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2024年01月24日

最後まで生きる人

月曜日の夕方、電話が鳴った。アナミさんだ。
「久しぶりです〜、〇〇さん!」と元気のよい声。アナミさんは大阪時代にお好み焼き屋で知り合った人。
https://fanblogs.jp/shigenon/archive/628/0?1706056886
もう廃業したお好み焼き屋のママやアナミさんからは時々電話がある。その都度書いていたが、ここ最近書くのを忘れていた。
ママからは今年の正月に電話があった。いつも年賀状が着いたら電話をくれる。去年こちらから電話をしたのだが全然出なくて心配をしていたのだが、元気そうで安心した。
アナミさんも、こちらに帰ってきてから一度電話した。それ以来だった。

「大変だったんですよ〜、死ぬとこやったんです」
アナミさんは自分より10歳くらい歳上だが、いつも丁寧語を使う。
聞けば、先週まで入院していたという。大動脈乖離で救急車で緊急入院していたと。それも、前回電話をした翌日位に急に倒れて救急車を呼び、先週まで。7か月くらい入院していたそうだ。
「サイレン鳴らさんと来てくれ言うたら、あかん言われてね」「国道まで出るわ言うたら、動いたらあかん言うし」「もう家出た言うてウソついて国道出ましたわ」
ポンポン喋る。もう回復したのかと聞くがそうでもないようで、息が切れるという。入院していても瀕死の状態だと自分でも思ったという。
「1回夏に退院して、会社の若い子連れてアワビ取りに行ったんやけど、ボート引くだけでゼイゼイでしたわ」「波打ち際でチャプチャプ遊んでましたわ」
おい、入院中に海に行くなよ。屈託のない笑顔で喋るアナミさんが目に浮かぶ。まるで目の前にいるようだ。

よく一緒に海に行った。1時間半ほど沖から戻らず、心配しているとニコニコしてアワビを10個くらい取ってきたアナミさんそのままだ。大阪を離れてからも2回会ったか。
「近いうちにママにも声かけて呑みに行きましょうよ」という。いや、呑んでも大丈夫なのだろうか。
聞くと家では呑んでいるという。
アナミさんは死なない。何が起こっても最後まで生きる人だ。それを思うと、なんて自分の周りには生命力に溢れた人が多いのだろう。何度も書いた元居酒屋Kのマスター、沖縄のAさん。どちらもステージ4からの復活。
受傷前から、このような人たちと仲良く呑んで多くの時間を過ごしていた。それは少なからず、自分が当たり前のように元通りを目指すことを思ったことと無関係ではない。
posted by shigenon at 14:06| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ
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2014年クリスマスイブのプレゼントは最悪でした。 「頸髄損傷」というケガなのか病気なのか・・その症状との戦いの記録と現在の日々をアップします。 (2018年4月追加) 不全の頸髄損傷は「健常な人」に見えます。“ふつうに見える”様に努力をしています。が、反面、「もう良くなったんだ」と思われがち。 骨折とは違い、中枢神経の損傷は完全回復はしないという現実。 「健常に見える」「もっと良くなるよう努力する」「もう治っているんでしょ」の狭間で何とか毎日を過ごしています。
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