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2018年05月01日
環境に合わせて組織は変わる?
しっかりとした検証がされないままにブームは終焉する
チャンドラー氏は「組織は戦略に従う」と言いましたが、
1970年代には、組織は環境に従うとする
コンティンジェンシー理論が世界で大流行しました。
環境適応論と訳す人もいましたが、
より正確に言えば、
組織の構造やシステムは環境状況によって異なる
と主張したのです。
代表的な論者であるイギリスのバーンズ氏とストーカー氏は
1961年に変化率の小さな産業では官僚制的な機械的システム、
変化率な大きな産業では有機的システムが観られると主張しました。
同じくイギリスのウッドワード氏は『新しい組織』(1965年)で、
生産システムによって組織の構造やシステムが異なると主張しました。
そしてアメリカのローレンス氏とローシュ氏が
『組織の条件適応理論』(1967年)でこうした先行研究を総称して
「コンティンジェンシー理論」という名前を付けました。
と言いても理論らしい理論ではなく、
当時普及しだしたコンピュータと統計パッケージを使って
アンケート・データを多変量解析したものでした。
こうすれば論文になるという事だけが広く認知され、
それ以来コンティンジェンシー理論の論文は
山のように出現することになります。
しかしデータの収集の方法等のリサーチデザインが欠如し、
結局コンティンジェンシー理論で
何が言えたのかわからないままブームは終了します。
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2018年04月30日
職能別の縦割り組織にプロジェクトで横串を刺す
日本企業には昔からなじみ深い組織
会社というものはビジネスチャンスを
生かして起業・成長していきます。
しかし成長会社は、その成長タイプ合わせて
組織づくりしなければ潰れてしまいます。
アメリカの歴史学者チャンドラー氏は
「組織は戦略に従う」と簡潔に表現しました。
話は変わりますが、
流行りに流されて痛い目に合うのは経営学者も同じです。
ファヨールは命令系統一元化の原則を唱え、
一人の担当者の上司は一人であるべきだとしました。
これはアメリカでは当たり前のようになっていました。
一方日本企業では上司が複数いる企業も多く
「だから日本企業は遅れているのだ」と批判されました。
ところが、アメリカでは1969年にアポロ計画でNASAが
航空宇宙事業の企業にプロジェクト組織の導入を勧めました。
この形態はやがてマトリックス組織として定着していきます。
そして『マトリックス経営』(デイビス、ローレンス著)で、
マトリックス組織は命令系統一元化の原則に反した組織であり、
日本企業は自然にマトリックス経営形態になっていて
素晴らしいとほめられました。
会社の中に「利益を計算できる組織を」複数作る
日本は時代に逆行している?!
日本企業で最初に事業部制が導入されたのは
1933年で松下電器(現パナソニック)だと言われています。
メーカーの場合、各事業部は特定の製品群について
購買、製造から販売までを担当し、利益を計算できる
組織単位、つまるところのプロフィット・センターになります。
日本では、小さな職能別組織の会社が大きくなって
複数の製品系列を持つようになり、
事業部制組織になるとイメージされています。
そして最終的には事業部を分社化して持株会社形成に移行している。
ところが日本よりも先に、1920年代に
事業部制が発明されたアメリカでは、すこし様子が違います。
『組織は戦略に従う』(チャンドラー著)によれば、
職能別組織から事業部制組織になった会社もあるものの
例えばゼネラルモーターズのように合併買収を繰り返して
持株会社形態で大きくなった会社は、
単なる会社の寄せ集めから1つのまとまった組織へと
変態を遂げるために事業部制に移行したというのです。
つまり事業部制こそが最終的な組織デザインであり、
職能別組織も持株会社形態も、
やがては事業部制になると結論付けたのです。
流行に流されて深く考えもせず持株会社形態にしてしまった
日本は今後どうなるのでしょうか。
プロフィットセンター
プロフィットセンターとは、企業のなかで利益を生む部門のこと。
利益をいかに発生させるか、というところに責任が発生します。
プロフィットセンターでは、
収益と費用の両方が集計されるというのが特徴です。
プロフィットセンターの目標は、利益(収益−費用)を最大化すること。
企業の中では、事業活動を行う部門=稼ぎのある部門が、
プロフィットセンターと言われます。
経営参加意識を高める分権化・分社化の大きな流れの中では、
各グループに損益責任を持たせるという意味で、
プロフィット・センターにする方が望ましいとされている。
しかし、分権化が強調されすぎると、
個々の事業部の利益が優先され、
会社全体の利益が犠牲にされてしまう可能性があるため
注意が必要である。
子会社の経営権を持っただけの会社
19997年に日本でも再び解禁となった
A社がB社の株式50%越を保有した場合、
A社はB社の株主総会で
議決権の過半数を占めることになるので、
株主総会を支配し、
自由に取締役等を決めることができます。
つまり、A社の意思通りに動いてくれる取締役を送り込むことで
B社を意のままに操ることができる。
この時、A社はB社の親会社、
B社をA社の子会社と呼びます。
2006年に施行された会社法では
単に会社の持株比率だけではなく
A社は50%超に達しないが
A社の社長も個人的にB社の株を持っていて
その合計が50%を超える場合はどうなるか。
これは親会社・子会社の関係になります。
実効支配かどうかが親子関係になるわけです。
色々な会社の親会社になって
自らはあまり事業らしい事業をやっていない会社は
持株会社と呼ばれています。
日本では独占禁止法ができて1997年までの50年間
持株会社は禁止されていました。
戦前の財閥本社は持株会社だったのでそれを解体するのが
狙いだったようです。
持株会社が解禁され、今では持株会社は大流行しています。
**ホールディングス(HD)と名乗る会社はこれに属します。