やれやれ。半分の月がのぼる空SS「想占」完結です。
一年前に、何かこれを書く事に限界を感じて一時筆(?)を置いてたんですが、久方ぶりに書いたら割とスムーズに書けました。
休息って大事ね。
半月の二次創作に関しては、またやりたい事も出来てますので、そちらにも手をつけてゆきたいと考えています。
ではでは。
―10―
「裕一、何で!?」
「それは、こっちの台詞だろ!!」
思わず声を上げたあたしに向かって、裕一が怒鳴り返す。
「あの娘が妙な事言うから気になって来てみれば、何やってんだよ!?」
「裕一には関係・・・」
「あるだろ!!思いっきり!!」
あたしの言葉を、彼の声がかき消す。
裕一は怒っていた。
あたしが見た事もないくらい。
激しく。
純粋に。
「お前の命と、俺の未来が等価か知りたいって!?今更、何言ってんだ!!」
あまりにも、真っ直ぐな激情。
その勢いに、あたしはすくみ上がる。
「言ったろ!?約束したろ!?もう、決まってんだ!!そんなもん!!」
そして、その怒りは当然の様に”彼女”に向く。
「お前!!」
裕一の視線が、真っ直ぐに彼女を射抜く。
「したり顔でおかしな事ばかり、言ったりやったりしやがって!!挙句に里香の命が対価だ!?ふざけんな!!」
「裕一!!それは・・・」
止めるあたしの言葉も、今の彼には届かない。
「いいか!!里香は・・・里香の命はな、等価なんてもんじゃないんだよ!!俺の未来なんかより、ずっと・・・ずっと大きいんだ!!」
聞いた瞬間、胸の奥がドクリと疼く。
「それを、里香はくれたんだ!!俺の・・・俺のつまんねー未来と換えてくれたんだ!!」
彼女は黙ったまま、見えない瞳で裕一を見つめる。
「大事なんだよ!!本当の、宝物なんだ!!それを、お前みたいな訳分からない奴に掠め取られてたまるか!!」
そこまで一息に言って、裕一はゼイゼイと肩を揺らす。
「裕一・・・。」
あたしは、ただ絶句する。
しばしの沈黙。
裕一の、荒い息遣いだけが響く。
やがて―
クス・・・クスクスクス・・・
静かに聞こえてくる、鈴を振る様な笑い声。
彼女が、着物の裾で口を隠して笑っていた。
「これは残念。」
「は?」
「“こちら”の方が、足りなかった様ですね。」
ポカンとする裕一に向かって、彼女は言う。
「もう少し、励みなさいな。こんな事では、男が廃りますよ?」
「んな・・・!?」
あんぐりと口を開ける裕一。
と、
ヒラリ
力が抜けたのか、握っていた手から羽が落ちる。
「あ」
思わず手を伸ばす。
その手を掠める様にして、羽は舞う。
ヒラリ
ヒラリ
踊ったそれは、そのまま水盆の水面(みなも)に落ちる。
「「――――!!」」
息を呑むあたしと裕一。
その視線の先で、水を吸った羽がフワリと開く。
まるで、純白の華が咲く様に。
シャン・・・
澄んだ音を響かせて、波紋が広がる。
「あら。」
いつの間にか水面(みなも)に指を浸していた、彼女が言う。
「『比翼連理』、でございますね。」
「ひよく・・・」
「れんり?」
ポカンとするあたし達に向かって、彼女はクスクスと笑いながら教える。
「先だってお話いたしました、比翼の鳥の上位互換版でございます。」
「は?」
「え・・・?」
「これは、ちょっとやそっとでは離れませんよ。」
お互い、お覚悟を。
そう言って、彼女はひどく楽しそうにコロコロと笑った。
スス・・・
細い音とともに、襖が開く。
途端、部屋の中いっぱいに広がる甘い香り。
「あれ?裕一戻ってたんだ。」
クッキーをいっぱいに盛った大皿を盛った司君が、そんな事を言って小首を傾げた。
「あ。」
その傍らで、あたし達の前の水盆を見たみゆきちゃんが声を上げる。
「里香達も占ってもらったんだ。」
どうだった?と言う彼女の言葉に、あたし達は赤い顔で黙るこくるしかなかった。
サクリ
小さな口が、ココア色のクッキーを齧る。
「あら、美味しい。」
そう言って、彼女は顔をほころばせる。
その様は、まんま歳通りの女の子だ。
「美味しいお菓子には、美味しいお茶が必要ですね。」
「かしこまりました。」
阿吽の呼吸で、椛と呼ばれていた女の子がお茶の用意を始める。
何処から取り出したのか、透明なポットにサラサラと茶色い茶葉を入れる。
フワリと漂う香りから察するに、紅茶の様だ。
それを察した司が立ち上がる。
「手伝うよ。」
「大丈夫ですよ。」
「やらせて欲しいんだ。今、勉強してるから。」
司の言葉に、微笑む女の子。
「そうですか?では、僭越ながらご教授などいたしましょうか?」
「本当?」
「はい。」
それを聞いたみゆきも、
「あたしにも出来るかな?」
などと言ってそちらに向かう。
わいわいと、はしゃぐ様にお茶を入れる三人。
それを見ていた里香が、ホッと息をつく。
「もう、大丈夫だね。」
「そうだな。」
僕もそう言って、うんうんと頷く。
これで万事解決だ。
僕がそう締めくくろうとしたその時、
「まだ、終わってはおりませんが?」
後ろから、そんな言葉が飛んできた。
「・・・・・・。」
いや〜な顔をしながら、ゆっくりと振り返る。
そこには、クッキー片手にニッコリと笑う彼女の姿。
「まだ、”対価”を頂戴しておりませんよ?」
「いや、だって、俺達は頼んだ訳じゃ・・・」
「重要なのは結果ですので。」
「で・・・でも・・・ンギャ!?」
さらに言い募ろうとしたら、突然お尻をつねられた。
思わず傍らを見ると、僕のお尻から手を離した里香がしゃあしゃあとした感じで言った。
「裕一、往生際が悪い。」
「でもさ・・・」
「決まりは、決まり。」
ピシャリと言う里香の顔は、言葉にはそぐわず何か嬉しそうだ。
里香が、彼女に聞く。
「それで、何を払えばいいの?」
「そうですね・・・。」
手にしていたクッキーを口に放り込みながら、考える彼女。
しばしの間の後、こう言った。
「・・・物語を、語ってくださいませんか?」
「ものがたり?」
思いがけない提案にキョトンとする僕達に向かって、彼女は頷く。
「あなた方の出会いから、此度に至るまでの事を、語ってくださいな。互いで互いの隙間を、埋め合いながら。」
僕と里香は互いに顔を見合わせ、そしてニッと笑いあった。
「いいよ。話してあげる。」
「長いぞ。覚悟しろ。」
「望む所でございます。」
と、彼女が僕に向かってヒョイヒョイと手招きする。
耳を貸せと言っているらしい。
「?」
身を乗り出して耳を向けると、寄せられた口がこんな事を言った。
(おっしゃりたくない部分は、除いて結構ですよ?)
「――――っ!!」
思わずむせそうになるのを、必死で堪えた。
「・・・どうしたの?裕一。」
「い、いや、何でもない!!何でもないぞ!!」
怪訝そうに訊いてくる里香。
それを誤魔化す僕。
「何やってるんだか・・・。」
言葉と共に流れてくる、紅茶の香り。
呆れた顔のみゆき。
苦笑いする司の手には、紅茶を満たしたカップが乗ったお盆。
「なかなかのお点前で。」
司の足元で、女の子がそんな事を言って笑う。
「先生が良かったからね。」
女の子を見下ろしながら、微笑む司。
パン
彼女が、嬉しそうな顔で手を打つ。
「さ、皆様揃いましたね。それでは、始めましょう。」
クッキーの皿を中心に、輪になった皆。
彼女が、僕と里香を促す。
さて、何を何処から話そうか。
色んな事を思い起こしながら、ふと横を見る。
里香が、こっちを見ていた。
微笑む里香。
僕も微笑む。
そして、僕達はゆっくりと話し出す。
僕と里香が紡ぎ上げ、これからも紡いでいく物語を。
紅茶と焼き菓子。そしてお香の香りが漂う空間。
不思議な夜。
世界はゆっくりと更けていった。
―家にたどり着いたのは、結局10時過ぎ。
当然の様に、こっぴどく怒られた(多分、皆も)。
でも、心は穏やかなまま。
着替える時、服から微かにあのお香の匂いが香る。
それに包まれて、その夜は久しぶりにグッスリと眠った。
悪い夢はもう、見なかった―
それから一週間。
僕と里香は、あの占いの店の前にいた。
いる筈だった。
けれど―
「・・・ここ、だったよな・・・?」
「うん・・・。」
そこには、何もなかった。
建物はもちろん、そんなものが入る空間さえもなかった。
両側の建物。
その双方に、見覚えがある。
間違いなく、あの店はこの二つの建物の間にあった筈。
なのに―
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
そこにあるのは、狭い路地。
本当に、人一人通るのがやっとといった、薄暗くて湿っぽい空間。
何もない。
ある筈もない。
けれど、
「ここだったよ・・・。」
里香が、呟く様に言う。
「確かに、ここだったんだ・・・。」
何処か、寂しげな声。
そして思いは、僕も同じだった。
それからしばらく、僕と里香はその近隣を探してみたけ。
だけど、結果は同じ。
あの店も、椛と呼ばれていた女の子も、そして彼女も。
見つける事は叶わなかった。
結局、釈然としない思いを抱いたまま僕と里香は帰路についた。
並んで歩きながら、僕はポソリと呟く。
「夢、だったのかな・・・?」
すると、里香が言った。
「違うよ・・・。」
はっきりと。
「夢なんかじゃない・・・。」
確信した様に。
「夢なんかじゃ、ないよ。」
「・・・・・・。」
そして、ちょっと間を置いて僕も言った。
「・・・そうだな。」
ヒュウ・・・
僕達の間を、深くなった秋の風が通り過ぎる。
少し鋭さを増したそれから守ろうと、僕は里香の肩を抱き寄せる。
里香は、素直に身を委ねてくる。
お互いの温もりでお互いを守りながら、僕達は歩く。
さて、これからどうしよう。
そうだな。
途中で、出来たてのあっついぱんじゅうでも買うか。
そして、それを一緒に食べよう。
そんな、どうでもいい事を考えながら。
と、また風がひと吹き。
何処から飛んできたのだろう。
紅く染まったモミジの葉が一枚、くるくると舞う。
吹き通る、秋の匂いを乗せた風。
その中にふと、甘い香の香りが流れた様な気がした。
終わり
タグ:半分の月がのぼる空