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2021年06月25日

リンゴが落ちた日

残念ながら、ニュートンのりんごの話ではない。
香港のりんご(蘋果)日報が、昨日24日付けの朝刊を最後に、その発行を終えた。
香港国家安全維持法(国安法)違反罪に問われ廃刊に追い込まれた民主派の同紙は、最後の朝刊を100万部印刷して、26年の歴史に幕を下ろした。
210625リンゴ日報の最後.jpg

各地では最後となる蘋果日報を買い求める市民が長蛇の列を作ったことが、昨日のニュースでも報道されていた。国際社会からは香港政府に対し、強い反発が出ている。

23日にこのニュースが発表された後、同紙の社屋の周囲には多くの市民が集結して、「がんばれ蘋果」「感謝」などと書かれたプレートが掲げられた。
社員たちは23日深夜に紙面製作を終了した後、編集スペースから飛び出し、集まった市民に手を振って別れを惜しんだという。

私が展示会の仕事で香港を訪れたのは、90年代の初めだと思う。空港もまだ昔の啓徳空港で、着陸の時には、町のビルの上をすれすれに降りていくのにドキドキしたことを思い出す。
その頃の香港は、自由な空気に溢れ、イギリスの統治によって浸透した文化がアジア文化と融合して暮しの中に浸透していた。九龍シティという怪しいビルもまだ残っていた。猥雑さとイギリスの影響を受けた欧米的なところが交錯する不思議な魅力を持つエネルギッシュな都市だった。
当時一緒に仕事をした香港支社の社員は、英語の名前を持っていて、自分のことは、英語名で呼んでくれ、と言われたのが新鮮な驚きだった。町には、自由な香港文化があふれ、比較的治安も安全だった。あの時お世話になった人なつこい笑顔の彼らは、今はどうしているのだろうか

24日未明、最後まで社屋に残った社員らが刷り上がったばかりの新聞の束を抱え、新聞配送の車に運び込んだ。車が出発すると社員の間で大きな拍手が起きたという。

リンゴが地に落ち、消えてしまった日は、自由な香港が消えたことを象徴する日になってはいけない。報道の自由が奪われた国は、世界のどの国においても、ゆがんだ道を進むことになってしまう。
自由だった国香港の、不自由を解き放つ道は、果たしてあるのだろうか?
#りんご日報

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