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BS世界のドキュメンタリーにて視聴

シリーズ 明日をひらく女たち

90年代ネパールではまだ封建主義的王制が残っており、貧しい人達は長きに渡り抑圧され続けていた。

そこでマオイスト(共産党・毛沢東主義派)達は遂に本格的な革命のための武装闘争を開始する。

その闘争は10年に渡り、遂には国王が退き、国は民主化され、マオイスト達は武器を置き、選挙によって多数派を勝ち取る。

このマオイスト達は男女同権を訴え、武装闘争の際にも良いんだか悪いんだかよくわからないが兵士の40%が女性であった。

その女性兵士達を追う。

女性兵士自体世界にそんなに多くないわけで、それが反政府(王制)ゲリラであり、しかも実際に闘争に勝ち、更にはかつて兵士だった女性が議員になってしまうという非常に稀な事実を追った作品であった。

こういう歴史がある事を世に知らしめる、非常に価値のある作品と言える。

この作品からは彼女達が自らの意思で民衆の主権と女性の権利、自分自身のアイデンティティーを獲得する為に立ち上がったように見受けられる。

だが、その口から語られる主張は毛沢東語録に全部載っていそうなお決まりの文句ばかりであり、どことなく可愛そうな感じがしなかった訳ではない。

それでも90年代において武力革命が成功してしまった事実は驚きである。

そして武闘派共産主義者がよくやるようなプロレタリア独裁と称した一党独裁には至らず、あくまで反対勢力との和平、そしてその後に普通選挙という近代的な道を辿ったところに、成功の説得力を感じた。
そしてそれはやはり90年代だなと。

近年では非暴力によってエジプト革命が成功した事で、革命史は更にまた新たな時代に入ったと言っていいのではないか。

全ての革命戦線はこれを見習い、今すぐにでも武器を置く事を期待したい。
(まあ、言ってるそばからリビアでドンパチしてたわけですが。)

それと武力革命がネパールに残した傷跡が非常に気になるところである。

続編に期待したい。




「ミッション」にて視聴

貧しい人に小口でお金を貸し、そのお金で経済的自立を助ける事を目的としたマイクロクレジット。

提唱者はノーベル賞を受賞し、貧困削減の特効薬としてもてはやされ、実際に大きな効果を生んでいるという。

しかし現在では大した意志も無く収益性に目を付けて取り組む業者も多く、ほとんど経済的自立支援に役に立っていないどころかひどい場合は闇金ばりに利用者を追い込み、人生を破綻させているケースも報告されている。

この番組はノーテンキが売りなので、そういった面倒臭い話には触れず、日本の若者がマイクロクレジットに取り組むにあたっての苦労にスポットを当てている。

そしてこの若者達が普段はファイナンス系の仕事を行っているためかなかなかドライで、この番組特有のぬるぬる感を払拭してくれていた。

おせっかいな学者的な人がアドバイスと称して突っ込みを入れるのだが、全く汲みいれず余裕で反論。

学者は笑顔を装いつつも内心穏やかでないようで、遂には「今のままじゃ単なるモノマネなんだよ!」位言い出す。

しかしそれにも「モノマネで結構」と冷静に反論。

なかなか笑わせてもらった。

それにしても結構大志を持って挑んでいる彼らですら実際のマイクロクレジットの運用現場では月利5%で利用者に5人組で共同監視を行わせるといったようななんだかあんまりな感じなのだなと。

月利5%なんて日本じゃ闇金だよ。

元々財が無い彼らは破産なんてこともほとんど無いだろうし、知人で5人組された日にゃ首絞めてでも返すよね。

それで90%を超える回収率を自慢されてもなあ。

もっと個人ではなく、社会がリスクを負う仕組みができないものだろうか。

まったく関係ない話であるが、ニューヨークの片田舎に「イサカ」という町があって、そこでは「イサカアワー」という地域通貨が流通している。

そしてイサカで事業を起こしたいと願い出て、その事業がイサカにとって有意義と認められればイサカアワーが「無利子」で融資されるという。

グローバルよりもコミュニティー、クローズドな方向の方が貧困対策には向いているような気がしないでもない。

世界のドキュメンタリーにて視聴

キング牧師暗殺の真相に迫るドキュメンタリー。

前後編に渡る長編でもあったので、もの凄く期待をしてしまった訳だが、結局「CIAの陰謀でした。」とかそういうドラマチックな話ではなく、単純にイカレポンチの単独犯でしたって話であった。

しかも当時の社会情勢からイカレポンチが何故キング牧師を暗殺するに至ったかって事だけをやたらと細かく追っていくというちょっと見てて飽きが来る内容。

他の可能性を一切ぶった切った進行に最初から最後まで半信半疑。

本当に政治的背景の無い単独犯だったとしたらあまりにも無念な話じゃないか。

たったひとりのイカレポンチが世界を変えたなんて事が本当にあったんだろうか。

信じたく無い話であった。

それにしてもキング牧師の例の演説というのは何度見ても泣ける。

世界中の期待を背負い、大儀の為に死を覚悟した男の魂の叫び。

やっぱりイカレポンチ一人にやられるような人には思えない。

取り巻きのガードどんだけ甘いんだっつーの。


世界のドキュメンタリーにて視聴

アフガニスタンで盗掘された古美術品がベルギーで出回ってるって話。

古美術商表向き正規ルートでの販売を謳っているが隠しカメラで潜入し、
「アフガニスタンのものあります?」
と聞くと、多くの店舗でいくつかはこっそり裏ルートで手に入れた商品である事を教えてくれる。

あまりにも当たり前になっている程の量が流通しており、アフガニスタン政府と文化財保存委員会的なところは「買わないで下さい。」と切に訴える。

が、

誰かが強制労働させられて盗掘している訳でも海外から盗賊団がなんもかんも破壊してごっそりって訳でも無さそうで、地元民が貧しさから盗掘している訳で、それを大層大事に先進国の富裕層が買って保存しているわけだから、一体何がそんなに問題なのかイマイチ危機感が伝わってこなかった。

もちろんまったく問題が無い訳ではなくて、地元民が売っているとは言えアフガニスタンから文化的財産が流出しているのはまあ可愛そうではある。

そして多分一番問題なのはその利益がタリバンなどに利益が流れているって事だと思う。

ただし、タリバン=悪が確かであれば問題であれば、その辺は複雑なわけだからやっぱりとても大きな問題というようには見受けられなかった。

作品としてはもっと深くつっこんでもらいたかったなと。

まぁ機会があれば自分でつっこんで調べたいと思います。
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タイトルまんまの話。

旧共産圏の貧しい国々から腎臓を買い付け移植している現実を具体的に追う。

本当にこんなに密売腎臓が移植に使われているなんていささかショッキングであった。

腎臓に限った事じゃないが、提供者の数が圧倒的に足りていない。

患者にとっては生死の問題だったり、大変な苦痛を強いられる透析をしなくても済む事だったり、そりゃあもう喉から手が出るほど欲しいものであろう。

そこに「そこそこの金払ってくれれば手に入りますよ。」って話が転がり込んでくる。
それが街のチンピラ風情であれば一蹴する事もあろうが、よりによって医者からの情報提供だったりするからたちが悪い。

罪悪感や不安がかなり軽減されてしまい、喉から手が出るほど欲しかった腎臓を買うのである。

当然問題が無いわけじゃない。

人身売買で半ば強制的に摘出という、まるで漫画みたいな事はそれほど多くないにしても、あまり意味がわかっていないままに東欧の貧しい民が金欲しさに驚くほど安価に自らの臓器を提供している。

仮にも臓器を摘出するわけだから、万全の体制でなければ何かと問題があるが、裏ビジネスにおいてはそんな事しったことはない。

その後体調を崩し、働けなくなる人も続出している。

番組では移植をもっと普及させ、望む人に移植が行き渡るようにする事で密売を減らすと結んでいるが、そうそう単純なものでもないんじゃないかと思う。

この話はとりあえず親族間の移植の問題とは別で脳死者からの提供を増やすべきかどうかの話になる。

自分自身が死んだ後臓器が誰かに移植されるのは構わないが、家族ならどうかと問われれば一歩たじろいでしまうのだ。

ましてや自分の子だったら絶対拒否である。

これは単なるエゴなのか、尊重されるべき思いなのか。

その辺りもっとよく深く考える必要がある。

とりあえず身内が腎臓病になっても密売腎には手を出さないようにはしたい。




世界のドキュメンタリーにて視聴

「シリーズ オバマの課題」

メキシコ湾で原油が流出する事故が起き、再発防止の為6ヶ月間周辺の原油掘削作業停止「モラトリアム」を宣言したオバマ。

原油掘削事業によって支えられていた地元の町では経済が停滞し、日増しにオバマ批判、モラトリアム解除を求めた声が高まる。

そんな中、地元の環境問題を扱う若者達が集い、モラトリアム指示、オバマの公約でもあったクリーンエネルギーへの転換を訴えていく。

イベントや大学構内での演説、ビラ配り等でモラトリアムの重要性、クリーンエネルギー移行の必要性を訴えて行くわけだが、家族や親しい知人に誰かしら原油掘削事業従事者がいるこの地域ではなかなか共感が得られない。

業者側はロビー活動を強め地元選出の連邦政府議員なども引っ張り出し、モラトリアム攻撃を強めていく。

そしてその結果、4ヶ月でモラトリアム解除。

双方から恨まれるオバマさんがちょっと可愛そうに思えたよ。

業者側は環境にダメージを与えながらも経済的なメリットを地元庶民に与えている。

モラトリアム解除を要求する庶民の環境に対する無配慮で短絡的な思考は確かに誉められたものではないが、若者達にも対案が無さ過ぎる気もする。

原油掘削はよくない。
クリーンエネルギーに移行すべき。
それはわかった。だからって俺たちはどうやって生活したらいいんだ?

オバマにしてもその経済的な対策案がしっかりなければならない訳だが、不況だし、金持ちから取るのは至難の業だしで、中途半端な4ヶ月での解除となった訳だな。

オバマ支持派は現実的な対案を模索しつつ、もうちょっと長い目で見てじっくり改革を望む方がいいんじゃないかな。

大枠で言うと環境負荷のある事業に対しての税金で、モラトリアム地域への一時補償とクリーンエネルギー事業への投資、それによる雇用創出で長期対策というのがいいんじゃないでしょうか。

相変わらず言うが易しですまんけど。

ドイツの女性ジャーナリストがインドの児童労働の実態を潜入調査。

以前記事にしたカカオにまつわる児童労働の作品より重苦しい出だしで最初はなんだかちょっと嫌な気がしたのだが、実際には見事としか言いようの無い作品であった。

バイヤーを装い現場を訪れるのはカカオの作品と同じ手法。
だが、その現場はカカオ農園で働かされている児童達よりも深刻そうだ。

狭い部屋に押し込められ10時間以上もアクセサリーを作り続け、寝るのも同じ場所だ。

体を常時ゆする子供達の姿が映し出され、それは精神に異常を来たしている証拠と言う。

現場だけでなく、中間業者、ドイツの輸入業者まできっちり追って、名前も公表する。

現地の活動家に同行し、現場から子供達を奪還する作戦も記録。

続いては石材採掘現場で働く子供達を追う。

か細い体でハンマーを打ち下ろす子供達。

埃にまみれた赤ん坊が泣き、それを同じく埃にまみれた姉が抱き寄せる。
姉と言ってもまだ3,4歳の幼子だ。

「ウチは児童労働を行う業者とは取引してません。」と自信に満ちたドイツの業者に輸入元の現場の映像を見せると業者は戸惑い、その後その現地業者との取引をやめた。

ここに一つ問題の根の深さがある。
ドイツの業者がただの悪徳業者であれば取り締まり強化で解決に近づく。
しかし現地業者によって児童労働は隠蔽されており、ドイツ業者もそれを鵜呑みにして騙されていたわけである。

我々消費者が意識を持って「児童労働とは無縁」とされる商品を買っても、実態は児童労働によって生産されている可能性があるという事なのだ。

そしてこの作品はそれを暴いている点に最も意味がある。

こういった作品は我々視聴者に知らせるだけじゃなく、業界に直接インパクトを与える事になる。

取材拒否されないように最初は普通の取材として迫って行くので業者は思いっきり映像に顔を出し、「児童労働は絶対に認めない。」的な発言をする。

その上で事実を突きつける。

これは当該業者だけでなく、業界全体が恐怖するハズだ。

いつ何時自分が槍玉に上がるか分からない。
その恐怖が現地情報を鵜呑みにせずよりシビアに児童労働廃絶に努力する事になる。

この作品はそれを狙っている所もあるだろう。

児童労働の現場、商品を扱う業者、そして消費者、関係する全ての人々へインパクトを与え、根絶に貢献していると思われる見事な作品であった。

って、他人事のように絶賛するだけじゃなく、消費者である我々も商品選択によって児童労働に貢献しなくちゃあいけないのだが、そこは難しい。

抽象的になっちゃうが、消費中心をやめる方向にシフトし、安い海外製品は控え、値は張っても生産過程とその影響が見えやすい商品を購入する方向が望ましいのだろう。



1954年9月14日、ソ連において原爆を投下直後、爆心地とその周辺において4万もの兵士が軍事行動を行うという演習が行われた。

演習で使われた原爆は広島に使われたものとほぼ同規模であり、この狂気に満ちた演習がなぜ行われたのかを実際に演習に参加した兵士達にインタビューしながら迫っていくドキュメンタリー。

第二次第大戦後アメリカは核開発を進めていた。

対立していたソ連も開発を進め、大戦終結4年後の1949年に原爆を使った実験を成功させる。

これに恐怖したアメリカ(と西側諸国)はソ連に対し本格的な軍事行動を計画し、核実験と演習を繰り返す。

遂にソ連の全土に対し各国が各方面から一斉核攻撃を行うという「ドロップショット計画」に至るまでになる。

ドロップショット計画が1957年初頭に実行される可能性を知ったソ連は震え上がり、核開発を更に急ぎつつ、核戦争における本格的な作戦を立て始めた

そして原爆投下直後の爆心地で5時間兵士が生き残り戦闘ができるかを試す演習「スネジョーク」が行われたのである。

兵士達は25年間この件について沈黙する事を軍と契約し、かたくなにそれを守った。

数十年経ち、今やほとんどの兵士が死んでしまって尚、生き残っている兵士達は皆一様にこの演習は必要だったと語る。

世界が核戦争に突入するのを防いだと言うのだ。

彼らにしてみれば、この演習が成功した事がアメリカを牽制し、ドロップショット計画を止めたという事なのだ。

演習は克明に記録されており、作品中で原爆投下シーンもしっかり見られる。

CGのように現実離れした爆発の光景。

大気が揺れ、一気に巨大なきのこ雲が作られていく。

4万人もの自国兵士を実際に被ばくさせて演習するという常軌を逸した行動はソ連だけでなく、アメリカも行っている。

冷戦下ではアメリカとソ連が直接戦争は行っていないが、ある意味このような形で被害を与え合っていた事になる。

敵が敵を作り肥大化していく。
そしてそのツケはあまり力を持たない者に負わされていく。

大衆として学ぶべきは、敵は他国の民ではなく、むしろ自国に在るという事なのかもしれない。

また、これらの実験は大量の放射性物質を世界中に撒き散らしたという意味で世界中を巻き込んだ事も忘れてはならない。


BS世界のドキュメンタリーにて視聴

シリーズ オバマの課題

グアンタナモっていうヒドイ所があるんですよという話は誰でも知っていても、なんであるんだか実際のところよくわからなかったりする。

もちろんいくつもの理由があるのだろうが、その一つを端的に教えてくれた。

仮にも民主国家であるアメリカにおいて、人を罰するにはしっかり裁判を行わなくてはいけないし、「疑わしくは被告人の利益に」という原則を守らなくてはならない。

それをアメリカじゃない所に収容所を作っておけば、テキトーな理由であやしい奴を片っ端からぶちこんでも、アメリカでは違法な取調べをしても問題ないって理屈だ。

対テロ戦争においてなりふり構ってられないアメリカの現実に、アメリカ国内でも
「それはやりすぎ。」
「アメリカの根本精神を揺るがす。」
として反対する正義の人達もいるって話。

オバマはこのグアンタナモを大統領就任1年以内に閉鎖すると宣言していたが、未だそれは達成されていない。

客観的に見ればこれは間違いなく人権問題。

アメリカ本国では違法だからキューバの基地でなんてのは完全に詭弁。

アメリカ的正義の為にはどうしても必要というならしっかり法律を整えて自国内でやればよい。

それができないって事は結局やっぱりあってはならない事なのである。

ただそれでもオバマが閉鎖できないのは、それだけテロリストが強大であるという事である。

様々な国や組織に支援を受けたなんでもありのテロリスト達、まっとうなプロセスでは「戦争」に勝てない。

まあ、原因作ったのはアメリカだったりするんだからやっぱり言い訳にならないか。

ちなみに、このグアンタナモ、キューバから永久に借りる権利を得ている事になっているが、それはキューバ革命前のキューバがした約束であり、現キューバ政府は当然認めて無いし、賃料も拒否してる。

アメリカ、だめだめじゃん。

BS世界のドキュメンタリーにて視聴

(シリーズ 四川大地震)

四川大地震では子供も大勢亡くなった。

冒頭、中年夫婦が子供の遺品を川に捨てるシーンから始まる。

「どうしようか?」と問いかける夫に、無言で険しい表情のままの妻。

シーンが変わって被災時の子供達の強烈な映像が挟み込まれ、夫婦による子供達の回想シーンとなる。

のっけからズシズシと攻め込まれ、否応なしに作品に引き込まれる。

これらの掴みのおかげでこの夫婦にしっかり感情移入でき、その後仕事をやめてめそめそしながらも妻を気遣うダメダメ軟弱夫に「まったくもう。」と微笑ましく思ったり、体外受精治療の痛みに耐え続ける妻に母の強さを見たりする。

途中友人が体外受精に成功し、出産して我が子を抱きながら目に涙を浮かべ
「この子は、あの子が亡くならなければ産まれなかった子です。」
というシーンに胸を打たれる。

子を失う事はこの世で最大の不幸だと改めて思う。

その他にも墓石を愛でるシーン、体外受精に成功する友人の後失敗の報を受けるシーンなど印象的なシーンが続き、ラストに冒頭の遺品を川に捨てるシーンに戻る。

無言の妻に冒頭で感じるよりもより深い悲しみを見る。よくできた構成、演出である。

そしてエピローグとして、その後夫婦が新しい命を授かった事が告げられ、「あの子が帰ってきた。」とセリフを残し幕となる。

良作。

映画にしようと思えばボロボロ泣き泣きの大入り映画が作れる事間違いなし。

余談であるが、中国では一人っ子政策の影響か、羊水検査が当たり前のように行われ、当たり前のように堕胎が行われていると聞く。

この作品でもそれを裏付けるようなシーンとして「3つ子だったら一人を諦める。」「女の子を残す。」と友人と語るシーンがある。

心なしか父親の表情が曇っていたところにやっぱり「当たり前」ではないのではないかと思ったのであった。

中国が色々な大きな問題を克服するのに、あとどれ位の時間を要するのであろうか。
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