めるって言ってたよね・・・。」
「え?あ、ああ。」
「なら、あたしにも選択権があるって事だよね・・・?」
「みゆきちゃん・・・?」
表情を暗く沈ませたまま、ボソボソと呟く様にみゆきは話す。
「あたし、やってみる・・・。」
「ええ!?」
「お前、まだ・・・」
「だって、こんなの惨め過ぎる!!」
懲りないのかと言おうとした僕の言葉を遮る様に、みゆきが言った。
憔悴した様に暗く沈んだ瞳が、僕を睨む。
その奥に、メラメラと燃える炎。
それを見て、僕は急に不安を覚えた。
やばい兆候かも知れない。
現実によってつけられた傷。それを弄ばれた怒り。
みゆきの心の澱は、もう限界まで溜まりきっている筈だ。
それは、沸々と燃える溶岩の様に吹き出し口を探している。
そこに、唐突に現れた誘い。
それも、自分の心を弄んだ者と同じ筋の者。
ひょっとしたら、そこにみゆきの心は”出口”を見出したのかもしれない。
このまま行かせたら。
そしてもし、その先で先刻と同じ仕打ちを受けたりしたら。
・・・何をしでかすか、分からない。
そんな懸念が、頭を過ぎる。
「あたし、一人で行くから。皆は先、帰ってて。」
有無を言わせぬ調子で、みゆきが言う。
言葉を失う僕達。
しばしの間。
やがて、みゆきが扉に向かう素振りを見せた。
思わず僕が、静止の声をかけようとしたその時―
「・・・分かった・・・。」
里香が、声を上げた。
「行っていいよ。みゆきちゃん。」
「里香!?」
「里香ちゃん!?」
「ただし、」
驚く僕達を他所に、里香はみゆきに向かって言う。
「あたしも一緒。」
「え・・・?」
「もう一度、一緒に行くから!!」
こちらも、有無を言わせぬ迫力。
そんな里香の目も、ギラギラと燃えている。
ああ、そうか。
さっきの事で傷ついたのは、みゆきだけじゃなかった。
里香もだ。
狡猾な大人に翻弄された悔しさ。その所業を阻止出来なかった悔しさ。そして何より、守ると言ったみゆきを守れなかった悔しさ。
彼女も、煮えたぎっていたのだ。
みゆきと同じ様に。
いや。
ひょっとしたら、それ以上に。
だから、思っているのだろう。
今度こそは、と。
「・・・・・・。」
僕は、ハァと溜息をつく。
全く。
全く、こいつらときたら。
頭をボリボリと掻きながら、僕は司を見る。
司も、僕を見ている。
困った様な顔で、苦笑いしている。
どうやら、考えている事は同じらしい。
ああ、面倒だよな。
本当に、面倒な話だよ。
でも。
でも、しょうがねぇよな。
司が、頷く。
僕も、頷く。
そう。
僕達だって、同じ轍を踏む訳にはいかないのだ。
司が一歩踏み出して、みゆきの横に寄り添った。
僕も踏み出して、里香に寄り添う。
ぽかんとしている里香達を差し置いて、僕は女の子に向かって言った。
「4人だぞ。」
やり取りの間、ずっとそこに居た女の子。
彼女は待ちくたびれた様子もなく、僕の言葉に微笑みながら答えた。
「かしこまりました。」
続く