これがけっこう疲れた。13時に久慈に到着。今回の目的でもある久慈駅のうに弁当。予約済みだ。
着いて近くに食べる場所もないので駅構内で食べる。さあ13時半、ホテルは15時チェックイン、どうするか。
ホテルに荷物を預けて近くの道の駅へ。お土産物とかを見ながら過ごす。
喫煙所で久慈マダムと会話。軽い世間話だが旅で現地の人と話すのも旅の醍醐味。ホテルに向かいながら、もう一度明日もうに弁当が予約できないだろうかと思う。明日は久慈から宮古までの三陸鉄道リアス線の旅。
うに弁当の予約はオッケーだった。2日連続になるが次にいつ食べられるか分らないのだ。
ホテルに入ってから夜はどこで食べようかと調べる。
前もって調べていたのだが、その店はどうも移転して遠いようだ。結局ホテルのフロントにオススメを聞いて行く。
その店は大当たりだった。まずは地魚・どんこのタタキ。あとおススメのほや。
実はほやは居酒屋Qでよく食べているのだ。居酒屋Qも活きているほやだ。でも全く違った。東京で食べるほやは養殖。天然のほやはそんなに香りが強いわけでなく程よい海の香り。冷酒にピッタリだった。
居酒屋を出てハイボールの店へ。
ハイボールの店は他にお客さんは来ない。マスターと久慈の話を聞きながらハイボール2杯。そしてホテル横の居酒屋へ。ここで店員の若い女の子と話して過ごす。ビール1杯だけ呑んでホテルへ。
久慈は小さな街だ。でもぷらりと旅で来て満足な過ごし方ができた。
旅6日目。
久慈から宮古へ。1時間40分の三陸鉄道の旅。朝からうに弁当も手に入れた。駅周辺にビールは売っていないと確認済みなのでホテルで割高のビールを買っている。
電車は1両のかわいい電車。進行方向を確認して席を取る。4人のテーブル席のようになっている。うに弁当を食べるためにテーブルが設置してあるのだろうか。
動き出すとドア近くに座っていた女性がこの席よろしいですかと対面に来る。同じようにうに弁当を持っている。ドア近くの席はテーブルがなかったのだろう。
うに弁当は海が見えてから食べようと思っていた。なんとなくそういう気持ちになって。
こちらが弁当を開けないと女性も食べにくいだろうと思い、その話をする。
スマホのマップは便利だ、そろそろ海というところで弁当を開ける。2食目だ、開けての感動はないが女性は喜んでいた。
そしてビールを飲みながら海岸線。残念だったのが電車は多くが海岸沿いを走ると思っていたのだが、海岸沿いよりもトンネルの方が多い印象だった。
女性とは会話が弾んだ。聞くと大阪でヨガのインストラクターをしているという。
身体の話になったのでついつい話す、自分が頚髄を損傷していることを。話すことで自分がここまで回復していることを自慢したい自分がいる。
何でその話になったか、手を後ろに組むと快調に歩けるという話をした、それが何でか解らないとも。すると彼女は言う、それは胸骨が開くことで股関節が開くからですよと。股関節が開くと脚は前に出る。
ヨガは色んな関節や筋骨に関わることの知識が豊富なのだろう、その中でこれは当たり前のことだったようだ。
長年の疑問が解けた。それが旅の最中の三陸鉄道で。
宮古に到着。宮古では浄土ヶ浜の周辺観光。駅からタクシーで向かう。
途中タクシーの運転手が見せたい写真があるという。それは道の駅にあった。震災の時にこの場所が同被害を受けたかという記録写真。
浄土ヶ浜は風光明媚な浜だった。もう一つの目的は“青の洞窟”ツアー。ザッパ船と言われる小さな漁船で洞窟の中に入る。洞窟の中から入り口を見るとキレイなブルーというかグリーンなのだ。
そのほかに浄土ヶ浜ですることはなかった。
浄土ヶ浜パークホテル。
今回の旅で一番高いホテルだった。早く着いて1時間半ほどホテル内で過ごした。今回の旅はこうやって部屋に入るのを待つ時間が結構あった。性格的なことだ、ギリギリが嫌いなのだ。
ホテルの夕食はビュッフェなのだが、とても良い内容。ビール中瓶1本が進まない、ビールよりも食事に夢中になってしまうのだ。冷酒も1本注文したが、2口呑んで部屋に持ち帰る。
10畳の和室に小さな布団が1組だけ敷いてある絵はなんか寂しげでもあった。
他の日と同じようにテレビも見ずに早く床に就いた。
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