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2016年07月27日
第307回 トルコ帽
文●ツルシカズヒコ
大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、一九二〇(大正九)年四月一日、大杉の出獄歓迎会兼荒畑の大阪行き送別会が神田区錦町の松本亭で開かれた。
百人余が出席したこの会で、大杉はトルコ帽姿で演壇に立ち獄中生活を語った。
荒畑の大阪行きは、大阪で岩出金次郎が出している『日本労働新聞』の編集をするためだった。
四月二日、改造社が銀座のカフェ・パウリスタで賀川豊彦歓迎会を開催した(『日録・大杉栄伝』)。
『改造』に連載した賀川の社会小説「死線を越えて」の評判がよく、賀川の神戸からの上京を機に改造社が催したのである。
有島武郎、北原白秋、広津和郎、森戸辰男、堺利彦、高畠素之などに混じり、大杉も出席した。
大杉はこの日もトルコ帽をかぶっていた。
賀川は初対面の大杉の印象を書いている。
大杉君は……カラーもネクタイも無く白いハンカチを頸に巻いてカラーの代用にしてゐた。
あの可愛い吃りの口付で『入獄者の手引を教へてやらねばならぬ。俺はそれを書く』と云うていた……。
恰度そこに堺枯川君も、その他社会運動界の猛者連が沢山集つてゐたので、監獄生活に色々と花を咲かせた。
大杉君は、出獄後女と食物を慎まねばならぬと云ひ、堺君は獄内で色情があまり猛烈に起らないと云ふことを話してゐた。
大杉君は第一印象から「可愛い」人だと思った。
快活で、明け放しで(自分の性欲生活までも少しも隠し立てしない)賢い人だと思つた。
(賀川豊彦「可愛い男 大杉栄」/『改造』1923年11月号_p110)
四月三日、神田区美土代(みとしろ)町の東京基督教青年会館で、森戸事件の控訴支援、言論の自由擁護の演説会が開催された(『日録・大杉栄伝』)。
午後六時開会。
大杉は賀川豊彦の演説中にしきりに野次り、ついには登壇し例の「演説もらい」をやった。
大杉氏が帽子にカーキ色雨外套のまま登壇、
ポケツトから取り出した煙草に悠々点火しなどして会場の空気を一新させ
先づ自由質問を許し聴衆の「自由とは」「絶対自由を主張するや」等の質問に対し、
改良は各自の自発的ならざるべからずと力説し「衆合(がつ)すればその集合の中に改造を見出さなければならぬ」と論じ「我々の行動は最も正々と、最も大胆に、最も堂々と……」といふ時、
出張中の錦町署長の「演説中止!」の声が響いて、聴衆総立ちとなつたが、無事降壇。
(『東京朝日新聞』1920年4月4日)
賀川によれば、壇上で十数分も話した大杉は中止命令により降壇し弁士室に入って来た。
大杉君は、フランスの議会の例を引いて、『演説も会話的でなくてはいかぬ、一人が一時間も、二時間も一本調子で喋るのは専制的だ、聴衆と講演者が合議的に話するのが真のデモクラチツクな遣り方だ』と教へてくれた。
私はそれに感心した。
たゞ、私は『それが小集会には適するが、大衆の場合には混乱に陥る恐れがある』と云ふた。
大杉君は風習までにアナキズムを注入することに努力してゐるのだとはその時に私の感付いたことであつた。
それで、大杉君の一派が裁判官の前で起立しないこと位はあたりまえだと知つたことであつた。
(賀川豊彦「可愛い男 大杉栄」/『改造』1923年11月号_p110)
大杉が演壇に上がると、最初は彼らを罵っていた聴衆から猛烈な拍手が起こった。
大杉は演壇の上と下の会話や討論を弁士として試みようとした。
大杉の意図は、まさにそのときに実際問題になっている、会場の秩序そのものについて聴衆と話し合うことだった。
しかし其の話し合はうと思つた事が、既にもう、皆んなの間に立派に了解されて了つてゐたのだ。
新しい秩序の気分が全会場に漲ぎつてゐたのだ。
僕はふだんの吃りも場馴れない臆病さも全く忘れて、酔つたやうないい気持になつて、聴衆の皆んなと会話した。
討論した。
僕はあんな気持のいい演説会は生れて始めてだつた。
弁士と聴衆との対話は、極く少人数の会でなければ出来ないとか、十分に其の素養がなければ出来ないとか云ふ反対論は、これで全く事実の上で打ち毀されて了つた。
僕等の謂はゆる弥次は、決して単なる打ち毀しの為めでもなければ、又単なる伝導の為めでもない。
いつでも、又どこにでも、新しい生活、新しい秩序の一歩々々を築きあげて行く為めの実際運動なのだ。
怒鳴る奴は怒鳴れ、吠える奴は吠えろ。
音頭取りめらよ。
犬めらよ。
(「新秩序の創造」/『労働運動』1920年6月・1次6号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/日本図書センター『大杉栄全集 第6巻』)
★大杉豊『日録・大杉栄伝』(社会評論社・2009年9月16日)
★『大杉栄全集 第四巻』(大杉栄全集刊行会・1926年9月8日)
★『大杉栄全集 第6巻』(日本図書センター・1995年1月25日)
●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index