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2013年09月25日
274. 杉田かおる 野菜・ついに料理も・金八先生 「はなまるマーケット」
司会の薬丸さんとはドラマで夫婦役を演じたことがあります。
「薬丸さんのような素敵な旦那さんが欲しいんですけど、私は運を仕事で使っているようなので…」と杉田さん。「薬丸さんと夫婦役で、最初は私を嫌がって、『好感度が下がる』って感じで」(笑)「…最後の方はとってもいい感じで…」
「今朝のおめざ」は
「プチ・ガトーショコラ」(320円) パティスリー・ユイ (東京都・銀座)
オーガニックな食材にこだわった、お店で人気の1品。しっかりと練り上げられたチョコレートを蒸し焼きにすることで、しっとりとした口当たりに。アクセントとしてクルミとアーモンドのカリッとした食感が楽しめるそうです。
「今、湘南に住んでて、なかなか東京に出てこないんですけど、東京に出てきたら必ず買って帰るんです」「甘いものは苦手なんです。お酒が好きなので…でもこれは大きさも甘さもちょうどよくて…」
オーガニックな食材を買うようになって、そばで販売していたこのお菓子も買ってみたそうです。
「最近、こういうお店にも行かれるようになったんですね…以前は居酒屋にしか行かなかったのに…」と薬丸さん。
「薬丸さんのおかげで食通になって、おかげで健康と食に目覚めました」と杉田さん。
「今、畑もされてるようで…」
「前は薬丸さんのような健康的な人は架空の人だと思ってて…」(笑)「自分が健康的な生活をすると、『こういう生活もいいなあ』と思って…」
野菜が食べられるようになって
「4年前から野菜が食べれるようになって、野菜を自分で作るようになったんです」と杉田さん。
野菜を自然農の畑で育てる塾に通い、そこの松尾靖子先生から「畑をキャンバスのように考えて」「自由にいろんなものを植えたらいい」とアドバイスを受け、借りた畑に、大根や小松菜など、いろいろ植えているそうです。
それぞれの作物の育て方には違いがあり、畑には虫も共生しているのだということを知り、命の尊さも感じるようになったのだとか。
当時、コミュニケーションの難しさから仕事に悩んだことがあり、そんな時に松尾先生から「あなたにはあなたの役割がある、女優として働くのがあなたの役割では…」という言葉をかけてもらって「私は役者としてがんばろう」という気持ちになれたそうなのです。
そういう話をしながら杉田さんの目からは涙が…。松尾先生は去年亡くなられたそうなのです。
先生が亡くなった後も自然農の畑で作物を作る杉田さんです。
ついに料理もするようになって
「なんと去年から料理を始めるようになりました」と杉田さん。「自分の野菜、先輩の作った野菜を食べたいという思いがあって…」「みそ汁、カレーから始まって、朝はスムージーを飲んで…」
話を聞いて薬丸さんはただただ驚いています。
「本当に変わりましたね!1週間のうち、6日は外食で、1日は二日酔いで食べられないと言ってたのに」(笑)
「料理が上手くなったら誰かの胃袋を掴めるかなと…」「長く付き合った彼と別れたばかりで…その思いを今は味わっているところで…」こういう経験も役者には勉強になると考える杉田さんです。
「畑のおかげなのか、別れ上手になって…」
15歳のときに超話題作に
幼いころからドラマに出演していた杉田さん。
最高視聴率39.9%の超話題作「3年B組 金八先生」(第1シリーズ 1979〜1980)に出演したのは15歳のとき。
当時としてはショッキングな、「15歳の母」を演じたのです。相手役は鶴見辰吾さん。やはり15歳でした。
「視聴率が上がるたびに、周りの状況が変わって…」
役が役だけに、変な誤解を受けることもあったのではないでしょうか。
鶴見辰吾さんとは、当時は周りの目を意識して、あまり口も利かず、挨拶もしない間柄だったそうです。
それから33年。今は「親友です。いいライバル…。戦友でもあって…」「今はいい役者さんになって…」
鶴見さん、いろんなドラマや映画にいい役で出演していますよね。
「鶴見くんでも薬丸さんでも、テレビではダンナさんに恵まれている」(笑)「プライべートでは寂しいかも…」
現在、杉田さんのプライベートで愛情を注ぐ相手は、姪のLuLuちゃんです。43歳の杉田さんの妹さんが今春出産。ハーフのLuLUちゃんを産みました。
杉田さんは、4時間の出産に立ち合い、産まれる瞬間も見ました。そのせいか、
「『伯母ばか』になって…」親ばかならぬ、伯母ばかなのですね。
生命の誕生を目の当たりにして、「神聖な気持ちになる…仕事の仕方もちょっと丁寧になった」という杉田さん。
「ちょっとだけですか?」という薬丸さんのツッコミ。
杉田さんのお母さんは来年80歳。80前に孫ができて「100歳まで生きる!」と言っているとか。
毎年ゴールデンウイークには家族で「ゴッドファーザー」を見る習慣があるそうなのですが、「私の中でファミリーとは『ゴッドファーザー』。ファミリーが増えた…私はアル・パチーノの気分」
新作映画『「また、必ず会おう」と誰もが言った』でも重要な役を演ずる杉田さん。仕事だけではなく、恋でもご健闘くださいますよう。できればずっと連れ添える方との出会いがあればいいですね。
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2013年09月24日
273. 雑感2 京都での2日間
いつもは著名人がトーク番組で語った「趣味・お気に入り・こだわり」を記述していますが、本日は厚かましくも私のことを書かせていただこうと思います。
まず22日の日曜日。9/14の「是枝裕和監督」の項で書きました通り、今年もくるり主催の「京都音楽博覧会」に行ってきました。
お昼の12時開演、7時過ぎに終了という野外イベントです。
今年も晴天に恵まれ、あっという間の7時間でした。
くるりは「バラの花」「奇跡」、リップスライムは「楽園ベイベー」、奥田民生は「さすらい」と定番の曲をしっかりやってくれました。本当に嬉しかったです。
大好きな民生さんの「さすらい」がずっと耳についてる状態です。
ビ―ルを飲みながら、流れてきた音楽に耳を傾け、時に立ち上がって手拍子をし、合間に隣にいる妻とウダウダ話をする、本当にのんびりした、ある意味、非日常的な1日でした。
日曜日は京都に1泊したのですが、京都御苑の隣のホテルでしたので、朝食後、御苑を散策することができました。
このところ仕事がらみの外出が多く、疲れ気味の妻とは烏丸で別れ、私は友人と待ち合わせ、2日目の京都を楽しみました。
よしろうこだわりの「京都の歩き方」があり、その道を友人に案内したのでした。
その道をひとことで言いますと「水と山の道」となるのでしょうか…。
阪急河原町駅から地上に出、白川沿いに歩くのです。松岡昌宏さんの好きな「辰巳大明神」でしばし時を過ごし、その後も白川沿いにずっと歩き、平安神宮まで…。途中立ち止まっては清流に目を留め、歓談。
平安神宮では600円を払い、「神苑」を散策。ここは本当におススメです。7代目小川治兵衛の造り上げた広大な池を眺め、鯉に餌をやりながらのんびり過ごします。
「神苑」は入園料がかかるせいか、いつも空いており、ゆったりした贅沢な時間が過ごせます。
その後平安神宮の裏の細道を抜けて、吉田神社に向かいます。汗をかきながら、小高い吉田山の頂上へ。そこに「茂庵(もあん)」という素敵なカフェがあるのです。
ここで初老男子2人は「エビスビール」をまず一気飲み。すぐにおかわりをし、2杯目はつまみを食べながらゆっくりと。景色とビールの気泡を楽しみながら、話が弾みます。
友人は小学1年の同級生なので、もうウン十年の付き合いとなります。お互い、いいオヤジになってしまいました。彼は公教育の要職についているのですが、一緒にいるときは昔と変わらぬ子どものような2人になります。
その後、ゆっくりと下山。夕暮れの鴨川で、残りの時間を過ごそうとなりました。
鴨川近くのコンビニで飲物やおつまみを買い込み、夕暮れの鴨川でトンビの鳴き声を聞いたり、若者がトランペットの練習をしているのを聞いたりしながら、またウダウダとあれこれ話をしました。
「帰りたくないな…」と彼がぽつりとひとこと。楽しい時間は過ぎるのが早いですね。お互い明日からの仕事があるので、暗くなる前に帰路に着いたのでした。
今朝彼から「京都の魅力を再発見しました。ありがとう。」という旨のメールが届きました。
ひとりで行ってよし、2人でもよし、大勢で行ってもよし、と京都は魅力のある街、贅沢な街です。
京都出身のくるりの岸田さんが、ある時、ラジオで「京都でおススメの場所は?」と聞かれ、「街を歩いたり、鴨川沿いを歩いたりするだけでも楽しい」と言ってましたが、同感です。
次の休みがいつになるのかわからないのですが、また新たなお気に入りの道を開拓しようと思っています。
2013年09月22日
272. 小池栄子 「痩せろ」・お笑い志望・恋愛映画・「追憶」 「サワコの朝」
「最近、どの映画にも出てる感じで…」とアガワさん。
「いろんな作品に出させていただいてます…なかなか厳しい監督に出会うことが、この2年くらい多かったです…すごく勉強になります。」
1980年生まれ、32歳。東京出身。
高校在学中にデビュー。グラビア・バラエティ番組で大人気。現在はドラマや映画での演技力が高く評価されています。
「記憶の中で今でもきらめく曲」は
「涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜」 サザンオールスターズ
この曲のPVには小池さんが出演。グラビアを見た桑田さんによる大抜擢だとか。
「緊張してひきつりながらやっている…」と小池さん。
PVを見たアガワさん「どこがひきつってんの?」「満面の笑みじゃないですか?」
確かに。かなりの存在感です。「海の女神」然としてます。
「(グラビアの)仕事やってきてよかった!と思いましたよ」「洋服着てたら声かけてくれなかった…」と小池さん。
確かに、グラビアに出ていたからこそのチャンスですよね。
痩せろと言われて
しかしグラビアアイドルにもオーディションがあります。
「『もうちょっと痩せないと』と言われて…」
小池さん、自費で断食道場に通い、3.5s痩せます。ところが家に戻ってきたら、お母さんのおいしい手料理が待っていました。
「1日で元に戻って…」
「痩せられないので退社」と考えていた小池さん。いろいろ考えた末に「もう一度やらせてください」
「どうして?」
「ここで逃げたら『逃げる人生になるのでは?』と思って…」
そして気持ちを吹っ切ってオーディションに挑んだ結果、どんどん受かるようになったのだとか。
もともとはお笑い志望
小池さん、小学校の卒業アルバムには「お笑い芸人になりたい」と書いたそうです。
「テレビ番組が好きで、バラエティが…」「次女ですから、自分が主役で生きてきたので…」
お姉さんはおとなしいタイプだったので、常に「自分が主役」と思っていたそうです。「道は必ず真ん中を歩く、みたいな…」「お姉ちゃんを主役にはさせない…イヤな子でした」
18歳で女優デビュー。深夜枠のドラマに出ます。ところがその後のオーディションで落ち続けるのです。
商店街育ちの小池さん、「商店街のスター、スターの栄子ちゃん」という感じだっただけに自信喪失。「ものすごく落ち込んで、どんどん卑屈」になっていったそうです。
小池さんには初めてドラマに出たときにある女優さんから受けた、強い印象が刻まれていました。
その女優は余貴美子さん。1対1のお芝居をしたときに「なんだ、この人は?」と思ったそうなのです。
「余さんと過ごした1週間がすごい衝撃で、『このままお芝居を続けたい!余さんと共演したい!』と思って…」
お笑い・バラエティ番組志望だった小池さんを女優志望に変えたのは余さんなのですね…。
仕事はM
小池さんは、自分には無理そうな仕事を選ぶところがあるのだとか。その1つが舞台です。
「『年に一回は舞台をやらせてくれ』って事務所に言っていて…」と小池さん。
バラエティ番組における彼女の明るさ、頭の回転の速さ、空気を読む見事さは誰もが認めるところですが、「私は誰に向けてやってるんだろう?」という疑問も感じることがあるそうなのです。
舞台は観客の反応が直に伝わって来ます。時には辛辣な批評も…。
「辛い仕事に自分を追いこんで行くのが好きで…」
「Mですか?」
「Mですね…仕事ではM。今は音楽劇にチャレンジしてるんです…市村正親さん相手に」「怖いです…でもMなんでしょうね…」
そうやって芸域を広げ、「ここが自分のやりどころ!」というものを見つけて行くんでしょうね…。
バラエティでは確固たるものを持つ小池さんですが、バラエティで培った気の遣い方、空気を読む勘が、演技の上では足を引っ張ることもあるようで…。
「もっとこうやりたい!という芝居をしていない気がする…」気を遣いすぎて自分を出しきれないという…。
「じゃあ、まだまだ余地があるんですね…」とアガワさん。
「今、心に響く曲」は
「THE WAY WE WERE」 映画「追憶」のテーマ バーブラ・ストライサンド
「追憶」のサントラが好きだという小池さんにアガワさんがびっくり!
「この映画は私たちの世代が大学1年のころに封切られ、衝撃を受けたんです」とアガワさん。
愛し合っているのに、人生の目標等、譲りあえない男女の恋と別れを描いた作品に小池さんは感動したようなのです。流れる主題歌とともに、映画のハイライトが映って、小池さんの顔を見ると涙が…。
「こういう映画出て!」とアガワさん。
「出たい!こういう映画に出たいんです!」と小池さん。「恋愛している男女の後ろから包丁を持って近づくような役ばかりで…」(笑)
恋愛映画に憧れる小池さんでした。
ああ、今回も私(よしろう)にとって驚きのラストでした。というのも、私も大学時代、映画館で「追憶」を見て大感動。何度も映画館に通い、バーブラ・ストライサンドの主題歌を買って繰り返し聴きました。このころのバーブラ・ストライサンド、よかったなあ。
その良さが分かる小池栄子さんも素敵だなあ、と思うよしろうでした。
2013年09月21日
271. 木下隆行 グリーンスムージー・半沢直樹・お母さん・サーフィン 「はなまるマーケット」
こんもり大きな人がスタジオに現れたという印象。トトロ?いいえ、木下さんです。
1972年1月16日生まれ。41歳。大阪出身です。昨日の中村獅童さんと学年違いの同い年ですね。
相方は木本武宏さん。TKOを結成して22年になります。
独特のコントを披露するだけではなく、木下さんは映画「ゴールデンスランバー」やドラマ「半沢直樹」などで個性派俳優としても活躍しています。
「今朝のおめざ」は
「グリーンスムージー」木下さんお手製
「相方がハマってまして、体にいいし、ダイエットにもええということで…。最近毎日…」
「どれくらい飲んでるんですか?」
「3カ月くらい…ちょっとずつ。8s痩せたんですよ。(スムージー以外にも)いろいろしてますけど8s痩せたんですよ」
昨日の中村獅童さんも確か8s痩せたとか…。41歳の人の間で「8sダイエット」とか流行ってるんでしょうか。
「いつもの味です…バナナ、キウイ、小松菜入れて…」と木下さん。
「まったく苦くないですね」と薬丸さん。
薬丸さん、スムージーを飲んでいる木下さんのことを「道ばたのおじさんみたい」(笑)確かに。
「でもおいしい」と薬丸さん。
「半沢直樹」に出演
木下さん、「半沢直樹」を2話まで見て大ファンになったそうです。
「あのドラマ面白いわ!」と相方やマネージャーと話しているときに、「半沢直樹」(第6話)への出演依頼の電話があったのだとか。
「ええ!初めは鶴瓶師匠の代役かと…」(笑)
番組プロデューサーの話では、「知的、体育会系、体格のよさ…木下さんしかいない」
木下さん、出演することになった第6話の台本を受け取りましたが、自身も大ファンであるため、「6話を読みたくない、知りたくない」という思いが強く、ついに「自分のセリフだけ覚えた」そうです。
「オンエア見て、『こうなったんや…』」(笑)「スミマセン…好きすぎて」
「NGは無かったんですか?」
「出しました…目の前に大好きなお2人がいてる…笑う場面で笑いが止まらなくて…」と木下さん。
「笑いが長いですよ」とNGが出たそうで。「興奮しちゃって…」
100倍返しの家族
木下さんは4人兄弟の末っ子です。
お父さんが会社経営に失敗し、小・中学校の9年間で11回の引っ越しをしたそうです。債権者から逃げ回っていた?
「借金作って…3カ月で引っ越し、ということもありました」
それでは木下さんたちは暗かったかというと、そうではなかったようで…。
「車で寝る時も父の言い方がうまくて、『今日は車で寝るぞ!』『おー!』という感じで」
たまに家に帰るときは「謎の10分」があったようなのです。「ここで10分待っとき!」
その間にお父さんたちは、玄関に貼られた「貸した金返せ!」という紙をはがしていたのです。
「借金は7年前に返して…」木下さんが小学生のころからですから、けっこうな年月ですね。
でも子どもたちのことを気遣う両親のおかげで、借金のことは大人になるまで知らなかったそうです。
「むしろ裕福やと思って…。あちこち行ってたから…」
木下さんの話を聞いていて、私(よしろう)は「Life is beautiful.」という映画を思い出しました。お父さんが幼い息子のために戦争の辛い現実を、すべて楽しい事柄に言い換えて日々を乗り越えていくのです。人間の想像力の素晴らしさを描いた作品でした。
お母さんは今や60店舗を有する飲食会社の会長です。年商20億円だとか…。
「どん底から!?それこそ100倍返しじゃないか!」と薬丸さん。
きっかけは「お父さんの夢」でした。
「焼肉屋をやりたい」というのが夢だったお父さんが、癌になり、家族が話し合います。
「お父さんの夢を叶えよう!」
全員が仕事を辞めて借金。1軒のお店を作ったのです。お父さんも3か月ほどホールに立ちましたが、やがて亡くなりました。
また家族会議。「この店をつぶさずにやっていこう」ということに。
現在は北海道から鹿児島まで60店舗あります。
「和牛焼肉きのした」「つけ麺 眞(じん)」「EBISU Hanare」「やみつきのした」…。
「すべて夜逃げした、転々とした場所ですね…」と木下さん。(笑)
たくましいお母さん
木下さんが卑屈にならず、人懐っこい笑顔でいられたのも、お母さんのたくましさがあったからなのですが、強烈なエピソードが語られました。
木下さんが小学生のとき、1人の男が家に入り、油を撒きだしたそうです。
「お母ちゃん、だれか水を撒いてる」と木下さんはお母さんに言いました。
着替え中だったお母さん、下着姿のまま、その男にドロップキック!倒れた男に馬乗りになり、顔面にパンチを乱打。「早よ、警察呼んで!」
到着した警官、お母さんを取り押さえようとしたそうです。確かに暴力を振っているのはお母さん…。
そのお母さん、現在は松竹芸能に所属し、タレント活動も行っているのだとか。
「『まえだまえだ』の後輩ですわ」(笑)
夢多きお母さんですね。
サーフィンにハマって
木下さん、今サーフィンにハマっているそうですが…。ん?昨日の中村獅童さんも同じことを言ってましたね。
中村獅童さんと木下さんは共通点が多い?年齢、8s痩せた、今サーフィンにハマっている…。
木下さんのファンは喜ぶでしょうが、獅童さんのファンは?などと考えるよしろうでした。
薬丸さんもそのことを指摘。「最近ブームなんですか?昨日の獅童さんも41歳でサーフィンにハマって…」
「行くメンバーが違うと思います。僕はほんこんさん…」(笑)
「サーフィンの雰囲気が好きで」「行きの車でサザンをかけながら向かっている自分が好き」「向こうに着いてボードを降ろす自分が好き」「腰にウェットスーツを巻いて波を見る自分が好き」「ワックスをかける自分が好き」「ボードを持って海に向かう自分が好き」
「海に入ったら終わるんです」(笑)「あとはしんどいだけなんです…107sですから」
TKOの夢は「キング・オブ・コント2013」で優勝すること。
「優勝できるまではやめられない」
超ベテランの2人がどう挑むのか、今回も楽しみです。
2013年09月20日
270. 中村獅童 生シェルパイ・七之助・鵠沼海岸・サーフィン 「はなまるマーケット」
「海の家で獅童さんのサインを見ました」というファクスに対し、「小さいころから海は大好きで…」「錦之介叔父も嘉葎雄叔父も海の近くに住んでいたので…」
生まれて初めて見た海が湘南の海だったそうです。
「今朝のおめざ」は
「生シェルパイ バニラ」(1個 250円) イル・ド・ショコラ (神奈川県・鎌倉市)
フランス産のプレミアムバターを使って外はサクッと、中はふんわり食感に焼き上げた貝殻の形のパイ。
脂肪分控えめの生クリームがたっぷり入り、湘南からのお土産としても人気があるそうです。
「変わったパイですね」と薬丸さん。
「偶然散歩しているときに見つけて、食べたらおいしくて気に入ってしまって…他にもいろいろ味があるんですけど、これが一番好きで…」と獅童さん。気になるお店には必ず入るそうです。
このパイですが、「おいしーい!」と大好評。「たまんないですね」
「こんなにぎっしり生クリームが入って、生クリームが…かぶりつきたいくらい」と言いながらフォークを置き、かぶりつく木曜レギュラーの熊谷真実さん。
それをきっかけに全員がかぶりつきはじめました。ん…これはかなりおいしいのかもしれない…。
41歳の誕生日
獅童さんは9月14日に41歳の誕生日を迎えました。
お芝居の稽古場では約50人のメンバーがサプライズでお祝いをしてくれたそうです。その後、自宅でも友人たちが集まってお祝いをしてくれたのだとか。
「自宅でのパーティーにはどなたが?」
「…八嶋智人さんとか」なるほど、パーティー向きの人です。ところが八嶋さん以上にパーティーの主役を奪う人がいるそうです。それは獅童さんのお母さん。社交的でサービス精神旺盛なのだとか。
「母のファンのほうが多いんです」と獅童さん。
「私もお母さんのファンです」と熊谷さん。
「朝4時半まで飲みました…」と獅童さん。
「40歳になっての心境は?」と薬丸さん。
「今まではずっと(自分が)年下だったのが、最近は監督とかと同い年だったり、けっこう同年代の人が活躍されたりするんで刺激になりますね」
役者として心に残っている言葉
父(初代中村獅童)から
「プロとしてお客を呼べる役者でいなさい」
「劇場というのは、そこまで足を運んでいただいて、切符を買っていただいて、見てくださるというのは大変なこと。『獅童の芝居を劇場まで見に行きたい』と思っていただける役者になりたいです」
叔父、萬屋錦之介さんから
「顔で演じるな!心で演じなさい」
「心で感じたことが表情になる。うわべだけで演じるのはいけない」「亡くなった勘三郎兄さんもよく言っていた」
お父さんも錦之介さんも、そして兄のように慕っていた勘三郎さんも亡くなってしまいましたが、言葉は残ります。獅童さんを支えるづけてくれる言葉たちでしょうね…。
獅童が児童に戻るとき
「ダークダックスのパクさんも親戚で、鵠沼(くげぬま)海岸に家があって、子どものころ、夏になると遊びに行ってたんです」と獅童さん。
パクさんの家に泊まった1週間は、その近所の、真っ黒に日焼けした悪童たちと遊んでいたそうです。子どものころから白塗りの世界に生きてきた少年(中村獅童)にとって彼らは本当に刺激的だったとか。
大人になっても獅童さんにとって思い出深い、夏の日々だったそうです。
その少年たちと30年ぶりに再会しました。
きっかけは獅童さんが江の島でのトークライブに参加したことでした。
1人と食事をし、旧交を温めているうちに、携帯で連絡を受けた仲間が1人また1人と集まってきたのです。
「それからよく会うんです」
プロのサーファーになった人だけがぜんぜん覚えてなくて思い出すのに時間がかかったそうですが。
獅童さんの本名は「幹弘」。彼らからは獅童さんは「みきひろ」と呼ばれているそうです。
「獅童さん」と呼ばれる時間がONで、「みきひろ」と呼ばれる時間はOFFのような気がする、という獅童さんです。
海が大好きなのに…
「ぼく、タカちゃん、大好きなんです」と獅童さん。タカちゃん、とは実は中村七之助さんのこと。
その七之助さんと、獅童さんは去年、今年と2回も一緒に海に行きました。
年齢は「1まわりくらい違う」のですが「仲良くしてもらっている」と獅童さん。今年の6月からはサーフィンを再開したので、海にはよく行ってたのですが、「歌舞伎役者どうしが一緒に海で泳いでいいのか…」(笑)
その七之助さんのコメント。
「(獅童さんは)兄さんって感じです…歌舞伎役者で先輩で、これだけ仲良くしてもらっているのは獅童さんだけですね」
その七之助さんが、一緒に海岸にいて驚愕したことがあったそうです。
それは獅童さんのサーフボードをマネージャーに貸した時のこと。
なかなか戻ってこないマネージャーに業を煮やした獅童さん。マネージャーのいる沖を目指して泳ぎ始めました。
ところがふと見ると、マネージャーは海岸に上がっているのです。獅童さんは?と見ると、沖で溺れています。
「明日の1面は決まったな」と七之助さんは思ったそうです。
ところが、幼なじみのプロサーファー夫婦がその場に居合わせ救助。獅童さんは無事でした。
獅童さんによると、後日談があり、獅童さんが溺れているのを助けようとマネージャーも沖に。しかし救助などできず、近くにいるサーファーのボードにしがみついたとか…。
「その後のランチで、ぼくとマネージャーだけうつむいて…」(笑)と獅童さん。いえいえ無事で何より。
サーフィンとこれで痩せました
獅童さん、大河ドラマでの役柄のために8sほど太ったそうですが、その後の仕事のために、今度は痩せたそうです。仕事とはいえ、すごいですね。
「サーフィンがよかったですね、時間があると海に行って…」
そして使用したのがオイル。
「脂を落とすには油が良いようで…オリーブオイルも良いみたいです」と獅童さん。
獅童さんが使ったのは「UDO'S CHOICE」という製品。
「これをスムージーに入れたり、みそ汁に入れたり…」とマメに使用したようです。
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それ以外にも…
飼っているペットの豆しば「エル」くんとの朝夕の散歩や、京都文教大学の客員教授として、歌舞伎への情熱を語る様子など、本当に公私ともに充実している獅童さんでした。