ニュースなどで何度も報道されていたが、節分は2月3日という感覚だったけれど、今年は2月2日だという。
そもそも節分とは、二十四節気のひとつで、立春の前日、新年最初の節に厄を払い一年を無事に過ごせるように祈るものである。
節気とは、太陽の公転軌道である黄道を24分割したもので、黄道を夏至と冬至の「二至」で2等分し、さらに春分と秋分の「二分」で4等分し、それぞれの間に立春、立夏、立秋、立冬の「四立」を入れて「八節」とする。一節は45日で、これを15日ずつに3等分し「二十四節気」となっている。太陽の公転周期は、365日と数時間なので、少しずつずれが生じる。暦についてはうるう年で調節するが、節気もまた少しずれが生じる。ということで今年は、明治30年以来124年ぶりに立春が2月3日となり、節分は2月2日となったというわけだ。コンピューターも優れた天文計器もない時代によくこんなことをきちんと考えたものだと感心する。
ちなみに、こうした情報は、もちろん私の頭に入っていたわけではなく、家のパソコンの前に座って検索して入手したものである。昔なら、これだけのことを知ろうと思ったら、図書館に出掛けて該当する本を探し、さらにそれをめくって求めるページにたどりつくという手間が必要になる。それがわずか数分で見つかってしまう。今さらながら、本当に便利なことだが怖いことでもある。図書館で探した知識は、頭に残るが、ネットで検索したものはすぐに頭から消えてしまう。
もともとお正月の飾りやお雑煮など大きな節目となる節気には、最低限のしきたりを守ろうという気持ちが多少あったが、年をとってきたことも手伝ってか、もう少し節気を大事にしようという思いが強くなってきた。コロナもそうだし、個人的にもこのところあまり良いことにもめぐりあっていない。そんなわけで、昨日は小袋入りではあるが久しぶりに豆を買い、略式ながら豆まきのまねごとをした。
関西のならわしではあるが、これも福を呼ぶことだろうと恵方巻を作り今年の恵方を向いて黙って食べた。
市販の恵方巻は豪華で美味しいかもしれないが、まず大きすぎる。そして値段も高い。もったいなくて買う気にならない。自分で簡単に作れるものだし、大きさも自分に合わせられる。
そんなことをあれこれ思いながら、立春の朝を迎えた。旧暦では一年の始まり、つまり旧正月である。私の尊敬する大先輩のMさんは、立春大吉と大書したはがきを、私の賀状の返礼に立春にあわせて送って下さっていた。一月に見る年賀状とは異なり、寒さが厳しいとはいえ、どこか春に近づく気配を感じさせる立春の便りにはまた違った趣きがある。この数年は、立春大吉という件名のメールになったけれど。
節分に買った豆の小袋には、立春大吉の文字の入ったものがあった。今朝、その袋を玄関に置いた。
立春大吉の紙を貼る代わりに、どうぞ大吉が訪れますようにとの願いを込めて。
今年こそ世界中に幸せが訪れますように
#立春大吉 #節分
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