2018年08月26日
『覚悟に勝る決断なし』 伝説のコーチ高畠道宏からの遺言
以前、当ブログにおいて伝説の打撃コーチ高畠道宏さんについての記事を書きました。
『伝説の打撃コーチに学ぶ人を伸ばす方法』
http://goo.gl/Iel8E1
私がなぜコーチをしているのか?
前回の記事にも書きましたが、その原点を辿るとこの方にたどり着きます。直接指導されたことはありません。
だけど、高畠さんがモデルのドラマ、原作本を読んで「これだ!」人生26年間、間違えて生きてきたと思わせるくらいのインパクトがあったからです。
高畠さんをモデルにしたドラマ『フルスイング』 NHKさんより拝借
最近、その話をする機会があったので改めて、伝説のコーチ高畠さんについて紹介しています。
さて、前回の記事において私は一つ間違いを犯しました。高畠さんは、コーチではなくて技術を教えるインストラクターですと紹介してしまいました。
実のところ、私の表現が間違っていました。
彼こそは、技術指導もさることながらマインドの使い方を教えるコーチでした。
今でこそ、コーチングは広がりつつあります。しかし、高畠さんが活躍したのは70年代から90年代。日本ではコーチングのコの字すら知られていない時代です。
そんな中、高畠コーチは独学で国内外の野球に関する文献や心理学の文献を読み漁り、またグランドでの指導を通じて、その理論を確立していきます。
「選手に答えを教えない」
「選手を信じる」
「選手の特性に合わせて臨機応変に指導する」
「バッティングに決まった型など無い」
どうでしょう。今が学んでいるコーチング理論にも通底します。ドストライクなまでのプリンシプルです。
もしかしたら、野球の本を通じて、元祖コーチ・故ルータイス氏のエッセンスを知らず知らずに取り入れていたのかもしれません。
高畠さんによると、当時の野球のコーチは、選手に自分の型を押し付ける。だけど、押し付けてもそれは上手くいかない。
結果、潰れていった選手が多くいた。そんな、選手を少しでも減らして、若者の才能を開花させ、未来を創っていきたいという思いがあったそうです。
高畠さんの教え子は、イチロー、落合、田口壮など、そうそうたるメンツがそろっています。みな高畠学校の卒業生です。
例えば、田口選手がメジャーで活躍していた頃、「田口スタイル」を貫けと一通のメールを送ったそうです。
田口選手にしても、メジャーの世界で何中の迷いがあったのかもしれません。しかし、この一通のメールが田口選手の背中を後押ししました。
エフィカシーが高まったのです。コーチからクライアントへの「君なら出来る」という強い力です。
これがどれほどのものであったか、その後の田口選手の活躍を振り返ってみれば納得でしょう。
その他には、ロッテで活躍された水上選手がいます。高校野球の世界からプロに入ったけどなかなかの苦戦を強いられていました。
水上選手いわく、入団当初はガチガチに緊張して「来た球を全部打たなければならない」と思っていたようです。
実際に、打撃コーチからは「お前はフォームが悪い」「フォームを修正しろ」と言われ続け、その通りにしたら余計に打てなくなるというスランプに陥っていたそうです。
だけど、高畠コーチの元では「打てる球を打てばいい」ということに気が付いたそうです。
高畠さんは、水上選手のフォームをいじらずにそのままにしていました。
そして、このフォームで打てるためにヤマを張る。来たら一撃で仕留めよ。そう教えたそうです。大切なことはリラックス。
その時の水上選手は野球ってそれでいいのかと感じたそうです。まさにスコトマが外れた瞬間です。
その後、水上選手は17年現役選手として活躍しました。
また、水上選手がヤマを外してしまい、監督がカンカンに怒ったとしても、監督に対して『今はこうこうこういう理由があり、打席に立たせています』と事情を説明しました。
決して水上選手のエフィカシーが下がらないように配慮していました。
その他にも、高畠さんと出会って埋もれていた才能を開花させた選手は沢山います。
その選手達は口々に言います。「高(高畠)さんに、出会っていなければ。ここまでの野球生活を送れなかっただろう」と。
共通点は、あえてフォームの矯正はさせずに、その選手個々の特性を活かして、強みが最大限出せる指導法を確立したからです。
一方的に、指導しても必ず反発する。人間の心理にはプッシュ・プッシュバック「押せば反発する」ということを見抜いていたのでした。
高畠さん自身、技術よりも大切なのは心(マインド)だと仰っています。
選手をマインドの部分からも、技術の部分からも観察して、選手が自発的に最高の力を発揮できるように、導いて行ったのです。
選手が見えていないスコトマを外して、エフィカシーを高める。
※あぶさんに登場する高畠コーチ 生活倉庫さんから拝借
さらに極め付けなのは、コーチを退職後、なんと58才で高校教師に転身したのです。まさに現状の外側のゴールです。
高畠さんクラスになると、破格の値段でいろいろな球団化からオファーがあります。それをすべて断っての高校教師への道でした。
ゴールは甲子園で全国制覇をすること。しかしながら、残念なことに志半ばで病に倒れてしまいました。享年60才でした。
きっと天国の高畠さんは、誰かが自分のスタイルを受け継いで、必ず甲子園を制覇してくれるだろうと楽しみにしているでしょう。
※教壇立つ高畠先生
それゆえ、彼の生涯を描いた作品タイトルが『甲子園への遺言』です。
私も、その意思とプリンシプルを受け継いだチームが甲子園を制して沸かせてくれるのがとても楽しみです。
天才バッティングコーチ高畠導宏の生涯を描いた傑作。小久保裕紀、田口壮などの一流プロ野球選手を育てあげた彼は高校の教師となり、高校野球の監督として甲子園での全国制覇を目指す。ところが、突然発覚した病気のために…。NHKドラマ『フルスイング』として感動を呼んだ名著がついに待望の文庫化。
タイトルの『覚悟に優る決断はなし』は、高畠さんが好んで色紙に書かれていたとされる一言です。
『伝説の打撃コーチに学ぶ人を伸ばす方法』
http://goo.gl/Iel8E1
私がなぜコーチをしているのか?
前回の記事にも書きましたが、その原点を辿るとこの方にたどり着きます。直接指導されたことはありません。
だけど、高畠さんがモデルのドラマ、原作本を読んで「これだ!」人生26年間、間違えて生きてきたと思わせるくらいのインパクトがあったからです。
高畠さんをモデルにしたドラマ『フルスイング』 NHKさんより拝借
最近、その話をする機会があったので改めて、伝説のコーチ高畠さんについて紹介しています。
さて、前回の記事において私は一つ間違いを犯しました。高畠さんは、コーチではなくて技術を教えるインストラクターですと紹介してしまいました。
実のところ、私の表現が間違っていました。
彼こそは、技術指導もさることながらマインドの使い方を教えるコーチでした。
今でこそ、コーチングは広がりつつあります。しかし、高畠さんが活躍したのは70年代から90年代。日本ではコーチングのコの字すら知られていない時代です。
そんな中、高畠コーチは独学で国内外の野球に関する文献や心理学の文献を読み漁り、またグランドでの指導を通じて、その理論を確立していきます。
「選手に答えを教えない」
「選手を信じる」
「選手の特性に合わせて臨機応変に指導する」
「バッティングに決まった型など無い」
どうでしょう。今が学んでいるコーチング理論にも通底します。ドストライクなまでのプリンシプルです。
もしかしたら、野球の本を通じて、元祖コーチ・故ルータイス氏のエッセンスを知らず知らずに取り入れていたのかもしれません。
高畠さんによると、当時の野球のコーチは、選手に自分の型を押し付ける。だけど、押し付けてもそれは上手くいかない。
結果、潰れていった選手が多くいた。そんな、選手を少しでも減らして、若者の才能を開花させ、未来を創っていきたいという思いがあったそうです。
高畠さんの教え子は、イチロー、落合、田口壮など、そうそうたるメンツがそろっています。みな高畠学校の卒業生です。
例えば、田口選手がメジャーで活躍していた頃、「田口スタイル」を貫けと一通のメールを送ったそうです。
田口選手にしても、メジャーの世界で何中の迷いがあったのかもしれません。しかし、この一通のメールが田口選手の背中を後押ししました。
エフィカシーが高まったのです。コーチからクライアントへの「君なら出来る」という強い力です。
これがどれほどのものであったか、その後の田口選手の活躍を振り返ってみれば納得でしょう。
その他には、ロッテで活躍された水上選手がいます。高校野球の世界からプロに入ったけどなかなかの苦戦を強いられていました。
水上選手いわく、入団当初はガチガチに緊張して「来た球を全部打たなければならない」と思っていたようです。
実際に、打撃コーチからは「お前はフォームが悪い」「フォームを修正しろ」と言われ続け、その通りにしたら余計に打てなくなるというスランプに陥っていたそうです。
だけど、高畠コーチの元では「打てる球を打てばいい」ということに気が付いたそうです。
高畠さんは、水上選手のフォームをいじらずにそのままにしていました。
そして、このフォームで打てるためにヤマを張る。来たら一撃で仕留めよ。そう教えたそうです。大切なことはリラックス。
その時の水上選手は野球ってそれでいいのかと感じたそうです。まさにスコトマが外れた瞬間です。
その後、水上選手は17年現役選手として活躍しました。
また、水上選手がヤマを外してしまい、監督がカンカンに怒ったとしても、監督に対して『今はこうこうこういう理由があり、打席に立たせています』と事情を説明しました。
決して水上選手のエフィカシーが下がらないように配慮していました。
その他にも、高畠さんと出会って埋もれていた才能を開花させた選手は沢山います。
その選手達は口々に言います。「高(高畠)さんに、出会っていなければ。ここまでの野球生活を送れなかっただろう」と。
共通点は、あえてフォームの矯正はさせずに、その選手個々の特性を活かして、強みが最大限出せる指導法を確立したからです。
一方的に、指導しても必ず反発する。人間の心理にはプッシュ・プッシュバック「押せば反発する」ということを見抜いていたのでした。
高畠さん自身、技術よりも大切なのは心(マインド)だと仰っています。
選手をマインドの部分からも、技術の部分からも観察して、選手が自発的に最高の力を発揮できるように、導いて行ったのです。
選手が見えていないスコトマを外して、エフィカシーを高める。
※あぶさんに登場する高畠コーチ 生活倉庫さんから拝借
さらに極め付けなのは、コーチを退職後、なんと58才で高校教師に転身したのです。まさに現状の外側のゴールです。
高畠さんクラスになると、破格の値段でいろいろな球団化からオファーがあります。それをすべて断っての高校教師への道でした。
ゴールは甲子園で全国制覇をすること。しかしながら、残念なことに志半ばで病に倒れてしまいました。享年60才でした。
きっと天国の高畠さんは、誰かが自分のスタイルを受け継いで、必ず甲子園を制覇してくれるだろうと楽しみにしているでしょう。
※教壇立つ高畠先生
それゆえ、彼の生涯を描いた作品タイトルが『甲子園への遺言』です。
私も、その意思とプリンシプルを受け継いだチームが甲子園を制して沸かせてくれるのがとても楽しみです。
天才バッティングコーチ高畠導宏の生涯を描いた傑作。小久保裕紀、田口壮などの一流プロ野球選手を育てあげた彼は高校の教師となり、高校野球の監督として甲子園での全国制覇を目指す。ところが、突然発覚した病気のために…。NHKドラマ『フルスイング』として感動を呼んだ名著がついに待望の文庫化。
タイトルの『覚悟に優る決断はなし』は、高畠さんが好んで色紙に書かれていたとされる一言です。
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